進美影(しん・みかげ) MIKAGE SHINデザイナー
1991年、東京都生まれ。2014年に早稲田大学政治経済学部を卒業後、一般企業に入社。17年に退社し、渡米。パーソンズ美術大学に入学。19年、卒業後にニューヨークで自身のブランド「MIKAGE SHIN(ミカゲシン)」をスタート。ニューヨークやパリのファッションウィークに参加。20年に帰国し、活動拠点を日本に移す。21年秋冬シーズンからRakuten Fashion Week TOKYOに参加。

自分のアイデンティティーとして発信したくなる場作り

ミカゲシン青山本店は表参道駅から数分の路地にあり、白を基調とした建物の1階と地下1階が売り場、2階はオフィスで構成している。売り場の内装は、建築家ユニット「SANAA(サナア)」の妹島和世と西澤立衛に師事した小田切駿が手掛けた。1階の売り場では長さ約40mの鋼材製ハンガーラックが脈のように空間を巡る。建築家が言う「鋼材の華奢であり力強くもある物質性」は、進美影がデザインする「完璧過ぎない、ちょっと退廃的」な服のイメージと調和し、ブランドの世界観を感じさせる。高低差のある売り場で、その服が宙に浮いているようなビジュアルも印象的だ。地下1階はモルタル造りのごくシンプルな空間で、ハンガーやキューブ型什器で服を見せる。モニターを設置し、生地や服の製造工程を紹介していくという。
「視覚だけでなく五感、六感も含めてブランドの服に備わるストーリーを体感できるインスタレーションを考えています。生地も縫製も国内にこだわっているので、その価値を直接、伝えていく考えです」と進は話す。「特に生地の魅力は、服として置いているだけでは伝わりづらいので、こういうふうにできているということを見せていきたい。お客様はもとより、各産地の職人さんたちも、ファッションに携わっていることを誇りに思うきっかけになると思うんですね。私はニューヨークで服を作り始めて、日本でしか作れない生地がたくさんあることを知りました。でも、その作り手が少なくなっているという現実があります。後世に遺していく一助として、職人さんたちにミカゲシンの服はプライドを持って楽しく作ることができると思ってもらえるブランドにしていきたい」。

地下1階のモニターでは服作りの背景を伝えていく
空間を巡るハンガーラックに掛けられた服は宙を浮いているよう

出店は以前から考えていたが、自社ECと卸で販売してきて、顧客とのコミュニケーションを通じてブランドの世界観を伝える場の必要性を強く感じるようになったという。
ECはコロナ禍で「オンライン購入に抵抗がなくなったことも追い風」になって伸び、リピーターも増加した一方、「試着ができないので購入をためらっている」「自分が住んでいる地域ではどこで売っているか」といった問い合わせも増えた。公式サイトにはストッキストのページも設けているが、オーガニック検索でオンラインストアにアクセスし、購入している顧客が大半を占めることから「試着して服の良さ、生地の良さを体験できる場」を作った。
売り場をアート性の高い空間にしたのは、「服だけではなく、ブランドを構成する要素を凝縮した『建物』を作りたかったから」という。「店に行くのはハードルの高い行為で、わざわざ行きたくなる場でないと実店舗を作る意味がありません。ランドマークになっていくことが、服を買うこと以外の目的として重要だと思うんです。アートを体験しに行く場というか、ここで写真を撮りたい、ここに来たということを自分のアイデンティティーとして発信したくなるような場にしたい」。
物件を探し続け、現在の立地、物件に行き着いた。客層は、顧客であるブランドのインスタグラムのフォロワー、界隈の回遊度が高いモードファッション好きな新規客、改めて増加中の訪日外国人客を見込む。

洒落込むメンズやウィメンズで何が悪い?

オープニングでは2023-24年秋冬コレクションを展開した。テーマは、ドイツ語で「驚異の部屋」を意味する「Wunderkammer(ヴンダーカンマー)」。現代の博物館の源流になったプライベートなコレクションを展示する部屋のことで、蒐集したいという人間の本能的欲求と、余白を楽しもうとする知的好奇心にフォーカスした。ちょっと不気味でもある珍品や手工芸品の数々をモチーフに、ミカゲシンらしい構築的でありながらアンビバレントなシルエットに落とし込んだ。
「Angel Pearl Choker Tops(エンジェルパールチョーカートップス)」は、フロントにビンテージ調の西洋絵画をあしらったシースルートップス。可愛らしい天使の周りには、ザリガニや昆虫、洋梨、胡桃、いが栗などがリアルに描かれ、何だか毒気を感じる。ニットのような立体感のある刺繍を施した「Knit Embroidery Sharp Liner Shirt(ニットエンブロイダリーシャープライナーシャツ)」は、クロップド丈の裾が尖ったディテール、ミリ単位で調整したという袖が生む緩やかなAラインが面白い。ブランドのシグネチャーアイテム「Open Sleeve Air Shirt Jacket(オープンスリーブエアシャツジャケット)」は新作が登場。21-22年秋冬で発表した哲学者ニーチェの手記のコラージュが衝撃的だったが、今回は大理石をモチーフに躍動感を増した「Moon Terrazzo(ムーンテラゾー)」柄と、1900年代の研究論文の筆跡をコラージュした「Ivory Text(アイボリーテクスト)」柄を打ち出す。「Versatile Spiky Shibori Gloves(バーサタイルスパイキーシボリグローブ)」の毒っぽいトゲトゲの形は有松絞の職人の手になるもの。他にもミカゲシンの定番的なアイテムが装いも新たにラックに並ぶ。

「Knit Embroidery Sharp Liner Shirt(ニットエンブロイダリーシャープライナーシャツ)」
「Angel Pearl Choker Tops(エンジェルパールチョーカートップス)」
「Open Sleeve Air Shirt Jacket(オープンスリーブエアシャツジャケット)」(アイボリーテクスト)
「Open Sleeve Air Shirt Jacket(オープンスリーブエアシャツジャケット)」(ムーンテラゾー)
有松絞による「Versatile Spiky Shibori Gloves(バーサタイルスパイキーシボリグローブ)」

12月からは、8月のプレオープンの受注会で発表した24年春夏コレクションを投入していく。テーマは「Redressed:Teddy(リドレスト:テディ)」。1950~60年代のロンドンで起こった「Teddy Boy(テディボーイ)」「TEDs(テッズ)」のムーブメントからインスピレーションを得たコレクションだ。
テッズのスタイルは、エドワード7世時代の紳士・貴族のテーラードジャケットやセットアップなどフォーマルなアイテムに不良的なラバーソールのシューズ、髪はリーゼントで固めた「斬新なミスマッチと絶妙なバランス」が特徴。労働者階級の若年層がムーブメントを牽引し、「社会の不均衡や不公平に拳ではなく、ファッションによる自己表現、意思表示で異議を唱えたことに共鳴」し、服作りをスタートさせた。コレクションはテッズのクリエイティブでアイロニカルな美学を「洒落込むメンズやウィメンズで何が悪い?」という問いに変換し、現代のユースの心情を体現したジェンダーレスなアイテムを作り込んだ。
「今の男の子たちは男らしく見られたいという思いも薄く、男らしくあれ的なプレッシャーも受けたくない。ホモソーシャルなものに疲れていて、自分らしくいたいだけだと思うんです。美容にもメイクにもこだわりがあって、デリケート。そうした繊細で壊れやすい令和の男の子たちの内面を視覚的に表現したデザインや生地が、今回のコレクションでは多くなっています」
象徴的なのは、カットジャカード生地を使ったハーフパンツやハーフシャツ、スカート。桐生の職人と共に製作し、コットンとキュプラの交織で柄にボリュームを持たせ、柄と柄をつなぐ糸を一つひとつハンドカットすることでロングフリンジのような存在感、風合いを生んだ。スカートは男性のはきやすさを考慮し、大きめのウエストで、裾回りを広くとったオリジナルのパターンで仕立てた。
肩部のボリューム感と袖のステッチ刺繍が特徴のウールジャケット「Power Jacket(パワージャケット)」は、シルエットにエレガントさとハードさを共存させた。バージンウールとリサイクルポリエステルで織った生地は、上質な艶感を醸し出し、防シワ性も備える。カットジャカードスカートとのコーディネートは、ジェンダーを超えて再解釈したテッズの美学の表れか。繊細と反骨が昇華されたスタイルを生んでいる。

「Power Jacket(パワージャケット)」と「Cut Jacquard Skirt(カットジャカードスカート)」によるスタイリング

刺繍レースとコットンシャツを融合した「Lace Docking Dress Shirt(レースドッキングドレスシャツ)」は、大花柄を刺繍したチュール生地とローン生地を重ね合わせ、さらに刺繍を施して葉の部分のみをハンドカットする手作業を繰り返し、生み出された。熟練の技術だからこその表現となっている。

「Lace Docking Dress Shirt(レースドッキングドレスシャツ)」

「Hand Effected Wrapping Denim(ハンドエフェクテッドラッピングデニム)」は、染色職人と試作を重ねて作り上げたデニムパンツ。白いデニムをエフェクト加工染めで何度も色を重ねては脱色し、深みのあるむら染めに仕上げた。シースルーのニットにロングフリンジを施した「Fringe Sheer Knit Vest(フリンジシアーニットベスト)」は様々なアイテムとのレイヤードを楽しめる。フリンジは職人の手により編み地に1本1本、丁寧に付けられている。シグネチャーのテキスト柄は今回、筆跡のコラージュをインクジェットプリントした定番モデルの開襟シャツやボウタイ付きのビッグショルダーブラウスが揃う。

  • 「Hand Effected Wrapping Denim(ハンドエフェクテッドラッピングデニム)」
  • 「Fringe Sheer Knit Vest(フリンジシアーニットベスト)」
  • 「Text Bowtie Power Shirt(テクストボウタイパワーシャツ)」

エレガントで、ハードで、だけどフェティッシュな

24年春夏コレクションは、初の直営店出店と重なったことから、「ミカゲシンらしさとは何かを見つめ直し、ブランドの美意識をより明確にして、世界観として凝縮する」ことを意識した。その主要素として進が挙げるのは、「エレガント」「ハード」「フェティッシュ」だ。
「昨年からパリに行っていて、様々なブランドを見て感じたのがフェティッシュ性の強さでした。例えばフリルに着目したら、フリルだけでブランドを表現するぐらいに追究していたりする。私は好きな表現がいろいろあるタイプですが、この服はミカゲシンだと一目で分かる強いものが必要だと実感しました。日本で服を作っていても、SNSが普及した現在は世界のどこからでも見られています。また、日本にしかショップがなくても、世界中から訪日外国人客が訪れ、ブランドを感じてもらえる可能性があります。世界で戦っていくには、アイデンティティーが強いブランドしか残らないと思ったんです。では、自分のアイデンティティーとは何か。突き詰めていったときに、エレガントでハードだけどフェティッシュ、という在り方に尽きると確信しました。その表現として、今回で言えばフリンジや刺繍レースなどによる『半壊』したディテール表現があります」
もともと日本の「侘び・寂び」の美意識が好きだという。不足している状況の中に楽しみを見出したり、朽ちていくものの中に美しさを見出したり、完璧ではない状態に何を見出していくか。「完璧を求められることはプレッシャーですし、完璧ではない個性があるからこそ人もファッションも面白くて、存在している意義があると思うんです。それが受け入れられること、『自分らしくいていいんだ』と思えることが、孤立感や孤独感を感じやすくなってしまっている現代においては、すごく大事なことだと考えています」と進は話す。半壊したような表現によって多様な個性を肯定し、着る人をエンパワーメントする。ミカゲシンというブランドの強いポリシーを感じる。

進美影が異業種からファッションデザイナーに転身したことは、今や有名な話だ。ずっとファッションが好きで自ら服をデザインし作っていたが、一握りの人しか活躍できないデザイナーになる自信を持てず、もう一つの関心事だった社会課題の解決に携わる道を選んだ。大学では政治・経済を専攻し、就職したのは広告業界だった。
「広告代理店なら何にでも関われると気づいたんです。興味のあったマーケティングもできるし、ブランディングもできるし、ファッションにも関われる。クロスメディアの取り組みを通じて、既成の価値観を変えたかったんですね。当時はおしゃれなおばあちゃんたちを増やし、車椅子や介護用品、服などもファッション性の高いものを企画するなどして、好きなものを自然に、誰でも選べる環境を作りたいと考えていました。社会の価値観を変えるという意味では、今やっていることも変わっていないと思います」
会社員として仕事をしながらも、「こういう服があったらいいな、こんなブランドを作りたいというビジョンはずっとあった」という。その過程で「会社の仕事は自分よりもうまくできる人がいるかもしれないけど、私が今、思い描いているファッションは自分にしかできない」という思いが膨らんでいった。ファッションの道に進むのなら世界で活躍できるデザイナーになりたいと、世界的に知られているファッション系の大学の中からパーソンズ美術大学を選び、単身ニューヨークに渡った。「パーソンズは著名なデザイナーをたくさん輩出していて、何と言っても24時間、クリエイティブの勉強ができる環境が整っている。また、NYは社会的なムーブメントが最初に起こることが多い街です。時代の変革の渦中にいられるかもしれない。国際的な多民族都市なので、多様なカルチャーに触れ合えます。そういう環境に身を置きたいと思った」。強く興味を持っていたインクルーシブ・ファッションデザインのプログラムがあったことも、パーソンズを選んだ理由だった。
在学中に作った服をインスタグラムに投稿すると、評判を呼び、NYファッションウィークの合同ショーに参加する機会を得た。以降、パリのファッションウィークにも参加し、19年に自身のブランド「ミカゲシン」を立ち上げる。20年からは東京を拠点に活動を続けている。日本での販売は20年春夏からスタートさせ、コレクションは21年秋冬からプレも含めて24年春夏で11シーズンを重ねた。ランウェイショーやコレクションのルックでも男性モデルを積極的に起用することで、「スカートに興味はあったけど、はけるようなデザインがなかった。でも、これはカッコいい」とメンズの支持が広がることとなった。現在はメンズ、ウィメンズ、ジェンダーレスのウェアを展開しているが、自社ECの顧客の6~7割を男性客が占めている。
今後はオリジナルのシューズやバッグにもラインを広げる。クリスマスシーズンに合わせ、12月にローンチする予定だ。青山本店では店舗限定アイテムも投入する考え。「店舗の運営は初めてで、私にはあまり知見がないので、スタッフとワンチームで戦略を練っています。ここでしかできないコミュニケーションの在り方を追求し、お客様にとっての目的地となれる店にしていきたい」としている。

写真/野﨑慧嗣、ミカゲシン提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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