──天々高々はバンドですか? それともユニットですか? どういったらいいでしょうか?
あふちゃん「ユニットと言っています。バンドの方がいい?」
あいちゃん「いや、ちょっと背負えないかな」
あふちゃん「バンドという言葉に対しての重みってあるよね」
あいちゃん「そういう精神でやっているかどうか…みたいな感じがある」
──でも、昨年の夏、謎の2⼈組アーティスト"天々高々"が、MOROHAのMC アフロとシンガー・ソングライターのヒグチアイであることを公表した際に、アフロさんは“あいちゃんこと、ヒグチアイを相方にしたバンド『天々高々』改めてがんばります!”というコメントを発表していました。
あふちゃん「バンドって言ってました?」
あいちゃん「ユニットって言っておこう!」
あふちゃん「ほんとうは、どっちでもいいんですよ。そのうち、ギラッとし始めたら、“バンドです”って言い始めるかもしれません」
あいちゃん「ギラッとしたくないから」
あふちゃん「決めたくないのかもしれないです」
──では、改めて、ユニット結成の経緯から聞かせてください。
あふちゃん「二人とも長野県出身なんです。コロナ禍で俺が「シャボン玉」という曲を書いたんですけど、ラップではなくて歌が良くて。女性の声で聴きたいと思って、連絡して、歌ってくれることになったんです。それが、女性の唄うたいに詞を提供する初めての体験でした。自分の見ていた絵が実現するとこんな感じなんだっていう新鮮さがあって…そこから“一緒にやってみたら楽しいな”って思いました」
あいちゃん「私も人が作った曲を歌うことはあまりやっていないので、コロナ禍じゃなかったらやっていなかったかもしれないです。だから、“いろいろやってみようかな?”と思える機会だったので、良かったと思います。MOROHAもそうですし、ヒグチアイもそうですけど、グッと眉間にしわを寄せて聴くような曲が多いので、“人を楽しませることに100振り切った曲を作ったらどういう人生があるんだろう?”って、ずっと考えていて。だったら、一人ではできないし、一緒にそういうことができたら面白いと思ったんですよね」
──ユニット結成前はアーティストとしてお互いをどう見ていましたか?
あいちゃん「“すごいな!”と思っていました。でも、ライブを観に行くと、回り回って、“お前は感動できるくらい頑張っているのか?”って思っていまいます。だから、そこまで自分が頑張っていない時に観たらしんどすぎて見れないな…って。MOROHAは常に感動のその先を行ってしまうアーティスト像でした」
あふちゃん「ヒグチアイは地元の後輩なので、長野県出身というだけでもちょっと意識するわけですよ。最初、12年くらい前に群馬のサーキットイベントで一緒になっているんですよ。その時は俺もツンツンしていたので、“別にこっちから愛想を振ることはねーよ”みたいな感じでした。あいちゃんの方からくるわけでもなく、“長野出身なんですね?”みたいなにこやかな会話もなくて。そのまま終わったと思いきや、俺の相方とはかなり長く喋っていたので、俺だけ除け者にされたという記憶があります」
あいちゃん「意外とUKさんの方が喋りやすかったですし、当時のアフロさんはライブで見るまんまの怖い感じなんだと思っていて。そしたら、その時、MOROHAがよく出ていたライブハウスの人から“振られたばっかりだ”という話を聞いたんです。“振られたからあんなにツンケンしているんだな”って思ったのは覚えています」
あふちゃん「俺が? えー、そう? めちゃくちゃダサいじゃん」
──あはははは。彼女に振られたばかりでツンケンしていたんですか?
あふちゃん「傷心でギラギラしてるの」
あいちゃん「そう。“もう俺は一人なんだ”みたいな」
あふちゃん「ちょっと覚えていないけど、孤独に酔ってるじゃん(笑)。今、初めて聞いた話だけど、それで納得して落ち着かせていたんだ…。俺はその時、そういうこともあったかもしれないですけど、基本的にギラッとしていたので、“負けないぞ”って気持ちが前面に出ていたと思います。それこそ“ヒグチアイは、自分のことを強く歌うシンガーソングライターだ”って認識していたので、割と近いところに根元があると思っていて。そういった意味でも意識していたと思います」
──そこから何か二人の距離が縮まるきっかけはあったのですか?
あいちゃん「ライブに誘ってくれたんですよ」
あふちゃん「福岡で対バンがあって。俺もツンケンしていたんですけど、ヒグチさんもツンケンしている中で、ライブの打ち上げが背中合わせだったんです。後ろでどんなことを喋ってんだろうな?と思っていたら、あいちゃんが真矢みきのモノマネをしていて。“顔が似ている”みたいな話の流れから、何回振られてもちゃんと毎回、“諦めないで”ってやっているのを聞いて、“めっちゃいいやつじゃん!”と思いました(笑)。 そういうイメージではなかったので、“いいやつなんだ”ということがわかって。その打ち上げの時に少し喋って。その後、2015年12月に自分たちのツアー(『MOROHA RELEASE TOUR「上京タワーとバラ色の日々」』)で長野県でライブすることになった時に、“せっかくだから長野出身のアーティストで組もうよ”と言って、ヒグチアイさんとセンティメンタルボーイズとMOROHAの 3マンをやった時、またその打ち上げでたくさん話したのが始まりだったと思います」
──真矢みきさんのモノマネがきっかけだったんですね。
あいちゃん「“真矢みきさんに似ている”と言われ過ぎた時期があって。“似てる”と言われた時にどうしたらいいかがわからないから、もう練習するしかなくて」
あふちゃん「あはははは」
あいちゃん「その頃は試していた時期です。今はもう、振られてもやらないですけど、“なんとかしてこの空気を打破していこう”というのを考えていた時期にちょうどお会いしたんだと思います」
──コロナ禍に「シャボン玉」の共作があり、2025年に天々高々が本格始動しました。2024年12月にMOROHAが活動休止したことも関係していますか?
あいちゃん「その前から曲は少しずつ作っていて。私が世に出せていないデモがたくさんあるんです。捨てられるのがもったいないデモを聴いてもらったら、ラップを入れてくれました。“あ、こういうのもできるんだな”みたいな、なんとなく遊びで作っていた延長で…という感じなんです。最初は「パンとうどん」って曲を作ろうとしていたんだよね」
あふちゃん「まだそれは出来ていないですけど」
あいちゃん「音楽で遊んでいる時期があって、“これいいじゃん、いろんな人に聴かせいじゃん”になっていって…。遊びの延長でちゃんと作り続けているので、自分の中では“楽しんでできたらいいよね”という実験をずっとしている気がします」
あふちゃん「MOROHAでやっていたことに疑問はずっとあるわけです。さっきの話なんですけど、自分自身を裁きながら相手にも“お前はどうなんだよ?”って突き詰めるという…」
──聴き手に対しても“頑張ってるか? 頑張ってないか?”を裁くような。
あふちゃん「それも一つの形として正解なんですけど、すごく極論でやっていたわけで…。“でも、人生ってそれだけじゃないよね”という部分は分かりつつも、MOROHAをやる上では邪魔だったので、見て見ぬふりしていました。そういう極論で走れるのは、やっぱり 20代までで。30代になって、だんだんといろんな人の理由や訳も分かり始めてきて。折衷案を出すために命かけてる人もいたりするわけですよね。そういうものの中に面白みや楽しさ、ユーモアや柔らかさみたいなものがあって成立しているということに対して、もうどうしようもなく、逃げ切れなくなってくるわけです」
──ええ、わかります。
あふちゃん「自分自身にもそういう部分はあって、そこもちゃんと音楽にしていけたら、もっとふくよかな人生になるなっていうのが自分の出どころです。これは俺の妄想ですけど、ヒグチアイもかなり、突きつけていて。もちろん、曲の幅はあるんですけど、“真矢みきの部分は曲の中にはまだ完全に出てはないよね?”って。“もしかしたら、同じところにいるんじゃないかな?”ってうっすら思っていたところもあって。実際に一緒にやり始めたら、彼女もそういう柔らかでユーモアのあるものを作ることが楽しいって感じてくれていたので、“じゃあ、こっちにも自分たちの可能性があるかもね”ということを…こうやって言語化するとこんなにカチカチしてしまうんですけど(笑)、うっすらと感じながらやっていたところはあります。で、MOROHAが止まった時に、“あ、これはある種、間違っていたんだ”とも思いました」
──そこまで思いましたか?
あふちゃん「明確に挫折がありました。やっぱり突き詰めて、切りつけていくと、結局は無理が生まれて、歪んでいって、止まってしまう。“そういうことは起こり得るよね”ってなった時に、人生にはやっぱりユーモアや柔らかさ、楽しさみたいなものが必要なんだと思ったりしています」
──ユニット名を決めたのはいつ頃ですか?
あふちゃん「さっき話に出た「パンとうどん」。手拍子の“パン”と机を叩く“ドン”という音で曲が作れそうだと言っていて…擬音が食べ物になったり、名前になったりするのは面白いねって。自分たちが歌詞にしているものって、擬音の真逆のところを歌っていると思うんです、やっぱり。あいちゃんの歌詞もきめ細やかで。でも、そういう擬音に振り切っていったらどうなるんだろう?ってなった時に、“ユニット名も響きとして素敵なものにしよう”って。だから、意味はないです。“てんてんたかたか”っていう響きの可愛さ。文字を当てるとしたら、“めでたい方がいいよね”って。だから天と高がついているだけで全然、意味はないです」
あいちゃん「私、略せるバンド名にすごい憧れがあったので。ヒグチアイは…ヒグアイ」
あふちゃん「呼ばれてないもんね(笑)」
あいちゃん「呼ばれてない」
あふちゃん「ヒアイだよね、悲哀」
あいちゃん「悲しいに哀しいは、かなしいじゃん」
あふちゃん「悲しいに哀しいでヒグチアイなんだね。すごいな、それ」
あいちゃん「(笑)違うよ! 略せる名前に憧れがあったので、天々高々を略して“テンタカ”というのがすごく気持ちよく受け取れて、とても気に入っています」
──“音楽で遊ぶ”、“音楽を楽しむ”というのが天々高々のコンセプトですよね?
あふちゃん「そうです。あいちゃんは、ヒグチアイがあって、俺はこれまでやってきたMOROHAがあって。それを蹴り飛ばす壁みたいにして、そこからバーンと蹴って、さあ、どこまで行けるか?ってことをイメージしてはいましたけど、一緒ですか?」
あいちゃん「うん。自分の中では、すごく気に入っているメロディーや歌詞が違う形で消化されるのが嬉しくて。“こういう曲を作りたい”という目標を立てると、しんどくなることはヒグチアイで分かっていて。そうではなくて、もっと自由に、“あ、こういうの思いついた! やってみよう!”みたいなことを天々高々でやりたいです。コード進行もあまり考えずに、やりたいからやってみる。で、世に出してみた時に、どうなのかは受け取り手に任せたいです。とにかく自分から出たところで判断をしないというか…そこで切り捨てたりしないことを大事にしているかもしれないです」
あふちゃん「“出てきたものを否定せずにやってみる”というのはすごくわかる! だから、良くない曲もたくさんできたらいいと思ってるんです」
あいちゃん「いっぱいあるもんね」
あふちゃん「いっぱいあるんですよ、実際。だけど、こうやってインタビューをしてもらうと、なんだか知らないけど責任感が生まれて、“いい曲を作らなきゃならないんだ!”ってなってしまう。それが俺は今、ちょっと怖いんです。だから、こうやって話せて楽しいですけど、言葉にしてしまうと、決まっていってしまって、そっちに向かってしまうのが少し恐ろしくはあって。基本的には何も決めたくないんですよね」
──ライブでは、あふちゃんが“HIP HOPもロックンロールも飛び越えて、宴会芸に成り上がるぞ!”とおっしゃっていました。
あいちゃん「あれ、びっくりしましたよ、私。聞いてないし」
あふちゃん「あはははは」
──聞いてなかったんですね。
あいちゃん「はい。普通にピアノを弾いていて…“え? 何? 何? 宴会芸なの?”ってなりましたけど」
あふちゃん「あのね、最近、プロの方が弱いんじゃないか?と思っているところがあって。“プロなんだから”というルールにギュッと縛られて、手段が限られてしまうというか…例えば、プロとしてやっていた時、俺、ついこの間、プロを辞めたんですけど」
──辞めたんですか!?
あふちゃん「そうなんです。辞めました。“宴会芸”と言ってるやつはプロじゃないので(笑)。プロを辞めることによって客席に下りることもできます。プロは、ステージで完結しないといけないので。俺はラッパーとしてはそういうマインドがありました。これは極論ですけど、“プロなんだから、韻を綺麗に踏みたい”とか。そういうこだわりのようなものって、プロフェッショナルのマナーというか、矜持みたいなものだと思うんですけど、“手段を選ばない方が強い”という瞬間を目の当たりにすることが多かったんです。そこに行きたいという願いかもしれないです。“何でもやっていいんだぞ”という決意表明というか。結婚式の余興も、プロより素人のほうがその場を持っていくことがあるじゃないですか。あれを毎現場で出したいです。“すごいのはもちろん他のアーティストだけど、盛り上がったのは天々高々だったね”みたいな着地で満足というか…そういうような意味合いです」
──天々高々は、お祭りユニットなんでしょうか?
あいちゃん「お互いに芸人さんが好きですし、それができたらいいと思います。人を笑わせる…閉じている口を開かせないと笑いは起きなくって。その閉じている口を閉じたまま包むことはヒグチアイでもできる気がするんですけど、開かせることが一番すごいことだと思っていて。その“開かせる”をやるには、確かに宴会芸みたいにハッピーなことができるようになりたいです。それは、元々持っているものというよりは、目指しているものに近くて。でも、“こうしたらもうちょっとこの瞬間に笑顔になったな”とかいろんなことを考えると、一番遠くなっていくんですけど。そう、開かせることができたらいいと思っています」
──1年間、活動してみてどうでしたか?
あいちゃん「楽しいですし、すごくラク。こんなにライブが終わった後に“遊ぶぞ!”みたいな気持ちになったことがなかったから。“こんなに人に任せていいんだ”というのは、二人でやってみて初めて知りました。私は5日間くらい連続でライブができるよねって思うくらいです。あなたはちょっと大変そうですけど」
あふちゃん「全然いけますよ。やっぱり無責任ですよね。無責任だから。無責任に一生懸命やるという状態がやっぱりいいんですよ。でも、これが難しいことでもあって」
──知らず知らずのうちに我々が責任を負わせてしまうわけですしね。
あいちゃん「でも、そこから逃げよう逃げようって考えていると、また行ける場所も少なくなってしまうから。ずっと“楽しい”があって浮かび続けるアイデアが止まらないように、ある程度、自分を楽しませておかないといけないというか…。今、喋っていることも楽しいですし。またこの先に、“喋ってしまうと、こう決まってしまうから嫌なんだ”みたいな気持ちになるかもしれないですけど、テンタカでインタビューを受けるのが初めてだから楽しいですし、今、すごく新鮮な気持ちです」
あふちゃん「そうだね、初インタビューですね」
あいちゃん「楽しいよ。今は、楽しい」

──テンタカ初のフィジカルCDとしてもリリースされる1stアルバムには『祝祭日』というタイトルがついています。
あいちゃん「これ、私がつけたんだっけ?」
あふちゃん「そうだよ」
あいちゃん「祝日と祭日って嬉しいじゃないですか」
あふちゃん「ラッキーって感じがするよね」
あいちゃん「“平日では絶対にないな、休みの日だな”って思っていて。この1年、ライブをしてきて、日曜日の昼間とか野外が本当にハマっていて、みんなが楽しそうな中に入っても違和感がなくて。アルバムの曲たちも、「なんども」は少し暗くてシリアスですけど、全体的にいつ聴いてもハッピーな気持ちになれるような曲が多いです。ハッピーでラッキーで、ワクワクすることを考えると、“祝祭日みたいな曲たちだな”と思って。いつ聴いても、楽しかった思い出や嬉しかった思い出が出てくるようなアルバムだと思っています」
あふちゃん「形になるのはやっぱり嬉しいことです。あと、Sundayカミデ三谷とアツムワンダフル、ビートさとし、けいちゃんが参加してくれたことも嬉しかったです」
あいちゃん「既に配信している曲はアレンジしたいと思って。ここは争ったところもあったりしたんですけど、最終的にはアレンジにも賛同してくれました。やっぱりお祭り感だったら、人がたくさん集まってきたり、いろんな音がある方がいいので」
あふちゃん「関われる人がいるのがいいですね。ツアーができるのも嬉しいです。それこそ CD があると、それを神輿にして、みんなで集まってそれをワッショイやっている感じがすごく嬉しいです」
──『天々⾼々〝祝祭日〟リリースツアー』が始まりますが、どんなツアーになりそうですか?
あふちゃん「陽気にやりたいです。もう思い悩みたくないですね」
あいちゃん「あまりライブハウスっぽいところがないので、全体的な空気を楽しんでもらえる日になるといいですね。“聴きに行くぞ!”という気持ちではなくて、ラフに楽しんでもらえるようなライブにしたいと思っています」
あふちゃん「目標も難しいなあ…形が決まっていかなければいいと思います。その場所、その場所の会場のことを大喜利のお題だと思って、その会場ならではのライブの作り方をしたいと思っています。俺が好きな清荒神は、「5959」のMV を撮った場所なので、俺たちが行くことで、お客さんがその町を知るきっかけになったりすると、ツアーを組んだ甲斐があると思います。でも、どうなるんだろうね? これだけライブをガッツリと短期間に続けてテンタカがやることはなかったから」
あいちゃん「飽きないといいよね」
あふちゃん「とにかくあいちゃんと喧嘩しないようにします」
あいちゃん「機嫌悪くならないようにしよう(笑)」
(おわり)
取材・文/永堀アツオ
RELEASE INFORMATION
LIVE INFORMATION

天々高々〝祝祭日〟リリースツアー
2026年5月24日(⽇) 福岡 いいかね Palette 給食室内tas coffee
2026年5月28日(⽊) 熊⾕ モルタルレコード ※SOLD OUT
2026年5月30日(⼟) 名古屋 KD ハポン-空き地-
2026年5月31日(⽇) 兵庫 清荒神AHSO ※SOLD OUT
2026年6月5日(⾦) 東京 北沢タウンホール
2026年6月7日(⽇) ⻑野 ギャラリー花蔵
2026年6月14日(⽇) 札幌 musica hall café
2026年6月19日(金) ⼤阪 JUGAR〜フガール〜 ※追加公演
2026年6月20日(⼟) ⼤阪 JUGAR〜フガール〜 ※SOLD OUT

