作曲家の梶浦由記が8月3日、自身20回目となるライヴ「Yuki Kajiura LIVE vol.#20~日本語封印20th Special~」の国内公演を埼玉・大宮ソニックシティで締めくくった。“日本語封印”とは、梶浦が作ってきた膨大な作品群の中から日本語以外(英語や造語など)の歌詞が付いた楽曲のみを演奏するというもの。つまり、数々のアニメやテレビドラマ関連の曲の中でもキャッチーで日本語詞が付くことの多い主題歌類を外すということであり、ライヴの盛り上がりという観点からは不利になりそうなものだが、日本語以外の曲だけで遜色なくライヴを成立させてしまうところが梶浦音楽のすごさでもある。実は2008年に開催した第1回のライヴが“日本語封印”であり、2023年のデビュー30周年イヤーを経て「ここで一度原点に帰ろう」という意図もあったのだという。

 ピアノの梶浦と共に楽器を演奏するのは(バックバンドならぬ) FRONT BAND MEMBERSの面々。是永巧一(ギター)、佐藤強一(ドラム)、髙橋“Jr.”知治(ベース)、今野均(ヴァイオリン)、赤木りえ(フルート)、中島オバヲ(パーカッション)、大平佳男(マニピュレーター)という、長きにわたり梶浦の音楽を支えてきた鉄壁の布陣だ。また、入れ代わり立ち代わりしながら複雑なヴォーカルワークを聞かせる“歌姫”は、KEIKO、YURIKO KAIDA、Joelle、rito、LINO LEIAに加え、今回のライヴではゲストヴォーカルとして伊東えりが全公演に参加したほか、6月2日の公演初日から参加してきたレギュラー歌姫のKAORIが産休のため、この日の千秋楽のみHikaruが登場することとなった。

 梶浦らしい不穏な雰囲気のオーバーチャーから続くオープニングナンバーは、ツアー開始時にはまだ放送中だったテレビドラマ「アンチヒーロー」のメインテーマ。KEIKO、YURIKO KAIDA、Joelle、rito、LINO LEIAの歌姫5人が横一列に並びハーモニーを奏でると、原曲にも参加した伊東えりがゆっくりと登場し、パワフルで存在感のある歌声を響かせる。たちまち場内に厳粛かつ壮大な世界が広がり、そのまま『the four rings』『absolute configuration』『E.G.O.』とアニメの戦闘曲を続ける。本場欧州のオペラのような濃密な音楽で聴衆にカタルシスを与えていった。

 テレビドラマ「キッチン革命」のメインテーマ、NHK「経済羅針盤」のために作られた『voyagers』、NHK「歴史秘話ヒストリア」初代オープニングテーマの3曲は、梶浦いわく「私にしては明るい曲たち」。『キッチン革命・メインテーマ』のイントロで佐藤強一と中島オバヲが“おたま”で鍋を叩くユニークな演奏を見せると、『voyagers』では歌姫たちの爽やかなハーモニーに今野のヴァイオリンと赤木のフルートが彩を添え、Kalafina『storia』の原曲としても知られる『Historia:opening theme』へと繋げられた。

 続くセクションで演奏された英語詞の5曲は、英語ネイティブのJoelleが主にメインヴォーカルを務めた。いずれも梶浦のソロアルバム『FICTION』『FICTION II』に収録されており、ライヴでもたびたび披露されている、比較的ファンにはおなじみのナンバーだ。高い技術と豊富な経験に裏打ちされたFRONT BAND MEMBERSの演奏は安定感抜群で、ヴォーカル陣のハーモニーと楽曲の魅力を際立たせる。『I swear』ではKEIKOが主旋律を担い、柔らかく深みのある歌声で聴衆をときめかせた。

 ライヴ中盤では、再び伊東のヴォーカルをフィーチャー。NHK「グレートネイチャー」の挿入歌として書かれた『Gaia』で大自然を思わせる壮大なハイトーンを披露した伊東は、アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」で印象的に使われた通称“マミさんのテーマ”こと『Credens justitiam』では透明感あふれる高貴な歌声を響かせる。『hepatica』『godsibb』はいずれもゲーム「Xenosaga III」のために書かれた楽曲。『hapatica』で梶浦のリリカルなピアノ伴奏と息の合った歌唱を披露すると、『godsibb』では激しさを増したサウンドの中、唯一無二の高音ヴォイスで空間を支配した。

 続く『in the garden of sinners』『ARIA』『Sprinter』はいずれも劇場アニメ『空の境界』の楽曲であり、KAORIからHikaruへメンバー交代したことで大きく変更された部分となる。オーバーチャー的な位置づけの『in the garden of sinners』をKEIKOとJoelleのハーモニーで聞かせると、そのままKalafinaのシングルにもなった『ARIA』へと移行。ここで満を持してHikaruがステージに現れ、KEIKO、Joelleと共に持ち前の熱い歌声を放つ。その『ARIA』と両A面シングルだった『sprinter』のイントロを是永が奏でた瞬間、観客が総立ちになり、盛大なクラップが湧き起こった。千秋楽だけのサプライズともいえる選曲は、ファンを歓喜させる結果となった。

 アンコールは『Prologue』『蒼穹のファンファーレ』と、FictionJunction名義の最新アルバム『PARADE』収録のナンバーからスタート。5人の歌姫が横一列に並び、明るく華やかな歌声を重ねる。アニメ「MADLAX」の挿入歌『nowhere』はFictionJunction YUUKA名義で発表された人気曲で、冒頭のバスドラムの四つ打ちが聞こえた瞬間、観客が歓声を上げクラップを打ち鳴らす。ここで再びHikaruがメインヴォーカルで参加、ほかの歌姫たちと右腕を天空に突き上げ観客を熱狂させた。

 この日最後のMCでは、6月9日に神奈川県民ホールにて行われた公演が9月14日にCS放送TBSチャンネル1にてオンエアーされるとの情報も、そして今年11月に開催されるAsiaツアー及び新情報として梶浦から次回ライヴ『Yuki Kajiura LIVE vol.#21』の開催が発表された。2021年の『Yuki Kajiura LIVE vol.#16』以来となる“Soundtrack Special”(※歌がほぼないインストゥルメンタル曲中心の公演)が含まれるとのことで、観客から大きな歓声が上がる。華やかな歌姫がいなくても、キャッチーな歌入り曲がなくても、FRONT BAND MEMBERSの演奏だけでオーディエンスを満足させてしまうところもYuki Kajiura LIVEならでは。いずれにせよ、来年もまたYuki Kajiura LIVEがある――。そんな喜びが、観客だけでなく梶浦本人の表情からも伝わってきた。

 最後のナンバーは、NHK「歴史秘話ヒストリア」のために作られたKalafinaの『into the world』。Hikaruも参加し、みんなで届ける壮大で美しい『into the world』。デビュー30周年を経てなお音楽作りに邁進する梶浦由記が、ここからどんな“world”を見せてくれるのか、さらに期待が膨らむ一夜となった。

梶浦由記

作詞・作曲・編曲を手掛けるマルチ音楽コンポーザー。
1993年、「See-Saw」のコンポーザー兼キーボーディストとしてデビュー。 2002年、「機動戦士ガンダムSEED」のED『あんなに一緒だったのに』がヒット。
その後、「Kalafina」をプロデュースするなど、現在はアニメを中心としたテーマ曲、劇伴音楽を数多く手掛け、2020年には作詞(共作:LiSA)・作曲を手掛けた『劇場版「鬼滅の刃」-無限列車編-』の主題歌「炎」(歌:LiSA)が第62回日本レコード大賞を受賞。
アニメ作品以外にも、北野武監督・主演映画『アキレスと亀』やNHK歴史情報番組『歴史秘話ヒストリア』、NHK連続テレビ小説『花子とアン』などの音楽も担当。
デビュー30周年を迎えた2023年4月、個人プロジェクト「FictionJunction」のアルバム、『PARADE』を9年ぶりにリリース。また世界規模で開催している「Yuki Kajiura LIVE」は20回目を迎え、昨年12月、武道館2Days公演『Kaji Fes.2023』を開催した。

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