4月27日、静岡エコパアリーナで初日を迎え、約30万人を動員した「WE’RE BROS. TOUR 2024」が、約半年の旅を終えて、その終着点である日本武道館に辿り着いた。
暗転すると、会場のざわめきは無数の光になった。バックスタンドも含めて埋まったスタンド席はまるで天体のようだ。ライブの開始を告げるのは「Around the World」をモチーフとしたインストゥルメンタル。稀代のミュージシャンたちが驚くべき高い演奏技術を惜しげもなく披露し、まるで挨拶がわりにそれぞれの名前を記すような感覚でソロプレイをリレーしていく。初期衝動と音楽への信頼に溢れたプレイは、福山雅治の登場で頂点を迎え、その興奮がそのまま1曲目の「虹」に集約されてオーディエンス一人ひとりの元へ届けられる。
この時点で何かを語ったわけではないし、説明したわけではない。ただ、音楽を鳴らし、歌う――福山雅治はステージに立てる喜びを全身からみなぎらせていた。その姿が何より雄弁に語りかけていた。今この地点が最高到達点なのだと。
「最新こそが最良である」
この日のMCでもそう言ったように、これは福山雅治の表現活動における基本姿勢として貫かれているものだ。つまり、長いツアー最終日にあっても進化することをやめないということで、まさにそれが彼の目指す“LIVE”なのだ。
「人生のテーマソング」を掲げて練り上げられたセットリストには、多くのタイアップ楽曲が組み込まれていた。福山がこれまで手がけてきた映画やドラマ、CMといった映像作品に寄り添った楽曲たちだ。「KISSして」(ドラマ「ガリレオ」主題歌)、「聖域」(ドラマ「黒革の手帳」主題歌)、「桜坂 2024」(「未来日記Ⅴ」テーマソング)、「ヒトツボシ」(映画「沈黙のパレード」主題歌)、「想望」(映画「あの花が咲く丘で、君とまた会えたら。」主題歌)を一気に披露した。当然ながらこれらの楽曲は、一般的にもよく知られたものであり、しかも各映像作品がどれもヒットしていることを考えれば、リスナーの中には音楽以外の情報や記憶も付随している。それを福山は“人生”という解釈で大きく捉え、そこからグッとフォーカスを絞るようにライブという新しい体験へと誘う。
さらに、オーディエンス一人ひとりの人生の奔流に福山本人の人生が合わさる。
「このツアーで多くの街を巡って来ました。そこで改めて感じたのは、今回のツアー、セットリストは故郷というのがテーマになっているんだなということですね」
自身の故郷である長崎にオープンする長崎スタジアムシティでのこけ落としとなるフリーライブを10月13日(日)に控えるなか、「この街には何もない」という盲目的な思いで飛び出した18歳の頃を歌った「18〜eighteen〜」を披露した。ガットギターによる弾き語りで始まったアレンジは、18歳の頃には持ち得なかった音楽的芳醇さと、何より自分の音楽を理解し支えてくれる仲間によって、どこまでも優しい目線に満ちたものになっていた。そして「家族になろうよ」「道標 2022」と続く流れは、創作者個人の想いがオーディエンス一人ひとりに還っていくという幸福なループで会場をひとつにしていった。
生成AIを織り交ぜて作られた映像のあと、このツアーで初披露となった新曲「万有引力」をパフォーマンスした。巨視的な地点からミクロな視点までを自在に行き来し、最新のデジタルサウンドをフィーチャーしながらも生の手触りをあえて色濃く残した楽曲には、人と人との“つながり”が描かれている。それもまた、このツアーに通奏低音のように流れるテーマだ。コロナ禍で声出しができないなか導入されたオーディエンスの手首に光るライトバングルは、今回さらに進化したものとなり、アーティストとオーディエンスをつなぐ重要なツールとしての役目を担っていた。
本編最後のブロック、「Popstar」「ステージの魔物」「零 -ZERO-」で真っ赤に燃え上がった後、その熱を冷ますようにシーケンスの音にガットギターのフレーズが軽やかに響くインストゥルメンタル楽曲「Walking with you」へとつながる。ステージの床LEDには、このツアーの副題である「Flowers and Bees,Tears and Music.」の文字が浮かび上がった。そしてラストは「ひとみ」。〈目に見えるものは ほら 見えないもので出来ている〉という言葉が、メッセージを超えて、心の大切な場所に収まっていく。まるで最初からその言葉の形をした場所があったみたいだ。それはここまで福山雅治と彼のバンド、そしてオーディエンスが共に描き、辿り着いた場所でもある。ああ、ここにあったんだ――そんな温かな気づきで本編が終わった。
アンコール1曲目に選んだのは「無礼者たちへ」。ディズニーの長編アニメーション「ウィッシュ」の劇中歌で、マグニフィコ王というキャラに憑依して歌唱するという、かなり特殊な楽曲だ。これもまた、一人のキャラクターの人生であり、さらに、30年以上を誇る福山雅治のシンガーソングライターとしてのキャリアにおける、ある意味での集大成と言える。そして「明日の☆SHOW」で締め括った。
メンバーを送り出し、ステージに一人残った福山がダブルアンコールに応える。
「今から一年くらい前ですかね、日本武道館で『言霊の幸(さき)わう夏』というライブを開催させていただきました。久しぶりの声出し解禁となったのがそのライブでした。そうなると、みんなで声を出して終わりたいなと思ったんです。皆さんの合唱と僕の弾き語りで一つになりましょう」
そう言ってオーディエンスと共に歌ったのは、「少年」。ここで、あることに気づかされる。それは、観ている我々が福山雅治の描く大きな時間の中にいるという確かな実感だ。福山自らが監督を務め、今年1月に4週間限定でLIVE FILMとして上映され、12月18日(水)には『FUKUYAMA MASAHARU 言霊の幸わう夏 @NIPPON BUDOKAN 2023』としてBlu-ray & DVDの発売が決定した武道館でのライブの1曲目が「少年」だった、という事実もさることながら、昨年の武道館からツアーを含めて今日この時の武道館まで、壮大な音絵巻になっているのだ。改めてこの音絵巻の出発地点であるLIVE FILMの完全版が待ち遠しい。13歳でギターに出会い、18歳で上京し、一人のシンガーソングライターへと成長していく彼の実際の人生が、ライブという空間で、しかもそれが時間を跨いで物語として表現されることで、よりドラマティックに、よりリアルなものとして立ち現れていた。言うなれば、「劇場型音楽ライブ」とでも呼ぶべき新しいジャンルがそこにはあった。それはきっと、シンガーソングライターとしての性(さが)に忠実に従った結果であり、またそこに福山雅治しか持ちえない個性(声、ソングライティング、俳優としてのキャリア)がハイブリッドされて初めて可能になるものなのだろう。それもまた、大きな時間が描き出す物語の一環だ。
そして今、彼はアコースティックギター1本を持って一人でステージに立っている。まるで初めてギターに出会ったあの時のように。物語は大きな弧を描きながら、また新たな出発点へと到達する。福山雅治が描く壮大な音絵巻に、オーディエンス一人ひとりの人生が重なり、日本武道館という聖地に幾重もの声がこだました。
取材・文/谷岡正浩
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