──8月18日劇場公開の映画『尾かしら付き。』にHilcrhyme名義で主題歌、挿入歌を3曲提供したわけですが、音楽監修として映画に携わってみていかがでしたか?
「タイアップ楽曲を制作する時は、その作品の総括的なテーマで一曲作るということをこれまでやってきたのですが、今回は場面場面でテーマを変えて書くということで、難しかったですけど、3つの作品をやっているという感覚で3曲作りました」
──楽曲制作にあたり、映画制作側から何かオーダーやリクエストはあったのでしょうか?
「今回は音楽監修という立ち位置なので、制作側からのオーダーというよりも、僕が決めることが多かったんですね。それが普段の主題歌タイアップと全然違うなと思いました。イニシアチブは、自分が握る立場なんだなと。だから極端にダメ出しする人もいなくて、自分で決められる分、責任も大きいんですけれど、3曲とも自分の好きなように書きました。この映画に合うようにということと、Hilcrhymeとしての新譜であるということを意識して」
──客観的にジャッジする方がいないとなると、迷路に迷い込んだりすることもあるのではないかと思いますが、難しかったり悩んだりしたことはありますか?
「難しかったのは3つの楽曲のバランスですね。しかもスクリーンで流れるものですから、音の広がり方がテレビのスピーカーなどとは違うので、広くなるような音作りをしました。あとは、淡い恋の曲を1曲、メッセージ性の強い曲を1曲、衝動的な曲を1曲と、それぞれのバランスが大事だなと思っていて。似たような曲ではダメなので、そこらへんは気をつけた感じですね。これって決めたら一直線で、やり直しはしなかったです」
──制作期間は短かったんですか?
「いや、長かったんですよ(笑)。ただ、これって決まるまでが長かったというか。これを発表するまでに、2年かかりました」
──そうだったんですね!TOCさんは楽曲作りのために、原作のマンガを読まれたそうですが、読んだ時どんな印象を抱かれましたか?
「全4巻のそんなに長くはないストーリーなんですけど、とにかく絵が上手いなと思ったのと、テーマが面白かったですね。しっぽの生えた男の子の物語っていう。それが差別されたり阻害されたり、でも立ち位置を見つけていったり。すごい良いマンガだなと思ったんですけど、途中に心が苦しくなるような描写もあったので、音楽を作る上で気合い入れないといけないなと思いました」
──生まれつきしっぽが生えているというのは、突飛なアイデアだと思いますが、多様性の受容について問われている現代社会ともリンクするようなお話ですよね。
「その通りです。原作がいつ頃の作品なのかは分からないんですが、多様性という言葉が活発に議論されている現代に、ドンピシャにいい作品なんじゃないかなと思いますね。Hilcrhymeで言うと、2011年にリリースした「パーソナルCOLOR」という、性別をテーマにしたドラマのエンディングテーマのために書き下ろした楽曲があるのですが、そこに“君だけの色 誇れ”という一節があって、それが今回の主題歌である「UNIQUE」という楽曲の着想のヒントになりました。“2023年の「パーソナルCOLOR」を作ろう”という感覚で、制作を進めました。今、“多様性”という言葉が変な議論をされて、変な方向に暴走しちゃっているなという印象もあったりするので、そういう世の中だからこそしっかりと自分のメッセージとして楽曲に残したいなと思いました」
──「パーソナルCOLOR」を書かれた12年前と今とでは、多様性についての向き合い方がまたちょっと変化していますもんね。
「そうなんですよね。ちょっと怖いなと思うこともあります。怖くなること自体がおかしいんですけどね。「パーソナルCOLOR」からスタートして、あとは自分の経験だったり、この映画の中身だったり、そういうものをちょこちょこ散りばめていって、個性とは、多様性とは、ということを投げかけた一曲です」
──タイトルにもなっている“ユニーク”という言葉には、どんな思いを託されたのでしょうか?
「“ユニーク”って日本的な意味だと、“面白い”とか、ちょっとファニーな方向で捉えられるんですけど、直訳すると“個性”っていう意味なんですよね。この『尾かしら付き。』は、しっぽを個性と捉えるか、それとも障害と捉えるか、悪しきものと見るか、というテーマなので、この曲の主題は“個性”でいいんじゃないかなと。“個性”を大事にする、ということで「UNIQUE」というタイトルにしました」
──サウンドはとても優しくて、温かい印象を受けました。
「サウンド的なところは、電子的な音ではなく、生音の方が合うんじゃないかなと思ったところからスタートしました。柔らかくいきたいなと思っていたので、温かいと感じてもらえるのが正解かなと思います。そう受け取ってもらってよかったです(笑)」
──気になったのは、歌詞の中の“She’s so unique”という部分。しっぽが生えていた快成くんの“He”ではなく、“She”なんですね?
「あ、そうですね。これは那智に向けて書きましたね。そう言われたら不思議なんですけど、対象は女性だったんですよね。確かに本当は快成なんでしょうけど……なんでそうしたのかはわかりません(笑)。ただ、しっぽを容認する恋人側も、相当な覚悟がないと付き合えないと思うんですよね。だからなのか、これを書いている時は那智を思い浮かべていました。ただ、男性へも女性へも、どちらにも投げかけられるメッセージだと思います」
──「秘密 feat. Yue」は、どこから着想を広げた楽曲ですか?
「この曲は、物語の二人の主人公、快成と那智の淡い恋のシーンにつく曲で、原作にそこまでの描写はなく、映像もまだ仕上がっていなかったので、想像で書かないといけなかったんですよ。なので、自分の中学時代を想像して書きました(笑)」
──TOCさんの中学生時代とは。
「中学校の時の好きだった子とかを思い浮かべて(笑)。中学の時の恋愛って、なんかちょっと周りに言うのは恥ずかしかったりしたじゃないですか。だから“秘密”っていうワードが出たんですけど。だから、他の2曲に比べて、この曲だけまったく異質なんですよね。すごい若返った曲でしたね(笑)」
──今回Yueさんをフィーチャーされたのは、どういった経緯ですか?
「もともと“女性の声がほしい”という制作サイドからのリクエストもあって。男子と女子が対話するみたいな構成のデュエット曲にしたかったので、ゲストボーカルを探していたんですけど、僕はあまり女性ボーカルに関して詳しくなかったので、レコード会社のA&Rディレクターに“誰かいい人はいない?”と探してもらったんです。その中でYueさんの歌を聴かせていただいて、声質が合いそうだなと思って」
──具体的にYueさんの声、歌に関して、どのような印象をもたれましたか?
「幅広いなというのが一番にあって、可愛い声だと思いきや、結構芯が太かったり、面白い声だなと思いました。高音域、中音域、低音域、すべてにおいて太くてちゃんとしていて、だからこそいろんな表現ができるんだろうなと。ただ、Yueさんが普段やっている音楽プロジェクトは、Hilcrhymeとは全然違う音楽性なので、大丈夫かな?と思っていたんですけど、レコーディングも1テイク2テイクでスッと終わるような幅の広い表現者だったので、素晴らしいなと思いました」
──柔らかさの中に芯があるボーカルは、主人公の那智の印象ともリンクしました。
「そうですよね。普段は顔出しをしていないので、どんな方なんだろうなと思っていたんですけど、Yueさん自身もめちゃくちゃ活発で明るい方で(笑)、もしも今後のライブで一緒にやる機会があるとしたら、楽しみだなと思います」
──「走れ」は実際に出来上がった映像を見ながら作られたそうですね。
「この曲は、大人になった快成が衝動のままに那智の元へ走るシーンでかかる曲なんですが、想像がうまくいかなくて、しばらく過ごしていたら、そこの撮影が終わったと聞いて。そのシーンを取り寄せることができたので、それを見ながら書くことができました。だから、一番すらすらと書けた曲でしたね」
──イントロのオーケストレーションも、高まりますね。
「激情的に行動することを“走る”って言葉に変えて。この時の快成は、たぶん何も考えずに衝動のままに那智の元に向かっていたと思うし、衝動で動くってことは、結果すごくいいことに繋がると思うんですね。理由をつけて動くよりも。自分も、理由は後付けでいいって思っているので(笑)、そういう感覚で一曲書いてみようと思いました。だからもう安易に、走ってる人を見て「走れ」っていうタイトルをつけました(笑)。主題歌を作る時は、近すぎてもダメだし、遠すぎてもダメっていう作り方なんですけど、これは思いっきりそのまま書いちゃおうと思って作ったら、すごいいい曲ができたなと思いました。3曲の中で一番手応えがあります。でも歌詞の内容は、たぶん「UNIQUE」と近いですね。“世界が君を否定しても”とか、「UNIQUE」と「走れ」は同じベクトルなのかなと思います」
──この3曲が入った映画の完成版はもうご覧になりましたか?
「はい、見ました。最初は音楽が入っていない映像だけのものを見て、その後に音楽入りの映像を見た時に、やっぱり音楽ってものすごく大事なんだなと思いましたね。だから今回、役に立てたなと思いました。感慨深いですよ。でも、まだスクリーンでは見てないんですよ。この後、完成披露試写会があるので、すごく楽しみです。演者のみなさんにも会えますし。ドラマやアニメの主題歌だと、演者さんたちに一度も会わないまま終わっちゃうことがほとんどで、なんかちょっと寂しいんですよね。せっかくのご縁だから、何か関わって終わりたいと思っていたんですけど。だから今回はすごく楽しみです。それにお客さんも、それぞれのファンの方がいらっしゃっていると思うので、それぞれのファンの方にご覧いただいて、何が起きるかワクワクしますね」
──それでは、TOCさんから見た映画『尾かしら付き。』の見どころを教えてください。
「全体的に見どころ満載なんですが、中学生の時のシーンで、水をかけられているところなんかは、ちょっと見ていてグサっときましたね。あと、しっぽが初めてバレた時のみんなの反応とか。そこが一番この映画の特徴的な部分だと思うので。そういう未知と遭遇した時に、それぞれがどんな反応をするのか。怖がる人もいれば、かわいいなっていう人もいる。まさに“個性”なのか“障害”なのか、判断するところですよね」
──今後の活動としては、まず10月4日と9日に東京と大阪で「TOC 生誕祭 2023」が開催されますね。
「Hilcrhymeと並行してやっているTOC(ティーオーシー)名義のベストアルバム『TOC THE BEST』が6月に出たばかりで、そのリリースイベントになるのかなと思います。生誕祭ということで、42歳を迎えるので……厄年ということで、清める1日にしたいなと思います。清めてください(笑)」
──そして10月14日からはHilcrhymeの全国ツアーがスタートします。タイトルは「走れ」。
「毎年この時期にツアーをやっているんですけど、今まではアルバムを出してのツアーだったんですが、今回はアルバム出さずにツアーをやるので、それも楽しみです。そして、今回の一曲と同タイトルの「走れ」というツアータイトルなんですけど、Hilcrhymeは来年メジャーデビュー15周年を迎えるんですよ。そこに向けて走るツアー、助走ですね。アニバサリーイヤーに向けて走れっていう意味合いと、あとは映画の中の楽曲「走れ」の通り、誰かの背中を押すような、ツアーに来てくれた人たちの背中を後押しできるような内容のものにしたいなと思っています」
(おわり)
取材・文/大窪由香
写真/平野哲郎
MEDIA INFO『尾かしら付き。』2023年8月18日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷他 全国ロードショー
原作/佐原ミズ「尾かしら付き。」(ゼノンコミックス/コアミックス)
監督/真田 幹也、脚本/おかざき さとこ
キャスト/小西詠斗、大平采佳、佐野 岳、武田梨奈、木村 昴、新内眞衣、土井ケイト、長谷川朝晴
音楽/Hilcrhyme、主題歌/Hilcrhyme「UNIQUE」(Universal Connect)
企画・製作/ EAST WORLD ENTERTAINMENT、埼玉県 SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
制作/デジタルSKIPステーション、ダブル・フィールド SS工房
配給・宣伝/MOVIE WALKER
©佐原ミズ/コアミックス ©2023映画「尾かしら付き。」
Hilcrhyme TOUR 2023「走れ」LIVE INFO
10月14日(土)高松festhalle
10月15日(日)なんばHatch(大阪)
11月4日(土)仙台Rensa
11月11日(土)DRUM LOGOS(福岡)
11月18日(土)名古屋ダイアモンドホール
12月17日(日)Zepp Shinjuku(TOKYO)
12月24日(土)LOTS(新潟)