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2007年、奇跡的な符号

『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』は、そもそも初音ミクのことを書こうと思って書いたものではなく、まず「洋楽をみんな聞かなくなったのは何故だろう」という問題意識があったのだそうだ。

「それまでCDを中心に音楽を語ったり、見たり聞いたりしていたのが、特に洋楽が2006年~2008年にかけて聴かれなくなっていった状況があり、それに対して“これはどうしてだろう?”ということが、“初音ミクはなぜ世界を変えたのか?”という問いより以前にあったんです。そこから、その頃……2007年に始まったものって何だろうと調べたときに、iPhone、Twitter、Ustream、それからSoundCloudが2007年にサービスを開始しているんです。そして、その前後の2006年~2008年まで幅を広げると、YouTubeの普及やニコニコ動画も入ってくる。音楽を共有するシステム、SNSのいちばん初期型、動画サイト、動画を元にしたコミュニケーションサービスというものが一気に出た。そこで初音ミクも2007年だと気がついて。“2007年っていう年自体が、音楽を聴くフォーマットが多方面的に変化していく、いろんな意味で時代のキーポイントだったんじゃないか”という仮説を立てた訳です。2016年の今、YouTubeはみんな見ているし、スマートフォンはここまで普及していて、今、生活のなかで当たり前になったものが一気に生まれた時期に初音ミクが登場したのは、何かの符号なんじゃないか?と思ったんですね」

『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』の中で、音楽ファンならば一度ならず耳にしたことがあるだろう“サマー・オブ・ラブ”“セカンド・サマー・オブ・ラブ”というロック/ポップス史における“事件”が、キーワードとして語られている。1960年代末のアメリカ、1980年代末のイギリスで、音楽を起爆剤とし、世相や文化そのものに大きな影響をもたらしたこのムーヴメントの哲学、エレメントが、2007年を中心としたゼロ年代末に新たなテクノロジーとともに表出したものを、本書では“サード・サマー・オブ・ラブ”と位置付ける。

「1967年の“サマー・オブ・ラブ、1987年のセカンド・サマー・オブ・ラブ、そこから20年おいた2007年の重要性みたいなものを、音楽ファンにも分かりやすく示せるんじゃないかと考えたんです。初音ミクやVOCALOID自体が、アニメカルチャーや萌キャラクターの一部のようにみられてきた所もあったんですが、そうじゃなく、音楽史のなかでの重要性や位置づけを示すには“サード・サマー・オブ・ラブ”という言葉を使って、ヒッピー・カルチャー、レイブ・カルチャーとの共通点をさぐってみるという問題設定をした。そこからまず、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社の伊藤博之社長に取材したいと思い、『“サード・サマー・オブ・ラブ”という仮説のもと、初音ミクを位置付けたい』というメールをお送りしたんです。 そこで“少なくとも3回は取材にきてくださいね”という条件でご快諾をいただけて。伊藤社長としてもすごく面白い話だと思っていただいたようです」

“サード・サマー・オブ・ラブ”。このフレーズを、音楽ファンへ向けての方便だと謙遜するが、前出の伊藤博之氏、VOCALOIDの開発者であるヤマハ株式会社の剣持秀紀氏(当時)ら、関係者へのインタビューで、この時期、確かに音楽の歴史を更新する何かが起きていたことが、解明されていく。取材過程において、2007年は奇跡的なタイミングだったという関係各者の言葉に、自らの仮説をより強く意識することになったという。

「楽器の開発史みたいなところも見逃されがちなポイントなんです。VOCALOIDの開発者であった剣持さんの発言で印象的だったのが、シンセサイザーの開発が、ゼロ年代にリアルに楽器の音を再現できるところまで到達した。そこから先は“歌”をどうするかということで、開発が進んでいったのだそうです。VOCALOIDはシンセサイザーやサンプラーの歴史から直接つながっています。本を書いていくなかで歴史を調べ、紐解いていったんですが、たとえば剣持さんが、VOCALOID開発のプロジェクトネームの逸話を教えてくれたんです。“デイジー”というものだったそうなんですが、由来は、映画『2001年宇宙の旅』に出てくるコンピューター〈HAL9000〉が歌う曲の名前なんです。『2001年宇宙の旅』は1968年の公開なんですが、1960年代のヒッピー時代のコンピューター幻想みたいなものと、ここでまた繋がってくるということもあって……こんなふうに、キーワードがリンクしていった感じでした」

そして、“サード・サマー・オブ・ラブ”から10年近くが経ち、VOCALOIDのカルチャーは、次のステージに向かい始めている。

「高性能なヴォイスサンプラーであるVOCALOIDは、ゼロから声を作りあげるのではなく、モデルになる人の声を再現するものなんですね。初音ミクは、2007年当時のテクノロジーなので、今の耳で聴くとちょっと不自然さがあるんですが、それはどんどん解消されていて、人の声の再現度はより高まっています。楽器としてのVOCALOIDは、着実に進歩を遂げている。そして初音ミクというキャラクターでいえば、低年齢層にひろがっていて。初音ミクのライヴにいくと実は女の子がすごく多いんです。キティちゃんのような可愛いキャラクターのひとつとして初音ミクにひかれているのかなって思っています。低年齢層の女の子が音楽に触れるための入口にもなっていて、そういう現象が初音ミクの周りには生じている感じがします」
(つづく)



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初音ミク

「初音ミク」とは
http://piapro.net

クリプトン・フューチャー・メディア株式会社が開発した、歌詞とメロディーを入力して誰でも歌を歌わせることができる「ソフトウェア」です。大勢のクリエイターが「初音ミク」で音楽を作り、インターネット上に投稿したことで一躍ムーブメントとなりました。「キャラクター」としても注目を集め、今ではバーチャル・シンガーとしてグッズ展開やライブを行うなど多方面で活躍するようになり、人気は世界に拡がっています。

初音ミクはなぜ世界を変えたのか?
『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』
(C)柴那典/太田出版


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