いい歌でありさえすれば必ずヒットする。
これが歌の本来あるべき姿です。しかし、現実は強力なタイアップが付いていなければ売れない時代です。いかがなものか?と思います。この風潮に私はあえてアンチテーゼを投げかけたい。いい歌は売れるべきだし、たくさんの人たちに聴いてもらいたい。そんな“音楽愛”が私のポリシーです。
今回紹介するのは、〈在宅ブルースマン〉という覆面バンドの「俺はバイキンじゃねえ!」です。
〈在宅ブルースマン〉の6人のメンバーはいずれも大手企業に勤めるエリートサラリーマンですが、ひとたび背広を脱ぎ、ブルースをやらせたら熱いミュージシャン揃いで、モットーは「1曲入魂」「歌のマグマが熱い」。彼らは月曜から金曜日まではサラリーマンとしての務めをきっちりこなし、仕事終わりやたまの休みに古くからの仲間たちとバンドを組んで曲作りやライブを行なうのがルーティンでした。しかし、それがコロナ禍で一変。在宅を余儀なくされましたが転んでもただでは起きない彼らのこと。だったら在宅&リモートでやろうと在宅バンドになったのです。コロナ禍でまだ自粛生活を余儀なくされている私たちの心からの叫びは「俺はバイキンじゃねえ!」ではないでしょうか?ということで、今回のゲストは在宅ブルースマンのボーカリスト、バズーカ井上さんです。
コロナ禍の時代だからこそ、音楽のあるべき姿が問われている、と私は思います。時代が音楽を作り、音楽が時代を作る。時代と音楽のあるべき姿はそこにあるのではないでしょうか?
★怒れる若者の季節/友よ
かつて「怒れる若者の季節」と呼ばれる時代がありました。1960年代後半から70年にかけて、ベトナム戦争、学園紛争、安保反対闘争の嵐が全国を吹き荒れた時代です。「フォークの神様」と異名を取る岡林信康。彼が歌う「友よ」が生まれたのはこの「季節」の中からでした。若き闘士たちは昨日まで歌っていた革命歌「インターナショナル」を捨て、デモや集会で「友よ」を大合唱しました。闘いに疲れきった若者たちは、夕闇の中でこの歌を口づさみました。「夜明けは近い」と。
★優しさの時代/神田川
1970年代前半、高度成長のかげりが見えた時代。若者たちはそれまでの学生運動に疲れきり目標を失っていました。そんな不透明に沈んだ空気の中で、かぐや姫の「神田川」は生まれました。そして空前の大ヒット。100万枚を売りつくしました。
誰もが思い出す、あるいは誰もが思い浮かべる心象風景を描いて「神田川」は「同棲」という言葉を日常に溶け込ませ、時代を「優しさ」で染めあげました。「優しさ」はひとつの「風俗」となり、「優しさの時代」「優しさの世代」が到来し、かぐや姫は「叙情派フォーク」のスターにのしあがったのです。
「友よ」「神田川」はそれぞれの時代を的確に表現していただけに歌を超えた影響力を持ったのです。その意味では、あるひとつの時代が新しい歌を生み、ひとりのスターを作り出していく。歌はその時代を生きる者の「バイブル」となり、歌い手は「教祖」となるのです。
★コロナ禍時代の歌とは?
だとしたら、このコロナ禍時代に求められている歌とは?否、時代が生み出す歌があるはずだ、と私は思っています。しかし、残念なことに、巷には音楽はあふれていますが、コロナ禍時代を象徴する歌はありません。少なくとも私の耳にこれまでは届いてはきませんでした。「いかがなものか?」と思っていた矢先に聴こえてきたのが、〈在宅ブルースマン〉の「俺はバイキンじゃねえ!」です。
これは嘘のような本当の話です。
小料理屋で会食をしているとき、隣の席で大きな声で音楽談義をしている3人組がいました。聴くともなく聴いていると、「コロナがこれだけ騒がれているのにコロナの歌がないのはおかしい。俺が作ってやる」と勢いづいている人がいました。その人が大きな声で歌詞らしきものをべらべらとしゃべっていました。あまりにも面白かったので、私は話に割って入り、歌ができあがったらぜひ送ってほしい、私のラジオ番組で紹介したい旨を伝えて、名刺を渡しました。そうしたら2ヵ月後、「できました」と連絡が入り、音源のデータがメールで送られてきました。2020年8月のことでした。そして約束通りに8月20日に私がパーソナリティーを担当しているFM NACK5〈Age Free Music !〉で「面白い歌を見つけた」という解説をつけてオンエアしました。そしたら思わぬ反響があったのです。たくさんのリスナーからの反響だけでなく、音楽専門誌「Player」の編集後記に「世情を歌うのがポップミュージックの面白さであり使命でもあるよな」(「Player」2020年10月号編集後記より)と取り上げられるなど話題となり、2021年4月21日に配信限定にて急遽リリースされました。
バズーカ井上さん、メディア初登場!
「俺はバイキンじゃねえ!」は、現在各音楽配信サイトで配信中となっていますが、覆面バンドの特性上ノンプロモーションにもかかわらずMVは着実に見られ続けられています。それだけ共感できるところが多いということでしょう。
今回、在宅ブルースマンのボーカリストのバズーカ井上さんがメディアに初登場します。どんな反響が出るか、大いに楽しみなところです。
radio encore「富澤一誠のこんないい歌、聴かなきゃ損!」 第13回 在宅ブルースマン「俺はバイキンじゃねえ!」
「こんないい歌、聴かなきゃ損!(音声版)」第13回目のゲストには在宅ブルースマンとして覆面バンド活動を行い、「俺はバイキンじゃねえ!」を歌っているバズーカ井上さん、そして音楽プロデューサーの湯田淳一さんをお迎えしてお送りします。番組中ではバズーカ井上さんに貴重な「俺はバイキンじゃねえ!」の歌詞朗読も披露していただきました。こちらもぜひお楽しみください。
富澤一誠
1951年、長野県須坂市生まれ。70年、東大文Ⅲ入学。71年、在学中に音楽雑誌への投稿を機に音楽評論家として活動開始し、Jポップ専門の評論家として50年のキャリアを持つ。レコード大賞審査員、同アルバム賞委員長、同常任実行委員、日本作詩大賞審査委員長を歴任し、現在尚美学園大学副学長及び尚美ミュージックカレッジ専門学校客員教授なども務めている。また「わかり易いキャッチコピーを駆使して音楽を語る音楽評論家」としてラジオ・パーソナリティー、テレビ・コメンテーターとしても活躍中。現在FM NACK5〈Age Free Music!〉(毎週木曜日24時から25時オンエア)、InterFM〈富澤一誠のAge Free Music~大人の音楽〉(毎月最終水曜日25時から26時オンエア)パーソナリティー。また「松山千春・さすらいの青春」「さだまさし・終りなき夢」「俺の井上陽水」「フォーク名曲事典300曲」「『こころの旅』を歌いながら」「私の青春四小節~音楽を熱く語る!」など著書多数。