──encore初登場ということで、丁さんの音楽遍歴から教えてください。3歳のときにピアノを始めたことが音楽に興味を持ったきっかけということですが、その後、好んで聴いていたものや演奏していた楽器はどのようなものだったのでしょうか?
「3歳の頃に始めたピアノは、興味を持っていたというか、親に連れられて始めただけで(笑)。ただ、それが音楽の入りだったので、最初はクラシックばかり聴いていて…というか、聴かされていました(笑)。特にバレエの映像をよく見せられていて、見ながら一人で踊っていたそうなんです。だからバレエが好きなんだと思ってバレエ教室に連れて行かれたんですけど、行ったらみんなのところへは行けなくて結局体験で終わっちゃって…その後も家では踊っていたみたいですけど(笑)。そういう感じで、クラシックは自然と聴いていました。中でも組曲「惑星」は好きでした。クラシック以外だとエンヤが好きでした。親のCDラックの中からジャケットがカッコいいと思って手に取ったのがエンヤのアルバムで、それを繰り返し聴いていました」
──それは何歳くらいの頃ですか?
「10歳くらいですね。はっきりとは覚えていないですけど、小学生くらいだったと思います。その頃から映画にハマり始めて、映画の主題歌を聴くようになりました。アヴリル・ラヴィーンとかパラモアとか、邦楽だとONE OK ROCKを聴いていました」
──ご自身で音楽を作ったり、発信したりしようと思ったのはどのようなきっかけだったのでしょうか?
「ネットで弾き語り動画をアップするのが流行っていた時期があって。それを見て“楽しそうだな、自分もやってみようかな?”と思ったのがきっかけです。特にイギリスのシンガーソングライターのガブリエル・アプリンさんの弾き語り動画を見たときに“あ、こんな動画を自分も作りたい!”と思いました。完成された音と映像がすごく好きで…」
──曲ではなく、動画を作りたいと。
「はい、曲も含めてですけど。そのためにはギターを弾いて、歌って、マイクをそろえて、パソコンでミックスして…っていうのを、順番に勉強しなきゃいけないんだなって思って順番に始めました」
──ではそこからギターを?
「はい。初心者セットのエレキギターを買って、ハマると止まらないので、毎日14時間くらい練習していました」
──そこから“自分はこういう音楽をやっていくんだ”とか“こういうことを歌いたい”といったご自身の音楽性は徐々に芽生えていった?
「そうですね。それこそ、動画を投稿し始めてから、丁を始めるまで5〜6年かかったんです。“自分に合うものは何なのか?”とか、聴いていただける方の反響が多いものはこの部分なんだなっていうものがだんだん見つかって、定まっていきました」
──その中で、今ご自身が思う“丁らしさ”はどういうものですか?
「“優しく足元を照らす蝋燭の灯火となる、暗闇の中の希望となる音楽を奏でる”というコンセプトを活動のテーマにしているんですけど、それもすべて“丁”という漢字に集約されていて。この字は“ひのと”という字なんですが、ろうそくの灯のように小さい光だけど、手元や足元を優しく照らすという意味がある漢字。そういうアーティストになれたらなと思って、アーティスト名にこの漢字を選びました。そういう音楽をやっていきたいと思っています」
──なるほど。それは例えば、丁さんにとって音楽がそういう優しく照らしてくれるものだったからとかですか?
「うーん…どちらかといえば音楽は嫌いで。好きというよりは、これしかないという感じなんです。“やりたくないな”、“弾きたくないな”と思うんですけど、結局、音楽しかなくて戻ってくるみたいな。不思議な存在です。音楽を作ったり演奏したりしている中で、できないことって出てくるじゃないですか。それがすごく嫌で、だからできるようになりたいって思っちゃうんですかね」
──音楽を発表したり、リスナーに届いたりしたときに喜びを感じる?
「というか、できなかったことができるようになったり、曲ができたりしたときに喜びを感じます。“できた!”って」
──リスナーからの反響でうれしくなったりは?
「もちろんハープの弾き語りが自分の予想以上の大きな反響をいただいたことにはびっくりしましたけど、基本的に反響というのは、自分にとっては豪華商品みたいなものというか…曲が完成して発表した時点で自分の中で100点なんです。だからそこからの反響は、ただひたすらにうれしいという感じです」
──「優しく足元を照らす蝋燭の灯火となる、暗闇の中の希望となる音楽を奏でる」が活動テーマである通り、そういう音楽を作ることに意味があるんですね。
「はい。もちろん曲を出すことに意味があるんですけど、そこにこの意味を織り交ぜることによって、届ける目標ができる。今まで私が丁として作った曲は全部、“ひのと”をテーマに作っています」
──丁さんの音楽では、ハープが大きな武器であり特徴でもあります。ハープで弾き語りを始めたのはご友人に勧められたことだそうですが、改めて経緯を教えてください。
「最初は撮影用のオブジェとしてネット通販で買いました。背中からハープが生えているように見える位置に置こうと思って買ったんです。で、音が鳴るからカバー動画のときに撫でるように“ダラララン”ってグリッサンドを入れたのが、最初にハープに触れたタイミングでした。そのときに音楽仲間に“ハープ買ったんだよね”と言ったら“ハープで弾き語ればいいじゃん。やらないなら俺やっちゃうよ”と言われて“いや、やるやるやる!”って。ギターのときみたいにひたすら触って一週間後にハープの弾き語り動画をアップしたら、すごく反響が大きくて、“これはやらなきゃ”と思いました」
──ハープだからこそできることや、ハープならではの魅力を、丁さんはどのように考えていますか?
「考えてみたんですけど、あんまり答えが出なくって。どうしてかって言うと、私はハープのイメージがないような曲をハープで弾くことで、ハッとして興味を惹くような使い方をしているんです。私にとっては“ハープのために”とか“ハープで弾くから”ということを考えて曲を作るよりも、ハープじゃないものをイメージして作った曲をハープでやるから面白い。だからハープのことは一旦置いておいて、ギターとかピアノで曲作りをして、そこからハープアレンジにしています。ハープは存在しているだけで癒しです」
──丁さんは昨年2月に「ヒトミナカ」にてメジャーデビューを果たしました。メジャーデビューやTVアニメ『ツルネ -つながりの一射-』エンディング主題歌の起用を経て、ご自身や周りの環境に変化はありましたか?
「環境の変化はそんなになくて。というのも、私は親戚にも自分が丁であるということを言っていないんです。知っているのは数人の友人くらい。だからあまり変わらず、いつも通りの日常です。「ヒトミナカ」はアニメのエンディング主題歌でしたが、それに関しても、ご縁をいただいて主題歌にしていただきましが、曲を作って発表するというプロセス自体は普段の曲作りとあまり変わりがありませんでした。もちろん関わる人が多くなりますし、“こういう曲にしてほしい”という要望はいただきますけど、それも自分にとってはスパイスが加わるようなもので。自分一人で曲を作るときも“こういう曲にしたい”というお題のようなものや、使いたいキーワードをもとに作っていくので、アイデアの出所が違うくらいで。いつも通りでした」
──ニューシングル「because」もTVアニメ『最弱テイマーはゴミ拾いの旅を始めました。』エンディング主題歌です。この曲は『最弱テイマーはゴミ拾いの旅を始めました。』のどのようなところからインスピレーションを受けて制作をしたのでしょうか?
「インスピレーションというよりは、“こういう想いを込めて作った”というのがあって。主人公のアイビーは、物語の中でたくさんの人に出会っていく。必ず力になってくれる人や助けてくれる人がいる、それって、現実に生きている私たちも同じだなと思って。だから“前に進むことによって誰かが必ず助けてくれるし、何かが始まるから諦めないで”ということを、アニメの主人公にも、曲を聴いてくれる皆さんにも伝えたいなと思って作りました」
──<That you're loved / That you're strong / And you'll find where you belong>(和訳:あなたは愛されている / あなたは強い / そしてあなたは居場所を⾒つけられる)という歌詞が特に素敵だなと思いました。
「そこも原作から感じたことで。ルーバさんという占い師さんが登場するんですが、そのルーバさんの視点で出てきた言葉です。ルーバさんの言葉がすごく印象的で、ルーバさんのように主人公を安心させてあげられるような曲にしたいなと思って書きました」
──ご自身が特に気に入っている部分はありますか?
「静かになる<The sound of water drops echoing / The leaves in the wind are dancing>のところですね。原作を読んだときに、アイビーが水面を見て自分を問うシーンがすごく好きだったので、そのシーンを想像して書きました。そうしたら実際にアニメの1話でも、水面を見て髪を切って旅に出るシーンが描かれていて“やったー!”と思いました」
──アニメとのリンクでいうと、「ツルネ -つながりの一射-」ではエンドロールではなく、毎話、物語の終盤に「ヒトミナカ」が流れるという彩り方で素敵でしたね。
「あれは私も“こういうふうに使っていただけるんだ!”とびっくりしましたし、感動しました。ありがたかったです。実は今回も歌詞が始まるまでのイントロに対して細かく注文をいただいたので、そういう使われ方もあるのかもしれないと勝手に期待しています(笑)」
──対してカップリング曲「The Heliosphere」は、シンセサイザーを基調とした、浮遊感がありつつも力強さも感じる楽曲です。
「この曲はハープを使っていない曲で、それこそハープのことを考えずにカッコいい曲にしたいなというところから作り始めた曲なんです。私は編曲の時点でハープを入れたり、入れなかったりするんですが、ハープを使う使わないを意図的に使い分けているというよりは、歌詞とコードとメロディができた時点で、もう編曲の答えが見えるんですよね。コードと歌だけの素の状態を聞くと、曲が求めている音が見えてきて、そこに音を当てはめていくんです。自分の曲ですけど、自分が主導権を握っていないというか…だから自分でもよくわからずに“こうなったんだ”っていう感じなんです」
──曲に導かれるというか…
「はい。どの曲も基本的にそうで。“この音が足りないな”とか“ここにこの音がいるな”とか、そういうものをはめていくだけなんです」
──そうやってどこか感覚的に作っていても、曲が似通らないからすごいですね。
「そこはぶっちゃけ財力で(笑)。とにかくシンセサイザーをたくさんそろえて、音をひたすら聴いて、どこにどの音があるかを覚えておくんです。そうすると、“あの音あったよな”って引っ張ってこられるので」
──引き出しを常にたくさん用意しておく?
「そうそう」
──シンセサイザーをそろえるところは確かに財力かもしれませんが(笑)、どこにどの音があるかを把握していくところは丁さんの努力ですし、それが楽曲の幅につながっているんでしょうね。
「あー、なるほど。今、“そうなんだな”と思いました(笑)。でも確かに、どこに何の音があるかを把握しきるまでは本当に大変でした。“この曲はこうだから、シンセサイザーでこういう音を出したいときはこうしたほうがいい”みたいなものも掴んでいくので。そういうものの積み重ねで今の丁があります」
──“カッコいい曲を作りたい”から始まって、導かれるように出来上がった「The Heliosphere」ですが、ご自身としては出来上がってみていかがですか?
「“カッコいい曲できた!やったー!”です(笑)。この曲は最初にワンコーラスだけ出来て、その時点で一度YouTubeに投稿したんですが、フルで完成してからはまだ投稿していないので、皆さんの反応も気になります。タイトルの「The Heliosphere」というのは太陽圏、太陽風が届く範囲という意味があるんですが、そういう“守られているんだよ”ということを歌いたかったんです。でもこの曲、自分でもあんまりよくわからなくて」
──本当に導かれるように出来上がった?
「そうなんですよ。いろんなテーマがありすぎて、自分の中でまだまとまっていません」
──リスナーが受け取ってから、掴めるようになるのかもしれないですね。
「はい、そこはいつも委ねるようにしています」
──そんな2曲が収録されたシングルですが、レコーディングの際に特に意識したことや大切にしていたことはありますか?
「“とにかく手短に”と(笑)。家で作ったデモ通りに歌えばいいと思って、1時間くらいでレコーディングを終わらせました。でもそのデモ通りに歌うっていうのが本当に難しくて。デモを作るときは逆にすごく時間がかかるんです。20回、30回と歌い直して“これはタイミングがちょっと違う”とか“この歌い方だとシンセサイザーの音に埋もれちゃうから、もうちょっと張って歌わないと”とか試行錯誤しているんで、それを再現するのがすごく難しいですね」
──お話を伺っていて、ボーカルも楽器の1つのように捉えていらっしゃるのかなと思いました。
「そうだと思います。それこそエンヤが好きなこともあって、重ね録りがすごく好きなんです。だから自分の声もシンセサイザーを作ったほうが早いなと思いながら作っています」
──だからこそ、レコーディングでは正確さが重要になってくるんですね。それでいうと、“こういう感情を乗せるには、この歌い方”みたいなものも丁さんの引き出しの中にあるのでしょうか?
「逆に、自分はあまり感情を乗せすぎないように気をつけているんです。感情を乗せすぎると、受け手の思考パターンが絞られてしまう気がするので。聴いてくださる方に自由に捉えてもらえたほうが曲に深みが出るかな?と思っているので、感情をあまり入れないように、フラットに歌うように気をつけています」
──「ヒトミナカ」、「because」とアニメのエンディング主題歌が続いています。丁さんご自身もアニメがお好きだそうですが。アニメと音楽の関係性はどのように考えていますか?
「主題歌を聴くことで、いろんな思い出が蘇るきっかけになると思います。“あの時期にこのアニメを見てたな”から始まって“あの部屋で見ていたな”とか“あの時期、こういう辛いことがあったな”とか、生活の情景まで思い出すきっかけになるのが、アニメの主題歌なのかなと思っています」
──そういう中で、ご自身が主題歌をはじめとするアニメを彩る音楽を手がける際に気をつけていることや意識していることはありますか?
「“アニメのために”という考え方はあまりなくて。制作段階にアニメ側からいただいた想いやワードを受け取った上で“こういう曲だったら自分らしさが出せるな”というのを繰り返していきます。それが自分の制作スタイルでもあるし、そういう形でアニメとも関わっていくのが一番やりやすくて自分らしいのかなと思っています」
──余談ですが、アニメ好きな丁さんにとって、特に印象的なアニメの主題歌やテーマソングがあれば教えてください。
「好きなアニメ主題歌ですか…いっぱいありすぎて選ぶのが難しいなぁ。主題歌だけじゃなくて、劇伴も好きで、劇伴ファンでもあるんです。そういった意味でいうと、『ギルティクラウン』かな。EGOISTさんの主題歌と、澤野弘之さんの劇伴と。あの作品は、アニメを見るというよりも音楽を聴くみたいな気持ちで見ていた気がします」
──では最後に、今後の活動における展望や思い描いている将来像を教えてください。
「最初にお話しした活動テーマもそうですが、私と聴いていただいている全ての方が、お互いに一番星みたいな存在であればいいなと思いながら活動しています。その気持ちは今後も変えずに活動できればいなと思っています」
──丁さんの掲げる“一番星”とはどういったものなのでしょう?
「一番星って、昔の旅人が方角を決めるときに目印として使っていた星なんです。暗い道でも、道に迷ったとしても、一番星が見えれば“ああ、ここはどこだな”ってわかる目印。私にとって、聴いてくださる皆さんはそういう存在ですし、聴いてくださる方も、私や私の音楽をそういうふうに捉えてくれたらうれしいなと思っています」
取材・文/小林千絵