Nigel Cabourn(ナイジェル・ケーボン)
1949年、英国生まれ。ファッションカレッジ在学中にブランドを立ち上げる。ビンテージアイテムのコレクターとして世界に名を馳せる一方で、自身の名を冠したブランドのディレクションを行う。

時代を超えた「折衷」が生み出すストーリー

Nigel Cabourn(ナイジェル・ケーボン)」は、デザイナーのナイジェル・ケーボン氏が1971年に英国北部のノーサンブリアを拠点として設立したブランド「CRIKET(クリケット)」が前身。1910~50年代の英国を中心としたヨーロッパ、アメリカなどのミリタリーやワークなどのビンテージウェアから着想を得て素材開発から行うアウターウェアは、デビューするや高い評価を得た。

80年に自身の名を冠したブランド名に改称し、毎シーズン、コレクションを発表。クオリティーの高さから、ナイジェル氏は数少ないアウターウェアのスペシャリストとして知られることとなった。「多くの物を消費し、様々な事を経験した後、ついにたどり着く価値観。トレンドや気分次第で揺らぐ嗜好を超えて、変わりゆくもの、決して変わらないもの」が、そのコンセプトだ。

デザインソースとなっているビンテージウェアはナイジェル氏が世界中を巡って蒐集し、コレクションは4000着を超える。その服ごとに、いつ、どんな環境で作られたのか、生地の構造や使われている技術、デザインやディテールなどを研究し、現在の技術を凝らしてタイムレスに着こなせる服に仕上げる。服作りに際しては「今とシンクロする歴史上の出来事などからテーマを考案し、生地を作り込み、服に仕上げていく」と、ナイジェル氏は語っている。機能や美意識など時代を超えて様々な要素が「折衷」された服は、1着1着にストーリーが通う。

まさにこだわりの服作りで特徴的なのは、拠点とする英国だけでなく、日本でも生産していることだ。「AUTHENTIC LINE(オーセンティックライン)」はナイジェル氏がデザイン、ディレクションし、付属に至るまで厳選して作られたUKコレクション。ハリスツイードやマッキントッシュクロス、ベンタイル、オイルドクロスなど英国由来の生地を使い、これらを得意とする老舗工場で縫製する。

エベレスト登頂に挑んだ冒険家ジョージ・マロリーが登山で着用した服をベースにした「マロリージャケット」や、ベトナム戦争で兵士たちが着ていたレインコートから着想した「ナムコート」、50年代後半に南極大陸横断を成し遂げたヒラリー卿に同行したカメラマンのジャケットをベースにした「カメラマンジャケット」などの銘品を生み、これらは現在も定番として進化を続けている。

オーセンティックラインの銘品。写真中央右はカメラマンジャケット、さらに右にハンガー掛けされているのはマロリージャケット、吊り陳列されているのはナムコート

コラボレーションも多い。直近では英国人ミュージシャンのリアム・ギャラガーとの協業が話題を呼んだ。題材としたのは、彼が普段もステージでも着用しているというスモック。40年代の米国空軍のアノラックをベースに、ベンタイル使いでポケットと首回りのボタンは踏襲し、ロング丈で後ろ下がりのシルエットにアレンジした。

英国のシューズブランド「Yogi Footwear(ヨギーフットウェア)」とは、緩やかな曲線のフォルムが特徴の定番「FINN Ⅱ」で商品を開発した。上質なレザーを使うことで快適な履き心地と経年変化を楽しめ、レザーにはベジタブルタンニン、靴底にはリサイクル素材と環境にも配慮し、つま先より踵が深く沈むヨギー独自の「ネガティブヒール」により姿勢を正し健康も保つというスグレモノ。

リアム・ギャラガーとコラボした「ロングスモック」
            
ヨギーフットウェア×ナイジェル・ケーボンによる「FINN Ⅱ」

「MAIN LINE(メインライン)」は、日本でしかできない染色や加工技術を生かしたラインで、ナイジェル氏のディレクションのもと日本でデザインから生産まで為されるジャパンコレクション。ナイジェル・ケーボンのコンテンポラリーなラインと位置づけられ、オーセンティックラインにはないデザインや機能に挑戦している。ライセンサーとライセンシーの関係ではなく、ナイジェル・ケーボンというブランドを共に創る。08年秋冬コレクションからこの態勢で服作りに取り組んできた。

日本製の生地で有名なのが16年秋冬から展開している「HALFTEX(ハーフテックス)」だ。開発の発端は、第一次世界大戦中のトレンチコートを復活させたいという衝動だった。しかし100年も前のキャンバス生地は分厚く、剛性は強いものの重い。心地よく着られるよう着目したのがナイロンだった。試行錯誤を繰り返し、中空設計のナイロンスパンを撚糸して織り上げるナイロン生地に至った。ビンテージコットンと同様の強度と厚み、風合いを維持しながら、高い撥水性と驚異的な軽さを実現。キャンバス製の半分の重さからハーフテックスと名付けられた。

         
ハーフテックスを使用したコート(リバーシブル)

服の隅々にまで及ぶこだわりをデザインで昇華

ブランドの魅力を凝縮し、アイテムに通うストーリーを空間として体感できるのが、旗艦店の「Nigel Cabourn THE ARMY GYM FLAGSHIP STORE(ナイジェルケーボン アーミージム フラッグシップ ストア)」だ。木とコンクリートで構成された店内は、ビンテージ家具の什器、ミリタリーやワークなどに関連した古びた道具類のプロップが倉庫のような印象で、BGMを奏でるジュークボックスが時間を超えた空気感を醸す。商品はメインラインを中心にオーセンティックライン、そしてナイジェル氏が復活させた英国のワークウェアブランド「LYBRO(ライブロ)」を軸に展開している。

  • 日本の旗艦店「Nigel Cabourn THE ARMY GYM FLAGSHIP STORE」
  • オーセンティックラインを集積した売り場
  • ジュークボックス。上の商品はオーセンティックラインの「エベレストパーカ」。エベレスト登頂を目指し英国登山隊が着用したウェアがベース

23年春夏は「The Forgotten War:Burma」がテーマ。22年春夏からの3シーズンはWarというワードを使っているが、ロシアによるウクライナ侵攻を念頭に置いているのだろう。今シーズンは48年の独立まで120年間にわたり英国統治領だったビルマで育まれたコロニアルスタイルに焦点を当て、多様な折衷による服作りを試みた。異なる価値観が融合するからこそ生まれるカルチャーとしての服を感じる。

目を引くのは製品染めによる風合いの表現。ガスプロテクトコートは、60年代に英国とアメリカの危険物処理班が着用したコートのディテールをミクスチャーした。上部にはナイロン、下部にはコットンをそれぞれ反染めした生地を使い、付属も含めて縫製した後、顔料による製品染めを施した。異素材が組み合わさった服は化学反応による斑(むら)が質感を生み、風合いの深みを増す。

フライトジャケットは50年代製をベースに、卵型のパッチポケットが特徴の40年代のデッキジャケットのディテールを融合させた。上部は硫化染めしたコットン、下部はナイロンで、縫製後に製品染めした。リバーシブルで着こなせるのも魅力。「工場泣かせのブランドですが、職人さんたちの理解と技術に本当に助けられている」と鎌田悠三サブショップマネージャーは話す。

50年代と40年代のビンテージウェアの要素をミックスしたフライトジャケット
ガスプロテクトコートは60年代の危険物処理班のコートのディテールを融合

新作での挑戦だけでなく、既存アイテムの改良も続け、定番が多いのも特徴だ。とくに「アーミーカーゴパンツ」は国内外を問わず人気で、「カーゴパンツと言えばナイジェル・ケーボンとイメージしているお客様が多い」。23年春夏では、米軍のM-51をベースに、プリーツ入り襠付きポケットなど英国のビンテージミリタリーパンツのディテールを取り入れた。両腿部分の大容量ポケット、その収納物を固定する綿テープ、動作をスムーズにする膝部分のアクションプリーツ、裾を絞るドローコードなど、シンプルな作りの中に凝縮された機能がデザインとして昇華されている。

また、ボタンダウンの「ブリティッシュオフィサーズシャツ」は開発して十数年、売れ続けている定番中の定番だ。これは日本のデザイナーがフレンチワークウェアのビンテージパンツに使われていたキャンバス生地から発想したもの。着心地の良いシャツ地の厚さにするため、試織を重ねて経糸と緯糸のバランスを求め、とくに緯糸は原料を探すことから始めて独自に紡績し、撚糸した。織機や織りのスピードも指定し、工場の技術や経験値をフルに生かすことで、手織りの風合いを醸すシャツ地を実現。その織密度に合う糸番手と針数で縫製する。糸作りからの生産期間は実に約6カ月。発売以来、ボタンの欠けや欠落などのクレームもなく、ボーケン品質評価機構に家庭洗濯機による耐用実験を依頼したところ、何と100回の洗濯に耐えただけでなく、生地の柔らかさが増した。「ナイジェルはもとより、ブランドとして常に意識しているのは、自分たちが提供しているアイテムが数十年後にビンテージになること。語り継がれるブランドを目指している」という。

カーゴパンツはナイジェル・ケーボンの代名詞の一つ
ごくシンプルなデザインだがこだわりが詰まった「ブリティッシュオフィサーズシャツ」

ナイジェル・ケーボンの服作りの姿勢が端的に表れているのが、「3 PACK T-SHIRT(スリーパックTシャツ)」かもしれない。Tシャツの3枚パッケージだが、単なるセットとはもちろん違う。糸によって変わる着心地を伝えようと、オーソドックスな着心地のリング紡績による糸、サラリとした着心地を生む空気紡績による糸、さらに滑らかな肌触りを体感できるボルテックス紡績による糸の3タイプの糸を使用。それぞれの紡績が誕生した時代とリンクさせ、1800年代、1950年代、現代のデザインをベースとしたTシャツに仕上げている。クラシカルなパッケージも人気で、ギフト購入も多い。

異なる着心地が楽しめる3パックTシャツ

ビンテージの神髄を生かし、アップデート

ライブロは20年代にリバプールで創業した作業着メーカーで、英国を代表するワークウェアブランドの一つだった。ワークウェアのデザインコンテストも主催し、これに応募したのが学生時代のナイジェル氏。出品したオーバーオールが評価され、賞を獲得して以来、ライブロはナイジェル氏にとって特別なブランドだった。その思い出深いライブロが現存していないことを知り、後世に残していくため商標を取得し、ナイジェル・ケーボンのワークウェアブランドとして15年秋冬から展開している。

「商品はかつてライブロの縫製を手掛けていた香港の工場で生産することで、ライブロのスタイルを表現し、比較的買いやすい価格帯に抑えています。今年はとくにライブロの提案に力を入れている」と鎌田さん。23年春夏は英国の鉄道路線建設を担った労働者「Navies(ナビーズ)」の30~50年代のスタイルに焦点を当てた。ナビーブレザーは、ベースとしたノッチドラペルタイプをコットンのブロークンツイルで表現し、パッチポケットとサイドエントリーポケットを追加してアップデート。同素材のパンツやベストとのコーディネートはクラシカルでモダンだ。ダンガリーのオーバーオールやプルオーバー仕様のワークシャツなど粒揃い。全てユニセックスで展開し、男女ともに好評を呼んでいる。

ライブロの「BRITISH RAILROAD WORKER」シリーズ。看板はかつてライブロが広告用に使っていたもの

発信を充実させ、幅広く集客

旗艦店の客層は30~40代を中心に幅広い。コロナ禍の行動制限が解除されて以降は訪日外国人客も増加した。「ブランドのファンの方々はもちろん、界隈の古着屋巡りをする人が多く、そのルートの一つに入れていただいているようです。また、海外からのお客様が多いのはこの店の特徴でもある」と鎌田さん。

来店へのきっかけ作りとして、インスタグラムとホームページ(HP)上のブログに注力している。インスタグラムではお薦めのアイテムや新作のスタイリングの提案に取り組むほか、ライブコマースも行う。HPはブランドの下調べなどで「目掛けて来る人が多い」ため、HP内に設けたブログにスタッフが積極的に投稿している。「路面店で、商業施設内の店舗のようなポイントカードもないので、とくに旗艦店では発信に力を入れている」という。結果、「新規客の来店やリピートにつながり、顧客化していくという流れが定着してきた」。

ナイジェル・ケーボンと親和性のある他ブランドによるポップアップも、新規客との接点となっている。昨年末にはイタリアの帽子作家マテオ氏が展開するオーダーブランド「SUPERDUPER(スーパーデューパー)」をフィーチャー。顧客が選んだ型、素材でマテオ氏がハットを作るトランクショーや、既製品の販売が好評だった。他にもカナダのブーツブランド「VIBERG(ヴァイバーグ)」など、年2回程度のポップアップを企画している。

スーパーデューパーによるポップアップイベント

徒歩数分の近隣にはウィメンズラインに特化した「Nigel Cabourn WOMAN THE ARMY GYM NAKAMEGURO STORE(ナイジェル・ケーボン ウーマン アーミージム ナカメグロストア)」がある。18年に出店し、メンズと同じラインのユニセックス物と、同じ生地やラインでも女性の体型にフィットするようデザインされた商品を中心に提案している。周年などのタイミングで展開される中目黒店の別注カラーも魅力だ。来年、旗艦店は出店して10年、ウィメンズ店舗は5年を迎える。「特別な企画を練っているところ」とのこと、楽しみが否応なく増す。

           
ウィメンズを展開する「Nigel Cabourn WOMAN THE ARMY GYM NAKAMEGURO STORE」


写真/遠藤純、ナイジェル・ケーボン提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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