――アルバムのお話を伺う前に、木山さんと言えば、ここ数年では『千鳥の鬼レンチャン』への出演がきっかけで、 “細魚(ほそぎょ)”というニックネームでの生活を余儀なくされていました(※)。それによって木山さんの環境にも変化があったりしましたか?
※楽曲のサビを10曲連続で歌い切ると100万円を獲得できるという、番組の名物企画。2021年12月の放送回でMr.シャチホコが木山のモノマネで「home」を歌ったところ、見た目も似ていることが話題に。2022年5月の放送回に木山本人が出演してMr.シャチホコと対決するが、レンチャン数で負けてしまったのがきっかけで木山の名前を剥奪される事態へと繋がった。
「僕自身は何も変わっていなくて。でも、僕がデビューした16年前にはまだ生まれていなかったような子供たちが、あの番組を通して僕の存在を知ってくれたっていうのは、大きな変化でしたね。というのも、それまではどちらかというと大人向けの歌をずっと歌ってきましたし、もう一つのライフワークである講演会も、来てくださるのはお父さん・お母さん世代やご年配の方が多かったんですけど、そこに1年くらい前から小学生の子たちも混じるようになって」
――講演会にですか!?
「そうなんです。あるときは一番前の席に小学生の男の子が3人座っていて、僕も驚いて“今から1時間喋るんだけど、大丈夫?”って聞いたら、“話を聞きに来た”って。そうは言っても途中で飽きちゃうかな?と思ったら、すごく真剣に聞いてくれていました」
――ファン層が一気に若返ったというか…。
「そういう感じですね。小さい子なんかは僕が“木山”ってことを知らなくて、どこに行っても“細魚”って呼んでくれたりします(笑)。もともと子供好きなので、そういった声援はとても嬉しいです」
――今年の4月には無事に“木山裕策”の名前を奪還しました。おめでとうございます!
「ありがとうございます(笑)。名前を取り上げられるなんて、最初は冗談だと思ったんですよ。でも、恐ろしいことにフジテレビさんはリベンジを果たすまでの2年間、本当に“木山裕策”の名前を一度も使いませんでした(笑)。それでも1年目は僕も面白がっていたんです。子供たちから“いつ(木山に)戻るの?”とか“次は絶対勝ってね!”って声をかけられても、“うん。頑張る、頑張る”なんて軽く言ってたんですけど、2年目に入って、チャレンジ失敗が3回続いて。そこで、さすがにマズいなと思って、必死に練習してから臨んでの4月だったので。あのときは本気で嬉しかったと同時に、“細魚”としては一旦区切りがついた感じです」
――今回のアルバム『贈る歌』は、特に若い世代に向けて届けたい楽曲を詰め込んだとのことですが、それには今お話しいただいた“細魚”になってからの変化が影響しているのでしょうか?
「本当にそれが大きいですね。繰り返しになりますけど、あの番組に出たことで10代とか、7歳、8歳くらいの子たちがコンサートに来てくれたりするようになったんです。なんですけど、そのときに子供たちに向かって歌える歌があまりなくて…。コンサートをするにしても、講演会をするにしても、小さい子供たちがたくさん来てくれるので、その感謝の気持ちを歌で返したいというところから、今回のアルバムに繋がっていきました」
――今作の構成としては、まず最初にこのアルバムのために木山さんが書き下ろされた新曲「君に贈る歌」があり、そこからカバー曲が12曲、後半に「home」を含むオリジナル曲が3曲収録された形となっています。カバー曲はどういった基準で選ばれていったんですか?
「小さな子供たちに歌の楽しさを感じてもらいたいという気持ちから、保育園で習っているような「世界中のこどもたちが」や「にじ」といった童謡のほか、実は今回は“思春期”というのもキーワードとしてありました」
――「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」(アンジェラ・アキ)や「YELL」(いきものがかり)など、カバー曲コーナーの中でも前半部分に収められた楽曲たちですね。なぜ思春期をキーワードにしたのでしょう?
「中学生や高校生が僕の講演会に来てくれたり、僕も講演会でいろんな学校に行かせてもらったりしていて。そこで、10代の思春期って難しい年頃だと思うんですけど、意外と講演会が終わった後に声をかけてくれるんです。自分も10代の頃はいろいろ悩んだ経験があって、今ちょうどそういう時期にいる子供たちの話を聞いていると、伝えたいことがやっぱり出てくるんですよね。それを、僕は歌手なので歌でそういう気持ちを届けられたらっていう気持ちで選曲をしました」
――思春期の子供たちに向けて選ばれた楽曲は、大人でもグッときます。個人的に「正解」という楽曲が、そのメッセージ性も含めて沁みました。この楽曲はRADWIMPSが2018年に放送されたNHK特番『RADWIMPS 18祭』のために書き下ろされた楽曲ですよね。
「この歌をRADWIMPSの野田(洋次郎)さんが高校生の子たちに向けて書いたのはすごいなと思って。彼は曲の中で“答えがある問いしか僕たちは教わってない”と言い切ってるじゃないですか。それって実はすごく深くて、日本の縮図だなと僕は思っています。日本ってお利口な子が重宝されるじゃないですか…自分で考える力を持っている子より、みんなと同じって。でも、いろんなことが不安定な世の中で、人の言うことだけを聞いていれば自分の人生が楽しめるか?と言えば、決してそうじゃない。自分の力で正解を見つけていかなきゃいけないんですよね。この「正解」にはそういうメッセージが込められていて、素晴らしい歌だなと思い、選ばせていただきました」
――「正解」で歌われているメッセージは、今作のために書き下ろされた新曲「君に贈る歌」にも通じるように感じました。
「僕のテーマも、今作のテーマも、そこなんです。僕の人生って簡単じゃなくて…。病気になったこともそうですけど、挫折も含めていろいろ回り道が多かったので。そういう人生を歩んできた中で一つだけあるのは、自分で考えることの大切さ。どれだけ大変でも、どれだけ失敗してもいいから、自分の頭で考えるっていうのが自分の人生を楽しくさせるコツだなと、この歳になって思うんです。使い古された言葉かもしれないですけど、自分の人生の主人公は自分。そこで人の言うことを聞いてばかりいて人生がうまくいかないと文句を言ったところで、何の意味もないし、前に進めないわけで。人は本来、特に若い人たちは、自分の力で自分の道を切り拓く力を持っているはずなんです。そういう気持ちを大切に過ごしてほしいというのが軸にあって、そこから選曲をさせていただいた上でオリジナルソングも作らせていただきました」
――歌詞の中に<自分を信じて、自分を許して、進めばいい>というフレーズがありますが、<許して>という言葉が出てくることが印象に残りました。
「僕の人生で一番難しかったのは、自分を信じることでした。すぐ、“俺なんて…”って思っちゃうんです。でも、自分を信じなきゃ前に進めない。自分が信じてあげないと、誰も信じてくれないじゃないですか。それともう一つ、僕は自分が失敗したときに自分を許せなくなっちゃうんです。これもさっきと同じで、自分が許せないと前に進めない。この2つが自分の中の課題でした」
――でも、そういう人って結構いるような気がします。
「僕もそう思います。でも、自分を信じられない人、失敗したときに自分を許せない人って、それを続けているとどんどんどんどん自分を傷付けていくことになる気がしていて。そうじゃなくて、頑張ったけど失敗しちゃったってところはちゃんと許して、その上で“もう1回頑張ろう!”って切り替えれば先に進める。だから、そこまで厳しくならなくてもいいんじゃないかって。自分への戒めという意味も含めて、僕はこのフレーズを書きました」
――思春期の若者たちに向けたオリジナルソングや前半に収められているカバー曲を経て、後半には小さな子供たちに向けたカバー曲が続きます。ここでは声色も普段の木山さんとはちょっと違いますよね。
「わかります? でも、敢えて変えてるわけではないんですよ」
――そうなんですか!
「小さな子供たちに向けた楽曲だから子供っぽく歌おうとかは全然思っていなくて。だから、完成したものを聴いて僕もびっくりしました。「正解」と、その次の「世界中のこどもたちが」とでは、“歌い方がまったく違うじゃん!”と思いました。ただ、僕の場合は、大人として子供の歌を歌いたいというコンセプトがあって。子供向けの歌だからこそ、大人から伝えたい歌として歌うのが僕のアプローチとしてはいいのかなって」
――子供向けの歌だからといって、子供と同じ目線にならなくてもいい、と。
「はい。だって、僕が3〜4歳と同じ目線になったら、変なおじさんじゃないですか(笑)。なので、ちゃんとおじさんとして子供に接するっていう。たぶん僕らしさというのもそこで保てる気がするんです。逆に言うと、楽曲が素晴らしいから、大人の方に聴いてもらってもいい歌なんです。今回のアルバムを大人の方に聴いていただいても、おそらく子供の曲を聴いているって感じにはならないと思います。それに、「世界中のこどもたちが」や「にじ」は、僕ら世代は全然習っていないけど、今の30代の人たちはみんな“子供の頃に聴いたなぁ”って曲になってるんです」
――30代だと結婚して子供が産まれて…という方も多い世代だと思うので、家族で一緒に聴ける1枚とも言えそうですね。
「そうなんです。“懐かしい歌だね!”って言いながら、ご家族で歌ってもらえたら嬉しいです」
――そして、アルバム終盤にはオリジナル曲が収められていますが、こちらはすべて今作のために新録されたものになりますか?
「はい。「home」も新しいバージョンになっています」
――「home」はデビュー曲になりますが、長く歌い続けていることで、ご自身の中でも歌い方や捉え方などに変化があったりするのでしょうか?
「結果論として、歳とともに歌い方が変わってきているというのはあるのですが、僕自身はあまり変えないように、デビュー当時の気持ちを忘れずに歌おうと思っています。なので、アレンジもそんなに変えていないんです。今回レコーディングしたのも、あくまでも55歳の僕が歌うバージョンという感じです」
――客観的に聴いたときに感じる歌い方の変化とは、例えばどんなところですか?
「なんでしょうね…デビューした時の「home」を今聴くと、1フレーズごとに全身全霊を込めて歌っているからびっくりするんです。4分ちょっとの曲ですけど、1秒伸ばすところでもビブラートをかけまくっていて、最初から最後まで必死で、パワフルなんですよ。でも、当時言われたのが、“木山さん、その必死さをいつまでも忘れないでね”って。“長く続けているとテクニックに逃げちゃうこともあるから…”みたいなことを言われたのをずっと覚えていて。なので、僕の中では素直に、今の気持ちをしっかりと音にのせて歌おうという気持ちは変わってません。とはいえ、いい意味で滑らかな歌い方にはなっているかなと思います。全体のバランスを見て強弱をつけたりということもしているので、若い頃の全力投球に比べたら少し落ち着いた感じに聴こえるかもしれません。ただ、僕の中では“初心を忘れず”ってところを意識して歌っています。それに、すごく難しいんですよ、この歌。楽曲の難しさとしても、自分の中での立ち位置としても、決して適当には歌えないのが「home」なので、毎回必死に歌っています(笑)」
――今作には本当にさまざまな角度からのメッセージを含む楽曲が揃っていて、きっと聴く人によってグッとくる楽曲も違うでしょうし、聴く時期によっても自分に刺さる楽曲が変わってくるんだろうなと思いました。
「バリエーションがあるアルバムに、結果、なりました。自分の中でも時間をかけてたくさんの人に聴いてもらいたいです」
――そのために、木山さん自身が自らいろいろな場所に歌いに行く機会も?
「そうですね。講演会で学校に行ったりしたらもちろん歌うんですけど、オリジナル曲の「君に贈る歌」に関しては、今ちょうど合唱譜を作ってもらっていて。これまでも「home」を学生さんと一緒に歌ったりすることはあったのですが、「home」はどちらかというと親から子に向けたメッセージなんです。それに対して、「君に贈る歌」は大人から子供でもありつつ、先輩から後輩とかでも通じるメッセージなので。そういう意味では子供の声で歌ってほしくて、そういう機会が持てないかな?と、いろいろ計画しています」
――それは子供たちにとってもいい経験になりますね。実は、今回お話をうかがうまで、木山さんが歌手活動と並行して講演会にも力を入れているのは何故なんだろう?と思っていたのですが、今日のお話で納得しました。
「ありがとうございます。僕の場合は歌だけじゃなく、人生も含めて、いろんな人にお話ししていきたいという気持ちがまず最初にあるんです。これまで本当にいろいろなことがあって、そこで諦めずに頑張って、いろんな人にも助けていただいて。そうすると、まだまだ諦めなくても人生楽しくなるんじゃないかって、今この瞬間も思っています。癌になったときもそうでしたし、5年前にそれまで働いていた会社や所属していた事務所を辞めて独立したときもそう。だって、独立した瞬間にコロナが始まったんですよ。すごくないですか!?」
――普通なら“さあ、これから!”っていうときに、それはバッドタイミングでしたね…。
「そうなんです。周りの人たちからも“会社に戻れ、事務所に戻れ”って、すごい言われて。そういういろんな人からの助言を聞いた末に、僕は戻らない決断をしました。そしたら、そのタイミングでキングレコードさんが声をかけてくださって。このチャンスを生かすために死に物狂いでやってみようと思ったら、うまくいったんです。迷って迷って止めるのも一つの選択肢でしたけど、迷って迷ってやってみることの大切さっていうのを、今回もまた…当時僕は50を過ぎていましたけど、身をもって実感しました」
――それこそ、自分を信じること、ですね。
「はい。もちろん、なかにはうまくいかないこともあります。諦めたほうが頑張らなくていいからラクでもあります。でも、とにかく自分で考えて、自分がやりたいようにやってみる。そういうことを人生でやる価値はあるんじゃないかなって。若い人たちにはそれを伝えたいんです。無責任に“やってみろ”って言うのはよくないけど、僕は自分の人生の経験、失敗談を含めて事実を話すことができるので。リスクがあることもちゃんと話しながら、自分で選んで後悔のない人生を生きてほしいっていうメッセージを、これからも歌や講演会を通して伝えていきたいです」
(おわり)
取材・文/片貝久美子
RELEASE INFORMATION
木山裕策『贈る歌』
2024年10月2日(水)発売
KICS‐4168/3,000円(税込)
キングレコード
LIVE INFORMATION
木山裕策にっぽん歌謡コンサート
2024年10月15日(火) 大阪 東大阪市文化創造館 ジャトーハーモニー 小ホール