――和希さんは、昨年5月にアルバム『I』でソロデビューしたわけですが、ソロで活動について周囲の反応だったり、ご自身の手応えはどうですか。
「アルバムをリリースした当初も、自分が思う以上にいろいろな方が聴いてくれている印象があったのですが、それから1年弱が経とうとしている今でもレコメンドしてくださる声があったりして。そんなふうに聴き続けてもらってるっていうのが、自分の中でうれしいポイントです」
――そうしたポジティブな状況の中でリリースする1stシングルの「東京」ですが、たくさんあるというストック曲から?
「確かにストックしているデモはあるんですけど、新曲を作るタイミングでそこから掘り起こすってことが性格的にできないんですね。常に新しいもの、今の自分が作りたいテンション感のものを出したいってなるので。今回の「東京」もそうですが、カップリングの「Show me what you got」も、リリースの話が出てから新しく作りました。ただ、「東京」はものすごく時間がかかってしまって……昨年の8月くらいから作り始めたんですけど、最終的に完成したのは年が明けてからでした」
――どのあたりに苦戦したのでしょう?
「歌詞ですね。トラックはスムーズに作れたのですが、歌詞が全然浮かばなくて」
――「東京」では、故郷を出て東京で夢を追う道を選んだ男性が、夢を叶えた中でも故郷の恋人との日々が描かれています。こうしたテーマで書こうと決めるまでに時間がかかったということですか?
「いや、こういうことを書きたいなっていうテーマは最初から浮かんではいたんですけど、それを言葉に変換するのに時間がかかってしまった感じでしたね。というのも、昔のことを振り返るっていうのが、後悔なのか、そうじゃないのか、自分の中でも紐解けなくて。制作の途中には、“昔は良かったな”と羨むのは後悔してることなんだと感じる時期もありました。だから、“今と比べると昔のほうが輝いていた”っていうような歌詞を書いたんですけど、なんだかしっくり来なくて。そこからの自問自答が続いたんですよね」
――自分は本当に後悔しているのか?と。
「はい。その結果、後悔してるわけじゃないなって。確かに当時の思い出はものすごく輝かしいものなんだけど、そこに固執するというより、それを大切に心の中にしまいながら生きていくっていうポジティブな考え方が、自分の感覚に近いものだと気づいたんです。それこそ、最初の頃に書いた歌詞には、“今のこの道で正しかったのか”みたいなワードもちょいちょい出てたんですよ。でも、僕は今の道に対して信じていたい。ただ、東京という街で過ごしていると、故郷がやけに温かく思えたり、時間が流れてしまったからこそ、故郷での日々が眩しく感じられたりする感覚があって。それが切なくもあるんですけど、逆に、温かいものであり続けるとも思うので。「東京」の歌詞にはそんな自分の想いをきちんと落とし込めたんじゃないかなと思います」
――自問自答した甲斐があったというか。
「そうですね。最後のほうはもう本当にヤバくて、ホテルに缶詰になって書きました(笑)」
――とことん自分の気持ちと向き合って書かれたんですね。一方、カップリングの「Sorry」は和希さんが初めて作詞作曲を手掛けた楽曲のリアレンジですが、8年前に制作した当時の心境は覚えてますか?
「覚えてますね。リアレンジするにあたって改めて聴いたんですけど、若いなって感覚に陥りました(笑)。でも、当時は“ソロの曲を持っておかないと”と思っていて。その前にも、実は「LOVE U DOWN」という曲がソロであったんですけど、それはEXILE SHOKICHIさんが作ってくださったものだったんですよね。自分の中に“いつかソロのアーティストとしてもやっていきたい”という想いがあったので、「Sorry」はそのスタートを切った曲として思い入れがあります。今回のシングルに入れたのは、やっぱり「東京」に続くストーリーでもあったし、時間が経って、今の自分の感覚でやることに何か意味があるかもしれないと思ってのことでした」
――2016年当時の音源と聴き比べてみたのですが、アレンジの違いもさることながら、和希さんの歌い方も違っていて。2016年当時はエモーショナルな印象なのに対し、今回のはそれこそ「東京」で表現されたような、時間が経ったことによる余裕と包容力を感じました。
「まさにその通りですね。なんか、若い頃って、昔の出来事を“いい思い出”として認められないところがあると思うんですよ。振り返るよりも、“もっといい出来事があるだろう”って、その瞬間をドキドキワクワクしながら過ごすほうが勝るというか。もちろんそれが悪いわけじゃなくて。ただ、大人になってみると、それが認めざるを得ないくらい素晴らしいものだったことに気づくっていう。だから、今の僕が歌う「Sorry」は、あの頃のことは本当にいい思い出だなって回想するだけの“独り言ソング”と言ってもいいかもしれません(笑)」
――なるほど(笑)。「Sorry」をリアレンジするにあたって意識したことはどんなことでしたか?
「昔の音源だと、やっぱり自分の歌い手としてのステータスも若いし、なんか、自分というのを全面に出した歌い方をしているのが、今となっては照れくさくて(笑)。さっきも言ったような、自分の中での受け止め方の変化もありましたし、今回は、聴いてくれるみなさんの心に温かく寄り添えるようなイメージで歌い直しました」
――和希さんは岐阜県出身ですが、上京し、夢を掴み、そして現在に至るまで、いろんな距離感で東京という場所を感じてきたのでは?
「今はもう、東京が当たり前になってますね。だって、地元で過ごした時間と同じくらいの時が経っているので。憧れていた場所で普通に生きている感じがすごく不思議な感覚でもあるし、ちょっと切なくもあります。でも、それと同時に、ずっとこっちで生きていくんだろうなとも。今、自分の居場所はどこかと言われたら、間違いなく東京ですから。そういう意味では、今回、昔の話をネガティブに捉えたくないと思った裏側には、東京という街で生きていく覚悟が込められているんだと思います。意識していたわけじゃないけど、自然とそうなった気がしますね」
――もう一方のカップリングは新曲の「Show me what you got」ですが、「今の僕が思いつく最高のアッパー楽曲」とコメントされていました。これは2月に開催されるツアーを意識しての楽曲でしょうか?
「そうですね。ワンマンライブとなるとある程度長い時間になるので、しっとりした曲ばかりじゃなくて、会場を盛り上げる曲を作りたいなってところが始まりでした。あと、アッパーな曲があると――今回で言うなら「東京」とか――聴かせたい曲が際立つじゃないですか。その点も意識して作りました」
――「東京」では書きたいテーマが先にあったとわけですが「Show me what you got」は?
「こっちは完全に音として遊びながらでしたね。歌詞もあまり深いことは考えず、最初に録った宇宙語のフロウが崩れないように、なるべく日本語でもスムーズに流れるような言葉選びにこだわりました。なので、歌詞の内容がどうっていうより、サウンドの聴き心地としてアガってもらえたらうれしいですね」
――ソロではR&Bにこだわった楽曲作りですが、DOBERMAN INFINITYの音楽性との違いを和希さん自身はどう捉えていますか?
「DOBERMAN INFINITYの場合、リスナーの方々の背中を押してあげたい、前を向くきっかけを作りたいっていう願いが、僕らメンバー5人の中に共通してあるんですね。でも、僕の場合はそういうタイプじゃないというか、まだまだ誰かの背中を押してあげられるところまでいってないと思うので。それよりも、自分の経験してきたことや今考えているものを伝えることで、誰かの心が動いたり、“わかる!”と思ったりしてもらえたらうれしいですし、寄り添う音楽っていうものを書きたいと思ってます」
――ちなみにDOBERMAN INFINITYのメンバーのみなさんは、和希さんのソロ活動についてどんなふうに捉えているのでしょう?
「もちろんみんな応援してくれてます。今回の曲はまだ聴いてないと思うんですけど……あ、でもチョーさん(P-CHO)には送りました。チョーさんには毎回送るんですよ。僕のソロ曲をすごく楽しみにしてくれているので。そして、ありがたいことに、いつもこっちが申し訳なくなるくらいの長文で感想を送ってくれるんです。チョーさんはじめ、メンバーのみんなからの後押しは本当に心強いですね」
――ソロ活動での経験がグループに還元されているなと感じることも?
「そうですね。それが目に見える形になってるいかと言われたら、まだそこまでじゃないんですけど、これから自分が1人のシンガーとして自立し、名を馳せることが、DOBERMAN INFINITYへの恩返しかなと思ってます。やっぱり、一人ひとりが強いほうが、全員そろったときにチームとして強くなれると思うので。DOBERMAN INFINITYの音楽を聴いたことがない人たちのところにも僕の音楽を届けたいし、逆にそこからグループに興味を持ってもらえたらうれしいし。グループの中でもっともっと頼もしい存在になれるように、ソロとしても頑張っていきたいなと思いますね」
――もともとのファンの方は和希さんのルーツがR&Bであることを知ってると思いますが、ソロの楽曲から入ってDOBERMAN INFINITYの楽曲を聴いた方は、そのギャップに驚くかもしれませんね。
「確かにそれはあるかもしれませんね(笑)」
――今回、改めてソロの楽曲を聴いて思ったのですが、和希さんの歌い方やコーラスの重ね方ってちょっと独特というか。人から言われたりしませんか?
「歌おうと思っても歌えなくないですか?たぶんカラオケとかで歌おうとするとすごく難しいんですよ」
――「Show me what you got」なんかは口ずさむのも諦めました(笑)。
「そうですよね(笑)。それを目指してます。スタッフさんからも、よく“どうやって歌をはめてるんですか?”って聞かれるので、たぶん歌いにくいんだろうなって。僕自身はその歌い方が身に染み込んでいるので、まったく問題ないんですけど」
――そうなんですね。カラオケで歌われるかを意識した楽曲が多い中、なかなかのチャレンジですね。
「聴いてもらえたらいいと思っているので、歌ってもらえるようなポップなものを作ろうっていう感覚がないんですよね(笑)。でも、踊ってくれるとは思うんですよ」
――確かに、リズムに身を任せる気持ちよさがありました。
「それが自分のスタイルなんだと思います。なので、ダンサーさんが曲に合わせて踊ってくれたらうれしいですね」
――ちなみにコーラスワークも和希さんが自ら?
「はい、全部自分です。でも、今回は全然コーラスしてないほうなんですよ。コーラスを積もうと思えば永遠に積めるし、一応レコーディングではいろいろ録ったんですけど、最低限のものだけ残して他はミュートにして使いませんでした」
――R&Bというジャンルの音楽をやるうえで、コーラスが楽曲に与える効果ってどういうものだと思いますか?
「コーラスを入れることによって、トラックを派手にする必要がなくなるというか。今回のシングルって、どれもトラックがシンプルなんですよ。余分な音も入れてないですし。打ち込みで音を入れるくらいなら、声でやったほうが華やかになります。それに、トラックって音数が少ないほうがカッコいいんですよね。今のトラックに、これ以上パットとかストリングスとかを足したら一気にダサくなっちゃう。足りないものがあったら声で足すっていうのが、音として一番イケてると思うんですよね」
――改めて細部まで聴き直したい気持ちになりました。また、緻密に計算された音源を、ライブでどう再現するのかも楽しみです。2月に開催される初のワンマンツアーは、どんなステージになりそうですか?
「DOBERMAN INFINITYであれば、盛り上がって楽しめるライブという印象が強いと思いますが、僕のソロでは、来てくれた人の記憶に残るようなライブができたらと思っています。みんなそれぞれいろんなことがあると思うんですけど、僕のライブで感じた音楽や見た景色がそのままずっと残り続けて、何年経っても“あのライブ、すごく良かったな”って思い出して心が温まるような、そんなライブにしたいと思います」
――そのステージから見る景色もまた、和希さんにとって忘れられないものになるでしょうね。
「そうですね。ソロでワンマンツアーをやるというのが目標のひとつだったので、それを経た後、自分がどんなことを思うのかっていうのは楽しみです」
――ソロ活動もますます本格化していくと思いますが、今年はDOBERMAN INFINITYも10周年を迎えますが、DOBERMAN INFINITYのKAZUKIとしてこの10年を振り返ってみた感想も教えてください。
「あっという間でしたね。何だろう……まだまだできたと思うこともあるし、でも叶えられたものもあるし。得たものもあれば、失ったものも…というのは、生きていれば当然ありますよね。大人になるっていうのは、こういうことなんだなと思います。でも、そういう紆余曲折を噛み締められるような年齢になってきたので、この先の未来をもっともっと大事に生きていこうって思いますね」
――では、ソロアーティストの林 和希として目指す場所とは?
「やり続けること、ですね。まだまだ行き届いていない場所にいる人たちもいると思うので、そういった人たちに届くように、より多くの人たちに聴いてもらえるように、とにかく続ける。それが自分の生きる道だと思うので、歌い続けていくのが目標です」
(おわり)
取材・文/片貝久美子
写真/平野哲郎
ヘアメイク/中山伸二(CONTINUE)
スタイリング/Yamato Kikuchi(Rising Sun)
林 和希 LIVE TOUR 2024 " I "LIVE INFO
2月3日(土)Zepp Nagoya
2月16日(金)KT Zepp Yokohama
2月25日(日)Zepp Osaka Bayside
3⽉20⽇(水)Zepp DiverCity _NEW!
林 和希「東京」DISC INFO
2024年2月21日(水)発売
初回生産限定盤(CD+DVD)/XNLD-10200/B/2,750円(税込)
LDH Records
林 和希「東京」
2024年2月21日(水)発売
通常盤(CD)/XNLD-102001/1,320円(税込)
LDH Records