「If Y'all Weren't Here, I'd Be Crying Tour」。ポスト・マローンのワールド・ツアーのタイトルだ。訳すると、「もし、お前らみんながここにいてくれなかったら、俺はきっと泣いている、ツアー」。ポスティ、泣き落としで来たか。昨年のサマーソニックでの来日から1年と1か月とインターバルが短かったため、筆者は行くかどうか迷ったのだが、泣かれるのは辛い。
2022年の6月に4作目『Twelve Carat Toothache』をリリースしてから、すでに2つめのツアーである。ポスト・マローンは、ステージの上でもっとも「生きる」タイプのアーティストだ。昨夏は8月のサマーソニックを含めて各国のフェスを中心に出演、9月からアルバム・タイトルを冠したツアーを2ヶ月かけて37都市39公演をまず全米で行った。今年に入って4?5月の1ヶ月でヨーロッパ12都市16公演。7月から「俺はきっと泣いている」ツアーに切り替えて、現在に至る。
7月7日から始まって12月頭まで、北米、中南米、アジア、オセアニアで44公演を行う大型ツアー。アジアは、タイ、シンガポール、フィリピン、台湾、韓国、香港を回って東京が最後となった。ツアーが始まってから3週間後に、5作目『Austin』がリリースされる変則的なスケジュール。
『Austin』はかねてからの念願だったギター・アルバムだったが、「俺はきっと泣いてる」ツアーは、本名をつけたこのアルバムをプロモートしつつ、現時点での、ポスト・マローンのキャリアの集大成を見せる意味合いが強い。実際、『Austin』からの曲は3曲のみだった。
9月27日、まだ残暑が残った有明アリーナ、19:16。ストリングスの壮大な前奏が響く。80年代ファッションなのか、ぴったりめの「JAPAN」Tシャツで登場したポスティの姿に、大歓声がまず上がる。1曲目は「Better Now」。日本では10月6日に公開される映画『シアター・キャンプ』でも、効果的に使われている人気の曲。ミュージカル好きの子どもたちが集まるキャンプが舞台の、ミスフィッツ(はみ出し者)がテーマの作品だ。
頭の数曲は、2作目『beerbongs & bentleys』と3作目『Hollywood's Bleeding』からの曲で固める。1曲ずつ丁寧に曲名を説明するポスティ。ドラッグやビール、ヘネシーへの依存をテーマに、自分のクズっぷりをアピールする曲が多いのだが、ステージ上では「thank you」と「ありがとう!」をくり返す好青年。そして、その美声と言ったら。過密スケジュールのせいか、昨年のサマーソニックのときよりは少し割れていたが、それでも「Goodbyes」あたりのシンプルな分、ごまかしの効かない曲でのコーラスの伸びは、アスリート並みに才能を授かった、選ばれた人である事実を思い出した。
「Take What You Want」ではオジー・オズボーンの顔を大写しにし、ステージ前方で火の玉を上げるファイアーボールの演出も。4Fスタンド席でも熱を感じたので大丈夫かな、と思ったら、さっとTシャツを脱いでそのままだった。「パンツ一丁」(実際はジーンズの半パン)がここまで様になるスターも珍しい、と妙なところで感心。この曲は、原曲よりさらにハードロックなアレンジを施していた。
今ツアーで特筆すべきは、5ピースのバンドとカルテットのストリングスによる完ぺきな演奏だろう。ロック寄りの曲では、ドラムとリード・ギターがソロを取り、バラッドではアジア系の女性を含むストリングス隊が活躍する。ベーシストはアフリカ系アメリカ人だったから、実力があるのは大前提で、ダイバーシティにも気を配っているのだろう。
ポスト・マローンは「2つ前のライヴで足を怪我しちゃって。足を引きずっていてごめんね」と言いながら、片足でぴょんぴょん跳ねたり、ギターを弾きながら回ったり、ひざまずいたり。後半に入って脚のひきずり方がひどくなっていたので、かなり痛いのでは、と心配になった。それでも、歌声はブレない。やはり、アスリート級だ。
ハイライトのひとつがスツールに座って歌った、「Feeling Whitney」。「ウーウーウー」のコーラスが大合唱になって、美しかった。80?90年代のスーパー歌姫で、2012年にドラッグで中毒死したホイットニー・ヒューストンに想いを馳せる曲である。ダイハードなホィットニー・ファンとしてはずっと複雑な気分になる曲だったが、こうやって若いファンが彼女を知るきっかけになるのかも、と思い直した。
レコーディングだと超ポップな「Wrapped Around Your Finger」はしっとりしたアレンジだった。ポスト・マローンは、ジャンル・ベンディング(genre-bending)のアーティストである。ふたつ以上のジャンルを入れた作風を指す、もともと小説や映像作品の用語で、2010年代から音楽でも聞かれるようになった。歌とラップ、そしてポップ・ロックもヒップホップを入れ込んだ彼はまさにそうなのだが、途中で曲調がガラッと変えたり、どっちつかずの中間を狙ったりするのではなく、ヒップホップの曲ではしっかりラップし、ロックの曲ではギターの音色に合わせて歌い上げて、曲ごとにメリハリを効かせる。それが安定感につながるし、いい意味で彼の音楽はわかりやすい。
“早死にしたくない”と歌う「Too Young」の前に、「今年で28才なんだけど、父親になってさ!」と、友達に話す調子で報告するポスティ。もともと、いい奴キャラではあったけれど、今回、ずっと感謝モード全開で「愛」の人であったのはそういうことか、と合点が行く。筆者は、『Twelve Carat Toothache』と『Austin』の日本盤の対訳を担当した。1年の間に、歌詞での希死念慮が薄まった理由もわかった気がした。
何回も言っていた「カンパイ!」、時折見せる風変わりなダンス。ミスフィッツのひとりのまま、歌唱力と自分に合ったメロディ、歌詞を作る才能でスーパースターになったポスト・マローンは、新型のヒーローである。
「Congratulations」の大合唱と、アンコールでの「Sunflower」と「Chemical」で場内のヴォルテージは最高潮に達した。「Sunflower」は、大ヒットした『スパイダーマン:スパイダーバース』と『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の両方で使われるほど、愛されている曲。途中のファンにギター演奏をさせた演出でもひまわりが出てきたが、そういえばポスト・マローンもひまわりみたいな人だった。
文:池城美菜子
写真:Masanori Naruse
来日公演情報
POST MALONE IF Y’ALL WEREN’T HERE, I’D BE CRYING
2023年9月27日(水)
有明アリーナ
Open 17:30 / Start 19:00
セットリストをプレイリストにして公開中
https://umj.lnk.to/THESETLIST_PM2023