黄金週間も終盤の5月5日、ガンズ・アンド・ローゼズがKアリーナ横浜にて一夜限りの来日公演を実施した。
これは去る5月1日に韓国で幕を開けたばかりの『Because What You Want & What You Get Are Two Completely Different Things』と銘打たれたツアーの2公演目にあたるもの。
彼らの日本上陸は2022年11月以来、約2年半ぶりであり、2016年の春にアクセル・ローズがスラッシュ、ダフ・マッケイガンとの再合流を経てから3回目ということになる。
長い時間経過の中でさまざまな紆余曲折を経てきたこのバンドが、こうして比較的コンスタントに日本公演を行なっているという現実は、ファンにとっては正夢がずっと続いているようなものだといえるだろう。
そしてこの夜の彼らは、会場を埋め尽くした2万人のオーディエンスを前に、実に3時間にも及ぶ熱演を繰り広げた。
会場内が暗転したのは、開演予定時刻の18時を22分ほど過ぎた頃のこと(かつての彼らのライヴでは開演の大幅な遅れが常だったが、近年ではせいぜいこれくらいものだ)。
オープニング映像に続いて“Welcome To The Jungle”の危険が迫りくるのを警告するかのようなイントロが聴こえてきた瞬間、鳥肌が立った。1987年生まれの1stアルバム『Appetite For Destruction』の1曲目に収められていたこの曲は、彼らのライヴには欠かせない鉄板中の鉄板といえるものだが、3人のオリジナル・メンバーが再集結を果たした以降はずっと“It’s So Easy”が1曲目に据えられてきた。それがこの曲に置き換えられたという事実は差異としてはごく些細なものではあるが、慣れ親しんできたものにちょっとした変化が加えられただけで、受け手側にはとても新鮮に響くことがある。そして当然ながら、いきなりの必殺曲炸裂に観衆は歓喜の声をあげ、人を巻き込む力の強いこの曲に同調していく。
ステージ上にはもうひとつ“新鮮さ”の理由があった。長年にわたり貢献を続けてきたドラマー、フランク・フェラーが先頃脱退し、今回のツアーからはその後任に迎えられたアイザック・カーペンターが参加しているのだ。ダフ・マッケイガン率いるローデッドの一員としての活動歴も持つ彼は、当然ながら彼の人脈からの起用ということになるはずだが、ハードさと軽やかな切れ味を併せ持ったその小気味良い演奏スタイルは、これまでの歴代ドラマーの誰とも印象を異にするものだった。しかも彼は現在45歳であるはずなのだが、その若々しい風貌や身のこなし、喜びに満ちた表情は少年のようですらある。ツアーが始まったばかりの現時点でこんなことを言うのは早計かもしれないが、彼の加入がバンド内に新たな風を吹き込ませているのではないか、と筆者には感じられた。
演奏プログラムについても、具体的な意味での真新しい要素は2023年にリリースされたシングル曲、“Perhaps”が日本初披露となったことぐらいしかなかったにも拘らず、随所に新鮮な感触があった。誤解を恐れずに言えば、彼らのセットリストにおける楽曲の並びについては「何故そこにその曲を置く?」「その流れを経た後でこの曲はないのでは?」といった疑問を感じさせられることも少なからずある。ただ、計算し尽されたドラマティックさではなく、無作為で無造作としか思えない展開だからこそ、不意打ちを喰らわされたよう衝撃をおぼえることになるのだ。前半でいえば“Mr. Brownstone”から“Estranged”へ、そこからさらに“You Could Be Mine”へと移行していった際の落差の大きな流れもそうだったし、ショウのなかばに差し掛かってきたところで、バラードの“Sorry”で空気を落ち着かせた直後に“It’s So Easy”が炸裂した際には、まるで二部構成のステージが後半に突入したかのような感触をおぼえた。
同じくショウの中盤においては、ガンズのライヴにおいて史上初となる出来事があった。彼らのステージには、これまでもダフがカヴァー曲を歌う場面というのが設けられていたが、今回はそこで、お馴染みのミスフィッツやザ・ダムドの楽曲ではなく、初めてシン・リジィの“Thunder And Lightning”が披露されたのだ。この楽曲は、同バンドにとって最後のオリジナル作品となった同名のアルバム(1983年発表)からの選曲だが、そこでギターを弾いていたのが、昨年末に他界したジョン・サイクスだったことは言うまでもない。この曲を歌い始める際、ダフがステージ袖にいた愛妻スーザンに向かって「Happy Birthday, Susan」と呼びかけていたことを考えると、もしかするとこれは彼女のフェイヴァリット・ソングだったりするのかもしれないが、きっとサイクスに対する哀悼の意も込められていたに違いない。彼とガンズには接点がないように思われるかもしれないが、実は復活劇以前の2009年当時、彼をバンドに迎え入れる話があったとされており、現メンバーであるもうひとりのギタリスト、リチャード・フォータスとも懇意にしていたのだった。
そうしたサプライズも盛り込まれたショウは、冒頭にも記したように3時間にも及ぶものとなった。そしてふと思い返してみると、『Appetite For Destruction』(1987年)と『Use Your Illusion Ⅰ/Ⅱ』(1991年)からの楽曲がバランス良く並び、さらには『Chinese Democracy』(2008年)からも4曲がセレクトされ、再集結後に新曲/未発表曲としてリリースされてきた“Hard Skool”や“Absurd”、前述の“Perhaps”なども盛り込まれた、至れり尽くせりの演奏内容だったことに気付かされた。
そうしたさまざまな時代の楽曲を歌うアクセル・ローズの声に、かつてのようなけたたましいほどの迫力はもはや伴っていない。彼の特徴のひとつであるハイトーンからもダーティな攻撃性は影をひそめ、むしろファルセットが多用されるようになっている。しかし筆者はそこに妥協や衰えではなく成熟を感じさせられた。かつての自分が投影された楽曲たちとの今現在の自分なりの付き合い方を確立させてきた、と言い換えてもいいだろう。『Chinese Democracy』や近年の来日公演の際にも感じられた変化が、次なる次元へと向かいつつあるのではないかと筆者は感じている。
そして詰まるところ、やはり何よりも実感させられたのは、ガンズ・アンド・ローゼズがいかに名曲の宝庫であり、比類なきロック・アイコンの集合体であるかということだった。最初に“Welcome To The Jungle”のイントロが聴こえた瞬間の興奮から、最後の最後に披露された“Paradise City”での至福の一体感まで、本当に素晴らしい時間の連続だった。今回のジャパン・ツアーがたった1公演のみで終わってしまったことについては残念としか言いようがないが、この先もツアーは台湾、タイ、インドと続いていき、夏には欧州各地を巡っていくことになる。その先に、前々から噂されている現体制での新作が登場することになるのか、それともその噂が噂のままで終わるのかはわからない。しかし、さまざまな伝説的バンドのツアーからの引退が続いている昨今ではあるが、ガンズ・アンド・ローゼズにはまだまだ未来があるはずだと確信できた一夜だった。
文:増田勇一