そもそも井上 幹(Ba)がドルビーアトモスで『artless』をミキシング・マスタリングしたことで、ドルビーアトモスに対応した映画館で試聴したいというところから、ならばドキュメンタリーも制作するのはどうかという、音楽作品ありきのスタートではあったのだ。そこでマネジメントチームがアサインしたのはメンバーとは同世代のドキュメンタリー作家、宮川貴光だった。WONKとは面識のなかった宮川にオファーしたことが映像に良い緊張感を生んでいたのではないか。

映画の中ではそれらがのちに『artless』収録曲へと完成していく曲の断片であったり、長塚健斗(Vo)の作詞のプロセスがビビッドに、しかし淡々としたトーンで捉えられている。中でも重要なトピックは合宿初日に江﨑文武(P/Key)が投げかけた「核心を突くんだけど、全編英語で行くのか?日本語で考えている人が英語で細部まで伝えられるのだろうか」という投げかけだ。この会話はかなり肝だが、他にも4人が久しぶりに膝を突き合わせて対話する場面にこの作品の帰着の理由が大いに含まれている。
編集によって、対話の後にメンバー個々のコメントが挿入されているのも印象的だ。例えば江﨑は「バンド史上、最もいい話ができた気がしていますね。学生時代のサークルの延長ではあるけど、ビジネスでもある。これまであまりクリティカルな話はしてなかったけど、昨夜はこのバンドで何を表現していくのかって話ができたと思って」と語る。
その一端かもしれないが4人の会話の中で井上が「回を重ねるごとに“実のある音楽”って何か?を考える。ベースかっこいい、ドラムかっこいいっていうのを詰めるのと同じように歌詞の内容を詰めるのもあると思う」という発言は「Umbrella」でWONK初の日本語詞にアプローチした根本的な理由だろう。

バンドの転換点に居合わせるような会話はもちろん、制作へのマインドを醸成する山中湖での合宿風景もふんだんに盛り込まれている。富士山が見えるテラスで厚着をして歌詞を書く長塚、ゴルフの打ちっぱなしで気分転換する荒田 洸(Dr)、カメラ好きの井上と江﨑の様子も、レンズを複数持っている井上と小型カメラの江﨑の対比もなんとなく個性を汲み取れる。もちろん、シェフ長塚の活躍も、である。
冒頭、「各々の外仕事も増えて、4人の個性が強いから、一度初期のやり方に戻そうと。俺が指揮とるようになったんですけど、何作りゃいいのかわからなくなって。そのスランプも何日かみんなで話し合ったりして見えてくることもあるんじゃないかな?っていうことで合宿に至った感じですね。セッションしてああでもないこうでもないって作れたのはよかった」と、映画の中では最も口数が少なかった荒田の心情が制作が進むにつれて、より理解できる流れもいい。
東京に戻ってからのRECは設計図が完成しているがゆえにスムーズに見えた。生みの苦しみはアルバムタイトルだった様子。写実的という印象が『artless』に紐づいていったようだ。ちなみに「Umbrella」は一度、英語で歌われていたが、異なるテイクなのだろう。プレイバックを聴く映像では日本語で完成していた。その間の説明的なカットがないのはここまでの会話や4人各々のコメントから汲み取れる。監督の編集の方針がこのドキュメンタリーの軸にあったように思う。さらに言えば、この映画には音楽も字幕もない。音楽は不要だろうと想像できるが、時間経過も映像で理解できるように作られている。

思えばアルバムリリース、フェスやワンマンツアーでのライブを見てきた上で、制作のプロセスの一端を見せるのはバンドがこれまでと違う方法で、原点回帰を謳いながらも新たな地点に向かうタイミングだったからなのではないか。
映画はRECが終了し、井上がミックスに取り掛かる「書き出しが長いんだよ…」という、孤独な作業風景で終わる。映画の後に彼が待望していたドルビーアトモスでのアルバム試聴がスタートするのは最高の流れだ。
会場の場所によっても聴こえ方は異なるだろうが、イヤホンやヘッドホンではなくスピーカーで空気を通して体験する空間オーディオの面白さは破格。井上が今回、初めてドルビーアトモスに対応したミックスの真意を確かめられた印象だ。イントロダクションでの足音が各所から聴こえることで既に2ミックスとは全く違う臨場感。コーラスが重要な意味をなす「Cooking」では声に包み込まれる感覚や、後方からも気配を感じたり。スローでヒタヒタ迫る感じの「Butterflies」はさらに暗闇でどこに誰がいるのかわからない不安に似た音の出現がこの曲の印象をさらに強めた印象も。全6曲があっという間だ。ライブでも体験できない聴感、体感は今回の上映会だけで本当に終わってしまうのかという気持ちが正直なところだ。
試聴が終わると、宮川監督を交えたトークではドキュメンタリー制作の動機や撮影についての対話が行われた。そもそも江﨑がビリー・アイリッシュやダフト・パンクのドキュメンタリーを面白く感じていたことなどに端を発したという。面識がない上に合宿の5日前のオファーだったこと、しかも連絡を受けた際、監督は海外から帰国し、隔離中のタイミングだったことが明かされた。そんな痺れるスケジュール感だったが「今回、音楽は空間的で、映画は平面的に見えて、面白い体験でした。10年後などにまた撮ってみたい」とのこと。
食事が合宿を乗り越えさせたという話題はインタビューでも散見されたが「朝起きたら、幹さんが作ってくれたのが、なんだっけ?フリッタータ」と江﨑。彼と荒田は食べる専門、長塚はもちろんのこと、井上はますます料理の腕を上げていて、コースが出せるほど(!)らしい。EPISTROPHのビジネスの一環として期待してしまう。
改めて今回の合宿を経ての制作は「実感したのはリアルの力。ナマモノとして同じ空間にいる、場の力」と江﨑が言うと、「文武変わったね!リモート推進派、テクノロジー過激派が(笑)」と荒田が突っ込み会場から笑いが起きる。そしてドルビーアトモスでの試聴について井上は「さっき文武が言った場の力じゃないけど、座っている場所でも全然違いますからね。うろうろしていろんなところで聴いてみたい」と、ミックスの成果を最も知りたいのはやはり本人に違いない。
来年、結成10年を迎えるにあたっての展望について荒田は「もう頭の中にはあるけど、秘密です。歳取らないとできないことを」とうっすらヒントをくれた。『artless』をめぐる一連のタームを終え、次に向かうWONKを確認できた1日となった。
(おわり)
取材・文/石角友香
写真/木原隆裕(トークセッション)、Ayatake Ezaki、Hikaru Arata(スチル)

LIVE INFOEPISTROPH SESSIONS AT 人見記念講堂
12月17日(土)人見記念講堂
LINEUP/WONK、kiki vivi lily、MELRAW、etc.
GUEST/KIRINJI(堀込高樹)、マハラージャン
イープラス

DISC INFOWONK『artless』
2022年5月11日(水)発売
POCS-23021/3,300円(税込)
EPISTROPH / Virgin Music Label and Artist Services
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