──2025年3月から20周年イヤーをお過ごしのKさん。まずはおめでとうございます!
「ありがとうございます!」
──2005年にドラマ『H2〜君といた日々』の主題歌「over…」で日本デビューしてから現在までを振り返って、率直にどう感じられますか?
「あっという間でした。気付いたら10周年、気付いたら20周年という感じで。長期的なプランを立てつつも、目の前に課題があるとそれに夢中になってしまうので、それをクリアしたらまた次の課題が来て…そんなことを、ずっとやってきた20年だったように思います」
──その中でもKさんにとってターニングポイントとなった出来事を上げるとしたら、どんなことですか?
「いくつかあるんですけど、まずは日本に来たことです。その前に韓国でデビューしていたのですが、“日本でシンガーを探すオーディションがあるよ”というので受けて、合格して、日本に来るようになったのがターニングポイントの1つです。そこから順調にやらせてもらっていたものの、兵役に行くことにした2011年直前は創作意欲がものすごく上がって、ものを創ることに対して素直に向き合うきっかけになったタイミングだと思います。さらに、これはどのアーティストも同じだと思うんですけど、やっぱりコロナ禍です。それまでは曲を作るにしても事前にある程度の図面だけを書いて、ちゃんとした完成はスタジオで…ということが多かったのですが、そのやり方ができなくなったので、自分のスタジオでほぼほぼ完成まで持っていくという作り方を本格的にするようになりました。そこからまた自分の音楽的な何かがすごく変わった気がします」

──この1年は20周年を記念したライブツアー『K 20th Anniversary LIVE』で全国をツアーされてきました。残すはツアーファイナルのZeppなんばを残すのみとなった今、ここまでの手応えというのはいかがでしょうか?
「今回はできるだけ全国を細かく行こうとスケジュールを組んで、松本(長野)やいわき(福島)など、普段はなかなか行けない土地も含まれていました。そういった場所では、47都道府県をくまなく回った10周年のツアー以来、“10年ぶりです!”という方もかなり多かったので、本当にこのツアーをやってよかったなと思います。僕自身も各地で刺激をもらっています」
──「Spring Out!」、「Summer Breeze!」、「Fall in Love!」、「Winter Wonderland!」と、今回のツアーでは季節ごとにサブタイトルを変えていますが、それぞれコンセプトも異なるセットリストでツアーをされていたのですか?
「1年を通してライブをやることが今までなかったんです。それを今回やるとなったとき、せっかくだから春夏秋冬にしたくて。なんなら曲のタイトルみたいなツアータイトルがいいと思って、まず最初にツアーのタイトルの「Spring Out!」を決めました。で、そのタイトルから感じる音やアレンジ、メロディを探して、同じタイトルの曲を書き始めたりもして…」
──先に曲があって、それをタイトルにするという流れが一般的ですが、逆なんですね。
「そうなんです。さらに、季節に合わせてセットリストを変えながら臨んできました」
──ファンの方は4つすべてに行きたくなりますね。Kさんにとっても常に新鮮な気持ちでパフォーマンスできるというメリットも?
「そうでしたけど、春の「Spring Out!」のときには「SPRING OUT!!!」やカップリングナンバーの「Snooze」、夏の「Summer Breeze!」では「Windy city」…お客さんの前で新曲を初めて歌う機会が多くて、それがもうプレッシャーで、プレッシャーで…(苦笑)」

──初披露する新曲を聴いてもらうワクワクより、プレッシャーのほうが勝っていたのですか?
「はい。初披露のときって、“こう弾いたら、絶対にお客さんも盛り上がるだろうな”というのが、そうならないこともあったりして…。それが演奏のせいなのか、ただ単に初めて聴く曲だからなのかわからないということもかなりあるんですよ。それがすごく不安で、ツアー中、ずっとプレッシャーを感じていました」
──昨年11月にリリースされた「意味」も、初披露は「Summer Breeze!」でした。
「さっき話したようなプレッシャーもあったので、“できた曲はどんどん歌っていこう”という気持ちに変わりました。“もう、とりあえず歌っちゃえ!”って(笑)」
──メンタルが強くなっていますね(笑)。
「そう(笑)。“どうせみんな正解を知らない”と思って(笑)。でも、「意味」は(ライブの)2日前にできた曲だったんですよ」
──そんな直前に!?
「でも、みなさんの反応も見てみたいですし、“歌ってみよう”と思って。そしたらどんどん曲が育っていって、そこからちゃんとしたアレンジをするという、僕が理想としていた形がそこでできたので、よかったです」
──「Snooze」や「意味」は、Kさんの楽曲として初めて韓国語が使われています。これまで使われていなかったことが意外な気もしたのですが、それは意識していたことだったのでしょうか?
「デビュー当時は封印していたというか…僕自身もまだ日本語が話せなかったですし、当時は韓流ブームと言われていた時代でもあって。もちろん韓流が悪いわけではなくて、例えば“沖縄出身のアーティスト”とか“大阪出身のアーティスト”と同じように“ソウル出身のアーティスト”という感覚で音楽を聴いてほしかったのに、ブームに乗った瞬間、そういう目線で見られてしまうので。そうなると、僕が思い描いたプランと違ってくる…というのがありました。だから、ハングルは喋らずに日本語で勝負してみよう、と思って。そうしたらきっと、僕が歌う歌の日本語も聴こえ方が変わってくるはずだという想いがあって、あえて使わないようにしていました。でも、どこかのタイミングで、自分が思っていることを日本語で伝えられるようになりましたし、周囲とのコミュニケーションも取れようになったときから、“もう韓国語を封印する意味はない”というのはありました。ただ、それを曲にアウトプットすることって、別に意識してするものでもないですし、作戦を立ててやるものでもないと思っていたんです」
──なるほど。
「でも、この20周年のタイミングは、韓国で生まれ育って20年、日本デビューして20年。ちょうど半々のタイミングなんです。そんな自分しか持っていないアイデンティティはなんなんだろう?…そういうものを作品に残すべきだと思っていたときに、“曲を書こう”という気持ちになって書いたのが「意味」です。すごく自然な流れでできあがった曲です」
──そうだったんですね。歌詞は日本語と韓国語が交互に出てくる構成になっていますが、それは、例えば先に日本語ですべて書いて、ところどころを韓国語に変えるというのではなく、最初から交互に書かれたのですか?
「そうです。いつもそうなんですけど、タイトルだけ最初に決めました。ダブルミーニングというか…日本語と韓国語で同じ響きの言葉で何かないかな?って検索してみたら、“高速道路(고속도로/gosogdolo)”とか“約束(약속/yagsog)”とか“階段(계단/gyedan)”とか、いろいろある中に“意味(의미/uimi)”があって。“これは面白い”と思って、まずはタイトルを「意味」に決めて、そこから考えていきました。例えば、自分の中にある日本人の部分と韓国人の部分…僕、夢も日本語と韓国語で、交互に見たりするんですよ」
──そうなんですか!?
「はい。なので、その2人が会話をしたらどうなんだろう?と思って。生きていく意味の答えを出してみようと、2人が会話をしています。最終的に答えは出ないんですけど、生きる意味を通して2人の繋がりができたとは思っています」
──ライブで初めて披露したときのファンの方の反応はいかがでしたか?
「日本語と韓国がちょうど半分ずつの歌詞なので、ポカーンとしてしまうんじゃないかな?と思っていたのですけど、喜んでくださる方が多かったです。SNSのコメントやメッセージにも、“韓国語でわからないから、いろいろ想像できて逆によかった”という方もいらっしゃって。あと、韓国の友達にも聴いてもらったら、その友達も、“わからない日本語の部分がすごくよかった”って。子供の頃、まだ英語がわからないときに洋楽を聴いて感動して泣いたとか、その感覚に近いと言っていました」
──言葉も音楽の一部として純粋に楽しめる感じですね。
「それもありますし、“意味が全部わかるからいい”というものでもないんですよね。海外の方とコミュニケーションを取った経験がある方はわかると思うんですけど、たどたどしい日本語や、たどたどしい英語での会話って、絶妙なフィーリングが生まれることもあって。お互いのことを知ろうとするから、すごくピースフルな時間というか…僕が日本に来た当初がそうだったので。そういう感覚もこの曲に宿っているのかも。そう思ったりしました」
──日本のファンの方も、韓国のお友達も、同じところで同じように感じているのが不思議ですし、面白いですね。
「はい。そこは特に意図していなかったんですけど、そう言ってもらえたのはうれしかったです」
──この「意味」という楽曲が、韓国のみなさんにKさんの楽曲が広がっていくきっかけになるかもしれないですね。
「そうかもしれないです。あと、先に韓国でデビューして、その後、日本で活動するようになったキャリアを持つ身として、やっぱりどこかでまた韓国に戻って自分の音楽を伝えたいです。それも、“from JAPAN”として行きたい気持ちが強くあって。20年間日本で育ててもらったものを背負って、また向こうでいろいろやってみたいですし、向こうで学んだこと、刺激を受けたことをまた日本に持ち帰って新しいものを作りたいです。そういう想いがあったから、この「意味」という曲ができたのかもしれないですけど、20年かけてそういった柔軟性を持つ考え方になりました」
──そして、昨年3月から続いてきたアニバーサリーライブも3月1日に大阪・Zepp なんばでツアーファイナルを迎えます。「NEW PAGE」と名付けられたこの公演は、どのようなライブになる予定ですか?
「ライブ当日は6年半ぶりのニューアルバム『NEW PAGE』のリリース日なんです。このアルバムの曲はすべて披露する予定です。この日に初披露となる曲が半分くらいあるので、プレッシャーでしんどいです(笑)。でも、もちろんこれまでの楽曲もやりますし、楽しいライブにしたいです」
──21年目に向けた新しいスタートでもあると思いますが、この先のビジョンというのも浮かんできていますか?
「そうですね…例えば、30周年になったときのことや、40周年になったときのことは、ぼんやりと“こういうふうになったらいいな”というのはあるんですけど、とにかく僕は目の前の課題をクリアしたらまた次の課題が来て、それが解決したらまた次の…というのが好きなんですよ。そういうときこそエネルギーが出るタイプなので。だから、それを怖がらずに進んでいきたいのと、あとはやっぱり好奇心を大事にしたいです。昔はできないことに対する不安のほうが先に立っていたんですが、今はできないことのほうが楽しいというか…。それをできるようにする作業にワクワクすることが多いので、失敗を恐れずにいろんなことにどんどんチャレンジしていきたいです」
(おわり)
取材・文/片貝久美子


