松任谷由実は、これまでも常に息を呑むようなライヴ演出で、卓越した手腕を発揮してきた。50年以上にわたる輝かしいキャリアを通じて、精巧に作り込まれたステージ、照明。またロシアサーカスアーティスト達との共演やスペクタクルショーを繰り広げるなど、彼女はコンサートという場を特別なものへと変えてきた。だが、どれほど趣向を凝らした演出であっても、その中心にあるのは常に、松任谷由実というアーティストその人であり、歌である。
現在進行中のツアー「THE WORMHOLE TOUR」は、そうした彼女の“人間”という存在に光を当てる能力をあらためて示すものだ。このツアーは昨年発表された通算40作目のオリジナル・アルバム『Wormhole / Yumi AraI』を携えて行われるもので、同アルバムでは最新のテクノロジーを取り入れた実験的な試みがなされている。松任谷はAIアシスト・ソフトウェア“Synthesizer V”を使い、現在の歌唱と、荒井由実としてデビューした当時の歌声を重ね合わせたデジタル・ボイスを作り上げた。こうして生まれた第三の声ーーその名も「Yumi AraI」ーーは、彼女に新たな声のテクスチャーと、時空を自在に行き来するテーマをもたらした。彼女にとってAIは“依存する道具”ではなく、あくまでも探求のための音楽ツールのひとつに過ぎない。それを裏付けているのが、そのツアーの規模だ。今年の12月24日まで続く今回のツアーでは、全72公演という驚異的な数のライブが予定されているが、それらをすべてこなすのは、72歳になってもペースを落とさず、ステージでの可能性に挑み続けるアーティストその人だ。
アルバムとしての『WORMHOLE』を際立たせているのが、そうした松任谷の新たなテクノロジーの進歩への好奇心である一方、「THE WORMHOLE TOUR」が強く印象付けるのは、創作衝動に突き動かされる人間からしか生まれない創造性だ。
東京国際フォーラム・ホールAで行われた公演中盤、松任谷自身もその点に触れている。すなわち、最新アルバムで用いたAIを活用した開発技術を、現時点のステージ上で再現することの難しさについてだ。「だから今回は、AIは無し!」
その分、この夜のパフォーマンスの中心にあったのは松任谷由実というアーティストの表現力と、それを支えるミュージシャンたちの存在だ。オープニングの「ジャコビニ彗星の日」から、バックバンドを従えた松任谷は躍動感あふれるセットを繰り広げた。アップテンポな曲から、よりドラマティックなナンバーまでを歌い分け、その表現の幅を示してみせる。バックのミュージシャンたちもまた、その瞬間を捉えた演奏で応える。セットは、何十年にも及ぶキャリアを彩ってきた楽曲と最新作『Wormhole / Yumi AraI』の収録曲を行き来する構成で、「DARK MOON」や「CINNAMON」といった新曲が、過去の楽曲と違和感なく共存する様子をうかがわせる。それは同時に、松任谷自身のソングライティングが時代とともに変化しつつも、一貫して変わっていないことの証明だ。
それらすべてをより高い次元へと導いていたのは、松任谷由実のライブを語る上で欠かせない、その演出の手腕だ。いくつものスクリーン映像と実物セットで構成されたステージは、時にSF映画を思わせる没入感ある空間を生み出す。さらには、楽曲のムードを効果的に引き立てる衣装替えやダイナミックな照明演出もある。それでいて、「THE WORMHOLE TOUR」のステージそのものの佇まいからは、これまで彼女が培ってきたライブの歴史を継承した、人間らしい温もりが感じられるのだ。
そんな中で、最も強い印象を残したのは楽曲そのものだ。この夜のハイライトのいくつかは、松任谷がピアノに向かった瞬間に訪れた。ほぼひとり、彼女の歌とピアノだけに全神経が集中する中、演奏されたのは初期のヒット曲「ベルベット・イースター」と「ひこうき雲」。東京国際フォーラムで聴く“音数の少ない削ぎ落とされた”アレンジは、楽曲の核にある人間味を一層際立たせていた。その一方で、バンドサウンド主体の楽曲では、観客が思わず身体を揺らすような祝祭の熱気が会場を包み込む。
コンサートも終わりに差しかかる頃に試みられたのは、『WORMHOLE』の奥にあるコンセプトーーすなわち過去の荒井由実と現在の松任谷由実との対話ーーをステージ上で具現化することだった。荒井由実を思わせる衣装をまとったダンサーがステージに登場し、最後の曲「そして誰もいなくなった」の終盤、二人は静かに抱き合う。それは、生身の人間たちによって100%作り上げられたこの夜のステージを締めくくるにふさわしい、感動的なラストだった。
もっとも「THE WORMHOLE TOUR」が真に“生きている”ように感じられたのは、アンコールでだった。大歓声に迎えられ、再びステージに現れた松任谷とバンドが「やさしさに包まれたなら」の軽やかなイントロを演奏し始めると、会場は総立ちとなり、手拍子が鳴り響いた。その熱気は、軽快なロックナンバー「14番目の月」から、ステージと客席のシンクロした“手振り”が印象的な「DESTINY」へと引き継がれていく。その光景は、この夜を特徴づけていた人間味あふれる温かさを象徴するものだった。
ライブレポート:パトリック・セントミッシェル
翻訳:丸山京子
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