インドの工場と共に歩む服作り、持続可能性の追求

ヌキテパが生まれたのは、ディレクターの神真美さんが移住先のロンドンで起業を模索していた頃のこと、縫製工場でインド製のテキスタイルや刺繍と出会ったことがきっかけだった。当時の日本ではインド製の服というと土着的なイメージが強かったが、繊細な手仕事が施され、洗練されたデザインのドレスを目の当たりにし、感銘を受けた。それらを作る職人たちの人柄にも惹かれ、インドでの服作りへと気持ちが動いたという。インドの伝統技法や感性を生かし、日本人の感覚に合うデザインと掛け合わせた新たなファッションを展開していこうと、2003年にブランドを立ち上げた。
ただ、実際に現地で服作りを始めると、価値観や習慣の違いから納期の問題や、手仕事ゆえのクオリティーの担保など課題はいくつもあった。パートナーシップを結んだ工場と粘り強く改善し、労働時間や給与体系など雇用条件も整えて安定生産の仕組みを作り、残布の活用や環境に配慮した工場への建て替えなどサステイナブルな生産背景も追求した。環境汚染は当時も社会課題になっていたが、SDGsという言葉が普及するかなり前のことだった。一朝一夕にはいかなかったことは想像に難くないが、一つひとつを乗り越えてきたからこその工場とのパートナーシップはヌキテパの大きな強みとなっている。
ブランド名の「ne Quittez pas」はフランス語で、「自分のスタイルをキープする」の意味がある。このメッセージを象徴するのがワンピースだ。カラフルで独特な色使い、細やかな刺繍やレースなどの技法によってオリエンタルなムードを醸し出し、クラフト感がありながらエレガンスを感じさせる。コットンを中心に厳選されたナチュラルな生地は肌心地が良く、リラックスしたシルエットには女性の体型を美しく見せる工夫が施され、ストレスフリーで着こなせる。

「ヌキテパ」の2026年春夏コレクションのキービジュアル

価格は3万~4万円台が中心だが、着る人の個性を引き出すデザインと服としてのクオリティー、さらにタウンユースにも、リゾートでも映える汎用性も魅力となり、大人の女性たちに共感を広げた。販路はセレクトショップや百貨店への卸売りを軸に、ECやポップアップストアにも取り組むことで認知度を高めた。17年にはボーダーレスな審美眼で多様なカルチャーをミックスしたウェアブランド「サラ マリカ」をスタート。18年にはヌキテパのフルラインナップを揃えた初の直営店を青山のオフィスに併設。20年にはジュエリーの「ウパラ」を立ち上げた。ブランドが提案する世界が拡充し、20年3月に初の路面店として青山に出店したのが「パサンド バイ ヌキテパ」だ。

旗艦店を改装、1階には「ウパラ」のショップ・イン・ショップ

ショップ名にある「Pasand」はヒンディー語で「お気に入り」を意味し、ヌキテパの運営会社の名前でもある。「ヌキテパがキュレーションしたお気に入りを凝縮したセレクトショップ」とパサンドPRの長谷川直美さん。「Ordinally Happiness」をコンセプトに、自社ブランドはもとより、ディレクターがインドをはじめ世界各地でセレクトしたプロダクトもミックスし、パサンドの世界観を体現した。25年1月にはそれまでも展開してきたライフスタイル関連のアイテムを「パサンド ホーム」として集約。よりライフスタイル提案が充実したブランドの進化に伴い、25年12月13日に旗艦店である青山店をリニューアルオープンさせた。

パサンド バイ ヌキテパ青山店

建物は3層で、外装はブランドのシグネチャーカラーであるブルーをあしらったファサード、店前に配置された大きな植栽、蔦で覆われた外壁がエキゾチックなムードを醸し出す。内装は新たに左官を施し、以前よりも明るく温かみのある家のような空間に仕上げた。
正面エントランスを入ると、ヌキテパを中心に各ブランドの新作が並ぶ。例えば、「Chikan Embroidery Panel Dress(チカン刺繍パネルドレス)」は、涼やかなフラワーモチーフを立体的にあしらったAラインシルエットのドレス。「チカン刺繍」は、北インドのラクナウ地方でムガル帝国時代の16世紀頃に生まれ、王侯貴族の着衣を彩った。純白のモスリン生地に白い糸で刺繍する贅沢な手法として始まったが、現代では様々な色の生地に多様な糸で繊細なデザインを表現する技術として用いられている。ここ数シーズンはストライプのコットン、コットンシャンブレー、ドビーの3種類の生地にチカン刺繍を施し、一枚でも華やかに着映えし、カーディガンと合わせても素敵に着こなせるワンピースに仕上げた。
素材ではコットンボイルがブランドのシグニチャー。マハラシュトラ州ビワンディーで織り上げた生地は薄く、軽やか、柔らかな肌触りで、通気性にも優れる。繊細な透け感のある生地は、濃い色を染めても重くならず、鮮やかな色でも強くなり過ぎず、上品な表情を生む。手洗いが可能で、乾きやすく、洗いざらしでもシワが気にならないイージーケア性も備える。その生地に刺繍はもとより、ピンタックを施したり、オリジナルの箔プリントを載せるなど職人の手仕事を加え、ワンピースやスカート、ブラウスなど多様なアイテムに展開している。

  • 1階では「ヌキテパ」の新作などを提案
  • 「ヌキテパ」のコレクション
  • 「チカン刺繍パネルドレス」(写真右)と「コットンボイルドレス」

今回の改装の大きなポイントは、もう一つの入り口がある店奥スペースに新設したウパラのコーナー。「ジュエリーのコレクションも充実してきた中で、さらにウパラのブランドとしての認知を広げることが目的」と長谷川さん。ガラス張りのエントランス脇にウパラのロゴサインも配し、ショップ・イン・ショップの趣きだ。
ウパラはサンスクリット語で「宝の石」を表す。日常的にファインジュエリーを楽しんでもらいたいという思いから、カラフルな天然石を素材とし、インドに伝わる宝石の造形やパーツをリデザインしたコレクションだ。ペンタゴン(五角形)やティアドロップ、12星座などのシリーズがあり、インドで採掘された石を使い、インドの職人が加工・生産している。ジュエリーを収納するボックスにもこだわりが覗く。インドの民族衣装「サリー」に使われている職人の手織りによるシルクを使い、ボックス表面はシルクジャカード、内側は無地のシルクと贅を凝らす。女性客はもとより、ギフトで買い求める男性客もいる人気アイテムだ。

  • 「ウパラ」へのエントランス
  • 「ウパラ」のジュエリーコーナー
  • 12星座シリーズのネックレス
  • ペンタゴンシリーズ
  • サリーの手織りシルクを使ったジュエリーボックスも人気

自分らしい暮らしを思い描きながら「お気に入り」と出会う

2階は、洋服ではヌキテパのシーズンコレクションや定番に加え、「Hériter(エリテ)」「EKA(エカ)」「forte_forte(フォルテ フォルテ)」「Oblada(オブラダ)」など、コーディネートを想定した国内外からのセレクトアイテムが揃う。洋服と同様、ビーズやスパンコール、ラメ糸やシルク糸を縫い込む「ザリ刺繍」「アリ刺繍」によるインドの代表的なミニバッグ「Potli Bag(ポトリバッグ)」など、雑貨の一つひとつにもストーリーが通う。

パサンドのセレクトによるウェアも提案
「ヌキテパ」のアイテムを集積した2階フロア
手刺繍と機械刺繍を融合して作られる「ポトリバッグ」
エキゾチックなムードのフィッティングルーム。奥の扉を開けるとベランダがあり、温かな日はお茶をしながら会話する光景も

3階はサラ マリカのワンピースやセットアップを中心に、パサンド ホームのアイテムも陳列され、ソファやテーブル、机などもありグッと部屋感が増す。ラグやクッションカバーなどインテリアとして使われているものも商品で、まさにパサンドが提案するライフスタイルが表現されている。

自宅でワードローブを選ぶ感覚で試着できる
ソファで寛ぎながら服選びを楽しめる

サラ マリカはヌキテパと同様、メイド・イン・インディアを基本とし、国内ブランドとのコラボレーションによるデニムなども展開する。世界中を旅するサラという架空の女性の感性を通して様々なカルチャーがミックスされ、生み出されるタイムレスな服が信条だ。「mallika」はサンスクリット語で、人々を癒す香りとして古くから愛されてきたジャスミンの花の意。着るほどに愛着が増して「マイ・ビンテージ」になっていくようなモードリラクシングなウェアが揃う。特徴的なのは、コットン生地にたっぷりと「アリ刺繍」を施したアイテム。アリ刺繍はかぎ針によるチェーンステッチで、かつては手刺繍だったが、現在は機械刺繍も多く、いずれも特異な技術を要する。サラ マリカの服は機械刺繍で、「太く長い針の付いた専用ミシンを手で自在に操りながら、絵を描くように刺繍していく」と長谷川さん。サラ マリカの人気シリーズの一つで、ワンピース、ジャケットとパンツのセットアップなど、複数型を展開している。

  • 「サラ マリカ」のアイテム
  • アリ刺繍のジャケットとパンツ
  • アリ刺繍のワンピース

1階から3階の各フロアや階段の壁面にはパサンド ホームのプロダクトが点在し、お気に入りを発見するワクワク感を促す。銀食器にハンマーワークでエンボス加工を施すインド古来の手仕事を生かし、アルミ素材に替えて製作した花器やトレー、カットワークでデザインホールを加工したランプシェードは、軽くて扱いやすく、何よりも趣きがある。
随所に配置されたアート作品は、アートのある暮らしへの興味を誘う。インドの先住民族に伝わる「ゴンドアート」を継承する作家Bhajju Shyam(バッジュ・シャーム)が描いた絵画は、廃棄されるはずの古布をリサイクルして作られた手漉きの紙に手作業でシルクスクリーンプリントした作品。神話や寓話、森の動植物のモチーフが繊細で美しいパターンで表現されている。
洋服の生産時に出た残布をアップサイクルしたポーチやタブレットケースなどもパサンドらしい品揃えだ。「残布はヌキテパの設立時からリサイクルし、ショッパーにも使っています」と長谷川さん。ショッパーは残布活用のため様々な素材と色柄があり、商品を購入した場合に有料(500円)で購入することができる。

  • 「パサンド ホーム」のプロダクト。壁に掛かっているのはゴンドアートの作品
  • 「パサンド ホーム」の花器
  • ヌキテパの設立時から取り組む残布を使ったショッパー

昨年11月にローンチしたアートディレクター川上恵莉子さんとのコラボレーションによる「The Blue Collection(ザ ブルーコレクション)」も目を引く。インドの建築や工芸、テキスタイルなどリサーチを重ね、テーブルウエアとして再構築したコレクションだ。キーカラーは鮮やかなブルー。「Blue City(ブルーシティ)」は、青く塗られた建物がひしめくインドの都市ジョードプルの「ブルーシティ」のブルーがベースに、インドの宮殿や寺院のインレイ床に着想を得た黒のストライプとジグザグ模様、イスラム建築の代表的な要素であるアーチを組み合わせた。「Kundan Stars(クンダンスターズ)」は、ブルールームとして知られるジャイプールのシティ・パレス内にある「スークニワス」のコバルトブルーをベースに、インドの伝統的なジュエリー技法「クンダン」による星のドットをあしらった。ともにカップ&ソーサー、マグカップ、プレートを揃える。いずれも電子レンジに対応し、日常使いに配慮した。これまでも販売していたパサンドのオリジナルハーブティーも川上さんのデザインでパッケージを一新、ギフトにも好評だ。

川上恵莉子さんとのコラボレーションによる「ザ ブルーコレクション」

通年で動くワンピース、オンシーン対応の提案も強化

リニューアルオープン以降、顧客をはじめ、世代を超えて来店がある。「ブランド自体がターゲットを絞っていないのですが、お客様は20代から70代ぐらいまで幅広いですね。服のカラーや素材感を楽しみにしているというか、このお店の服を着ると気分が上がる、気分を上げたいといったモチベーション、ファッションだけでなくライフスタイルの感度が高いお客様がとても多い」と長谷川さんは話す。もともとヌキテパやサラ マリカは春夏に強いブランドだが、夏の長期化やコロナ禍後の旅行需要の増加もあり、旅先での着用を目的とした購入が増えた。「パサンドではそのニーズに添う洋服が通年で揃っています。海外のリゾート地へ行く場合は、冬場に涼し気なワンピースが売れることも多い。サラ マリカは夏の音楽フェスに映える服としての需要も多く、来場客だけでなくミュージシャンやDJが衣装として買い求めることもある」という。
リラクシーなワンピースはヌキテパの代名詞だが、25年春夏シーズンからオンシーンに向けた服作りも本格化した。コラボレーションで何度か取り組んだところ好評だったことから、フィット&フレアのドレスやスカート、ツイードのジャケットなどアーバンでクリーンなラインも展開し、こちらも好調に推移している。店舗数が増えていることも大きい。青山店の出店以降はニュウマン新宿、アトレ恵比寿、大丸神戸店、ニュウマン横浜、グラングリーン大阪、ニュウマン高輪と、キャリア層の多い主要都市の話題の商業施設にパサンド バイ ヌキテパを出店してきた。いずれもブランドのMDがぴたりとはまるエリアといえる。

ツイードに施された刺繍
ツイードジャケットとネイビードレスのコーディネート

今後も青山店を拠点として、新規出店を予定している。直近では3月5日にルミネ有楽町に出店し、その先も楽しみな計画があるようだ。販売チャネルの充実と並行し、服作りを担うインドのパートナーシップ工場の新設も進めている。建物の構造自体が環境に配慮され、持続可能であることを認証するグリーンビルディングの基準を満たした工場だ。数人の職人と共に服作りを始めた工場では新規採用を続け、ヌキテパの成長と共に300人超を雇用する規模になった。労働環境の整備に始まり、残布活用やリサイクルなどサステイナブルな取り組みも定着し、グリーンビルディングへ。アップデートを繰り返し、単なる規模の拡大ではなく、ブランドや社会の未来を紡ぐ活動を今日も続けている。

写真/遠藤純、パサンド提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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