――今回の『MOONAGE』は、2020年リリースの前作『DOUBLE STANDARD』頃から地続きの音楽性に感じられたんですけれど、中田さんご自身としてはどういう心持ちでしたか。

「『DOUBLE STANDARD』ぐらいから、自分ならではの音作りみたいなものが見え始めて、今回それがすごく形になったような感じはしますね。僕は42歳なんですけど、自分の世代感みたいなものをすごく表現できたと思います」

――なるほど。音楽的には『DOUBLE STANDARD』から2021年の『LITTLE CHANGES』までの要素が混交しているのかなと。

「そうですね。こういうちょっとレトロなアプローチがいまの自分のパーソナリティと音楽性に合ってるなっていう感じがしてるんですよね。ここ4作ぐらいは突き詰めてやったんですけど。だんだんそれが一体化したっていうか、自分とその音がシンクロしたかなっていう気がしてますね」

――いわゆるネオソウルとか好きな人もきっと好きだと思うんです。

「ああ、だといいですね(笑)」

――ギターが八橋義幸さん、ベースが隅倉弘至さん、ドラムが張替智広さんって、なかなか強力なバンドメンバーですが、この布陣が馴染んできた感じですか?

「そうですね。かなり信頼してるメンバーです」

――先行配信で「ハグレモノ」が配信されていますが、この曲の着想はどんなところからですか?

「着想はギターリフですね。ギターリフが浮かんで、そこから“なんとなくラテンかな”みたいな感じで。ちょっとサンタナっぽいイメージがあって、そこからバンドのみんなでアレンジしていきました」

――ロックのレパートリーとしては珍しいメロディだったりするのかなと。

「そう、ロックとラテンをああいう形で融合させた人はサンタナが最初だと思うんですけど」

――この曲を先行で出された理由は?

「このアルバムの中で一番キャッチーかなと。ミドルテンポだったり、落ち着いた雰囲気の曲が多いアルバムなので。最近こういうアプローチをしてなかったのでちょっといいかなと」

――前作まではこの2、3年の精神状態が出てたと思うんです。でもこの楽曲は生きる意味が描かれている気がして。そんなに超前向きっていうことではないんですけど。

「そうです。超前向きじゃないんだけど(笑)、まあ生きるしかないってことです」

――生きるしかない感じっていうのは日常にもありますか?

「あります。そういう時代といえばそうなんでしょうけど、自分の立ち位置とか、いろいろ考えますよね」

――前作ぐらいまでは生きることに対して苦しい感じがあったので、「ハグレモノ」を聴くと次の兆しが見えると言いますか……

「コロナだったりいろいろありましたし、未来が見えづらい世の中だなあっていうのはすごく自分も感じていて。そんな中でも生きて行くことでしか、理由は見つかんないなっていうところですかね。夢とか希望とか言うのがリアリティがないっていうか。みんなそうだと思うんですけど(笑)」

――『DOUBLE STANDARD』の頃は矛盾を許さないムードに対してすごくきついなという心情が出てたと思うんですけど、1年が過ぎ、2年が過ぎてしまって、それにスポイルされてばかりでもしんどいですもんね。

「そうですね(笑)」

――マイナーチューンで艶っぽい曲なんですけど、光がちょっと見えたんですよ。でも、“これからこういう生き方しよう”とか思うわけじゃなくて。

「いろんな関係性とかそういう中で見えてくるっていうか。ひとつひとつを丁寧にというか(笑)。そこからでしか夢も希望も始まらないっていうところじゃないでしょうか」

――実際に音楽活動や生活の中でも、ちょっとしたとっかかりというか、希望みたいなものは見つかりましたか?

「身近なところに幸せとか喜びっていうのはあるっていうか……それはすごい気づかされましたよね。当たり前にあったものが当たり前じゃなくなったことがたくさんあったので。当たり前と思ってることがどれだけいろんな人の力とか、いろんなご縁の中であるのかっていうのはすごく思いましたね。だから人前でライブができることもそうだし、普通に散歩できることとか(笑)。普通に友達とお酒を飲むこととか。そういう一個一個、暮らしの中のありがたみみたいなものは感じました。表現の方向性もだんだんそういう風になっていきましたよね。大きいものにを向かって行くっていう感じじゃなくなったかな」

――アーティストにとってライブをするっていうのは本当に大きいのだなと思いますが?

「確かにライブって大切だったんだなっていうのが――まあ大切だっていうのはわかってるんだけど――音楽を作るのとはまた別で、そういう場所があるっていうことは本当にミュージシャンにとってはすごく大切なんだなっていうのは思いますね」

――新譜を作ってやっと人前で歌えたという感じですか?

「最近はそうですね。届ける対象が目に見えてるっていうのは全然違うなと思います」

――2022年にちょっとずつ戻ってきた感触もありながら今回のアルバムを作ってらっしゃった?

「そうですね。またバンドでツアーやりたいなっていうのもありましたし。コロナ以降はフルバンドでのライブをあまりやれてなかったので、それもあるかもしれないですね」

――今回面白いなと思ったのが「ビルディング」はブルースシンガーみたいに聴こえたんですよね。これはちょっと新しいなって。

「ありがとうございます」

――この曲はどういうところから曲想が出てきたんですか?

「このアルバムの曲の多くはピアノで作っていて、これもその1曲なんですが、昔から自分の中にある東京のビル街への憧れでもあり、自分とのギャップでもあるみたいなところで。 非現実と現実の対比みたいな、そういう意味だとすごく東京って描きやすいですよね。夢の象徴と夢破れた自分と……みたいな(笑)。結構哀愁を感じるというか、あそこからまたみんな家に帰ってって現実に返るみたいな。長い間この世界にいると、最初の方は勝ち負けで考えてたところもあって――まあ何に対して勝ちたいのかわかんないですけど――数字とか視覚的な判断とか、比較とか、だんだんそうじゃなくなってきた。自分で納得できていればもうそれでいいんだみたいな。なんかそういうところで、別に負けてもいいというか。今、結構0か100かの世界だから、このラインから落ちたらもうだめみたいなすごい厳しい時代ですけど、そうじゃないなって思うんです。それぞれの幸せの基準っていうのがあって、だからそれを人にも押し付けられないし、人からも押し付けられたくない。なんかそういうところですね。この歌はちょっとなんだろう……負け犬感があるんだけど、でもそれを受け入れる自分っていうのがテーマで。だからネガティブなようだけどすごいポジティブな自分の今のあるがままを受け入れるっていうところが、たぶん僕ら世代に必要なまなざしだと思うんですよね。なんかこれからの時代生きて行くには結構大事な視点かな」

――中田さん世代かちょっと上の世代の人たちがいわゆるロストジェネレーションですね。

「そうですね。バーンアウトしてる人めちゃくちゃ多いと思うんで」

――30代ぐらいで自分なりの価値観みたいなものが出来上がってないとつらいかもしれないですね。

「比較ばっかりですよね。SNSもそうだし。自分が劣っているって人と比べちゃいがちなんです」

――確かにコロナで余計加速した感じありますよね。こういうのが成功で、こういう人が勝者である……とか。

「そうですね。余計にふるいにかけられるかっていうかね。でもそんなことないですよね?」

――その負けてもいいんだみたいな気づきってどれぐらいのタイミングでしたか?

「『DOUBLE STANDARD』ぐらい。まあでも、38とか39ですかね」

――それで楽になったりという感覚はありますか?

「肩の力が抜けましたね。気負ってたところはあったんで。でもそうなった時にまたいっぱい見えてくることがあって。歌のテーマとかもいろいろ広がったっていうか。音楽をやることを競争の世界だと思ってたんですけど、“違うなあ”と思って」

――「自分の方ができてる」「自分の方がこの部分が勝ってる」とかじゃないと?

「若い時は思ってましたけどね。今はみんなすごいなと思います(笑)。なんに対して競ってたんだろうと思うと、結局自分なんですよね(笑)。若い時はエネルギーでそれはいけるんですけど。だんだんそういう感覚でやってない人が増えてきますしね。で、そういう人がまたすごかったりするから」

――確かに。より音楽の方に向かっていくんでしょうね。

「そうですね。それぞれの求道者っていう感覚になっていくんですよね」

――それにしても今回だいぶラブソング寄りだなと思います。

「本当ですか?」

――そういう意識はないですか?

「そういう意識は……どうですかね(笑)。前2作に比べるとそういうちょっと艶っぽい曲は多いかもしれないです。男女を描くってことは相反する価値観……光と影じゃないですけど、そういうところから見えてくるものがすごいあるんで」

――ラブソングなんだけど対象となっている人へのまなざしがすごい深いと言いますか。 ラストの「存在」っていうもうまさにズバリなタイトルの曲がありますけど、大切とか大事っていう言葉もちょっと軽くて、重要なんだろうなっていう感じがするんですね。

「うん、うん」

――艶っぽいと言っちゃうと刹那的な感じもありますけど、対象への思いが深いというか。べったりしたもんじゃなくて信用できる感じが強かったです。

「まあ人間関係が必ずしも一辺倒ではいかないですからね。ものすごく複雑に絡み合っているものなんで。なかなか好き嫌いとかそういうことじゃなくて、すごくセンシティブなところなんで、それをどう書くか?っていうのはありました」

――今回かなり手応えがあるんじゃないですか?

「手応えあります。すごく納得できてます、今作」

――その対象があるっていうことに対して改めてなんか誠実になりたいなと思うような 内容の曲が多かったんですよ。中でも「存在」は自然と涙が出ました。

「ありがとうございます」

――しかも中田さん“ひとりオケ”ですよね。

「ほぼ。ドラムはsugarbeansが叩いてくれて」

――この<僕ばかり救われて/話にならんじゃないか>という歌詞は一人の対象っていうだけじゃなく、リスナーも含まれるのかなとちょっと思っちゃいました。

「そうですね。自分を支えてくれるいろんな人っていうか、自分に関係してくれてる人たちですよね。その人たちがあって自分があるっていう」

――救われる人が多そうです(笑)。

「そう願ってます(笑)」

――ひとつひとつの曲にすごく説得力がありますね。

「やっぱり僕みたいな気持ちでいる人もいっぱいいるんじゃないかなっていう気がしてるんですよね。特に同世代の人とかはそうだと思うんですけど、そこに寄り添えるようなというか……だからこういう風にどんどん特化して行っちゃうんですけど(笑)」

――特化してるからこそ沁みる人が多いと思うんですけどね。

「うん、沁みて欲しいです。沁み入る時間が必要んですよね、今は」

――音楽的に面白かったのが「蒼ざめた光」なんですけど、クラシカルなメロディで。これはメロディから出てきたんですか?

「昔からクラシック音楽がもっているあの静謐な雰囲気がすごい好きで。マイナー調の曲が多いじゃないですか、名曲には」

――バッハとか普遍的ですよね。

「うん。すごいですもんね。ずっと新しいというか」

――この曲って最初からストリングスを入れることは決めていたんですか?

「チェロは入れたいなと思ってましたね。なんか重い感じがいいかなと思って」

――その音域があればいい?

「シンプルにしたかったんで。最初はシンセベースみたいのを入れてたんですけど、違うなと思って」

――ネオソウル的なものやジャズ的なものも混ざってて、聴く楽しさがすごいあります。

「そう感じていただけると嬉しいです」

――ちなみに中田さんはジャズは聴かれるんですか?

「むしろジャズしか聴いてないぐらいですね、最近は」

――プレイヤーや作曲家では誰が好きですか?

「ビル・エヴァンスが一番好きですね。あとチェット・ベイカー。あの二人ばっかりかな。マイルス(・デイヴィス)も好きですけど、マイルスは結構攻めてるときがあるから、あんまり癒されない(笑)」

――ビル・エヴァンスはどういうところが好きなんですか?

「本当に美しいなあと思うんですよね。悲しみが美しいっていうかね。なかなかあれ以上に悲しい音楽ってないと思うんですけど、それぐらい悲しみの深みみたいなところがいろんな人の共感を呼ぶっていうか。安心する深さなんですよね」

――悲しみが美しいっていう感覚は別にネガティブなことじゃないし、共有されるといいですね。

「そうですね。それで解決できたりしますからね。受け入れられるっていうかね。悲しみとか苦しみイコール、ダメなものじゃないので。基本、悲しくて苦しいもんだから人生って。それをちゃんと共有するっていうか、“そういうもんだよ”って受け入れられるような表現が今必要かなとすごい思います」

――それが今回のタイトルにもなってたりしますか?

「そうですね。何がつらいかって、世の中と言われてるものと自分とのギャップにみんなすごく苦しんでると思うんですけど、実はそんなものはないっていう(笑)。 世の中と言われてるものがあるだけで、世の中っていうのは今自分の生きている世界で、比べる必要がないってこと。自分が生きているその世界の方が大事だと思いますね」

――そう思う強さは若干必要かもしれないですね。

「そうなんですよね。だから逆に振り切る強さっていうか、そうすぐにはできないとは思うんですけど。スマホをあんまり見ないとか、TVをあんまり見ないとか(笑)。でも見るべきもの、聴くべきものって探せばいろいろあるんですよね。そのひとつに僕も入れてもらえるといいなと思うんですけど(笑)」

――そして見るべきライブもあります(笑)。バンドセットと弾き語りが並行して行われるというツアーです。

「バンドセットでは新作の曲を中心に、気心知れたメンバーとの演奏を心ゆくまで楽しみたいです。弾き語りの方はいつもセットリストは決めず、オリジナルとカヴァーの歌本を捲りながらその時の気分で選曲していくので、バンドセットとは全く別モノという感じです」

――バンドセットのアレンジと弾き語りアレンジの両方ですもんね。でも、想像ですけどライブはやはりいい循環がありそうですね。

「やっぱりコロナ禍中にそれは思いましたね。集中状態とか夢中でやるっていうのはすごく健康的なんだなっていうのを実感できました」

(おわり)

取材・文/石角友香

LIVE INFOTOUR 23 "MOONAGE SYNDROME"(バンド編成ワンマン)&中田裕二の謡うロマン街道(弾き語りワンマン)

5月13日(土)仙台 Rensa(バンドセット)
5月14日(日)仙台 カフェモーツァルトアトリエ(弾き語り)
5月20日(土)福岡 DRUM LOGOS(バンドセット)
5月21日(日)福岡 ROOMS(弾き語り)
5月27日(土)横浜 ランドマークホール(バンドセット)
6月3日(土)札幌 musica hall cafe(弾き語り)
6月4日(日)札幌 cube garden(バンドセット)
6月10日(土)大阪 BIGCAT(バンドセット)
6月11日(日)名古屋 ボトムライン(バンドセット)
6月17日(土)松山 日本キリスト教団 松山教会(弾き語り)
6月18日(日)高知 あたご劇場(弾き語り)
6月24日(土)東京 EX THEATER ROPPONGI(バンドセット)

DISC INFO 中田裕二『MOONAGE』

2023年4月26日(水)発売
CD+DVD/TECI-1799/5,500円(税込)
Imperial Records

関連リンク

一覧へ戻る