「フィールド」と「オフフィールド」をつなぐ
カンタベリー青山がリニューアルオープンしたのは8月24日。今から200年前、1823年のこの日、英国のパブリックスクール「ラグビー校」で行われたフットボール(サッカー)の試合中に、一人の生徒が突然、ボールを手で抱え、相手ゴールに突進した。これがやがて競技となってルールが整備され、発祥の学校名にちなんでラグビーとして普及したことから、8月24日はラグビーの日となった。ラグビー競技の国際化とともに成長してきたカンタベリーにとって、新たな展開に相応しい日からのスタートと言えるだろう。
新店舗のコンセプトは、「みんながひとつになる」ことを表す「UNITY(ユニティー)」。約180㎡の売り場を生かし、旧店舗の天井板を取り払ったスケルトン構造で高さを確保することにより開放感を生んだ。エントランスを入って左側はラグビーの競技やワークアウトで使うウェアを集積した「フィールド」、右側はファッションとして楽しむカジュアルウェアを展開する「オフフィールド」で構成。フィールドとオフフィールドをつなぐ売り場中央のステージでは青山店限定のアイテムやサービスを提供する一方、ソファも併設することでゆったりとくつろぎながらスタッフとのコミュニケーションが自然と生まれていく空間作りに取り組んだ。
店内のMDを象徴しているのが、エントランスの左右に設けたウインドーだ。オープンに際しては、左には日本代表のユニフォームスタイリング、右にはブレザーを使ったスタイリングをディスプレイした。ブレザーにフィーチャーしたのは、競技後に選手やレフェリーが行う交歓会「アフターマッチファンクション」で、襟付きシャツにブレザーが正装だからだ。そうしたラグビーのカルチャーを伝えていくため、リニューアルに合わせて初めてコラボによる商品開発を行った。米国の老舗ブランド「BROOKS BROTHERS(ブルックスブラザーズ)」と共に、ブレザーとボタンダウンシャツを製作。ウインドーではよりカジュアルに、ジャージーとラグビーショーツの上からブレザーを羽織り、ボタンダウンシャツを腰に巻くスタイルを紹介している。このウインドーを起点に、ラグビーにまつわるストーリーとともに、店内へと多様なアイテムが展開していく。
幅広い世代の競技者のニーズに対応する専門性
「The World’s Toughest Active Wear(世界一タフな活動着)」をブランドコンセプトとしてきただけに、フィールド、オフフィールドともタフで機能的である上に、用途やシーンに応じたデザインのアイテムが揃っている。
フィールドサイドは店奥のレジ付近まで壁面に沿ってロッカーをイメージした什器にアイテムが陳列され、スタジアムの臨場感を体感できる。その前面に並ぶのは、今年9月に開催される「ラグビーワールドカップ2023フランス大会」の日本代表オフィシャルライセンスチームキット。カンタベリーは97年から日本代表とパートナーシップを結び、チームジャージーなどを提供してきた。7回目となる今回は、大躍進を果たした19年の前回大会のデザインコンセプト「兜(かぶと)」を引き継ぎ、「成功の継続」の思いを込めた。和の吉祥地紋が入った生地に赤と白(ホーム用/ビジット用は青とネイビー)のストライプのデザインはまさに日本代表のイメージ。胸の中央にフランスの国花であるユリの紋章を入れ、開催国へのリスペクトを表している。大きく変えたのは生地だ。初めて再生ポリエステル繊維を使い、技術革新の試行錯誤を重ね、19年のジャージーを上回る軽量性、運動性、快適性などの機能性を実現した。生地のもとになったのは、全国の店舗でラグビーファンから回収したウェア。ファンと選手がワンチームになって戦うというストーリーの表現だ。
このレプリカジャージーを6月29日から実店舗とECで販売し、青山店でも旧店舗の頃から人気を維持している。ゲームジャージーと同じデザインで、生地は異なるが、機能が充実している。例えばプラクティスTシャツは、遮熱効果と汗のベタつき軽減を兼ね備えた再生ポリエステルによる高機能素材「D.A.F TEC DRY(ダフテックドライ)」を使用。さらに銀イオンによる抗菌防臭加工「Polygiene(ポリジン)」を施し、臭いを元から防ぐ。「ラグビーへの認知は19年にかなり広がりました。レプリカジャージーは今回も日本代表のテストマッチから観戦・応援用として売れ続けています。秩父宮ラグビー場で開かれる日本代表のW杯初戦のパブリックビューイング観戦へ向けて購入するお客様が増え、盛り上がってきている」と熊谷直紀店長は話す。
チームキットの隣りで展開するのはワークアウト向けのウェア。カンタベリーが培ってきたテクノロジーを生かして機能美を追求するワークアウトライン「R+(アールプラス)」のフーディーやパンツ、Tシャツなどは、タウンユースでもおしゃれだ。ベースレイヤーなどのインナーやラグビーショーツなどは、生地の薄いものから厚いものへ、強烈なコンタクトでも破れにくいものへと、競技者の目線で選びやすいレイアウトを採っている。その前に配置した什器にはヘッドギアやソックス、ボールなどのラグビーアクセサリー類、さらにキッズ向けのウェアやギアなども揃う。幅広い世代の競技者のニーズに対応するラインナップは、スペシャリティーストアならではの矜持を感じさせる。
「カジュアル」に宿るブランドのアイデンティティー
オフフィールドには、ラガーシャツを中心にTシャツやブレザー、パンツなどのウェアが並ぶ。壁面のラックに掛かったラガーシャツにはニュージーランド製もあり、日本人の体型に合わせたサイズ感でセレクトしている。その手前の什器にフォールデッドで陳列されているのは、「4 INCH STRIPE RUGBY JERSEY(4インチストライプ ラグビージャージー)」や「SOLID COLOR RUGBY JERSEY(ソリッドカラーラグビージャージー)」。綿と再生ポリエステルを混紡した「RUGGER LOOP(ラガーループ)」を編み込んだ生地を使い、比翼仕立ての前立て、接ぎ目のない筒編みのカフス、裾スリットのバータックなど、「破れにも強く、スタンダードなデザインで様々なシーンに着られる。カンタベリーのアイデンティティーが詰まった一番の定番アイテム」だ。
ブルックスブラザーズと協業したブレザーは、競技者にもファッションとして楽しみたい人にも好評。ブルックスブラザーズの定番モデル「Madison(マジソン)」をベースに、表地にサキソニー生地、裏地には着脱しやすいポリエステルを採用。ボックス型のシルエットや3つ釦段返り、金釦などのブルックスブラザーズを象徴するディテールに、3パッチポケットや手縫いステッチを施し、スポーティーながら高級感のあるスタイルに仕上げた。ドレッシーにもカジュアルにも着こなせる。「ECで知って、実店舗に来て、試着して購入するお客様が多いアイテム。S~XLの展開で、Mサイズがすごい人気」と熊谷店長。ブルックスブラザーズのファンの来店も増えたという。ボタンダウンシャツは、ブルックスブラザーズ創業者がポロ競技選手のユニフォームから着想し、1896年に開発した「ポロカラーシャツ」がモデル。スーピマ綿によるオックスフォード生地を使い、センターボックスプリーツや左胸のポケット、プラケットフロントなど定番のディテールはそのままに、細身のリージェントフィットで現代的なシルエットを生んだ。
さらにオフフィールドを奥へ進むと、メンズ、ユニセックス、ウィメンズのカジュアルアイテムが展開されていく。その中に、とりわけカラフルなアイテムが現れる。ジャージーの生産過程で出たデザインの異なるストライプ生地の端切れを組み合わせ、1着のアイテムに仕立てた「UGLY(アグリー)」シリーズだ。今で言うアップサイクルの取り組みは70年代に遡る。ラグビーが世界的に普及した頃で、カンタベリーは世界中のラグビーチームからユニフォームの製作依頼を受けるようになった。色柄の異なる様々なチームのジャージーの生産に伴って端切れの量も増えたことから、縫い合わせてジャージーを作り、町のラグビースクールに寄付したのが始まりという。切れ端の縫い合わせであることから親しみを込めて「UGLY(醜い)」の愛称で呼ばれ、唯一無二のデザインがラグビー選手たちに人気となった。カンタベリーのアイデンティティーを感じ取れるアイテムだ。
- カンタベリーが70年代から取り組むアップサイクルシリーズ「UGLY(アグリー)」
今回のリニューアルで初めて導入したのがウィメンズ。綿・再生ポリエステル混紡素材によるインレイ編みのカットソーワンピースは、綿製品に比べて速乾性に優れ、UPF(紫外線保護指数)15、UVカット率85%以上。高機能糸「Drymix(ドライミックス)」を使用し、シワや毛玉になりにくい。同素材のAラインスカートは、ユニセックス仕様のラグビージャージーとのセットアップでワンピース風の着こなしも楽しめる。他にも、オーガニックコットンのTシャツ、高密度なツイル素材によるワイドパンツもあり、トートバッグやキャップなど小物も揃う。
「みんなが仲間になれる」雰囲気が溢れる店に
旧店舗の頃から競技者やラグビーファンはもとより、ジャージーのコレクターもいますし、特に最近はファッションとしてラグビーアイテムを購入するお客様が増えてきていました。競技者も小学生から学生、社会人と幅広く、19年以降は女性にも広がっています」と熊谷店長。客層の多様化に対応し、ブランドやラグビーの新たなファンを作っていく場へと実店舗の可能性を広げていくタイミングとして、W杯が開催される今年は最適だったと言える。実際、「以前よりも若いお客様が増え、お子様やお父様がラグビーをやっていて家族で来店するお客様も多い」という。取材時には訪日外国人客が次々と訪れ、チームキットやワークアウトのアイテムについてスタッフに尋ね、購入していた。
様々な来店客が交わる場として、売り場中央のステージがある。リニューアルオープンに際しては、青山店限定のロゴ入りTシャツやタンブラー、ボトル、日よけにも突然の雨にも使える傘など便利な観戦グッズを開発、販売した。ジャージーやトートバッグなどをカスタマイズできるワッペンや缶バッジも揃え、その場でワッペンを熱圧着できるサービスも青山店限定で提供している。ここだけのアイテムを気軽に見て回れ、カスタマイズ体験は客同士やスタッフとの間に自然と会話を生む。
「青山店独自のイベントも企画し、一人でも多くの人がラグビーに親しみ、楽しめる環境を作っていきたい。スタッフ全員が様々なお客様とコミュニケーションを取りながら、みんなが仲間になれるような雰囲気が溢れる店を目指す」としている。
写真/遠藤純、ゴールドウイン提供
取材・文/久保雅裕
関連リンク
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。