──2nd EP『呼び声』が完成した今の心境を教えてください。

「“とりあえず終わった!”という安心感と、“これで大丈夫かな?”という不安があります。今回は気合を入れたというか、すごく頑張って制作したので、“ちゃんと自分の作った音で届いてほしいな”って思っているんですが、“ちゃんと届くのかな?“というモヤモヤっとしたものが今はまだちょっとあって。でも今作には、SNSでハープの弾き語りでワンフレーズだけ投稿した中から特にファンの方の反応がよかった曲を収録しているので、楽しみです」

──“気合を入れて作った”、“頑張って制作した”ということですが、今までの作品とは違う気合の入り方だったということなのでしょうか?

「そうですね。今回の曲って、すごく作り込んでいるんです。曲の構成もそうだし、歌詞もいつもよりもディープで。もちろんいつも通りに作っているんですけど、今回は特に思い入れが強いです。あと、今回はマイク選びと、ミックスをしてくれるエンジニアさん選びも私自身がやりました。“この曲は、このエンジニアさんがいいかな?”って」

──曲ごとにエンジニアさんが違うんですか?

「はい。「呼び声」と「because」は同じ方ですが、他の曲は全部違うエンジニアさんにお願いしました。ありがたいことにすべて希望通りの方にお願いできて、本当に光栄でした。そういった意味ではすごくチャレンジをしたEPになりました」

──それは今までよりも、1曲ずつの音のイメージが明確だったということなのでしょうか?

「そうですね。1st EP『ヒトミナカ』は割とハープがフィーチャーされていたんですが、今回はタイアップ曲(「呼び声」)があまりハープにフィーチャーしていなかったということもあって、他の曲もそっちにあわせています。だからすごく低音の効いている曲や、今までにないくらいアップテンポでダンサブルな曲も入っていたりして。新しい一面を見てもらえるかな?って思います」

──そもそも今作を作る前、“こういう作品にしたい”といった構想はあったのでしょうか?

「実はそれがなくて。とりあえず私が入れたい曲をいっぱい詰め込もうと思いました。そこから、できた曲を並べて“こういう順番で、こういう物語にしよう”みたいな感じでだんだんと全体像が出来上がっていきました。ちょうど最後の「ヒトミナカ mini harp ver.」まで通して聴いてだいたい30分。“映画のサントラみたいな作品になったな”って思いました。あとはハープがときどき入っていることもいい感じに作用しています。クラシカルで上品な作品に仕上がったかな?と思います」

──では楽曲について伺っていきます。まずは1曲目は「呼び声」。この曲はTVアニメ『Unnamed Memory』のオープニング主題歌ですが、制作はどのように進めていったのでしょうか?

「“原作のここからここまでをアニメにします”というお話をまず聞いて、原作の該当部分を一気に読んで、ガガガッと曲を作っちゃいました。ティナーシャとオスカーが一緒に過ごす1年を、アニメでは3ヶ月で描くので、“たぶんものすごく早いテンポでお話が進んでいくことになるだろうな“と思いました。そうなったときに、原作にあってアニメでは描かれない部分というものが絶対に出てくると思いました。そこをどうしても取りこぼしたくなかったので、アニメで放送される分の原作をぎゅっと詰め込んだのが、この「呼び声」です」

──なるほど。

「このインタビューが公開される頃には、もうアニメの放送が終わっているはずなので言ってしまいますけど、最終話で、時が戻るんです。それを私はこの曲の最初で歌っています。<止まった針の進む先に 永遠よ続いて>って。最初に盛大なネタバレをしちゃいました(笑)。アニメの宣伝の方々は一生懸命、最後がどうなるかをひた隠しにしているというのに、私は最初から結末を歌うっていう(笑)」

──なんと!(笑) そんなネタバレも含んだこの曲が実際にアニメで流れているところをご覧になってどう感じましたか?

「これまでのタイアップは全部エンディングだったので、今回が初めてのオープニング主題歌でした。“最初から自分の歌が流れてる!”という嬉しさがまずありました」

──オープニング主題歌ということで意識したことや大切にしたことはありますか?

「“オープニングらしい曲にする”ということはプロデューサーさんの要望でもありましたが、同時に“丁らしさは失いたくない”という気持ちもあったので、そこはせめぎ合いでした。でもオープニングということをそこまで意識したわけではなくて…。本当に作りたい曲を作ったという感じです。そもそも今回は“ハープから離れてみよう”というのがスタートでした。あとは転調も、普段自分ではあまり取り入れないんですが、今回は求められているということもあって挑戦してみました。自分があまり転調する曲が好きじゃなくて、正直最初はちょっと葛藤もあったんです。でも転調を研究しながら作った結果、すごく“ハマったな!”って感じています。“これはこれで面白いな”と思いましたし、丁の新しい一面でもあると思いました」

──「呼び声」は樂さんとの共同編曲。丁さんにとって初めての共同編曲でしたが、どのような工程で進めていったのでしょうか?

「ボーカルやコーラス、鍵盤ハーモニカなど、自分ができる範囲までは仕上げて、そこから樂さんにバトンタッチをして、アニソンらしい曲に仕上げていただくという形でした。この曲は“時”がテーマなので、樂さんにバトンタッチするときに“時が巻き戻るような音を入れてほしい”というお願いをしたんです。アニメを最後まで見た人が、この曲を聴いたときにアニメのことを思い出せるような曲にしたかったので。そしたら、最初の<永遠よ続いて>のあとに、巻き戻るような音を入れてくれてくださって。それと、2番の<砂の中に一人落ちていく中>というのは砂時計をイメージしているのですが、そこにも樂さんがドープな音を入れてくれてくださって。“私が求めていたものだ!”と思いました。すごく素敵な編曲をしていただきました」

──人と編曲をするということに対してはいかがでしたか?

「今回はやりとりというよりは、バトンリレーのような感じだったので、“自分の曲がこういうふうに変化していくんだ”という感覚を初めて味わって、面白かったです」

──3曲目の「三つ子」はこれまでの丁さんの楽曲とは雰囲気が違いますが、丁さんの音楽にピッタリとハマっている印象を受けました。この曲はどういったところからできた曲なのでしょうか?

「この曲はYouTubeの生配信をしながら作った曲です。ハープの動画をワンフレーズ作って投稿したらすごく反応がよくて、この曲はちゃんと育てなきゃいけないなと感じました。“ハープだからこそ表現できる力があるな”ということもこの曲で感じて、一度ハープの弾き語りでフルバージョンをアップしているんです。だけど、それじゃまだ足りないなと思ってさらに作り込んだものが今回収録されています。この曲は映画『LUCY/ルーシー』からインスピレーションを受けて作った曲だったんですが、編曲のときにエンジニアさんに“ここをこうして…”とお願いしたら、映画『インターステラー』になっちゃって(笑)。でも、もともと「三つ子」はオリオン座の小三ツ星をモデルにしていたので、最終的に『インターステラー』の宇宙感とマッチしたので、“奇跡だな!”と思いました」

──映画『LUCY/ルーシー』からどのようなインスピレーションを受けて、曲に落とし込んでいったのか、もう少し詳しく聞かせてもらっても良いでしょうか?

「『LUCY/ルーシー』は、ざっくり言うと人間の脳を100パーセント使ったらどうなるか?というお話で。映画の中で、脳を100パーセント使い切ってルーシーがコンピュータになるという瞬間があるんですが、そこを<時の流れは 届く速さは>で音が盛り上がって、<月明かりの中>で描きたかったんです。すっと音が変わる瞬間というか…。映画でも100パーセントを使い切った瞬間、画面がパッと暗くなって、USBがポンっと浮き上がってくるという演出があったんですが、それをこの曲で表現したかったんです。それを試行錯誤しているうちに、気がつけば『インターステラー』に(笑)。でもそこで、小三ツ星とつながることでこの曲が完成した感じがしたんです。“すごくクリエイティブな作業だったな”と感じてすごく楽しかったです」

──サウンド面では、すごく音が少ないのも印象的です。

「本当に静かな曲にしたかったんです。宇宙に1人でいて寂しいけど忘れないでという雰囲気を表現したかったから。だからすごく音を厳選した覚えがあります」

──こんなに音が少ない曲を作るのって勇気要りませんか?

「あはは(笑)。そうですね。実はずっとバグパイプのような音作りがしたいと思っていて。バグパイプって低音があって、もう1つの笛でメロディーを鳴らして、足でリズムを叩けばそれで曲が完成するんです。1人で完結する音楽なんですよね。低音とメロディーとリズムの3点。できるだけそういうふうに音楽を作りたくて。シンプルだから伝わる何かというのは絶対にあると思うので、それをすごく大事にしています」

──“バグパイプみたいな音楽を作りたい”というのはいつから思っていることなんですか?

「もともと自分の音楽活動はミニハープの弾き語りをSNSにあげたことから始まっています。そのときにハープと声だけで、これだけ人に伝えられるんだということをすごく感じたんです。そんなときにバグパイプ奏者の路上ライブの映像をYouTubeで見かけて、すごく感動して。“楽器一つでちゃんと音楽ができるんだ”と思ったときに、自分はこれを目標にしたいという気持ちが芽生えました」

──シンプルであることこそ目指したいと。

「はい。私にとっては、そっちのほうが伝えやすいんだと思います」

──4曲目「螺旋の道」は歌詞やボーカルの世界観がいつもとは違いますね。

「はい、この曲は「蟲森」の次の話という感覚です。「蟲森」をさらに盛大にした感じで。オーケストラサウンドで作りました。エンジニアさんの得意分野だったというのもあって、エンジニアさんとのマッチングがすごく良くて、相乗効果がしっかりと出た曲だなと感じます」

──6曲目「off-season butterfly」は、新曲の中で唯一の英語詞です。

「この曲も配信をしながら作った曲です。ディズニー映画『ダンボ』がモデルになっています。サーカスの中で、ダンボがお酒を飲んで酔っぱらって幻覚を見るところを曲にしたくて。いろんな登場人物が一列に並んで踊ったり合唱したりする感じが良いなと思って、歌詞が二重に聞こえるようにしたり、騒がしい感じでミックスをしてもらいました。最初にミックスしたものを聴いたとき、私のイメージをはるかに超える形でしっかりサーカス団が出来上がっていて、一人でテンションが上がっちゃいました」

──さらに今作は、楽曲ごとの描きおろしの絵と短編小説が掲載されるということですが、この試みはどういったところからのアイデアだったのでしょうか?

「最初はレーベルのプロデューサーさんから“小説と絵を入れてみよう”と提案されて。“いいな”と思ってやることになりました」

──工程としては、曲ができてから小説や絵を作ったのでしょうか?

「そうです。小説に関しては、あとがきみたいな感覚で書きました。一番伝えたいことは全部歌に入っているのですが、どうしても歌に入れられない部分があるので、そのこぼれた分を小説でちょっと掬うというか…。それを表現できる場所だと思いました。イラストは…今作の楽曲は1曲ずつ自分の中に星座の物語のイメージがあったので、それを一つずつ描きました。ちなみに全部があわさって星空になるという構成も考えて描いています。あわさった全体像は後々公開される予定ですので、それも楽しみにしておいてください」

──全曲に対して小説や絵を作るということをしてみて、いかがでしたか?

「こういう形もアリだなと思いました。もともと自分はそんなに曲について語るのは好きじゃないんです。聴いていただいた方に自由に想像していただくのが一番の正解だと思っているので。でも曲には乗せられなかった自分の想いを、小説や絵で乗せられたのはすごくよかったです」

──楽曲を聴いて自分なりの解釈を持った上で、小説を読んだり絵を見たりすることで、また新たな解釈が生まれそうですね。

「そうですね。それも楽しみの1つかなと」

──丁さんの頭の中が丸見えですね。

「はい、結構見えちゃってます(笑)」

──改めてEP『呼び声』はどんな作品になったなと思いますか?

「1曲1曲をよく聴くとすごく悲しくてダークな曲ばっかりなんですけど、聴いていくと、だんだん勇気付けられる作品になっています。曲の並びとしては、だんだん狂気を帯びていく順なんです。だから夜に暗いところでヘッドフォンやイヤフォンでゆっくり聴くのもいいですけど、日中に歩いたりランニングしたりしながら聴ける曲もあるかな?と思っていて。なかなか振れ幅の広い作品になっています」

──今作は、特にしっかり作り込んだというお話もありましたが、今作を経て、今後の音楽制作に何か変化もありそうですか?

「そうですね。まず“これがいい!”というマイクが見つかったことがよかったです。これまでずっとマイク選びに苦戦していたので、それが見つかったことがすごく嬉しかったです。あとは今回いろいろなエンジニアさんでミックスをチャレンジさせていただいたことで“こういう曲にはこのエンジニアさんが合う”というものがわかって、表現できる幅が広がりました」

──さらに作る楽曲の幅の広がっていきそうですね。

「はい。あとEP『呼び声』を作って改めて自分の曲はJ-POPやポップスというジャンルじゃないなと思ったんです。これが本当にやりたいことだし、“これからさらに突き詰めていきたい”って感じました。自分のやりたいことが明確になったからこそ、今後どういう形でお届けできるかはわからないですけど、それがメジャーシーンでどこまでできるかという挑戦をしていきたいです。“どこまでアバンギャルドにやろうか?”と、今ワクワクしているところです」

取材・文/小林千絵
写真/中村功

RELEASE INFORMATION

丁(てい)『呼び声』

2024年724日(水)発売
LACA-25090/3,300円(税込)
Lantis

丁(てい)『呼び声』

丁(てい) 関連リンク

一覧へ戻る