湯沢由貴子(ゆざわ・ゆきこ)コンセント パリ アッシュ・ペー・フランス バイヤー・ディレクター

大学卒業後、百貨店に就職。商品本部婦人雑貨バイヤー、婦人服飾部バイヤーを経験後、退社。1993年、渡仏。商社勤務を経て、2000年よりH.P.FRANCE SARL入社、現在に至る。

自分にとっての価値を見出し、価格に関係なく買う

コンセント パリ アッシュ・ペー・フランスは数あるセレクトショップの中でも、かなり尖った品揃えをしていると感じます。必然的にマーケットはニッチになりますが、独自の買い付けをしてきて、今のファッション業界にどんなことを感じていますか

「LVMHやケリングなど巨大コングロマリットが大きくなり続け、今や何でもできる状況というか。クチュール好きなお客様だけでなく、若い世代にもSNSやメタバースを使ってどんどん発信し、独り勝ちのようなマーケットができつつあります。アニメなどポップカルチャーとのコラボは象徴的です。一方、ユニクロやシーインなどが拡大浸透しています。中間にあるインポートの良いものをセレクトして今の気持ちをモードで伝えるショップが今、最も厳しいのではないかと思うんです」

コンセントは現在、大阪に1店舗ですが、業績はいかがですか

「ここ数年はコロナ禍の影響もあり苦戦が続きました。そのような中でも思い切った買い付けをし、日本にも年2回来ていましたが、今回は奇跡的な数字を上げることができ、"他にない、面白い物"を楽しんでお買い上げいただいたことがとても嬉しかったです。お一人で数百万円分の商品を購入され、数日後に再来店して数十万円の買い物をされたり。どのセレクトショップも買い付けていない才能に溢れた新進ブランドや、シルエットにこだわった商品を、コーディネートを楽しみながら購入されています。大事なのは価格ではなく、ご自身にとっての価値なんですよ。数千円の雑貨も買えば、数十万円のジャケットも買う。会社の経営者だったり、ドクターヘリの救命医だったり、主婦の方もいらっしゃいます。何というか皆さん、文化度が高いんですね。そのマーケットに向けてセレクト型ショップは頑張らなければと、すごく思っています」

品揃えの90%以上をインポートのセレクト商品で構成。客層は10~70代と幅広い
ウインドーのスタイリングが俄然、目を引く「コンセント パリ アッシュ・ペー・フランス」。店舗は大阪・梅田のハービスPLAZA ENT地下2階に立地

商品を見まくり、「数字」を置いていく

日本のセレクトショップとして買い付けるときに、海外のショールームやブランドはどんな反応ですか。以前は日本の大手セレクトショップが大量に買ってくれるので歓迎されていました

「最近は中国人の営業担当を配置しているショールームが増え、日本で売ると言っても"さほど"という感じがあります。ちゃんと相手にしてもらうために、とくにミラノはショールームがすごく良いコレクションを持っているので必ず全て回り、必ず"数字"を置いていくようにしています」

30年ほど前は数字を置いていくのが当たり前でしたが、だんだん「後から」になっていきました。今、その場で数字を置いていくバイヤーはほとんどいないのでは?

「"いない"と言われますね。"えっ、今!?"とも言われます。ただ、ショールームで数字を置いていっても、最近はオーダー確定にはならないんです。オーダーのオンライン化により、メールでコンファームの通知が送られてきてから必要事項を入力・送信してオーダー完了になる。問題なのは、そうやって他に無い商品をオーダーしても、キャンセルになってしまうこともあるということです。発注が少ないと生産を止めてしまうんですね。ショーの商品とショールームの商品が変わってしまうこともあります。ショーではメタリックな素材を使っていたけれど、ショールームではジャージーになっていたり。胸に実物の手袋が付いているTシャツが気に入ったのに、プリントに変わっていたり。コンセントでは普通のロゴTシャツがあまり売れないから、変化をつけるためにオーダーしているのに仕様変更やキャンセルが発生してしまう。コレクションピースレベルのものは、大資本のブランドが生産背景を生かして作り、発信してしまう。正直、悔しいですね」

今、ラグジュアリーブランドがZ世代に人気なのは、そういうことなのかもしれませんね

「私は会社の予算を背負って買い付けをしているので責任があるじゃないですか。経験を積むほどプレッシャーも感じます。だからこそ、気に入った商品を必ず仕入れるために、ショールームは全部回って、とにかく商品を見ます。有力なショールームからは"面白いのが入ったよ""扱ってほしいから連絡しました"といった一報が入るので、もちろんこれも見ます。こういうチャンスが巡ってくるのは、必ず数字を置いていっていることの成果だと思います。ブランドからも大量にメールが来るので展示会を訪ねますし、雑誌もいまだにメディアとしての力があるのでチェックします。商品を見まくるということを続けてきました」

2023年春夏ミラノファッションウィーク(MFW)にて。MFWのオーガナイザー「CAMERA MODA(カメラモーダ)」が選んだ新人のコレクション「ファッション・ハブ」のスタイリングをメイン会場で担当。コンセント パリの店舗と過去のカタログを見たカメラモーダからのオファーで実現した

「デスペラード」のディレクター兼バイヤーの泉英一さんは以前、バイイングの要諦を「見倒す」という言葉で表現していました。とにかく展示会を見る。見れば見るだけ様々な経験値が自分の中に蓄積され、他に無いものがクローズアップされてくる、と言うんですね

「すごく分かります。情熱を持って新しいものを生み出そうとしているデザイナーの商品は響いてきます。それに対して、"トレンドだから"と横を見て、中途半端な物作りをしている商品もすぐに分かります。そもそも同じブランドでも、うちが買っている商品と、他店が買っている商品は全く違っているんです。ブランドからは最近、"バイヤーがベーシックな商品しかオーダーしない"という話もよく聞きます。でも、他店でウケている商品を入れても、うちではウケないんですよ。他店でウケない商品が動く。だいたい反対になっています」

「新しき変態」へ、あえての「裏切り」

ウィズコロナでマスク着用は依然大切ですが、フランスには「マスクありき」のような圧力がなく、自由気ままというか。そういう根底にある気ままさを、コンセントの顧客は湯沢さんのセレクトに感じているのではないでしょうか。でも、そうした個性が日本では異端と感じられるという側面があるかもしれません

「そうかもしれませんね。でも、お客様自身が気ままというか。ボディフィットがトレンドになっているとはいえ、ブラが透けてしまうシースルーのインナーを購入されたりします。その姿でラグジュアリーブランドの店に行って、コーディネートするアイテムを探したり。"それはどこで買ったの?"と店のスタッフに尋ねられたと言っていました。40代、50代のお客様も超ミニのスカートを普通にお召しになったり、ジェンダーレスなスタイルもなさっています。個性が強く、自由にファッションを楽しむお客様が多いんですね。蛹(さなぎ)から成長する蝶のイメージも重ねて、お客様のことを良い意味で"変態"って呼んでいます(笑)。既存のファッションを超えた新しき変態。そのお客様に響く商品を仕入れている私も、販売しているスタッフも同様です。コンセントは究極の変態の集まりかもしれません」

変態が編隊を組んだ店(笑)。とすると、必然的に変態に刺さる品揃えでないといけない

「シーズンごとにMD計画を立ててはいますが、とくにテーマを決めずにコレクションやショールーム、展示会を回ります。買い付けるにつれてテーマが定まってくるんです。ただ、前述したようにオーダーがキャンセルになることもあるので、どうハンドルを切り替えるかがカギ。基本的には30ブランドほど買い付けし、そのうち5~7は新規ブランドを必ず入れています。とはいえ、コレクションが良くなければ仕入れません。当たり前のことですが、駄目だったら駄目という距離感は大切にしています。デザイナーと親しくなり過ぎると情が湧いてきて、良くなくても買い続けがちだからです。また、お客様の顔を見てオーダーすると、同じような商品だけが集まってしまいます。顧客の好みに添わないことも大事だと思うんです。お客様が"嫌い"と言っている色やシルエットもあえて入れて、"今年はこういう感じ"というムードを伝えていく。"裏切りの買い付け"ですね(笑)。自分自身もコレクションなどを観て、今までなら絶対に買わなかったものを、いつの間にか買っている、着ているということがあります。一目惚れというか、そういう気分を大切にしています」

2018〜19年の買い付け時の様子

ECは展開されているんでしたっけ?

「コロナ禍ではちょっと取り組んだんですけど、現在は積極的にはやっていないですね。基本的に1店舗なので在庫が少なく、新しい商品が入荷するとまずは顧客にご案内するので、ECまでは対応できないのが実状です。とはいえECは必須の時代なので、2店舗目ができたら強化したいと考えています。今は東京にあった店舗のお客様が実店舗に来てくださったり、スタッフと直接やりとりしたうえで通販で購入してくださっています」

1店舗しかないから、わざわざ大阪に行くんですね。出店についてはどう考えていますか

「たくさんは出せないけど、思いはすごくあるんです。東京には早く1店舗を出したい。将来的にはミラノにも出店したいと思っています。イタリアはすごく良い物作りをしている国じゃないですか。商品に対する理解も深くて、とてもおもしろい立地だなと思っています」

パリは全てがインスピレーションの素

現在はパリに暮らしていますが、何年になりますか

「1993年からですから、そろそろ30年です。もともとは西武百貨店でバイヤーをしていたんです。当時は"ファッションの西武"を謳っていて、セゾングループの全盛期でした。美術館を導入したり、書店のリブロ、ライフスタイル提案の無印良品やロフトなど、今につながる革新的なビジネスモデルを次々と開発していました。若い人たちのエネルギーが集まって様々な新しいことをやっていた時代の西武に育てていただきました。そういう経験を通してフランスで仕事をしたいと思うようになり、タイミング良く知り合いのフランス人から商社を紹介され、パリの事務所で採用していただきました。そこでメーカーとのやり取りや貿易の仕事を学ばせていただきました。2000年にご縁があってアッシュ・ペー・フランスに入り、翌年にコンセントを大阪に出店して現在に至っています」

パリはもとより様々な都市で買い付けをされてきました

「パリは洋服以外にも欲しいと感じるものが集まって来る場所です。そういうものを日常的に見たり、触れたりしていると、すごく触発されます。店作りなんかは粗っぽかったりするんですよ。ギャラリーラファイエットがシャンゼリゼに出店した店も、面白い商品やブランドがいろいろ入っているんですけど、何か雑な感じがします。その雑さが魅力になっているんですね。ファッションだけでなく、インテリアとか、食材や食品も。ライフスタイルにつながっていくという意味で、全てがインスピレーションの素になっていると思います。自分にはできないことに憧れて、とにかくいろんなものを見ますね。パリに限らず、ミラノやロンドン、ニューヨークなど各都市でいろんなところに出掛けていきます。普通の小さな店でも参考になることがあったりしますし、行って当たり前のようなところも、変わっていたりするんですよ。食べ物屋さんも進化していますよね。ひじきや豆腐が入っているなど、料理が日本的になっていたり。ヘルシーとかバイオロジックとか、そういう食の傾向は全てライフスタイルにつながっていくので参考にしています」

日本のマーケットとの違いを感じますか

「日本はしっかりと接客しないといけないみたいな意識が強いですよね。今の若い人たちには合わないところもあるかなあと感じます。プレゼント用に小分けする紙袋も用意していたりします。フランスではマイバッグが当たり前になっていて、そういうものは無いですね。お店に関してはパリでは今、"メルシー"が人気です。日常生活の中で着られるシンプルな服や雑貨などのセレクトショップで、ベーシックで高額でもない、でも、ちょっとした工夫でカッコ良く着られるみたいな商品が集積されています。フランス人はセンスが良くて、"服は自分で選ぶ"という気持ちがすごくあるから、そういう店が人気なのかもしれません。みんな熱心に服を探しています」

フランスらしいですね

「そうですね。でも、変わってきたなと感じることもあります。シャネルが俳優のギャスパー・ウリエルを起用した英語のテレビCMを流した頃からでしょうか、"アメリカ"を取り入れるようになってきています。ナレーションは英語で、フランス語の字幕を添えるCMが増えています。かつてはフランス人に英語で話しかけてもフランス語で返答されましたが、今は私が下手なフランス語で話しかけると英語で返されたり。ジーンズも大好きで、着こなしもアメリカ人っぽい。世界はどこも同じようになってきているのかなあと感じたりします」

ファッションは単なるモードの表現ではない

パリで暮らしていて、帰国したときには自ら売り場に立って接客していますよね。湯沢さんに会いたくて来店するお客様も多いのでは?

「それはありますが、理想としてはやはり、バイヤーが売り場にいなくても売り上げを作れる店であることです。かつてはそれができていたんですけど、今はファッションの店で働きたいとか、ファッションのことを勉強したいという人そのものが減っています。モードに対する熱が冷めてきているとすごく感じます。加えて、結婚や出産で辞めてしまうケースもあります。今後の店作りは課題です」

1点1点の商品のディスプレー、コーディネートに気を配り、日本に戻ったときには自ら売り場で接客もする

課題解決へ向け、何が必要と考えていますか

「人を集めて教育していくこと、それしかないと思うんですよ。スタッフには店のコンセプトはもとより、海外の雑誌の切り抜きを見せて"今はこんな気分だから、こんなものがいい"とか、商品に関しては買い付けた意図を説明しています。ファッションは単にモードの表現ではなく、人の心、社会のありようを反映するということを、もっと伝えていかないといけないと考えています。と同時に大切なのが、自己表現や言葉で発信する力です。スタッフには"すぐに言葉で応えられるようになってください"と話しています。意識していないと沈黙を生んでしまうんですね。日本人に特有のことなのかもしれませんが、それでは世界に負けてしまいます。今はショーなども当日、翌日にはスマホで観ることができ、それで観た気になっていたりするのも気になります。様々なことがスマホで完結できてしまうからこそ、リアルなコミュニケーションが大事だと思うんです。常に何かを考え、速く発信する力を、これからの人たちには培っていただきたいですね」

写真/遠藤純、アッシュ・ペー・フランス提供
取材・文/久保雅裕

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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