
Profile/和泉 侃(いずみ・かん) アーティスト・Olfactive Studio Neディレクター
香りを通して身体感覚を蘇生させることをテーマに活動するアーティスト。植物の生産・蒸留や原料の研究を行い、五感から得たインスピレーションをもとに創作を行う。作家活動と並行し、香りを設計するスタジオ「Olfactive Studio Ne」を発足。調香の領域にとらわれないディレクションで、チームと共に香りで表現される世界の可能性を広げている。
記憶を呼び起こす共感覚性への興味から、香りにのめり込む
――和泉さんはアーティストとして香りを通じて表現活動を行う一方、「オルファクティブ・スタジオ・ネ」では香りによるブランディングやプロダクトの制作など幅広く活動しています。そもそも、なぜ香りだったのでしょう。
僕は高校までテニスに没頭していたんです。スポーツを通じて、熱中していること以外に身体が動かない体質に仕上がっていたというか。大学に進むと熱中できる何かを見つけなければいけないということがミッションのようになって、好きなことや興味を持ったことを片っ端からやっていったんです。
――例えばどんなことを?
カヌレが好き過ぎて東京中の専門店を回っていたぐらいだったので、カヌレ評論家になろうと思ったことも(笑)。右往左往する中で、興味の対象の一つだった香りに焦点が合ったんですよ。通学路にキンモクセイがたくさん咲く場所があって、むせ返るようなその香りを嗅いだときに、ふと母親のことが思い浮かんだんです。香りには好き・嫌いに関係なく、人の記憶だとか何かを無意識に呼び起こす力がある。その共感覚的な力に興味を持ち、18歳で香りの勉強を始めました。香りを学べる学校が当時の日本には無かったので、独学で素材や調香などの知識や技術を自分なりに深めた後、香りを使った空間デザインの会社に入り、実務を通して知識や経験を積みました。
――もともと香りには敏感だったのですか。
振り返ってみると、匂いに興味はあったんです。子供の頃から知らない匂いに対する好奇心が異常に強く、快・不快に関係なく、嗅いだ匂いを自分の中にしっかりと「格納」しないと気持ち悪いんですよ。例えば、高校の頃にはピアスの穴の匂いを嗅がせてもらったり(笑)。で、1回嗅いだら絶対に忘れないんです。それは一つの能力というか、今も香りに携わり続けていられる一つの理由かなと思います。
香りを提案する「業者」から脱し、香りで表現するアーティストへ
――独学で香りを学んだ後、専門の組織で改めて学びつつ、実務で深めていった。
そうですね。入社してまず行ったのは、御茶ノ水にあったフレグランスジャーナル社という超マニアックな出版社の図書館に通って、蔵書を全て読むことでした。一方、香原料をリサーチしたり、本国の調香師たちと共に日本企業の空間デザインやブランディングのディレクションにも携わりました。香りや香りの在る空間の設計は感覚だけではできません。建築家や設計者の意図を汲み、インテリアのデザインにフィットする香りを設計していきます。そのためには、建物の設計図や配管図を読み、何がどこにあって、どういう空気の流れになるのかを設計する能力が必要です。空調やダクトなどメカニックの知識、さらに完成した空間のキープも必須です。加えて重要なのが、「言語化」という作業です。
――言語化とは?
香りによる空間デザインの意図をクライアントはもとより、建築家や設計者、その空間を利用するエンドユーザーの3者に向けて、3種類の共通言語に置き換える作業です。それぞれの立場の方々に伝わる言葉にしないと、プロジェクトそのものが成立しないんですね。言語化の重要性は、会社に在籍していた頃に最も学んだことです。
――当時はどんな分野を手掛けていたのですか。
ホテルを中心に、ファッションやジュエリー、自動車、ウェディングなどの分野を受け持ち、主にそれぞれのシグネチャーセントを提案していました。まだセントデザインやセントブランディングが現在のような潮流になっていない中で、ホテル案件は多かったですね。特に外資系のホテルは香りを取り入れるのがスタンダードになっていて、誰に香りを頼むかという議論からプロジェクトが始まるぐらいで。香りを入れるか、入れないかという議論は無いんです。ホスピタリティーの一環であって、1人雇うよりも香りにコストをかけたほうがお客様の満足度は上がるとも言われていました。
――しかし15年にその会社を辞め、アーティストとして独立しました。
組織の中のデザイナーやパフューマーである限り、「業者」としか見てもらえないと痛感したんです。また、俯瞰的な視野でその空間やプロダクトに相応しい香りを選ぶ必要があるのに、個人の好き・嫌いで判断してしまうケースが多くありました。香りは良くも悪くも空間の印象、プロダクトの印象を決めます。その印象によって売れるか売れないか、また来たくなるか、二度と来たくなくなるかが決まってしまうんですね。それくらい責任の重い仕事だと僕は思っています。ジャッジする側とのリテラシーギャップがものすごくあって、アーティストと名乗らないと話を聞いてもらえないと思ったんですよ。和泉侃という個人のクリエイションを通じて香りの共感覚性や身体感覚を蘇生させる力を体感していただくことで、空間やプロダクトにこの人が作った香りを取り入れたいという発注の仕方へと変えていきたかったんです。
――独立して以降、変化はありましたか。
クライアントワークが増え、空間作りも継続はしていますが、プロダクトの制作依頼が多くなりましたね。それに伴い、僕個人はアーティストとして表現活動をしながら、プロダクトや空間のデザインはチームで取り組む体制に切り替えていきました。クライアントワークに対応する組織として23年に設立したのが「Olfactive Studio Ne(オルファクティブ・スタジオ・ネ)」です。
香りを構成する全ての要素に関わり、「在るべき香り」を創造する
――olfactiveとは「嗅覚に関する」という意味。「Ne」とは?
香水の本場であるフランスでトップクラスの調香師の称号が「Nez(鼻/ネ)」というんです。この言葉と植物の「根」を掛け、「Ne」に凝縮しました。根は枝葉を伸ばすために地中深くに潜り、全てのエネルギーを吸収します。チーム名には、その場所に根を張るような、在るべき香りを作る専門組織として活動していくという思いを込めました。企業や施設、ブランドのシグネチャーとなる香りのプロデュースとレシピ開発、香りにまつわる商品の企画・開発を主な事業としています。そのために、香りの原料になる植生、風土や気候の特徴を探る地域調査や、香りを通じて物語を紡ぎ出すための関係者への取材や文献の調査、自然素材を基材とする新しい香原料のリサーチ、香りの配合やデザインの検証・開発などに取り組んでいます。プロダクトや空間によっては、その目的に適う香りを作るため、香原料になる植物の栽培や香料の抽出・蒸留も自分たちで行っています。
――植物の栽培から取り組んでいる香りには、例えばどんなプロダクトがあるのですか。
フレグランスコレクション「LICHEN×Mame Kurogouchi(ライケン×マメ クロゴウチ)」がそうです。Mame Kurogouchiデザイナーの黒河内真衣子さんの故郷であり、クリエイションのルーツでもある長野の風景を核として、彼女の服に見え隠れする尊さ、儚さ、愛おしさといった感覚を香りとして表現しました。そのエッセンスとして使ったのが淡い浅黄色の羽を持つ蝶、アサギマダラが好むとされるフジバカマの花です。白檀や沈香などの香木を配合することで深みを加え、善行寺の風景も重ね合わせました。フジバカマは秋の七草の一つですが、現在は準絶滅危惧種なんですね。そのため毎年、オルファクティブ・スタジオ・ネの拠点である淡路島で栽培しています。
――ファッション関連では、ニットウエアブランド「CFCL(シーエフシーエル)」の香りも制作しています。
CFCLとは、オンラインストアのお客様にもブランドらしい購入体験を楽しんでいただくためパッケージに香りを忍ばせることに始まり、直営店では香りによる空間演出を行うなど、2年ほどの時間をかけて香りによる世界観の体現に取り組みました。そのプロセスを経て完成させたのが香水とインセンスです。最先端の3Dコンピューター・ニッティングで透明性の高い物作りを提案するブランドの先進性を核のイメージとして、独自に開発したウォータリーな香調のベースコンパウンドに、高野槙やジュニパーベリーなど清らかでシャープさのある香りを生み出しました。
――調香とは異なる製法のお香、いわゆるインセンスも作られています。
西洋の調香に携わってきたのですが、独立した頃、なぜかお香の制作を依頼されたんです。それがきっかけで、日本で初めて香木が漂着したと伝わる島であり、お香の一大産地である淡路島に2年ほど通って原料の生産現場で多くのことを学びました。その流れで東京から淡路島に移り住み、活動拠点として現在に至っています。インセンスの開発も続ける過程で、21年に新たなプロジェクトが生まれました。淡路島で130年以上続く老舗香舗「薫寿堂」と共に日本の香文化を再解釈する「THE ROOT 595(旧:√595)」です。595とは淡路島に香木が漂着したとされる年を表しています。日本のお香は成形、裁断、乾燥のレベルが非常に高く、燃焼の過程において一定の濃度の香りが出続けます。1本の線香の中に叡智が凝縮されているんですね。ただ、現代の生活の中ではインテリアとして合わなかったりもします。洋の東西を超えて多様な素材を精査し、香りの立ち上がりから余韻までの構造を丁寧に設計して、香り創作とプロダクト制作の両面から「焚く薫り」の新たな在り方を探求しています。
――香りを取り入れた空間作りではホテル案件を多く手掛けてきました。
東京・日本橋の馬喰町にある「DDD HOTEL」では、様々な実験をさせていただいています。もともとは37年間にわたり続いたビジネスホテルで、空間デザイナーの二俣公一さんが主宰するケース・リアルが設計を担当し、客室、レストラン、カフェ&バー、ギャラリーからなるコレクティブホテルへとリノベーションしました。僕たちはホテルが目指した「安眠でき、質の高い落ち着いた時間を過ごすことができる」という空間の考え方に呼応する香りを手掛けました。フロントは2階、客室は3~10階にあり、1階はギャラリーになっており、エントランスを入るとインスタレーションが展開され、目には見えないけれど作品として作った香りが立ち上がり、香りによって街のノイズが相殺されるという役割を持たせました。
――ギャラリーに香らせているのはホテルを象徴する香りですか。
いえ。あくまで都市の喧騒を絶ち、お客様の身体感覚を蘇生させるための香りです。「NOISE CANCELLATION(ノイズキャンセレーション)」と言っているのですが、自然を想起させる香りを軸に香りを構成する「香料」として写真などのアート作品を添え、「香りの解像度」を高めることで都市に溢れるノイズをキャンセルするという実験的な取り組みです。DDD HOTELのシグネチャーセントは、客室があるエレベーターホールのみで香らせています。空間の基調となっている深いモスグリーンと呼応する、湿度を含んだモスやハーバルなどウッディーな余韻を重ねた香りです。
――館内に入った瞬間から感覚がリセットされ、一人ひとりの滞在体験が始まるのですね。
そうですね。他にもバーや客室のアメニティーなど、香りに紐付いていくポイントがたくさんあります。様々あるセントポイントを一つひとつ、3年をかけて新しいものに切り替えているところです。シャンプーやトリートメント、ボディソープ、ハンドソープは、肌に触れる距離で感じる香りを重視し、よりやわらかく、呼吸に近いトーンを重ねました。一日の終わりに身体をリラックスさせ、翌朝には静かに感覚をひらくための香りの設計です。バーのためには檜の蒸留水を用いたジントニックとモスコミュールをデザインしました。都市のノイズから意識を切り離し、内側へと視線を戻すための余韻を表現しています。随所に異なる香りを配しながら、滞在中の体験が一つの流れとして結ばれていく構成になっています。
オルタナティブレーベル「SCEN」を始動、人と香りの関係をつなぐ
――25年11月にはオルファクティブ・スタジオ・ネのオルタナティブレーベルとして「SCEN(セン)」を立ち上げ、活動拠点となる複合施設を淡路島にオープンさせました。
様々な香りのプロダクトに携わってきたんですが、B to Bのクライアントワークが多く、ユーザーとは距離がありました。僕らの視点や僕らが見ている視界、その解像度をいろいろな人たちとシェアしたいと思ったんですね。また、僕らが作ってきた香りのプロダクトは、クライアントごとに展開されているため、1カ所に全てが集まることはありませんでした。過去から現在に至るプロダクトを改めて丁寧に紹介する場を設けたかったんです。そこでセンにはオルファクティブ・スタジオ・ネのデザインワークを部分的に公開するスタジオ兼ラボラトリーをはじめ、アーカイブの展示空間、現行のプロダクトを販売するストア、領域を超えたコラボレーションによる嗅覚や香りにまつわる企画展を開催するギャラリー、香りに焦点を当てたドリンクを体験できるバーを設けました。
――SCENとは「scent=香り」のことですか。
Scentに由来する造語です。香りと人の間に立ち上がる新しい関係を意図し、「泉」「線」「巛」という同じ音の3つの言葉の意味を重ねました。泉は、地中から湧き出す最もきれいな水。香りの源となるエッセンシャルな素材を表しています。線は、人と香り、人と人の関係を結ぶ線。展示・学び・記録・会話を通じて、感覚を人から人へとつなぐ流れです。線が重なり合って巛(川)になり、人と香りの新しい関係が文化として広がっていく。その最初のプロダクトとして開発したのが、「香りを口から取り込む体験」となるジンでした。
――なぜジンからスタートしたのですか。
まずはお客様にとって身近な「食」の分野で、僕らが培ってきた「香りの解像度」をシェアしたいと思ったんです。24年に国内最大級のアートイベント「MEET YOUR ART FESTIVAL」でプレミアムジンブランド「ボンベイ・サファイア」とのタイアップに参加したことがきっかけで、ジンの奥深さに感銘し、フォーカスしました。ジンの製造工程は、香料を作る工程に似ています。僕らは普段から香料を扱っているからこそ、素材一つひとつの魅力を探るため、ジンを象徴するジュニパーベリーのみのシングルボタニカルで蒸留しました。調香・香料の知見をもとに蒸留のタイミングで「トップ」「ミドル」「ラスト」に切り分け、ジュニパーベリーの「単一」の香りの移ろいを3種類のエッセンシャル・ジンに表現しました。蒸留というのは、スピリッツにしても香りにしても下準備の工程。そういうところに思想が宿ると思うので、様々なプロダクトに昇華させ、香りとの接点を増やしていきたいですね。
――アーティストとしては異分野のアーティストやブランドなどとのコラボレーションを活発に行っています。
今後も年内は毎月のように、アーティストや伝統工芸、食などとのコラボによるイベントや展覧会などが続きます。オルファクティブ・スタジオ・ネとしてもやりたいことはまだまだあって、それをいろいろな人たちに受け取ってもらえる場を作っていくフェーズに入ったと捉えています。アーティストとして活動しながら、センを核としてB to Cのチャネルを確立していきたいですね。
写真/Olfactive Studio Ne提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。
