瀬戸晴加クロエンス ブランドディレクター

1990年生まれ。プロモーション会社で女子大生メディアの編集長を経験し、消費者目線での意見や悩みを反映したサービスや商品コラボを多数展開。女性誌でのコラム連載やライフスタイル本を出版し、同世代から共感の声を集める。ファッションアプリ「WEAR」はフォロワー54万人超え。料理アカウント「#せとはるキッチン」は約1万人、ゴルフアカウントは5.8万人のファンを抱える。

シンプルだけど、無難さに逃げない

瀬戸さんは大学時代に女子大生向けメディアで編集長を務め、その後はプロモーション会社でマーケティングに携わりました。並行してモデル活動も続け、数多くのフォロワーを抱えるインフルエンサーとしてワールドとの「クロエンス」に至っています。ブランドの立ち上げまでの経緯をお聞かせください

「ファッションブランドのPRやコラボ商品という形で服作りに携わった経験はありました。いつか自分でブランドをやりたいと思ってはいたんです。インフルエンサーによるブランドもたくさん出てきて、私自身も何度かお誘いを受けました。でも、お断りしてきたんですね。ブランドを持つことは憧れではあるけれど、物作りはもとより、継続が大変ということが分かっていたからです。ワールドはしっかりとした生産背景を持ち、それを生かしてサポートしてくださるとのことでした。その安心感は大きかったですね。タイミングの問題もあったかもしれません。ワールドからお話を受けたのは、仕事の関係で3年間、タイで暮らし、日本に戻ってきたときでした。それ以前は日本で慌ただしく働いていて、実は自分自身のあり方に悩んでいたんです。仕事柄、キラキラしている人と見られていたり、それを楽しんでいる自分もいるんですけど、根は真逆というか。キラキラしていることへの憧れを抱いて、その理想に自分が苦しんでいるみたいな。そんな頃にタイで暮らして価値観が変わったというか、心の余裕を持てるようになったことも踏み切れた要因かと思います」

ディレクターとしてどんなブランドを目指していますか

「クロエンスは、クローゼットとエッセンスを組み合わせた造語です。クローゼットに1着ずつお気に入りを増やしていくように、シンプルで、トレンドに寄り過ぎず、長く大切に付き合うことのできる服を作っていきたいという思いを込めました。2022年春夏物からスタートし、新作はシーズンごとではなく毎月発表するというスタンスを採っています」

2023年春夏物で一番人気のニットソー。カーゴパンツとコーディネート

シンプル、トレンドに寄り過ぎない、長く大切に着られる。その理由とは?

「私自身の経験、悩みに由来しています。ずっとマーケティングの仕事をしてきて、ファッション誌を読みたい気持ちはあるけれど企画書を読まなければいけなかったり、朝も素敵にスタイリングしたくても、少しでも長く寝ていたい。そういうリアルの生活と理想の生活のギャップを埋めていくような服があったら、精神的にも楽ですし、長く着られるのであればコストパフォーマンスも良いですよね。その意味では、男性の服の買い方っていいなとずっと思っていたんです。良いものを買って長く着るじゃないですか」

女性の服はトレンドの移り変わりが速いですからね

「それも楽しいんですけど、社会人歴を重ねてくると、そういうことに疲れている人のほうが多いのではないかと思うんです。買ったまま着ない服が溜まって、たくさんあるのに今日着たい服がない。朝、ぼやっとした頭でコーディネートするけど、何か違う気がする。で、家を出るときに、やっぱり違ったと確信してテンションが下がって1日が始まる、というのが数年前までの私のリアルな生活でした。シンプルに黒や白の服でいいかと思っても、ファストファッションでいいとは割り切れない。そうなると、シンプルで良い服を探すのって一番手間がかかるんですよ。その買い物に1日を費やせなかったりもします。そういう悩みを持つ人が安心して買え、着られる服を作ろうと思ったんですね。手間もかからずスタイルアップできて、着心地も良く、お手入れも楽。着ると痩せて見えたりもする。シンプルだけど無難さに逃げない、女性の悩みに寄り添った服作りを心掛けています」

シンプルで良い服を作るため打ち合わせを重ねる

自分との接点を探し、伝わる表現に「翻訳」する

ユーザー目線が大切なのは、メディアの編集やマーケティングの仕事にも通じます

「大学時代に参画したメディアは同世代の女子大生に向けたフリーペーパーでした。その頃から一貫しているのが、ユーザーの目線です。私が関わる前の誌面は"女子大生=ピンクが好き"という感じで、例えば女性だったら使わないピンクの使い方をしていたんですね。そこで、ほとんどの装飾を取ることから始め、女子大生的にはおしゃれ、カッコいいと感じる誌面に変えていきました」

リアルな視点を注入したということですね

「私の強みはそこだからです。商品を売りたいクライアントと要望や悩みを抱えているユーザーの架け橋となる"翻訳"が私の役割。クライアントが持っている良い要素や売りたい要素を全て聞いたうえで、何をどう伝えたら共感を得られるか。クライアントには"引き算"をしてほしいと伝え続けました。引き過ぎても伝えたい内容が薄まってしまい、かといって押し付けたらその瞬間、"私、関係ないので"となってしまいます。そうした女性の拒絶を分かってもらうために何度も提案しました。消費者目線になり過ぎてもいけませんが、クライアントの意向を入れ過ぎると、誌面のテンションも世界観も読者からの信頼も崩れていくので、常にバランスを探していましたね」

その後、プロモーション会社へ

「商品の販促、集客、サービスの周知など様々な仕事に携わりました。重視したのは自分自身との接点を探すことです。そのモノやコトに興味がなかった場合は、なぜ興味がなかったのか、なぜマイナスイメージを持っているのかを分析する。そのうえでクライアントの話を聞いていくと、良い部分が見えてきたり、こういうタイプの人には絶対にニーズがある、こういう人には合わないといったことが明確になってきます。それぞれが伝え方次第でマーケットとの接点になるので、伝わる表現に翻訳していくんです」

一番大変だった仕事は何ですか

「キックボクシングジムの立て直しです。8年ほど前、その仕事がきっかけで私もキックボクシングを始めたんです。当時のジムは汗臭くて、男の人しか近づかないような印象でした。看板からして何か怖い、入り口も薄暗くて怖い、トレーナーも無骨で怖い……。課題を片っ端から挙げ、改善を図りました。トレーニングはどうかというと、試合に出たいわけでもないのにマニアックな技術を指導されたり。サンドバックを蹴れと言われても、初心者の女の子は痛くて蹴れないんですよ。結果、つまらなくなってしまう。でも"あと10秒"とか声かけされると、キツくても楽しくトレーニングができるんですね。1対1で煽ってもらうと、こんなに汗をかくまで運動ができる。これは発見でした。どんなプログラムを組めば、プロになりたいわけではない女性が飽きずに楽しく、トレーナーと1対1のトレーニングができるか。その方法や強度を試しながら、メニューを組み立てていきました」

マーケティングというより、ブランディングですね

「キックボクシングの新たな魅力をどう伝え、広めていくか。まずトレーニングしているところをSNSに上げました。すると"やりたい"という友人たちが現れ、一緒にトレーニングしている様子をSNSに上げると、楽しそうだからと人が集まってきました。この最初の"人垣"を作るのがすごく大事です。次にピンクのグローブを作りました。そのグローブをはめて、ポニーテールで自撮りした画像をインスタに上げたところ、そのスタイルの画像が続々と上がり、トレンドになって、半年間で約700人の女性がジムに通うようになったんです」

意外と思える組み合わせでしたが、それは今、「あり」と普通に思えます

「探せば接点は絶対にあるんですよ。キックボクシングは、二の腕、背中、ウェスト、お尻、太ももなど、女性が気になっていて痩せたい部位を全て動かせます。有酸素運動なので、汗もすごくかく。そこで女性向けのサウナスーツも作りました。それを着て1時間、トレーニングをすると汗がびっしょり出ます。それまでは岩盤浴で汗をかいて、ジムで筋肉を動かして、ランニングで有酸素運動をして、ストレス発散でカラオケに行っていたとしたら、これら全てが1時間でできてしまう。そういうメリットを"1時間のコスパ、めっちゃ良くない?"といった言葉に翻訳すると、"えっ、楽しそう""ストレス溜まってるから行きたい"という感じで広まっていきました」

一つのアイテムから掛け算的にコーディネートを増やす

一貫してきたユーザー目線で、自身のブランドを立ち上げ1年が経ちます。服作りで具体的にこだわっていることとは?

「クロエンスの服は全て国内生産です。どのアイテムを組み合わせてもコーディネートが決まることを想定した服作りをしています。トップスは足が長く見えるようにショート丈、ボトムスはヒールを履かなくてもバランス良く着られるようにハイウエストにしているのも特徴です。とくにオーバーサイズシャツはクロエンスを象徴するアイテムで、最もサイズ修正をして作り上げました。短丈で七分袖なので、高身長の人も低身長の人も袖の長さが気になりません。ボタンを開けて抜き襟みたいに着てもよいですし、カチッと閉めればメンズシャツっぽく着こなせます。冬場は中にタートルネックを合わせる、春や秋はノースリーブのハイネックを合わせる、夏は1枚で着るといった楽しみ方もできます。つまり、3シーズンいける。1シーズンしか着られないとコスパが良くないので、その対極の季節、それ以外の季節にも着られるようにしています。このシャツを軸に、他のアイテムを買い足すお客様が本当に多いですね。23年春夏ではストライプバージョンを提案します」

オーバーサイズシャツは一番の人気アイテム。写真は23年春夏のストライプ柄

何通りもの着こなしができるのは実際、嬉しいですよね

「その意味では、前後ツーウェイ仕様も取り入れています。ボリュームスリーブのニットは、正面から見るとシンプルなニット、後身頃を前にするとカーディガンになる。シーズン中は1枚で2通りの着方ができ、少し暖かくなったらタンクトップの上に羽織る、ノースリーブのワンピースに合わせて肩に掛けるといった楽しみ方もできます。私服での出勤が増えた中で、週5日であれば5パターンのスタイリングを毎週考えるのは結構大変ですよね。5日分を全部買うよりは、存在感があるようで無いおしゃれなアイテムを組み合わせて、掛け算的にコーディネートを増やしていくことが大事だと思います」

パンツも展示会で好評と聞いています

「前回はテーパードパンツが人気だったんですけど、もう少しカジュアルに着られるパンツが欲しいという要望があったので、今春夏はカーゴパンツを作りました。ストレートなんですけど、カジュアルにもきれいめにも着られる素材を使っています。ストレッチが利いていて、白で透けないのも特徴です。お子さんがいるお客様はしゃがむことが多いので、試作時はしゃがんでチェックし、膝回りに張りが出ないよう修正を重ねました。試着したお客様は、センタープレスが入ってかっちり見えるのに、穿くと伸びて自然にしゃがめると感動されていました。色違いをオーダーされるお客様がとても多いアイテムです」

  • ニットソーを裏返してカーディガンに。スカートと合わせてフェミニンに
  • ボリューム袖のショート丈トップスに、カーゴパンツをコーディネート
  • 動くたび表情が変わる配色デザインが目を引くストライプニット

テーブルウエアは食を楽しむ心のスイッチ

クロエンスではテーブルウエアも扱っています

「20歳前後まではおしゃれをして可愛くいられればよかったけれど、27歳ぐらいになるとファッションだけでは駄目じゃないですか。生活自体を自分で組み立てていかないといけない、と実感するタイミングがあると思うんです。忙しく働いて疲れが溜まっていると、スーパーで買い物をして、重い荷物を持って帰って、料理を作ることが苦痛になってくるんですよ。もともと私は料理を作るのが大好きなんですけど、それが本当に辛い時期がありました。そんなときに、一つでも新しい食器があると気持ちが前向きになることが多かったんですね。食器が心のスイッチになった。朝、洋服を選んで着て仕事に行って、帰って来てご飯を作る。その流れが私の毎日のサイクルなので、服も食器も一つのブランドで作っていこうと思いました。笠間焼の工房で職人が1点1点、手仕事で作っています」

笠間焼の工房「向山窯」で作陶する瀬戸さん

「住」の領域でも商品開発を考えている?

「いずれはインテリアなどもやりたいと思っています。少しずつアイテムが増えていって、ブランドがピンタレストのような世界観を形成していくのが理想です。その始まりが食器。食とちょっと向き合うだけで時間の感じ方が変わるかもしれません。ちょこっと盛り付けるだけでお店みたいにきれいにできたら、自己肯定感が上がるんですよ。それを簡単に叶えてくれるようなサイズ感であったり、料理が映えるようなカラーを意識しています。今はいろんな国の料理を食べるのが普通ですし、料理に興味を持つ男性も多いですよね。載せる食品の国籍も、使う人の性別も世代も問わない。だからシンプルですが無機質ではなく、黒でも温かみのある色にこだわりました。載せる料理、使う人によって表情を変えるキャンバスのようなイメージです。スタイリッシュだけど使い勝手の良い食器を目指しています」

  • 料理の国籍を問わない、スタイリッシュだが温かみのある食器。写真は笠間焼のオーバルプレート
  • 微妙に自然なゆがみを生むタタラ作りのレクタンプレート
  • フラットプレートはメイン料理にちょうどよいサイズ
  • コーヒーにも紅茶にも。タタラ作りのシンプルマグカップ
  • すっきりフォルムのスープボウル。サラダやフルーツの盛り付けにも
  • ろくろで成形したシンプル深皿。程よい深さとスモーキーな色が料理を華やかに見せる

服選びに自信がなくても安心できるブランドに

クロエンスというブランドをどのように育てていこうと考えていますか

「コンセプトはそのままに続けていきたい。その中で、同じ悩みを持つ人たちに、横に広がっていってほしいという気持ちが強くあります。今は私のフォロワーからの広がりがあるんですけど、私のことを知らなくても"こんな商品が欲しかった""こういうブランドを探していた"という輪が、ハッシュタグでつながるように広がっていってほしい。同じ悩みを持つ人たちが安心できるブランドになってほしいという思いです」

オンラインと展示会が軸ですが、他にはどのように消費者との接点を増やしていきますか

「そうですね。現在は1時間ほどのインスタライブを毎月1~2回、配信しています。リアルタイムで観られなくても、アーカイブで新作をチェックして、試着したいものを絞ってから展示会に来てくださるお客様が結構いらっしゃいます」

瀬戸さんが毎月、新作のインスタライブを配信

ポップアップも活発化したいところですね

「ワールドが展開するブランドの店舗でポップアップに取り組んでいます。お客様は30代が中心ですが、ファッションに自信がなくて悩んでいる人が多く、1人1時間ほどの接客になったりします。どんな洋服を持っていて、どういうライフスタイルをしていて、その中で何が一番足りていないのか、新しいスタイルに挑戦したいのか、安心できるものを増やしたいのか。カウンセリングのような感じです。単純にデザインが可愛い、好きということで買ってくださる人も多いんですけど、悩みを抱えている人のほうが多いので、実店舗がない分、ポップアップは大切です。ブランドや私のことを理解してくれたお客様が実際にたくさん購入されているので、直接の接点を増やしていきたいと考えています」

写真/野﨑慧嗣、ワールド提供
取材・文/久保雅裕

ワールドの「オぺーク ドット クリップ」でポップアップも展開

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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