泉亜希子(いずみ・あきこ) BRILLディレクター
大手セレクトの様々なブランドで販売、MD、マネージャー、ディレクターを務める。
2021年にフリーランスのディレクターとなり、23年にウィメンズブランド「BRILL(ブリル)」を立ち上げディレクターに就任。
気づかぬうちに想像を巡らせている空間
店舗はニュウマン新宿のM2階、エレメントルールのハイエンドセレクトショップ「Chaos(カオス)」があった立地に出店した。売り場面積は約24㎡。エントランスに設えたガラスが印象的で、聞けば裏に薄く漆が塗られているという。手塗りによる濃淡が優しく、透漆ガラス越しの店内はネガのようにも見えてくる。その表面に「BRILL」の文字が彫られ、ブランド名が意味する「輝き、光」を静かに放つ。右には石のような白い物体が。ジェスモナイトという水性アクリル樹脂を原料とする素材で、マットな質感は何やらパワーを蓄えていそうな存在感だ。
「洋服はそれを見れば洋服だと分かり、着用シーンやコーディネートも思い浮かべられる具体的なもの。でも、理解できるものばかりあると、人は面白くないのかもしれないと思ったんです」とディレクターの泉亜希子さん。「イサムノグチの展覧会に行ったときに、いろんな人たちがその抽象的な彫刻にじっと見入って、意味を見出そうと想像を巡らせていました。ブリルは洋服という具体を扱っているので、抽象的な要素を空間に入れて、どんなブランドなのか想像を巡らせてもらえるといいなと思ったんですね。オンラインでクリックすれば何でも買えてしまう今だからこそ、自ら『行かないと味わえない場』を作りたかった」。
売り場に入ると、照明もクネクネと捻じれてアートのよう。ステージや棚には、イタリアの「Corsi Design Factory(コルシ デザイン ファクトリー)」による油絵が立体化したような樹脂製の花瓶が、オブジェとして配置されている。1点1点はインパクトがあるのだがノイズにならず、全体的に優しい空気感を醸し出している。「店を作るときに絶対に取り入れたかったのが、レジの後ろにあるカーテン」と泉さんはいう。よく見ると薄っすらとしたピンクで、「ピンクのカーテンは自分の部屋にはさすがに付けないけれど、店に入ったときぐらいは大人の女性でもお姫様気分になれるようにしたかった」。このカーテンを起点に、ステージは柔らかなピンクがアクセントで入った大理石にするなど調和を図った。
良い物を知る大人の女性へ、ストーリーを届ける
ブリルは次のようなコンセプトを持つ。
「服は肌に触れ、包み込み、温もりを感じるもの。ときに穏やかさを運び、ワクワクを与え、機嫌さえもとってくれる。そのパワーを信じたクリエイションこそ、身に纏った人たちが自分を想い、誰かを愛し、思いやることができる。さりげない日常が光に満ちていく」
コンセプトを体現する服作りへ向け、以前、共に仕事をして「自分がブランドを作るなら絶対にこの人たち」と決めていたニットと布帛のベテランデザイナーとタッグを組んだ。泉さんのディレクションと、素材や縫製などの生産背景を蓄積してきたデザイナーたちによる糸からこだわった服作りの成果が、ファーストコレクションとなった23-24年秋冬のアイテムに結実している。
ブランドを象徴するのが、「スパンコールモヘアプルオーバー」。イタリアの老舗ヤーンメーカーSESIA(セシア)社のシルクモヘアのファンシーヤーンを使い、小さな花々がキラキラと散りばめられたスパンコールニットへと仕上げた。「私はフェミニンなものをあまり着ないのですが、このスパンコールニットを見た瞬間、可愛い!と思った。着ると自分の中の乙女心が発動する。大人の女性だからこその上質な遊び心を楽しめる1着」という。シンプルなシルエットで、前後どちらでも着用でき、カーディガンにもプルオーバーにもなるツーウェイ仕様なので、様々なシーンに着用できる。「シルクサテンシャツ」は、エレガントなシルクサテン生地にサンドウォッシュ加工を施すことでビンテージな表面感と肌触りを生んだ。程よいゆとり感のあるシルエットのバンドカラーシャツで、袖口はカフスのボタンを留めたまま、深く取ったケンボロ明きから手を出して着るスタイルも面白い。
ウールタートルネックプルオーバー」は、オーストラリア産のバージンエクストラスーパーファインウールを使い、国内で紡績した細番手紡毛糸「CHESS(チェス)」を無縫製で編み上げた。ゆったりとしたアームと短丈が特徴で、首から少し離れた位置でタートルを立ち上がらせることで首を細く見せる。ウール・ポリエステル混紡の透け感のあるニットで、ロングスリーブの袖口がプルオーバーから覗くニット・オン・ニットの着こなしを楽しめる。
パンツですでに定番的な人気を集めているのが「ツータックパンツ」。ハイウェストで穿くストレートワイドのシルエットは、脚を長く見せてくれる。ウール・ポリエステルを使ったツイルによるシンプルなパンツだが、湿度を調節する機能を備えたリサイクルポリエステルが衣服内の快適性を維持するスグレモノ。「スポーツ・アウトドア向けの糸を作っているメーカーの糸で、リサイクルポリエステルは宇宙服にも使われているそうです。前面には打ち出していないのですが、実際に着用した方々から評判の良いアイテム」という。防シワ加工が施されているのも魅力だ。ウールタートルネックプルオーバーと合わせるなど、自在なコーディネートを楽しめるパンツだ。
デニムも大人のカジュアルとしての工夫が光る。「デニム5ポケットパンツ」は、リーバイス501の起源とされる1873年のモデルがベース。「メンズがオーバーサイズをダボッと穿くイメージ」で、空気紡績糸を使った13.2オンスのデニムを岡山の工場の職人が手加工で仕上げた。上質なニットと合わせ、腰穿きでもジャストウェストでも大人のカジュアルスタイルが完成する。リング紡ストレート糸による10オンスデニムを使った「デニムオーバーオール」は、青と白のコントラストが鮮やかでありながらビンテージ感を醸し出す。ストラップは肩当たりがゴロつかないよう中央にステッチを入れ、後ろはゴムのクロスベルトにするなど、細部の工夫により窮屈感なく着こなせる。
アウターでは、「外国のおしゃれなおじさんが着ているようなツイードジャケットが欲しくて作った」という「ツイードカラーレスジャケット」が今季の人気。スコットランドの老舗生地メーカーLOVAT(ラバット)社のツイードから2種類を厳選し、ジャケットの襟などのディテールを極力そぎ落としたシンプルなデザインに収斂(しゅうれん)した。ワンピースやサテンシャツなどと合わせればフェミニンに、デニムのパンツやオーバーオールと合わせればカッコ良く。同型の「シャギージャケット」は、アルパカの中でも希少なスーリーアルパカを贅沢に使い、すっきりとした表情に仕上げた。トラッドなヘリンボーン柄の「ジャカードニットジャケット」にも注目したい。金ボタンが付いたダブルブレスト仕様だが、着脱できる右側のボタンを外すとシングルジャケットとして前開きでちょっとラフにも着こなせる。
1点1点にそれぞれの服作りのストーリーが凝縮されたアイテムを揃え、スタートさせた直営店はインバウンドを含め客足も順調だ。「自分が好きなもの、着たいものを100%作っているのですが、共感してくださる方々がいることがとても嬉しい」と泉さん。40~50代の女性が中心で、「キラキラしながら試着をしている姿が印象的。服の背景に興味を持つ人も多く、着たときに自分がどんな気持ちになりたいのか、心の豊かさを求めているのを感じる」という。スパンコールニットやツイードなど4万~5万円台のアイテムがよく動き、素材も作りも良く、自分に似合うものを求める大人の女性たちの心を捉えている。「皆さんがおしゃれで、良い物を知っています。そうした方々が皆、きれいな服だけを着たいわけではないので、ブリルでは『カジュアル』の入れ方を重視しています」と話す。
顧客もスタッフもハッピーになる店の在り方を模索
ブリルは今年8月に23-24年秋冬コレクションでデビューし、卸と公式オンラインストアを軸に販売を始め、ポップアップストアの経験を経て、直営店の出店に至った。2シーズン目の現在、卸では百貨店やセレクトショップ、ファッション誌のオンラインストアの販路を開拓している。直営店は今後の3年間をめどに多店舗出店を計画。国内は実店舗でブランドの世界観を培い、伝えながら、自分たちの手が届かない領域を卸ビジネスでカバーする。今後のブランドとしての育ち方が注目される。
泉さんは前職の大手セレクトショップのブランドでは、ウェブやSNSを生かし、スタッフと共に発信することで商品の予約から来店、実店舗やECでの購入までの仕組みを作り、実績を積んできた。「自分自身は接客が苦手で、どうすれば売れるのかを裏方として考えることが得意だったのでMD職に志願したんです。特にコロナ禍では、どうすればECで買っていただけるのか、どうすれば来店する前に8割方、買うという気持ちになっていただけるのかを考え、仕組み化していきました」と泉さん。しかし、ブリルはデビューから1年も経たず、店舗も1つでメンバーも限られている。「認知を広め、ちゃんと店舗を運営していくこと。今は物が良いだけでは売れない時代なので、何を、どのタイミングで、どう表現し、伝えていくかがとても重要になります。その基盤作りとして、まずはブリルのおもてなしを確立したい」とする。
「私はMDの仕事を馬車馬のようにやってきて、自分が本当に好きなことを小規模でいいからやっていきたいと思い、2年前にフリーランスになりました。そのタイミングでブリルの構想がスタートしたんですね。働き方を変えたいという思いから始まっているので、路面店を出せたら、ブランドのオフィスとしての仕事をしながら、お客様が来店したら接客するようなスタイルもありなのではないかと。それがお客様にとっても、スタッフにとってもハッピーなことかもしれないと思うんです。スタッフにも生活があり、子育て中のママさんもいます。業界では販売スタッフの人手不足が続く中で、現場が変わっていくきっかけとなる店の在り方を模索しています」という。ブランドを伝える「人」の働き方も含め、じっくりとブランディングしていく考えだ。
写真/野﨑慧嗣、エレメントルール提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。