――活動5年を経ての1stアルバムですが、陽真さんが歌が上手いことはもう歴然としていると思うので、さらに表現したいことがあったのではないですか。
「今回のアルバムタイトルを『Route U』にしたんですけど、“Route”は自分の原点とこれからの道を意味していて、“U”は聴いてくれるあなた=Youっていう意味も込めています。そして、日本国内だけじゃなく海外の音楽ファンにも聴いてもらいたい、Universeっていう意味を込めて1文字のUにしたんです。収録内容は音楽活動を始める高校1年生の時にライブをしようと思って作ったオリジナルや今作のための新曲もあって、アルバムに“これまでと今、これからどういう方向に進んでいきたいか”をすべて入れ込みたいと思いました。まさに名刺代わりの1枚を作りたいという想いで制作しました」

――自作の新曲は意識してどういう曲にしたいと考えましたか?
「曲によってそれぞれテーマは違いますが、リード曲になっている「winter bells」はテーマがはっきりとしていました。いつもライブでキーボードを弾いてくれているはだみゆ(miyu)さんがベーシックのトラックを送ってくれたのですが、この時点では最終的なアレンジに施されているような季節感ある音が入っていなかったので情景や季節が感じ取れない状態だったんです。なので自分の好きなように歌詞を書こうとパッと出てきたのが春で、出会いと別れの時期である3月、4月の詞を書いていたんです。その後プロデューサーやはだみゆさんとミーティングをして、最終的にどういう音作りをしていくか話した時に“春じゃないかもね”って言われて(笑)、改めてブラッシュアップされた音源を聴き直したらイルミネーションが頭の中に浮かんできて、そこから本格的に作詞作業に入ったんです」
――真逆の季節感だったと?
「その時に“半径5メートル以内の小さな幸せ”を歌詞のテーマにしようと思って、同棲したてのカップルの他愛もない当たり前の日常の1コマを描きたいなって思ったんですよ。でも今まで恋愛ソングをあまり書いたことがなくて、ありきたりの言葉しか思い浮かばなくていろんなドラマとか映画を観ていたんですけど、それでも閃かなくて一旦手放してみたとき、当時流行っていた映画『イカゲーム』を観たんです。特にシーズン3はいつ殺されるか分からない、自分の一歩でこの命が終わっちゃうかもしれない内容で、人間って追い込まれた時は非現実的な瞬間を過ごしたいと思うんじゃなくて、炊きたてのご飯が食べたいとか家族や大好きな人といつもの日常を過ごして、何事もない1日で1回でも笑えたらいいなとか思うんじゃないのかなって想像した時に、この「winter bells」の歌詞が書けるようになって。まさに“半径5メートル以内の小さな幸せ”を表す歌詞にたどり着けたんじゃないかなと思います」

――では、挑戦した曲で言うとどうですか。ちなみにコライト(共作作業)は今回のアルバムに向けての挑戦ですか?
「これまではやってないです。今までの作り方としては自分でアコギを弾いて曲を作るというのが基本だったんですけど、それだけじゃ自分がイメージする曲がなかなか出来ないと思った時期があって、今までやったことのない新しいことをしたいって思ったので、昔からのライブサポートメンバーのはだみゆさんやギタリストの下野 隼さんとのコライトに挑戦しました。それはこのアルバムを作ることが決まってからっていうよりは前回、Night Tempoさんプロデュースの2曲をリリースしてから今までの約1年半ぐらい前から新たにスタートした感じです」
――その成果が出た曲というと?
「挑戦というところで言ったら「2人の世界」は結構ダークな曲が完成したと思います。過去にリリースしてきた曲って結構ポジティブな歌詞で明るいサウンドの曲が多い印象だと思うんですけど、はだみゆさんが作ってくれたトラックは今までの自分にはないサウンド感だと思って、これまで自分から出そうとは思わなかった引き出しからいろいろ出してみたいなと思って、そのダークな曲から自分の中のドロっとした人間の心の弱さというか、優しさの裏側を表現したいなと思ったんです」
――具体的な設定も考えて?
「心の弱さとか優しさの裏側がテーマだったんですけど、そのテーマだけで友情なのか恋愛なのか全く決めずに自分の中で最初に“深夜1時”っていう言葉だけ出てきて、そこからメロディと歌詞が同時にワンコーラス出てきました。“深夜1時、鳴ったキミからの呼び出し”っていう風に歌いながら歌詞がはまっていって、後からテーマがついてきたみたいな感じでした。あとから“これは浮気の曲だ”って気づいたんですけど(笑)」
――作ってから気づくという(笑)。アルバム全編、歌い方がこれまでよりもいい意味で抑えが効いてますね。ボーカルについて意識したことは?
「歌い方に関して絶対守り抜くと決めたポイントは歌い上げないということです。個人的にバラードが好きなので歌い上げる曲を歌いたい思いが強いんですけど、今回のアルバムのためのオリジナル曲に関しては今までやってきたことのない新たなトライをしようとして始めたので、歌い上げないということは心の中に決めて、メロディやそれぞれの曲に対しての歌い方にこだわって制作しました」

――そしてアルバムに先行して配信された佐藤 博さんの名曲「Sweet Inspiration」のカバーですが、そもそもこの曲を日本語カバーとして歌うことにした経緯はどんなところからだったんですか?
「この曲を知るきっかけにもなったんですけど、今回の日本語詞を書いてくれた真沙木 唯さんと3年前にスタッフの紹介でご挨拶させていただきました。それから何回かランチデートをして私の音楽ルーツ、演歌・歌謡が大好きとか、映画の話とか。私『キューティー・ブロンド』っていう映画が好きなんですけど、もうほんとにたくさんのお話をしたんですね。その中で真沙木さんは昔から佐藤さんとお仕事をご一緒されていて、繋がりがあるというのも関係していると思うんですけど、佐藤 博さんの「Sweet Inspiration 85」のバージョンを“陽真に聴いて欲しい”“この曲の日本語詞を書きたいから、陽真に歌って欲しい”って言ってくれたんですよ」
――陽真さんはその時初めて聴いたんですか?
「Night Tempoさんが佐藤 博さんの曲を好きで、私も聴いていました。この曲が入っている佐藤さんのコンピレーションアルバム『This Boy』のアナログ盤が欲しかったんですけど全然なくて。改めてこの曲を真沙木さんに聴かせていただいて、この曲を自分が日本語詞で歌ったらどんな化学反応が起こるんだろう?って自分でもすごい気になって”ぜひ歌いたい”と思ったんですね。それでリリースの予定はなかったんですが、真沙木さんと2人でデモ音源を作って、”いつかみんなに聴いてもらえる日が来たらいいね”っていうのが3年前で、ずっと温めていたんです。今回1stアルバムを作るとなった時、自分がこれから届けたい音楽の軸にシティポップがあって、その原点は3年前に真沙木さんと一緒に作業した作ったこの曲だし今を作ってくれたきっかけの1曲でもあるなって思ったので、絶対に収録したいと思って入れました」
――原点であるこの曲がアルバムの最初を飾るのは納得です。そしてラストの「ひとりごと」がアルバム全体のストーリーを締めくくっている印象を持ちました。
「これは聴き手によって主人公を変えて聴いて欲しいという思いがすごく強いんですけど、もともとは亡くなった人を想いながら書いていて今と全然違う世界観の歌詞でした。でも、自分でアコギで作ったデモ音源をプロデューサーに聴いてもらったら”1回はだみゆさんにローズピアノで弾き直してもらわない?すごいあったかい曲になると思うんだよね”って言われて。自分では想像できてなかったんですけど実際にローズピアノの音源を聴いた時に”この曲こんな素敵な雰囲気にイメチェンしちゃうんだ”と思って、その時に歌詞の内容をすごく変えたくなったんですね」
――アレンジが曲に対していい影響をもたらすということですね。
「はい。私の中では亡くなった人を思う気持ちも込めてはいるんですけど、聴き手によっては友だち同士とかお母さんと子どもの気持ちとか、いろんな聴き方をしてもらえたらそれが一番嬉しいです。それはまさに自分がこの5年間を経てずっと大事にしてきたことで、聴いてくれる誰かの心のよりどころになりたいという思いがこの曲の歌詞に詰め込めたんじゃないのかなって思います。生きてくなかではいいこともあれば悪いこともあるし、嫌なことが思い浮かぶ時もあれば心の中に雨がザーザー降りになることもあると思うんですけど、雨が降ればきっと虹も出るから嫌なことばっかりじゃないよ、この曲を聴いてちょっとでも心強く思ってもらえたら、私が今まで歌ってきたことやこれからやって行きたいことにも繋がるというか。自分が大事にしてきたことはまさにそれだなと思っているので、今回このアルバムの最後に収録しました」

――アーティスト活動を始めた頃と今では歌うことに対する姿勢は変わったのでは?
「すごいドライな言い方をしてしまうと、最初はとにかく歌いたい、歌を聴いて欲しいという自分本位な気持ちがすごく強くて。好きな曲を歌いたいっていう気持ちの一直線で始めたなって、今になったら思うんですけど、この5年を経て自分の音楽で聴いてくれる誰かの心の支えになりたい、生活の一部になりたいって思うように変化していきました」
――そこは大きな変化ですね。シンガーからシンガー・ソングライターへの成長でもある?
「これまでリリースした曲はコラボレーションや作家の方やアーティストの方から提供してもらう形だったんですけど、自分のオリジナルアルバムを作るんだったら自分から出てくる言葉やメロディも形にしたいという想いは強かったので、今回のアルバムは自分が作詞作曲をして自分の血の入ったアルバムを作りたかったので歌う気持ちとしてもそういった変化が大きかったなと思います」
――まさにアルバムですね。12月にはワンマンツアーが東京・広島で開催されますが、どんなライブにしますか?
「今まではアコースティック編成でライブをしてきたことが多いんですけど、今回のワンマンはアルバムのサウンドの世界観も忠実に再現したいと思ったのでキーボードとギターに曲によっては同期を使用する形で構成をしようかなと思っています。あと、今までは集大成という形でワンマンライブをしてきたんですけど、今回は集大成というより、これからより本格的に陽真としての音楽人生を始動して行くぞっていう意思表示の想いも込めてのワンマンツアーにしたいなと思っています」
(おわり)
取材・文/石角友香


