──5年ぶり6枚目のアルバム『幽霊家族』はどんなところから作り始めたのでしょうか?
「“家族”というテーマからです。自分が生まれ育った環境や場所、家族との関係、大人になっていく時間もまるごと“記憶”というテーマでパッケージできれば…と思って」
──吉澤さんにとって家族っていうのはどんな存在ですか。
「…一言では表せない存在です。心から愛しているし、許せない思いもあるし。“記憶”と一緒で曖昧になってきていますけど、いろいろな気持ちを向ける大切な存在です」
──『幽霊家族』というアルバムタイトルはどのタイミングで決めたのでしょうか?
「最初にありました。映画『異人たちとの夏』(山田太一原作)みたいな、ふと、昔住んでいたアパートのドアを開けたら、若い頃のお父さん、お母さんが夕食を作って待ってくれている…みたいな。もう交われない/交わらない存在を辿るようなアルバムにしたかったので。“儚さ”や“不在”のようなものとして、タイトルを『幽霊家族』にしました」
──“家族”と“記憶”に加えて、もう一つ、“夢”もテーマにはなっているように感じました。“夢”は吉澤さんの創作の根底に共通しているテーマかもしれませんが…。
「そうですね。寝ている時に見る夢の中では、生きてるもの/死んでるもの、生死が曖昧になります。だから、“夢”はこのアルバムの入口と出口に最適だと思いますし、昔から自分の中でテーマになってきた、よく使う言葉です。私は夢に左右されて生きてきた節があるので…」
──夢に左右されて生きてきた?
「はい。一番印象に残っているのは、子供の頃、魔女にさらわれる夢を見たことです。魔女がまた迎えに来てくれるまで魔女修行をしようと思ったことが、この音楽活動にもつながっています。夢の中で出会った人ともう一度出会いたくて、夢日記をつけ始めたりもしましたし、寝ている時の“夢”は特にずっと考えているテーマです」
──今も夢日記は続いているんですか?
「続いてます」
──精神的なバランスが取れなくなるからやらない方がいいという説もありますよね。
「私もしない方がいいんだろうなっていう実感はあります。ただ、健康にはあまり良くなくても、創作する人間からすると、“いいんじゃないかな”と思っています。ものづくりと健康って反比例していってしまうところがあります。でも、私にとっては、ものづくりが第一優先なので」
──それはそれで、心配ですけど…。
──アルバムは夢に誘うイントロダクション「Into the dream」から始まります。作曲と編曲を務めたNovelty Box Orchestraというのは実の弟さんですよね。
「そうです。私が昔、弟に付録でついていたオルゴールのおもちゃみたいなのをあげたことがあったんですけど、弟はそれを元にボンカレーの裏紙でオルゴールを作るようになって。なので、Novelty Box Orchestraと名乗っているようです。本人に直接、聞いたことはないですけど、そうだとと思っています。アルバムの核になる音を、弟にオルゴールで作ってもらいたくて。私が住んでいた町は埼玉県の川口市で、新荒川大橋が東京とつないでいるところなので、故郷の景色が浮かぶような始まりと終わり、入口と出口にしたいと思って作ってもらいました」
──弟さんと一緒に音楽を制作してみてどう感じましたか?
「弟のものすごい集中力を久々に実感しました。子供の頃、弟がウルトラマンのフィギュアを家中に並べていて、それを踏んだりして…“いてっ! ここに置くな”みたいなやり取りがあったんですけど(笑)、当時からびっくりするほどの集中力を持っていました。それがまだまだ続いてるんだって感じました。オルゴールの制作って途方もなくて。今の時代、すぐに打ち込めてしまうものも、オルゴールにするとものすごく時間がかかるんです。それをやっているのが自分の弟というのも嬉しかったですし、一緒にアルバムを作ることができたことも嬉しかったです。このオルゴールがあるから、“もやがかかった世界に包まれている”というふうに思うので、誇らしいです」
──夢の中で夜明けの橋を渡ったあと、「あの家はもうない」から物語が始まります。
「10代の頃に書いた曲なんです」
──そうなんですか? 家、家族、記憶、夢、『幽霊家族』のキーワードが全部入っていますね。
「そうですね。このアルバムを象徴する曲になっていると思います。元々は昔、魔女修行していた家や隣にあった工場が壊されたことを不意に聞いたんです。家族に“ちょっと残していたものを取りに行きたいんだけど”と言ったら、“あの家、もうないよ”と言われて…」
──え? 取り壊す前に娘に言わないものなんですか?
「私には全く説明がないまま、いつの間にかなくなっていました。最後にもう一度だけ入りたかったんですけど、なくなっていたという衝撃があって。実際に行ってみたら新しいお家がたくさん建っていたんですけど、それが信じられなくて書きました」
──記憶の中ではどんな家でしたか?
「工場とか部屋の隅とか廊下とか、なんか暗くて、じめっとしていて、いつも怖くて。得たいの知れない家という感じでした。敷地内に古い家と使われなくなった古い工場があって。薄暗いところがたくさんあって、油の匂いと錆ついているイメージです」
──その家がもうない、その部屋もないし、帰る場所がない。それってどんな感情ですか? 寂しさ? 悲しさなんでしょうか?
「そういうことを言わない曲、感情を断定しない曲にしたいと思って書きました。この曲の中では場面が 3つくらい変わっています。子供の頃に過ごした家と、一人暮らししている恋人の家、あと、初めて一人でライブのステージに立った日。その時間はもうないっていう。最後のライブの部分だけ、後から書き足しました。この曲を書いた当時はまだ渦中にいて…ステージに立ったばかりだったので、懐かしむこともなかったと思って。今だから書ける歌詞だと思います」
──生まれ育った実家の記憶から、続く「おとうと」は実の弟さんのことですか?
「はい。この曲も 10代の頃に書いた曲です。弟が高校生で、進路や将来に悩んでいるのかな?と思って。何か背中を押せたら…と思って書いたんですけど、作って聴かせたら、弟に“これは僕じゃない”と言われました」
──あはははは。
「ショックだったんですけど、“そうか…”と思って。書き直したんですけど、やっぱり弟自身として書くことはできないと思いました。姉の目線というか、何年か先に生きている人間の目線から、エールを送れたらいいなと思って。全ての少年少女に届くように書きました」
──<音が鳴る歪なオルゴール>はまさに弟さんのことですよね?
「これも書き直したところです。弟からしたら、<だから困難はいつも僕のすべてになって輝く>なんて思えないと思います。私も自分に対してそんなことは思えないですけど、誰かにだったら言いたくて。そんな気持ちです」
──この曲で吠えている<愛犬>が「わたしの犬」に続きます。
「ずっと犬の曲は書きたいと思っていたんですけど、私にとって犬はすごく大切な存在で、一文字も言葉にできなくて…。だから、今回、犬の絵をずっと描いているてらおかなつみさんと作れたらと思ってお声がけさせていただきました。てらおかさんからたくさんのワードをいただいて、それを形にした曲です」
──“言葉にならない”とありましたが、吉澤さんにとって犬はどんな存在ですか?
「うーん…やっぱり犬って人類の友というか、猿よりも人間と相性がいいらしいんです。霊長類よりも犬の方が分かり合えるらしいですけど、“確かにそうだよな”って思います。私にとっては、少女時代を共に過ごして、そばにいてくれた温かい存在です。だから、犬の目線からも人の目線からも重ねられるような歌詞にしたいと思っていました」
──歌詞はひらがなが中心になっていて、おもちゃ箱を開けたような生活音も入っているので、子供の頃の“私”と“愛犬”の仲睦まじい風景が思い浮かびます。そして、「ピーマン」は作家のいしいしんじさんと作詞を共作されています。
「今回のアルバムで、どなたかとご一緒するなら、自分の少女時代の神様みたいな人とご一緒したいと思っていて。「ぶらんこ乗り」という曲も書いたほど、いしいしんじさんの本が子供の頃から大好きでした。13歳の時にいしいしんじさんのトークショーに行ったんですけど、それが私が初めて電車に乗って東京に行った時なんです」
──新荒川大橋を渡ったんですね。
「はい。橋を渡って行って。帰りは心配した母が迎えに来たので、表参道の駅で待ち合わせして。いしいしんじさんの『いしいしんじのごはん日記』 というブログがあったんですけど、その時にいしいさんが、“13歳の子が来てくれた”ってブログに私のこと書いてくれたんです。そのブログも読んでいたので、“いしいしんじさんと食”という印象があって。それに、私はアルバムにいつも食べ物の曲を1曲入れているので、いしいさんとお話ししながら、“食べ物の曲をご一緒したいです”とお願いしました。好きな食べ物や懐かしい食べ物を最初は連想していたんですけど、“嫌いな食べ物は何ですか?”って聞かれて、“ピーマンが嫌いです”というところから生まれた曲です」
──ピーマンが嫌いなんですね。
「今は食べられるようになりました。28歳の時食べられるようになりました」
──よく年齢まで覚えてますね。
「初めての海外旅行で香港に行ったのが28歳でした。その時にピーマンを食べたわけではないんですけど、“もうなんでも食べられるじゃないかな”っていう気がして…帰国してから食べたら食べられたんです(笑)。その時にいろいろ解除されて、香港に行ったら食べられるようになったっていう思い出です」
──(笑)。この曲には<わたし>と<おとうと>、<パパ>と<おかあさん>が登場します。
「いしいさんからいろいろ言葉をいただいて、私もいしいさんに送り返して、っていう感じで作っていったんですけど、自分の曲ですね。肉詰めピーマンの日に、ピーマンなしのも焼いてくれたというのも本当の思い出です。ただのハンバーグなんですけど(笑)、お母さんの優しさです」
──「幽霊」は<あの頃そばにいてくれた>という“あの子”について歌っていて…。
「これも学生の頃に書いた曲で、高校生の頃にバンドで演奏したりしていたんです。幼少の頃の記憶で、イマジナリーフレンドに話しかけたりしている日々を書いた曲なんですけど、今振り返ると、よく覚えていないです。それが本当だったのか、ちょっと言ってみただけなのか…よくわからないです」
──イマジナリーフレンドを幽霊にしているのは、どうしてですか?
「当時、キャスパーの映画が大好きで、『キャスパー マジカル・ウェンディ』という作品があって、よく観ていたからなのかな?とか思ったんですけど。そこからなのかもしれません」
──でも、いた記憶はあるんですよね?
「幼稚園の卒業式の前日に夜中、急に起きて、母に“こちら、私の友達”って、わーっとしゃべり出したことがあったらしくて。でも、眠っていたんです。だから、私は覚えていなくて。ちょっと精神が本当にギリギリの幼稚園児だったかも…」
──でも、第三者のお母さんが言っているから…。
「お母さんは驚いて、“本当にごめん”って泣きながら私を抱きしめてくれたらしいんですけど、幼稚園がすごく苦手で、卒業式に出るのが苦痛だったからだと思うんです。その頃は紹介していたくらいだから、確実にいましたね。会話して、キャハハハハって笑っていたって聞きました。うん、きてるな…」
──いや、そっちはそっちで育みたいですけど。この曲では<夏の日>にいなくなっています。どこかで子供時代が終わった瞬間というのはありましたか?
「曖昧ですけど、16歳で曲を書き始めてからはそういう存在はいなかったと思います。必要なかったのかな? 歌詞にある<夏休み>は酔いが覚めた感じというか…少女時代の終わりだったんだと思います」
──そのあとの「うさぎのひかり」から雰囲気が変わりますね。
「そうなんです。よくぞ、気づいてくれました。ここまでは家族や幼少期のことを描いているんですけど、ここから少し大人に成長していくみたいなイメージです」
──「うさぎのひかり」はNHKの夜ドラ『いつか、無重力の宙(そら)で』の主題歌として書き下ろした曲でもありました。
「このアルバムの中では、学生時代の記憶みたいな感じです。学生時代の自分と大人になった自分が交錯するような眼差しがあって。ドラマでも高校生の頃の主人公たちと大人になった現在の主人公たちの両方が出てくるんですけど、それがそのまま今回のテーマにも生きていると思って、すんなりと収録することができました」
──夢を叶えた現在の私が過去の私を迎えにいくような曲ですが、<自由だよ 物語の中では>というフレーズも吉澤嘉代子の本質だと思います。
「そうですね。この世界で心や体がどれだけ不自由だとしても、物語の中では何にでもなれますし、どこにでも行けます。そういうことを信じ続けて音楽をずっと続けてきたので、自分の中心にある願いというか、祈りみたいなものです」
──「ほおづき」の編曲はライブでも共演している鍵盤奏者の梅井美咲さんです。
「梅井美咲さんの演奏の素晴らしさと編曲の尖り具合に耳の中をかき混ぜられます。ここから、学生時代を過ぎて、少しまた大人になって…このアルバムの中では唯一の恋の歌です」
──これ、恋の歌だったんですか?
「え? 違いますか?」
──いや、ほおづき=鬼灯だし、いろんな鬼も出てくるので…。
「確かに地獄の入り口がもうパカッと開き始めちゃっていますね。いろんな“記憶”があると思うんですけど、一番、痛みを伴う記憶を入れておきたいと思って入れました」
──「ほおづき」で死んで、「たそかれ」で此岸と彼岸の間にいるイメージでした。
「私もそんなイメージです。「たそかれ」は生前の“記憶”を取り戻すことがテーマのTVアニメ『誰ソ彼ホテル』のオープニング主題歌として書き下ろした曲だったので、“これもそうじゃん!”って思って」
──アルバム最後の曲、「メモリー」を筆頭に“記憶”がテーマになっていますね。
「そうですね。TVアニメ『誰ソ彼ホテル』は、人によって生きているうちに何に執着したかで、生死の狭間にあるホテルにいる時の姿が変わるというお話だったんですけど、“じゃあ、自分は何に執着するのかな?”とか考えて…」
──何に執着していて、あのホテルではどんな姿になりそうですか?
「お寿司、かな? 顔がカワハギの肝乗せになっているかもしれないです(笑)」
──あはははは。黄昏ホテルで出会ってもわからないかもしれないです。
「去年、祖父が亡くなって…当時、「たそかれ」を書いていた時だったので、“祖父は何になるんだろう?”と思いました。「地獄タクシー」とか、カラオケで私の曲を誰よりも歌っていたので、“おじいちゃんの顔が私の顔になっているかも”って思ったんです」
──じゃあ、黄昏ホテル行ったら…。
「自分に会えるかもしれないです」
──(笑)。梅井さんのピアノ伴奏による「時の子」には<軍服に水筒を下げて/遠くから帰ってきた>若者の姿が描かれています。
「これは祖母の曲で、祖母が時子っていうんです」
──素敵な名前! 「時の子」なんですね。
「私も素敵だと思っていて。1年くらい前に祖父が死んでから、ずっと“おじいちゃんがね、”というお話をしてくれていました。電話でも話すんですけど、いつもおじいちゃんの話ばかりで、熱々なんですよ、今でも。お話してくれたのをそのまま歌にしたという感じです」
──「たそかれ」が向こう側の曲だとすると、「時の子」は生き残ったこちら側の話ということですね。そして、「メモリー」は吉澤さんの地元で開催された『第75回全国植樹祭』大会テーマソングですね。
「この曲はかなり前に依頼をいただいていたんですけど、話が来た時に、“いつか家族をテーマにアルバムを作りたいと思っていたけど、いよいよその時が来たな”という覚悟が決まったというか…。自分の出自を振り返る曲になることは間違いないと思ったので作ったんですけど」
──故郷というのは、吉澤さんの中ではどんなものですか?
「逃げ出してきたと思っていた場所だったんですけど、その先をずっと走り続けていたら、故郷につながる新荒川大橋が出現したみたいな感じで、音楽の仕事で故郷に帰ってくることができました。そこで歌うことができたので、私にとって大切な曲になりましたし、お話をいただけてよかったと思います」
──これは“私”の歌ですか?
「はい、“私”の歌です」
──最後に<ほんとうの名前>を見つけています。
「自分の名前は両親や祖父母につけて欲しかったんですけど、家庭の事情で私が会ったことのない、これからも会うことはない人が名付けることになったんです。だから、幼少の頃からずっと納得していませんでした。“私にもっとぴったりの名前がこの世にあるんじゃないか”と思って、いろんな名前を自分につけてきました。新しい名前を考えるのがライフワークみたいになっていたんですけど、この仕事をしていて、お手紙で名前を書いてもらったりとか、ライブで名前を叫んでもらったりするうちに、自分の名前と出会い直したというか…“私の名前は嘉代子なんだ”って、初めて知ったみたいな気持ちになった時に書きました」
──ちなみにアルバムジャケットはどんなイメージですか? 吉澤さんは4人家族ですよね?
「時子も入れて5人。これ、リアル家族です」
──本当の家族なんですか!?
「そうです。家族総出でお世話になったんですけど(笑)、匿名性を持たせるために白いアジサイの押し花を入れさせてもらいました」
──じゃあ、家族にとっても思い出深いアルバムになりますね。祖父、祖母、父、母、弟、愛犬、そして、私の記憶を綴ったアルバムが出来上がって、ご自身ではどんな感想を抱きましたか?
「家族をテーマにすることで自分が赤裸々になると思ってたので、どんな精神状態になるんだろう?とか、アルバムのコントラストもどうなるのかな?と思っていたんですけど、思っていたよりも温かいアルバムになって今までにない大切なアルバムになりました」
──ここまでプライベートな実体験を元にしたアルバムは初めてですよね。普遍的な物語に落とし込んではいるものの、夢日記と日記くらい違うというか…。
「自分のごく個人的な話をまとめたアルバムですし、家族も出ちゃいましたし、全く新しいアプローチです。まだ完成したばかりで実感が湧かないんですけど、世の中には家族をテーマにした様々な作品があると思います。でも、私にとってはこの家族しか知らないので、自分の家族からしか生み出すことができなかったんだと思っていて。このアルバムをどんな風にリスナーの皆さんが受け取ってくれるのかは、未知です」
──どう受け取ってほしいですか?
「実在の人物と実際のエピソードが散りばめられているので、つまらないかもしれない…」
──いや、つまらなくはないです。自分の家族との思い出が紐解かれて、忘れていた記憶が開いていくような感覚がありました。
「みんな、家族に対する想いはそれぞれ違うと思うんですけど、何か重ねてもらえたら嬉しいです。どうなんだろうな? 感想をお待ちしております」
──(笑)。5月には東阪ホールツアーが控えています。どんなツアーになりそうですか?
「10周年でたくさんライブをやらせてもらって…いろいろなことをやりきったので、純粋にアルバム『幽霊家族』に寄せたツアーにしたいです。これまでにリリースしてきた曲も再構築しながら、家族への答えを自分なりに出したいと思っています」
(おわり)
取材・文/永堀アツオ
RELEASE INFROMATION
LIVE INFROMATION

吉澤嘉代子 幽霊家族 “Ghost Family Tour”
2026年5月1日(金) 大阪公演 NHK大阪ホール
2026年5月9日(土) 東京公演 NHKホール
【バンドメンバー】
ゴンドウトモヒコ(Bandmaster, Horns, Sequence)
伊澤一葉(Keyboard)
伏見蛍(Guitar)
伊賀航(Bass)
伊藤大地(Drums)


