バンドメンバーによる「Overture」が流れたのは開演時間の19時。ロックテイストのサウンドが響く中、ステージ中央から全身ブラックの衣装に身を包んだ彼女が颯爽と登場した。客席からの大きな歓声と拍手に弾けんばかりの笑顔で応えながら、そっと両手を広げて観客の立席を促し、本編1曲目の「Style」へと突入。イントロのホイッスルボイスを筆頭に、レンジの広い歌を表情豊かに歌い上げる様子は、まさに“清水美依紗、ここに在り”といった存在感だ。さらに「盛り上がっていくぞー!」という掛け声を合図に、MVでのキュートなダンスが話題となった「Sugar」、記念すべきメジャーデビュー曲「High Five」を立て続けに披露し、早くも会場は一体となった。
最初のMCでは、観客全員から「ナマステ」と呼びかけてもらい、それを受けて「清水美依紗です!」と自己紹介するという流れを自ら提案。「ナマステ」とは、インスタライブなどで彼女が必ず口にしてきた言葉であり、オフィシャルファンクラブの名称(彼女のファンのことを“ナマステ民”とも呼ぶ)でもある、ファンにとってはお馴染みのフレーズ。それに加えて、彼女が出身地の三重弁で気さくに話す様子も微笑ましく、会場はアットホームな雰囲気に包まれた。
MC明けの4曲目に用意されていたのは、この日に配信されたばかりの新曲「#dont_care」。“恐れずに自分を信じて前に進んでいこう”というポジティブなメッセージを歌ったこの曲で、彼女は初のラップに挑戦。また、中盤のキーボード・ソロをはじめ、随所にシティポップ色が随所に散りばめられており、これまでの清水美依紗にない新たなスタイルを提示した。
ツアーグッズでもある色とりどりのペンライトがゆらめく中で歌った「Niji」に続いては、彼女が歌手活動と並行して行っているミュージカル作品から、厳選した4曲をメドレーで披露。「いつか出演したい」と公言する『ミス・サイゴン』から「Sun and moon」のほか、エリナ・ペンドルトン役を演じたミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』からは「引き合う星」に加え、エレナの楽曲ではないものの「個人的にめちゃくちゃ好き」という理由で選曲した「北風がバイキングをつくったぞ」の2曲を、さらにリディア役を演じたブロードウェイミュージカル『ビートルジュース』から「Home」を、それぞれ情感たっぷりに歌い上げ、観客を魅了した。
さらに、彼女が歌手を目指すきっかけとなったミュージカル『レ・ミゼラブル』の楽曲「On My Own」を紹介をすると、客席から大きな歓声が。ファンからのリクエストも多く寄せられたとのことで、今回のツアーではフルコーラスでの歌唱となった。
これらミュージカル楽曲のパートでは、その伸びやかな歌声はもちろん、各キャラクターが憑依したかのような表現力が見事。清水の呼びかけで着席した観客らも、みるみるその世界観に引き込まれていく様子が、会場を包み込む空気から伝わってくる。メドレーから「On My Own」まで、15分にも満たない時間だったが、まるでミュージカル作品を観たかのように感じさせられる濃密なパフォーマンスに、観客は盛大な拍手を贈った。
清水美依紗を語る上でミュージカルの他にもう一つ欠かせないのが、ディズニーソングだろう。2021年に展開されたディズニーのグローバルな祭典『アルティメット・プリンセス・セレブレーション』で、日本版テーマソングを歌ったことがメジャーデビューへとつながった彼女。YouTubeやTikTokではディズニーソングのカバーをたびたび投稿しており、人気を集めている。そんなファンの声を受けて用意されたディズニーメドレーでは『魔法にかけられて』から「So Close」、『ムーラン』から「Reflection」、『アラジン』から「Speechless」の3曲を英語バージョンで披露。歌い終えると同時に派手なバンドサウンドが鳴り響き、それまでのしっとりとしたムードから会場の空気は一転。「OK、スタンド・アップ!」との掛け声で観客の立席を促すと、「大好きな、大好きな、アリアナ(・グランデ)のこの曲です!」と言って「Bang Bang」をカバー。アリアナ・グランデの楽曲の中でも抜群にテンションのアガるこの曲を、ステージを動き回りながらエネルギッシュに歌い上げて会場を大いに盛り上げた。
歌い終えた彼女は「身体の消費量がヤバい(笑)」と言いつつ、達成感に満ちた表情を浮かべている。ずば抜けた歌唱力で観客を圧倒する反面、MCでは「何喋ろうとしてたっけ……あ!みんなゴールデンウィーク何してた?」と、まるで友達に話しかけるようなトークとのギャップも魅力。しばし観客とのやりとりを楽しんだのち、次の曲として紹介されたのは、未発表曲の「ドレス」。普段から交流のあるBUDDiiSのKEVINと共にプライベートで制作されたもので、「“Cherish”は愛がテーマやから」と、「「Sugar」に続くラブソング」であるこの曲を今回初めてステージで歌うことにしたという。かけがえのない人に向けた愛の言葉を綴ったミディアムバラードに、観客はじっくりと耳を傾けていた。
ライブも終盤戦への差し掛かり、さらに未発表曲が続く。「Wave」は前回のワンマンライブで披露されたものの、こちらも「ドレス」同様リリースは未定とのこと。2年前に父親を亡くした際に感じた感情の起伏を“波”に見立てて綴ったというこの曲は、「Home」と同時期に制作されたそうで、ゆったりとしたリズムの中に彼女の揺れ動く感情がそのままパッケージされているかのよう。曲の後半に出てくるラララのコーラスでは観客の歌声も優しく重なり、会場を温かい空気が包み込んだ。
そして、最後は「みなさまの未来が明るいものになりますように。心を込めて歌います」と語りかけ、「Message」で本編を締めくくった。
観客からのアンコールの呼びかけに応え、再びステージに姿を現した彼女。「初のグッズ」という黒いツアーTシャツをうれしそうに紹介する様子が初々しい。実は、前回のワンマンライブではアンコールにじゃがりこのリュックとTシャツを身につけて登場していた彼女。「期待したやろ?今回はツアーTシャツでしたー(笑)」と茶目っ気たっぷりに話し、観客を笑わせた。
アンコール1曲目に演奏されたのは、「どれだけ歌っても涙が溢れそうになる」という「Home」。先程の「Wave」でも触れられていた通り、この楽曲の歌詞はもともと父親や家族に向けて書かれたもの。しかし、時を経たことで、少しずつ感じ方が変わってきたそう。「血の繋がりだけが家族じゃないし、いろんな愛の形があると思って。こうして自分がライブをして、観にきてくれているみなさんが、私の“Home”のようにすごく感じています」。そんなかけがえのない存在となったファンに向け、「「Home」を歌うたびに新しい感情に出会います。今日も出会うと思います。その瞬間を観ていただきたいです」と言って歌った「Home」を、観客はしっかりと見届けた。
そして、「ちょっと待っとって」と一旦ステージ袖へ向かい、戻ってきた背中に背負われていたのは、ファンが期待していた通りの(?)じゃがりこ巨大リュック。このタイミングでのお目見えには、「これで「Home」を歌うのは、ちゃうやん?」と、冒頭で背負って出てくるのは我慢していたそう(笑)。気になる中身は、今回のために制作されたツアーグッズ。ここでしばしツアーグッズの紹介を挟み、ライブはいよいよ最後の曲へ。
「無事にツアー初日を迎えることができて、みんなにお会いすることができて、めちゃくちゃうれしいです。本当にありがとうございました。これからもたくさんライブができるように、いっぱい曲を作って――ミュージカルだけでなく――歌手としてもどんどん上を目指していきたいなと思っています。私自身も全力で歌を届けるので、今後とも応援していただけたらうれしいです」と、観客に向けて深く感謝を捧げ、「最後に最強のパワーソングを持ってきました!」と言って、この日ラストの楽曲「Starting Now~新しい私へ」へ。イントロからの軽快なリズムに合わせ自然と手拍子が湧き、それまで着席していた観客も次々に立ち上がっていく様は、彼女の歌が持つパワーを改めて感じた瞬間でもあった。すべての演奏を終えたステージに惜しみなく贈られる拍手と歓声を、しばらくの間全身で受け止めていた。客席を見渡すその顔には、達成感に満ちた表情が浮かんでいた。しかし、彼女の本音はきっとステージを立ち去る前に発した「帰りたくないよぉ」だったに違いない。最後は名残惜しそうに何度も振り返りながらステージを去っていった。
(おわり)
取材・文/片貝久美子
写真/Motoki Shimizu(styler86)