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――ステイホーム期間はどう過ごされていましたか?

「多くの時間を自問自答に費やしていました。自分はいま何が出来るのだろうかと。それは弱気ということではなく、自分が時間と経験を積み重ね、培ってきたものを、改めて丁寧に見返す時間を設けてみようと思ったんです。一家でロンドンへ移住して8年になります。これからも人生という旅をサバイブしていくためにも、いま一度、身体のメンテナンスや声の出し方を見直し、なかなか立ち止まることのなかった人生を振り返ってもみました。あとは布袋(寅泰)さんと散歩をしたり、ひとりでストレッチをしたり。レコーディングして寝かせておいたトラックを繰り返し聴き直してもいましたね」

――コロナ禍を挟んで、ロンドンと日本を行き来しながらのニューアルバム制作となりました。

「今年に入ってからのレコーディングでは、コロナ前の1月、そして3月に帰国しました。行きも帰りもそれぞれ二週間の待機期間があるので、スケジュールのやりくりには苦労させられました。ミックスは先に出来るところからテレワークも活用して。クリエイター各々のスケジュールを合わせるのはパズルのようでしたが、そこは世界中がお互い様という状況でしたから」

――『Classic Ivory 35th Anniversary ORCHESTRAL BEST』は、35年に及ぶ今井美樹さんのキャリア初のフルオーケストレーションによるレコーディングですが、このプランはいつ頃から考えていましたか?

「実は2015年の『colour』の時から持ち上がっていたんです。でも、単に“代表曲をクラシックで歌いました”というアルバムにはしたくなかったので見送ってきました。オーケストレーションを用いて、どうすれば“攻めた”アルバムに出来るのか?クラシックというカテゴリーではなく、どんなオーケストレーションにしたら皆さんに楽しんでいただけるのか、そして“最新型の今井美樹”のポップスとなるのか?そうした納得のいくモチベーションが見出せるまでは手を出したくなかったんです」

――「PRIDE」、「PIECE OF MY WISH」など多くのリスナーに愛されてきたヒット曲を含むセルフカバーですが、プレッシャーはありませんでしたか?

「もちろんプレッシャーはありました。リスナーの多くは、当時のイメージやサウンドのカラーに愛着を持ってくださっている。尚且つ、私と同世代の女性たちは、洋楽ポップスの最盛期を通り抜けてきた、耳の肥えた音楽ファンです。オリジナルの強度に劣る中途半端な焼き直しを届けることはできません。ただ、私としてはセルフカバーという意識はあまりなくて……」

――と、いうと?

「いまの自分がどんな曲を歌うべきなのかは毎回考えさせられます。あまりに軽いと年齢に合わないし、人生訓が多過ぎても重くなってしまうし。若い頃ならラブソング、ラブストーリーを歌えば、それでよかった部分がある。そこからだんだんと自分の佇まいが音楽に反映されるようになって、自分はどう人を愛するのか?自分はどう孤独と向き合うのか?自分という人間はどんな色なのか?そこからさらに結婚して子どもが生まれて、日常のなかでの発見や人生の慈しみ、素晴らしさを歌うように変化していきました」

――なるほど。

「きっと多くの大人の皆さんがそうであるように、私にも若い時分に失ったものも、乱暴だった頃の自分が置いてきてしまったものも、年を重ねる上で知らず知らずのうちに捨て去ってしまったものがある。それを振り返って拾い集めることはできないけれど、一方では、それでも自分が離さずにずっと抱いてきたものだってある。35周年を迎えるにあたって、自分自身と対話をしてみたら、いま、もういちど歌いたい自分の歌が、心のなかにたくさんあった……いいえ、歌いたいというよりも、いまの自分の声で届けたい、遺しておきたい歌がたくさんあったんです。今回選んだ10曲をいまの自分なりの新たな説得力で歌えたら、長年のファンも新しいリスナーもきっと気に入ってくれるはず。そんな確信を胸に、全て新曲を歌うつもりでレコーディングに臨みました」

――新たなボーカル・レコーディングにあたって気を配った点は?

「ついオリジナルを歌った当時の自分と今の自分がコンペしてしまう時があって。当時の声だったから成立していたような部分もあるので、そこはスキルというよりも、いまその曲に合う声がどんな温度なのか?どんな佇まいなのか?どんな表情なのか?そこについては細かく意識しましたね」

――ちなみに今井さんにとっての理想のシンガー像とは?

「たくさんいますが、特に松任谷由実さんのアルバムは故郷の宮崎で過ごした十代の多感な頃も、19歳で上京してからも本当によく聴きました。物語の状況を桁外れの精度で可視化出来る素晴らしい表現者ですよね。強く影響を受けています。あとはエラ・フィッツジェラルド。ジャズが好きな父の影響ですね。声にクセがあって、とてもチャーミング。そう考えると、朗々と歌うタイプのシンガーにはあまり興味がないのかもしれません」

――全10曲の収録曲のアレンジャーには、服部隆之さん、挾間美帆さん、千住 明さん、武部聡志さんというトップクラスの顔ぶれが集りました。

「服部さんはどんな時にも服部さんの雄々しいスタイルがある。どの曲も、こちらの期待の“倍返し”の迫力で興奮させられっぱなしでした。武部さんは私の活動初期の頃から、互いに違うプロジェクトで同時代を併走してきた間柄でした。かつてのフォーライフレーベル時代、私のプロジェクトは佐藤 準さんがプロデューサーで、武部さんのプロジェクトが別で走っていた。交わることはなかったけど、音楽シーンのなかで同じ時代を駆け抜けてきた同志のような存在でした。常に忙しい方なのでダメ元でお願いしましたが、“35周年だし、喜んで!”と快諾していただけて。チェロを中心にしたいという私のリクエストから曲の世界を描いて下さいました。そして私の迷いや悩みも辛抱強く受け止め、百戦錬磨の的確なジャッジで7曲分のボーカルディレクションも手掛けて下さいました」

――千住さん、そして挾間さんは?

「千住さんは繊細さときらきらとした華やかさで、楽曲の魅力を最大限に引き出しつつ、アルバムにエレガントでゴージャスな魅力を与えて下さいました。ある意味、飛び道具的な編曲をお願いした狭間さんは、独創的な解釈と予想外のアプローチでモダンな風を運んで下さいましたね。しかも狭間さんは今回の参加が決まった後にグラミー賞「最優秀ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム部門」にノミネートされて、とてもうれしかったです。皆さんそれぞれに“ワオ!この曲で、こう来るの!?”という驚きがありましたね」

――岩里祐穂さん、上田知華さん、MAYUMIさん、戸沢暢美さん、川江美奈子さん、秋元 康さん、そして今作もプロデューサーを務める布袋寅泰さん……今井美樹というシンガーは、つくづく良い作家に恵まれていますね。

「本当に感謝しかありません。公私共にパートナーである布袋さんは、私が悩んでいる時や肩に力が入り過ぎている時、“君はのびのび、楽しく、気持ち良さそうに歌っている方がいい”と言って、昔も今も私の向かうべき道を見定めてくれます」

――アルバム1曲目の「PRIDE」で奏でられる荘厳なストリングスのイントロから心が震えました。最近イントロの短い楽曲が多いせいか、このアルバムを聴いている時間は、何だかとてもこころ豊かに感じられます。

「ありがとうございます。音楽の心地よさはイントロから。それはアルバムでもライブでもこだわっています。流行の音楽も聴いていますが、自分が好きな音楽は案外変わらない。自分がカッコいいと感じられるかどうかで、その時の流行かどうかは関係ないんですよね」

――ボーカルの力強さも印象的です。

「声のニュアンスには拘りました。一方であまり考え過ぎて真面目に歌っても、リスナーの皆さんからすれば面白味のないものになってしまうでしょうから、その辺りのバランスにもかなり気を配りました。10年ほど前、布袋さんから“あまり歌に熱量を込め過ぎてもダメ”と言われたことがあって。その時は思わず憮然としちゃいましたけどね(笑)」

――どの曲も豊潤な演奏で、10編の物語のサウンドトラックのようであり、今井美樹が歩んできた人生のサウンドトラックのようにも感じられます。

「私も映画のサウンドトラックが大好きなのでとてもうれしいです。たしかにこれまでのどの曲も、ひとつひとつの物語のサウンドトラックを目指して歌ってきましたね。それが自分にとっては心地よい、豊かな音楽なんです、「PRIDE」、「瞳がほほえむから」、「PIECE OF MY WISH」は、言うなれば“THE今井美樹”な曲なので、バンドのオリジナルサウンドのイメージが強い。そういう意味ではやはり強敵でしたが、長年のファンに私なりの恩返しのつもりで歌いました。「幸せになりたい」や「Boogie-Woogie Lonesome High-Heel」は、これまで私と同時代を生きてきた女性たちや、あの頃、泣いて、笑って、いっしょにはしゃいできた女友だちにも聴いてほしい。「かげろう」はいまも大好きなミシェル・ルグランの映画音楽のようなイメージで。ドラマティックに生まれ変わった「雨のあと」は、映画のワンシーンのように、その景色のなかにより澄んだ心持ちを描きたかった」

――制作はコロナ禍以前からスタートしていたそうですが、奇しくも本作には、現在の混迷する時代を生きる多くの人々に寄り添う言葉やメッセージが歌われています。

「特に「未来は何処?」、「夕陽が見える場所」、「Goodbye Yesterday」 は、聴いていただく時の心境や琴線によって、さまざまな思いで捉えていただける姿になったのではないでしょうか。どの曲のオリジナルも好きですが、時代も移り変わって、いまリスナーの皆さんのお家でプレイバックしてもらうには、ちょっと仰々しく聴こえてしまうトラックもあると思うんです。前作『Sky』の時もそうでしたが、同じ空の下、遠く離れていても、誰かの幸せを思う気持ちを込めました。このアルバムが皆さんのいまの生活と寄り添う新たなサウンドトラックとなれば、やさしいブランケットのような存在になれたらうれしいですね」

――コロナ禍の影響であらゆるエンタテインメントが危機に瀕しています。有観客ライブ再開の動きもありますが、まだまだ先行きは不透明です。

「プロフェッショナルな技術の担い手が途絶えたら、どんな文化も途絶えてしまう。もちろん、私だって悠長な事は言っていられない立場です。でも、たとえ表現やビジネスの形式が変わっても、音楽は決して無くならないと信じています」

――今井さん自身の40周年も視界に入ってきましたね。

「理想論でも綺麗事でもいい。120点を目指した結果が80点でもいい。まずはより良い未来をイメージすることから始めて、知恵や喜びを皆さんとシェアしながら、このコロナ禍の状況を乗り越えていけらたらと願っています。“Classic”という言葉には“一流の”、“最高水準の”という意味が含まれていますよね。この先、自分があとどれくらい歌っていけるか分かりせんが、私にはまだまだチャレンジしたい音楽がたくさんある。何がどうなるか分からない、そんな予測のつかない事にチャレンジしていきたいんです。整備の行き届いたクラシックカーを目指して、これからも皆さんの前で歌えるようにエンジンをかけていけたらと思います」

(おわり)

取材・文/内田正樹





■今井美樹『Classic Ivory 35th Anniversary ORCHESTRAL BEST』
1.PRIDE(1996) 作詞・作曲/布袋寅泰、編曲/服部隆之
2.幸せになりたい(1990) 作詞・作曲/上田知華、編曲/挾間美帆
3.瞳がほほえむから(1989) 作詞/岩里祐穂、作曲/上田知華、編曲/千住 明
4.かげろう(1992) 作詞/今井美樹、作曲/MAYUMI、編曲/千住明
5.PIECE OF MY WISH(1991) 作詞/岩里祐穂、作曲/上田知華、編曲/千住 明
6 Boogie-Woogie Lonesome High-Heel(1989) 作詞/戸沢暢美、作曲/上田知華、編曲/挾間美帆
7.雨のあと(2006) 作詞・作曲/川江美奈子、編曲/挾間美帆
8.未来は何処?(2003) 作詞・作曲/布袋寅泰、編曲/武部聡志
9.夕陽が見える場所(2004) 作詞/秋元 康、作曲/布袋寅泰、編曲/武部聡志
10.Goodbye Yesterday(2000) 作詞・作曲/布袋寅泰、編曲/服部隆之


■billboard classics MIKI IMAI 35th Anniversary premium ensemble concert billboard classics
11月22日(日) フェニーチェ堺 大ホール
11月23日(月) フェニーチェ堺 大ホール
11月26日(木) Bunkamuraオーチャードホール
11月27日(金) Bunkamuraオーチャードホール






今井美樹
今井美樹『Classic Ivory 35th Anniversary ORCHESTRAL BEST』

2020年11月11日(水)発売
初回限定盤(1CD+2DVD)/TYCT-69184/5,800円(税別)
通常盤(1CD)/TYCT-60166/ 3,000円(税別)
ユニバーサルミュージック




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