シーズン直前の新作発表、受注生産で在庫ロスなく
「WILLFULLY(ウィルフリー)」とは「自由気まま、我儘、勝手で移り気」の意。ブランド名とした背景には、未来は自由に選択できるという考え方がある。どんな服を着て、どんな場所に行き、誰と会うか。今日、明日、明後日……日々の自分を彩る全ての要素は自分自身に選択の自由がある。であれば、日々変化する気持ちや自分が身を置く空間を心地良いものにする服と出会える場を作りたい。そうした思いからウィルフリーは、「かっちりとした服もあれば、ラフに楽しめる服もある。サイトを開けば好きなものが見つかると思ってもらえるよう、ジャンルを問わない服作りをしている」とデザイナーの原小夜香さんは話す。
原さんはもともとアパレルブランドでプレスを担当していた。その頃から自分が着ている服について「何ていうブランド?」「どこで買えるの?」など周囲から尋ねられることが多かったという。紹介するとその服を購入し、喜んでもらえたことから、「自分が選んだ服をもっと多くの人に伝えたいと思うようになった」。
自身も会社に毎日通勤して、与えられた仕事をこなすのではなく、自由に働きたいという思いが強くなっていた頃でもあった。会社を辞め、オンラインストア「WILLFULLY」を開設したのは2015年のことだった。まだ誰も知らないオンラインストアの信用を担保するため、株式会社TimeSrythを設立した。ただ、資金が潤沢にあるわけでもなく、在庫を持っても売れるかは未知だった。そこで「最初から枚数を決めて仕入れるのではなく、1枚ずつサンプルを買い付け、撮影してSNSにアップし、注文状況を見て枚数を判断して仕入れるようにした」。インスタグラムなどのSNSはアカウントこそ持っていたが、実際に投稿したのはウィルフリーの事業を始めてから。当初は友人・知人など身内のフォロワーが50人程度だったが、瞬く間に増え、社員やアルバイトを採用しても深夜まで商品の発送に追われる日々が続いた。
その過程で原さんの心境も変化していく。「自分が理想とする服が売っていないと感じるようになって。この服はこの部分をこう変えたら売れるのにとか、こだわりが生まれてきたんですね。それなら自分で作ったほうが理想とする服を提案できると思い、ウィルフリーを立ち上げて4年後、それまでも少しずつ作っていたオリジナル商品に切り替えたんです」。
とはいえ、ウィルフリーを始めるまでは服作りの経験も、専門的に学んだこともなかった。独学で知識をつけ、服作りのプロとともに1着1着を作り込んでいる。その服が20~40代の女性たちの共感を呼ぶのは、着る人の目線でのディレクションに徹しているからだろう。デザイン画を描き、自身が思い描いた服の生地やディテールをパタンナーや縫製職人に伝えながら、理想とする服へと収斂していく。「私は服の完成形しか伝えられないので、こういう服にしたいから、そうなるようにパターンをひいてくださいと。スウェット生地でブラウスを作ったり、トレンチコートの型で中綿入りのコートを作ったり。多くの商品が2WAY、3WAY仕様で、前のデザインでも後ろのデザインでも着られたり。結果、今までに無かった服が出来上がっていった」。
新作は受注会で予約を受けた数をもとに量産し、オンラインストアで売り切れたアイテムのみを追加生産する。その新作も「リアルタイムで着てほしいので、シーズンの直前に試着会のような感覚で受注会を開いている」。ファッションブランドは一般に春夏物は前年の秋、秋冬物はその年の春に小売店に向けて発表するが、ウィルフリーは春夏物は3月、秋冬物は9月に顧客に向けた受注会を実施し、枚数を確定すると生産にかけ、数週間で納品する。このスタイルは過剰在庫を抱えないだけでなく、顧客が購入した服ができるだけ他人と被らないよう配慮してのことでもある。「ビジネスを拡大するというよりは、お客様にとってのリアルタイムと特別感を重視していきたい」と原さんは話す。
初の実店舗は「内装が全て美術館」のような空間
実店舗については、コロナ禍前から物件を探していたという。プレス時代に出店・退店を繰り返すアパレル業界の状況を目の当たりにしていたことから、実店舗は出さないと決めていた。ただ、「オンラインストアを運営する過程で、信頼を高めるためにはブランドの居場所を明確にすることが必要」と実感したからだった。しかしコロナ禍に突入し、いったんは断念。改めてオンラインストアでの販売に力を入れる一方、都内や地方でのポップアップストアにも取り組んだ。大変な時期ではあったが、コロナ禍で売り上げはむしろ上がり、台湾や韓国、中国など海外からの注文や問い合わせも増加した。
「ブランドを9年間やってきて、お客様の中には独身の頃のように衝動買いが難しいので、実店舗で商品を見極めて購入したいという方や、オンラインでも買えるけどリアルな空間で落ち着いて買い物がしたいという方もいます。また、海外のお客様が日本に来たときに、商品を手に取って試せる環境も作りたかった。コロナ禍も収束してお出掛けしたい気持ちが高まっているので、実店舗の出店にはちょうど良いタイミングだと思い、本腰を入れて物件を探し、表参道に決めたんです」
そして今年9月6日、ブランド初の旗艦店「ウィルフリー表参道店」をついに出店した。約88㎡の売り場を手掛けたのはDAIKEI MILLS(ダイケイミルズ)。「内装の全てが美術館のように見える空間」という原さんのイメージをベースに、躯体を生かしながら「ナチュラルだけどちょっと無機質、何色にも染められる空間」へとリノベーションした。ルックやインスタグラムに投稿する画像もそうだが、ウィルフリーは設立以来、服やモデルの背景にこだわってきた。毎週、異なるスタジオで撮影し、服の魅力を伝えてきたという。「風景がきっと、もっと服を可愛く見せてくれるという思いがあるんです。店舗もこの空間があるから服が可愛く見えるというようにしたくて、什器はオブジェと捉え、美術館のような場を作った」。
例えば、ボックス型の大きなフィッティングルームは鏡のオブジェ。ラックは塗装した木製のバーに細いロープを巻き付けたものや、ベースの石から生えてきたように湾曲したものもある。服を見ていくと、ラックの後ろの壁面は鏡になっていたりする。「服を選んでいる自分の顔がちらっと見え、ちょっと前髪が変かなとか確認できる」ように設置したもので、原さんがずっと「あったらいいな」と思っていたという。椅子や台什器も白や黒でシックだが、何とも不思議な形をしている。自然と会話が生まれそうな空間だ。
多様なシーンで多様に着こなせるコレクション
表参道店のMDは24年秋冬コレクションでスタートを切った。1点1点を見ていくと、それぞれにギミックが効いていることが分かる。
「bustier layered stripe mixture SH(ビスチェ レイヤード ストライプ ミクスチャーシャツ)」は、異素材のビスチェとストライプシャツのレイヤードデザイン。フロントボタンを開けることができ、ヒップまわりが隠れる丈感なので、ラフに羽織るスタイルも楽しめる。1枚でコーディネートが決まる主役級のアイテムだ。
「cord embroidery quilting tops(コードエンブロイダリー キルティングトップス)」は、コード刺繍をアクセントにしたトップスとアウターの中間的アイテム。前と後ろの丈感に差をつけ、前はジップの開閉でかっちりと着ることも、羽織りスタイルで着こなすこともできるほか、後ろのデザインを前にしても楽しめる。ウィルフリーの定番を今季のムードにアップデートした。同素材・デザインの「quilting cord embroidery pencil SK(コードエンブロイダリー ペンシルスカート)」とのセットアップもお薦め。
立体感のあるロングシルエットと瓢箪やダイヤなど様々な柄のキルティングが印象的なのは、「traverse quilting trench detail coat(トラヴァースキルティングトレンチ ディテールコート)」。トレンチコートのディテールを落とし込むことで、スポーティーになり過ぎないスタイルを生んだ。羽織るだけでこなれた雰囲気を演出し、中綿入りだがウエストのドロストを絞れば着膨れることなくスタイリッシュなシルエットに。「コートだけれどワンピースのように着られる。『寒いからコートを着なきゃ』ではなく、『可愛いからコートを着たい』になってほしいと思って作った」と原さんは話す。
「short frill jacket×wave quilting long gilet set coat(ショートフリルジャケット×ウェーブキルティングロングジレ セットコート)」は毎シーズン、人気のモデル。ベスト風のフリル付き短丈ジャケットとキルティングを施したロングジレのセットアップへと進化させた。中綿コートをポンチョ型に仕上げたのは、「poncho deformation panel quilting coat(ポンチョ ディフォーメーションパネル キルティングコート)」。ウエスト部のシャーリングによってシルエットの調節が可能で、トップスやボトムスなどアイテムを選ばずコーディネートが決まる。
表参道店のオープンに際しては、店舗限定アイテムもローンチした。「オンラインで販売しない初めてのアイテム」は、短丈のジャケット「short denim bi color stitch JK(ショートデニム バイカラー ステッチジャケット)」と、ジャンパースカート「bi color stitch suspender denim flare SK(バイカラー ステッチ サスペンダー デニム フレアスカート)」のセットアップ。組み合わせて着るとワンピースのように見える。
ブランドとして初のコラボアイテムも先行発売した。協業先はフットウェアブランド「YOAK(ヨーク)」。「ジャケットとシャツに合うスニーカー」をコンセプトに、半世紀以上にわたり東京のファクトリーからハンドメイドシューズのクオリティーを発信してきた。今回はヨークの人気モデルから「LORRY(ローリー)」と「JOURNEY(ジャーニー)」をセレクトし、融合したスペシャルモデルを製作。ローリーの特徴であるアッパーのスムースレザーとスエードに別注カラーを施し、アウトソールはジャーニーのデザインを生かし、ビブラムソールを採用することで防水性や耐久性、耐摩耗性を高めた。シューレースも別注で無地と柄入りを附属する。「スニーカーなのにブーツのような、ヒールがある感覚で、カジュアルになり過ぎずフォーマルミックスなスタイリングにもなる、様々なシーンで、コーディネートで楽しめるシューズ」だ。
表参道店は来店客がスタッフとコミュニケーションをしながら、様々な着方ができるウィルフリーの服を体験し、その魅力を実感できる場。店舗では、これまでも対応してきたメンテナンスも受ける。「直して着るのは、ブランドの服を大切に思ってくれている証し。ボタン付けから対応しています」と原さん。
来年はブランド設立10周年を迎える。今後は海外マーケットへ向けた卸も検討中だが、「ずっとオンラインでやってきて、成長してきた。オンラインがなければ実店舗を持つまでにならなかったと思うので、これからもオンラインをベースに力を注いでいきたい」としている。
写真/野﨑慧司、TimeSryth提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。