──まずはサカキさんの音楽遍歴を教えてください。幼少期はどのような音楽を聴いていましたか?

「いろいろ聴いていました。家にはピアノがあってモーツァルトが流れていて、日曜日の朝は某アニメをすっ飛ばして『題名のない音楽会』ばかり見ていました。それが今の僕の血肉になっているかはわからないですけど…」

──クラシックに馴染みがある幼少期だったんですね。お母さまがピアノの先生だったとか?

「いえ、ピアノの先生はやっていませんが、母はピアニストを目指していたみたいです。手を骨折して諦めてしまったようです」

──サカキさんはピアノは習っていましたか?

「習っていませんけど、触らされていました」

──“触らされていた”ということは、ピアノにあまり興味を持たなかったのでしょうか?

「興味は持ちました。いまだにピアノで曲を作りますし。ただ習わなかったです。押して音が鳴るおもちゃみたいな感覚でピアノを弾いていました。自分で音楽を聴くようになったのは、イーグルスの『Desperado(ならず者)』というアルバムをCDショップで手に取ったことです」

──それはおいくつくらいの頃ですか?

「5歳か6歳だと思います」

──『Desperado(ならず者)』を手に取ったのはどうしてですか?

「大した理由はなくて…CDショップに行って、ジャケットを見て“これだ”と思ったんです。いわゆるジャケ買いのような」

──CDショップにはよく行かれていたのでしょうか?

「特によく行くわけではなかったです。でも…なんか行っていました。商業施設に行ったときに、エスカレーターに行くにはCDショップを通らないと行けなかったから、みたいな感じだったと思います。そこで目を引かれたんでしょうね。“おもちゃが欲しい”みたいな感覚というか。CDにどんな曲が入っているのかは聴いたわけでもなかったので」

──そうして手に取ったイーグルスを聴いてみてどう思ったのか、覚えていらっしゃいますか?

「よかったです! 特に表題曲の「Desperado(ならず者)」はずっと歌っていた記憶があります」

──そこから洋楽を聴くようになっていったのですか?

「親が聴いていた音楽を聴いているだけだったんですが、シンディ・ローパーとかエリック・クラプトン、ビリー・ジョエルを聴いていました。でも別に洋楽一家というわけではないので、Mr.Childrenとかも聴いていました」

──音楽にのめり込んでいくタイミングはいつですか?

「それこそ「Desperado(ならず者)」を歌っていると、“英語なのに上手に歌えるね”って周囲の大人が褒めてくれたんです。そういう大人たちの、半分お世辞も混在したであろう言葉を鵜呑みにした子供が“自分は音楽をやったら楽しいかもしれない”と思ったような気がします。子供の僕が歌っていると、まわりの大人は褒めてくれたり、機嫌が良くなったりするという構造を、幼いながら感じていました」

──では、何がきっかけで曲を作り始めたのでしょうか?

「さっきピアノの話をしましたが、習っていないので楽譜が読めないんです。だからすでに存在している曲をピアノで演奏するということはものすごく気が滅入る作業でした。それよりも、自分で作ってしまったほうが圧倒的にカロリーが低いと思って、自分で作った曲をピアノで弾いていました。それが小学3年くらいのときです」

──やっぱりピアノは弾きたかったんですね。

「そうです。とは言え、その時は野球とかゲームとかと同じ感覚でピアノをやっていました」

──そこから本格的に音楽をやっていくようになるのはどういった経緯ですか?

「高校生のときにバンドを始めました」

──バンドをやろうと思ったのはどうしてなのでしょうか?

「さっき話した幼少期の“自分が歌を歌っていると周りが喜ぶ”ということの延長で…学生時代も自分が歌うと周りが楽しそうだったんです」

──バンドを始める前、中学生の頃はどんな音楽を聴いていました?

「中学生の頃はそれまでと変わってエアロスミスとかロックを聴くようになりました。B'zを聴いて、バンドやギターというものが存在することを知って。そのルーツとなっている洋楽のハードロックも聴くようになってエアロスミスやボン・ジョヴィにたどり着く…みたいな自然な遍歴です」

──そして高校生でバンドを始めたんですね。演奏していたのはコピーですか? それともオリジナルも?

「みんなとはオリジナル曲はやっていないです。というのも、当時の僕は、“曲を作っている”とか“男がピアノを弾いていることは恥ずべきものだ”と思っていたんです。だから曲は作っていましたけど、どこかで自分の曲を公開するみたいなことは一切やっていませんでした」

──その感情から抜け出して音楽の道を志したのはいつ頃ですか?

「特段きっかけがあるわけではなくて。感覚的には音楽を自作していた頃くらいから、なんとなく“音楽をやっていくんだろうな”と思っていました」

──とは言え、高校生のサカキさんは“音楽を作っていることを人に言うべきではない”と思っていたわけですよね? その考え方が変わったタイミングというのは?

「高校生の最後のほうです。学校のホールみたいなところで、休み時間に一人でピアノを弾いていたんです。多分、ダメなんですけど(笑)。そこに、毎回聴きにくる子がいて」

──そうなんですね!? その人はお一人で? それともサカキさんのピアノが学校で話題になっていたとかですか?

「一人です。なんかふらっと聴きに来て“明日も来ます”みたいなことを言っていました。彼女とは別に深い会話をしたわけではないですけど、例えば何かを弾いて“これ、どう思う?”、“さっきの方が好きです”とか。そういう会話をしました」

──その交流や聴いてくれる人の存在で、“自分の音楽を人に聴いてもらいたい”という想いになったのでしょうか?

「“聴いてもらいたい”というよりは、“許しを得た”みたいな感覚でした」

──なるほど。“男性はピアノを弾くべきではない”、“自分が作った音楽を人に聴かせるべきではない”と思っていたから。

「はい。“自分の曲を人に聴かせてもいいのかもしれない”と思ったのは、それが明確なきっかけだったのかもしれません」

──そこから本格的に音楽を始めたんですね。

「それまでも弾き語りでライブハウスには出たりしていたので、活動自体は大きく変わっていないですけど、自分の曲を積極的に出すようになりました。それまではライブハウスで自分の曲をやるときも、カバー曲に混ぜて、オリジナル曲だとわからないようにしていたんですが、“これは僕の曲です”と言うようになりました」

──そこから、曲を作ったり、みんなの前で歌ったりすることが楽しくなっていったのですか?

「楽しい…うーん、ちょっと違うかな。“どんどんほどけていく”という感じです。やる度に“やっていいことなんだ”と、許されていく感じがしました」

──ここまでのお話で、好きなアーティストだと公表されているマイケル・ジャクソンとビートルズが出てきていないのですが、様々な音楽からの影響を受けているサカキさんがこの2組を挙げているということは特に大きな影響を受けたからですよね? この2組からはどういった影響や衝撃を受けたのでしょうか?

「2組とも高校生の頃に出会っています。おそらくその2組と同じくらい、レッド・ツェッペリンからも影響を受けています。マイケル・ジャクソンを聴いたときは“ポップスってこういうことなのか!”と思いました。僕が知ったときにはマイケル・ジャクソンはもう亡くなっていて、つまりマイケル・ジャクソンが作ってから何十年も経っている曲のはずなのに、全然聴ける…と言っていいのかな」

──古く感じなかったんですね。

「はい。むしろ新しいものに感じました。メロディやビート感は、マイケル・ジャクソンにかなり影響を受けています。残念ながらダンスまではいけなかったですけど(笑)」

──ビートルズはいかがでしょうか?

「ビートルズは小さい頃から普通に聴いていたんですけど…一番無視していた存在だったのがビートルズだったのかもしれません。ずっと知っていたけど、ちゃんと掘り下げてみたことがなかったです。だけど、ある時、“全曲聴いてみるか”と思って聴いてみたらそのままどっぷり影響を受けるまでになりました」

──そして2024年に『Catching Wave Audition 2024』のグランプリを獲得し、同年に『神退治』でデビューを果たしました。デビューするにあたって、作りたい音楽性や理想のアーティスト像のようなものはありましたか?

「あるとしたら、“ポップスとして人々に広く聴かれるものであることは意識しなければいけない”と思いました。だけど、それ以外は特になくて。もともと“こういうものをやりたい”というものがなくて。自分が心地よいと思ったものをやった結果がこれというだけで。周りからしたら“あれに似ている”とか“あのジャンルだよね”というものはあると思うんですけど、本人的には何かを狙っているわけではないです」

──では歌詞の面ではいかがですか? “音楽でこういうものを伝えたい”といったものは?

「基本的に歌詞もリズムとして捉えてしまっていて、言葉の意味から考えるということはしていないですが、振り返ってみると、僕は人間を描きたいんだと思います。人間味と言うか…そういうものを書きたいんだろうなって、俯瞰してみたときに思いました」

──聴いてきた音楽、影響を受けてきた音楽は洋楽がメインですが、サカキさんの歌詞は主に日本語ですよね。そこにはどういう想いがあるのでしょうか?

「これまでの話に出てこなかっただけで、邦楽ももちろん聴いていましたし、中でも山下達郎やオリジナルラブあたりはこよなく愛して聴いています。だけど僕の楽曲の歌詞が日本語であるということにおいて、聴いている音楽が洋楽であるとか邦楽であるとかの因果はあまりなくて。“違和感なくスッと出てくるのが日本語だから”というだけです。それと、これも日本歌詞に固定されていることの因果関係はないかもしれないですけど、日本語ってきれいだと思う瞬間が多くて。だから日本語が好きなんです」

──実際、サカキさんの歌詞はきれいな日本語ですよね。

「そこは意識しているかもしれないです。“美しいものであってほしい”と思っているというか…」

──ちなみにアーティスト名のサカキナオの“サカキ”は『源氏物語』の“賢木”から取っているとのことですが、読んできたものや受け取ってきた言葉としてはどういったものがあるのでしょうか?

「べらぼうに本を読んできたか?と言われたら、一般的な読書量だとは思いますけど…最初に読んだ本は夏目漱石の『吾輩は猫である』でした。千円札の肖像画が夏目漱石だった頃に、“ここに載っているこの人は誰なんだ?”と思って親に聞いたんです。そしたら“これを読むといい”といって歴史的な偉人をまとめた本を渡されました。そこで夏目漱石という人はどうやら有名な本を出しているらしいと知り、『吾輩は猫である』から、どんどん夏目漱石の他の作品、さらにいわゆる文豪と呼ばれる人たちの本を読むようになりました」

──アーティスト名を『源氏物語』から引用したのはどうしてですか?

「『源氏物語』が特段好きだったというわけでもないですし、それは思いつきだったかも。とりあえず“葵”とか“空蝉”といった、一般的であったり、有名だったりするものは嫌だと思いました。なので、少し埋もれている“賢木”を選んだというのはあるかもしれません」

──ここからは最新曲『三文ロマンスショー』についてお話を聞かせてください。この曲はどういったところからできた曲なのでしょうか?

「遊んでいるときに原型ができました。ベースで適当に遊んでいたときに、ど頭のベースのリフがふと出てきて、“これはいいリフなんじゃないか”と思って詰めていきました」

──<ずっちーな>という曲の入りも印象的です。

「もちろん出所は織田裕二さんのドラマです。これを作るために見ていたわけでも、見ていたから出てきたわけでもないですけど、『東京ラブストーリー』を7周くらいしていた時期があって」

──えっ、7周も!? どうしてですか?

30年前くらいのドラマなので、今とは感覚がずれていて面白いんです。見れば見るほど、そういうところが見つかって結果、7周しました。あとは<ちょちょちょちょ待ってくれよ>も入っていますし、『東京ラブストーリー』だけでなく、月9が間違いなく血肉になっています」

──そういったフレーズを使いながら、楽曲としては振り回される恋愛やそれによる未練などが歌われています。このテーマ性はどこから着想を得たのでしょうか?

「割とすっと出てきたテーマ性でした。前作『熱帯魚』が自分の内面に寄り添った内省的な曲だったので、今回はコミカルな曲を作りたくて。前作がラブストーリーだとしたら、今回はラブコメみたいな。コミカルにラブストーリーを書くとなったら、自然と“女の子に遊ばれる男子”という主人公に辿り着きました。不完全さこそがラブコメになると思いました。それで、完全さから何かを引き算するなら、賢さや合理的な考えなんだろうなと思いました」

──美人画風のジャケットアートも目を引きますが、アートワークにはどのようなこだわりがあるのでしょうか?

「ジャケットは、『神退治』のときからずっと花房真也さんという方にお願いしています。毎回、曲をお渡しして、それを受け取って花房さんが描いてくださる形です」

──そこでもセッションをするような感じなんですね。では『三文ロマンスショー』のジャケットを受け取ったときはどんな印象を受けましたか?

「“いいね!”って。こういう日本画的なものは僕も好きなので、そもそも好みに合っていて嬉しかったです」

──『三文ロマンスショー』、出来上がってみていかがですか?

「この曲、好きなんです。『三文ロマンスショー』というタイトルからもわかるように、この曲では“あなたから見れば一世一代のラブロマンスですけど、客観的に見ると三文程度、つまり価値のないロマンスだよ”というその惨めさ、滑稽さを歌っています。逆に言えば、傍からみると三文程度のものでも、主人公にとってみれば壮大なラブロマンスである。人間って、物事に価値を与えられる生き物だと思うんです。例えば御神木。あれも、雑な見方をすればただの木なんですけど、誰かの主観で意味や価値を与えているわけで。同じように、この曲では周りから見ると、いわゆる『三文のロマンスショー』も、本人にとっては壮大なラブストーリーですし、そんな彼の爆進する熱量が曲を彩っています。そう考えると面白い曲だと我ながら思います」

──今月7月8日には『心臓爆発日和-SHIBUYA196-』で初ライブとなります。取材時点で、ライブまで2週間を切っていますが、現在の心境を教えてください。

「楽しみです。どんなライブになるんだろう? もしかしたら緊張するかもしれないですし、全くしないのかもしれないです。それも込みで楽しみです」

──では最後に今後の目標や理想像を教えてください。

「まずは僕にとって“いい曲だな”と思える曲を作りたいです。その上で、広くみんなに聴いてもらえる曲を作りたいです。と言うのも、僕は常にお許しを得ながら、細々と音楽を捻出しているので、それが僕が音楽をやっていい理由の1つになると思っています」

──“誰かに許されなくてもやっていいのに”と、こちらは思ってしまうんですけど…。

「勝手に“誰かを喜ばさないといけない”という気持ちまで背負ってしまっているんです。勝手に背負っているだけなので、全然笑ってくれてもいいんですけど。でも自分の気持ちとしては、だからこそいいものを捻出し続けなければいけないので。これからも、常に“今よりもいいものを”という気持ちでやっていきたいと思います」

(おわり)

取材・文/小林千絵

RELEASE INFROMATION

サカキナオ『三文ロマンスショー』

2026年527日(水)配信

サカキナオ『三文ロマンスショー』

LIVE INFORMATION

心臓爆発日和-SHIBUYA196-

2026年7月8日(水) 東京 Shibuya eggman
OPEN 17:30 / START 18:00
出演:Adam’s miss / カラノア / Kiko / サカキナオ / 徒然書簡

心臓爆発日和-SHIBUYA196-

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