“同期”の存在

1990年代にユーザーを“聴く”から“歌う”へと大きく誘ったカラオケの文化は音楽シーンに大きな影響を与えた。カラオケで歌いたい歌を覚えるためにCDを買う。それ以前とは異なる消費の形を起爆剤として、次々と大ヒット曲が生まれていくことになるのだが、当時、このカラオケ文化の中で“同性ライン”と呼べるものがあったと宇野さんは指摘する。

「今はAKB48を男性が、ジャニーズを女性が聴いたり歌ったりなど、それ以前に戻った印象もありますが、当時の大きな現象のひとつとして、カラオケの“同性ライン”といったようなものがあるんです。男性は男性アーティストの楽曲を聴いて、歌っていた。同性が歌っているわけだから、男性にとっては当然そのほうが歌いやすいわけですし。同じように女性は女性アーティストの歌を聴いて、歌っていたんですね。そこに小室哲哉さんプロデュースの楽曲がピシャリとハマった。そういうカラオケによる“同性ライン”があったからこそ、密かに小室哲哉の曲を歌いたいとずっと思っていた男性が“待ってました!”と〈H Jungle with T〉に飛びついて、ものすごいヒットになるという現象も起きたんです」

そして、カラオケ文化が音楽シーンに不可欠となった1990年代末に、彼女たちはデビューする。

「揺り戻し的な意味あいも含む存在として、異性も同性も引きつけたのが宇多田ヒカルであり、椎名林檎であり、aikoであり。それが1998年頃に起こったことだと思っているんです。3人の曲も、もちろんカラオケでもたくさん歌われていましたが、そこで消費されるだけで終わらないものが、ちょうど同時多発的に出てきたんですよね。そして彼女たち自身にとっては、それぞれが“同期”であった。この意味は大きいと思います。17~18年にわたって一線を張り続け、彼女たちがブランドイメージを保っているのは偶然ではない。宇多田ヒカルは椎名林檎を見ていただろうし、椎名林檎はaikoを見ていただろうし、aikoもきっと見ていただろうし。当事者たちからあまり語られなかったけれど、その頃からそれぞれに交流もあった。それが時間が経って少しずつ分かってくるんです。自分が何をすべきか考える上で、この同期の存在が、それぞれの能力をより研ぎすませていったんだと思います。そう考えた時に、浜崎あゆみさんの存在は、非常に興味深くて。例えば我々が――僕も会社員でしたけど――会社に入った時、同期に宇多田ヒカルと椎名林檎とaikoがいたって想像すると、たぶん頭を抱えると思うんです。化け物ですから、才能がね。浜崎さんのあの馬力みたいなものって、この3人と同じ時代にデビューしちゃったからこその負けん気みたいなものを感じるというか。とんでもない存在と同じ時代にデビューしてしまって、どれだけの思いであそこに立ち続けてきたかって事を想像すると……胸が締め付けられますよね。浜崎さんは2000年代のエイベックスを支え続けてきたわけですが、きっと同じエイベックスのアーティストは、ライバルのような存在としては眼中にも入ってなかったと思います。彼女が対抗意識を持っていたのは、同期の3人だったんじゃないかと思います」

2001年3月、宇多田ヒカルは2ndアルバム『DISTANCE』、浜崎あゆみはベストアルバム『A BEST』を、同日にリリースする。どちらの売上が勝るのか、“世紀の歌姫対決”といった因縁めいたニュアンスでメディアは煽り、さまざまな形でとりあげた。社会現象ともなった当時の状況を覚えている人も多いだろう。それから13年後の2014年に発売された宇多田ヒカルの“ソングカバー・アルバム”『宇多田ヒカルのうた -13組の音楽家による13の解釈について-』に、浜崎あゆみは宇多田の2ndシングル「Movin’on without you」で参加している。このことに驚いたファンは多いのではないだろうか。

「“レコーディング中に実は同じスタジオにいた……”といった宇多田ヒカルと椎名林檎のようなエピソードはないけど、宇多田ヒカルと浜崎あゆみっていうのは、やっぱりライバルだったんだと思うんです。『宇多田ヒカルのうた~』のコンセプトは、タイトルにあるように、“13組の音楽家による13の解釈”です。いわゆるカバーアルバムとは違うんですよね。そして、『DISTANCE』と『A BEST』の同時発売のような出来事があったにも関わらず、『宇多田ヒカルのうた~』で音楽家としての解釈を聴かせてほしいっていうオファーをされたことは、浜崎あゆみにとって、ものすごく気概と喜びを覚えた出来事だったんじゃないかと思います」
(つづく)

タワーレコードの旗艦店である現在の渋谷店。

タワーレコードは95年に移転するまでは、東急ハンズ坂下のビルの2Fに店を構えていた。現在はサイゼリヤが入店



宇野維正
「ロッキング・オン・ジャパン」「CUT」「MUSICA」等の編集部を経て、現在は「リアルサウンド映画部」で主筆を務める。編著に『ap bank fes official document』『First Love 15th Anniversary Edition』など。

1998年の宇多田ヒカル
宇野維正
『1998年の宇多田ヒカル』
(新潮新書)
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