――名渡山さんは今年、ウクレレ演奏歴20周年を迎えられました。そんな記念すべき年にリリースされたアルバム『Brand New Rainbow』は、なんと20作目。かなり多作ですよね。
「たまたま数えてみたら19枚だったんですよ。次の20作目、しかも20年ってことで、すごいタイミングでピタッと合ったなと思いました(笑)」
――今作は“オールタイムベスト”がコンセプトということで、楽曲制作や選曲もそこを元に進めていかれた感じですか?
「そうですね。いつもだったらアルバムのために書き下ろす感じなんですけど、昨年は僕、オリジナルアルバムを出してないんですよ。」
――となると、新曲も溜まっていたり?
「そうなんです。約2年空いた間に映画のテーマソングとか、作曲家、編曲家としてのお仕事をいただいて、その為に書き下ろしていくうちに自分の作品として世に出ていない形の楽曲が溜まっていたんです。『Brand New Rainbow』にはそんな楽曲を入れていきたいと考えていました。そういった楽曲って、映画やラジオからでないと聴けない状態だったので、アルバムにするとファンのみなさんにも喜んでいただけるんじゃないかな?と思って。それ以外にも、今まで弾いてきた代表曲たちをリレコーディングで入れさせていただいた他、カバー曲も2曲。ライブで弾いているうちに定着してきたジョージ・ベンソンの「Nothing’s Gonna Change My Love for You」とボズ・スキャッグスの「We’re All Alone」を収録した、全12曲になっています」
――代表曲の中には10年以上前の楽曲もあって、まさに新旧を網羅した充実の内容になっていますね。
「選曲や作曲に関しては、“こんなにラクにできちゃっていいの?”っていうくらい(笑)、すごくスムーズでした。前作とか、アルバムのために書き下ろすとなると、曲を揃えるという意味ですごく苦しくなることがあったりもして。今回はそれがなかったぶん、アレンジにすごく時間をかけることができました。でも、それがまた身を削る作業ではあったんですけど…(苦笑)」
――一番身を削った楽曲とは…?
「「Follow Your Heart」は、アレンジしたデモが膨大にありました。見返すと「Follow Your Heart 1」「Follow Your Heart 2」「Follow Your Heart 3.1」「Follow Your Heart 3.2」とか(笑)、毎日のように更新されていて。「Follow Your Heart」って“心のままに”という意味なので、自分の心に従って、アレンジを3か月くらいずーっとやっていました。ストリングスが入っていたり、間奏もオーケストラばりになっていたり、今できるアレンジャーとしての自分のスキルを全てこの曲に詰め込みました。“ウクレレのアルバムだからウクレレを”っていうのも1回忘れて、自分がやりたいことを体現した曲になっています」
――確かに、途中で“あれ? ウクレレの音、入ってる?”と思いました。
「そうそうそう(笑)。でも、そういうのも全部自分でアレンジして作っていきました」
――「Follow Your Heart」はWOWOW プラス『帯広ガストロノミー』のメインテーマとして書き下ろされた楽曲ですが、今回のこのアレンジはアルバムのために作られたものになるんですか?
「はい。映画のときは1分くらいの曲だったものを、アルバム用に3分くらいにしました。と言っても、この曲は映画用に書き下ろしたときからフルにしたいと思っていて、フルにするならこういう感じというイメージがありました。ただ、映画では後半部分はなかったので、すでに聴いてくださっていた方にも、“こういうふうになるんだ”って思ってもらえるはずです」
――他にも番組用に制作した楽曲がありますが、オファーを受けて作るものとご自身のオリジナルとして作るものとで何か違うところはありますか?
「オリジナル曲は僕の生活とか人生に直結するものが多いので、自分の経験に基づいたところを体現することがほとんどです。一方、オファーをいただくものは、例えば映画だったら台本を読み、そこから想像して作っていくので、そこがちょっと違いますね。でも、そうやって作ったものも、結局こうやって自分の曲として作品にする段階でもう1回アレンジし直しています。そうすることで、また新たな自分を込めて1曲の作品にしているっていう感覚です」
――今おっしゃった“自分を込める”ということについてなんですが、名渡山さんの楽曲はインストゥルメンタルで歌詞がないじゃないですか。にも関わらず、その楽曲に込めた想いが伝わってきたりもするので音楽ってすごいなと思うんですけど、言葉で説明できないところをどうやって音に乗せているんだろう?って、いつも不思議に思うんです。楽曲に自分を込めるために、名渡山さんが意識していることはどんなことですか?
「そうですね…インストゥルメンタルは聴き手によっていろんな聴こえ方があるので、それでいいのかな?って個人的には思うんです。例えば僕が失恋ソングと思って書いた曲を聴いて、 “これを聴くと笑顔になる”と言う人がいても全然いいというか。聴く人の感じ方、イメージで捉えてもらえればよくて。でも、一方で、僕がどういう気持ちで作ったかを知ることで、“その曲の聴こえ方が変わってきた”という声もいただくので、もうちょっと説明したほうがいいのかな?と思うこともあります。そのあたりは正直迷っている部分でもあります。僕は結構プライベートな部分を出すのを恥ずかしく思ってしまうタイプなので…。だから、僕の音楽には歌詞がなくてよかったって思うんです(笑)。自分が作った曲を聴いてもらうだけでも、自分の生活だったり考えだったりを見透かされるんじゃないかって怖いのに、そこに歌詞までのったらそれらが“ダダ漏れになっちゃうじゃん”って(笑)。それもあってこれまでは曲を作ったときの気持ちを積極的に言ってこなかったんですけど、これからはカッコ悪い部分とかも含めて言ってもいいのかな…」
――確かにカッコ悪さみたいなところを楽曲から感じ取るのは難しいかも…。ちなみに、今作の中にそういう一面を持つ楽曲はあるんですか?
「このアルバムにはないかな。いや、あるなぁ。うーん…ありますねぇ(苦笑)」
――どの楽曲か聞いてもいいですか?
「8曲目の「Precious」です。昔作った曲で、甘酸っぱい恋愛というか、まったく実らなかったほろ苦い恋の経験をテーマにしています」
――片想いをテーマにした曲のタイトルが「Precious」だなんて、なんだかキュンとします。
「いや、別にそんなドラマチックな思い出があってとかじゃないんですよ。本当に、僕が一方的に作った曲で…。って、そんなこと言うのはやっぱり恥ずかしいですね(苦笑)」
――(笑)。でも、そういうヒントがないとわかり得ない部分や、それによって新たな発見を得ることもあると思います。
「そうですよね。最近、ファンの方にもそういったことを言っていただいたので、話してみるのもアリかもしれないですね」
――ここからは再び新曲についておうかがいしたいのですが、アルバム『Brand New Rainbow』の1曲目、FM yokohama 84.7で放送中のラジオ番組『ALFALINK presents RADIO LINK』のオープニングテーマとして書かれた「You’re My Hero」は、ミュージックビデオも制作されたそうですね。
「はい。番組が物流をテーマにしたもので、曲を作るときはまだ番組が始まる前だったので、日曜日のお昼に似合う爽やかな感じ、ドライバーさんとかが聴いて心地よくなる感じというリクエストをもとに作らせていただきました。そこからフルの楽曲にする際に、もちろん物流の方を応援したい気持ちがありつつ、さらに日々頑張っている方々にも、“あなたは誰かにとってのヒーローだよ”と。誰もが誰かにとってのヒーローなのだから、もっと自分を褒めてあげてほしいという想いを込めました。ミュージックビデオのほうは、番組のスポンサーでもあるALFALINKさんの相模原にある物流倉庫がロケ地になっています。倉庫と言っても、そこはフットサルやバスケットができるコートがあったり、カフェがあったり、街の方も自由に出入りできる素敵な施設なんです。さらに、株式会社ギオンという配送業者さんにもご協力いただきました。物流に携わる方々のおかげで我々の生活は豊かになっている。そういう方々への感謝の気持ちも込めて、ストーリー仕立てのミュージックビデオになっています」
――この「You’re My Hero」と最初にお話に出た「Follow Your Heart」はアルバムの1曲目と2曲目を飾るリード曲。さらに、3曲目の「Athlete」もリード曲になっています。
「特に聴いてほしい3曲を冒頭に詰め込みました。でも、リード曲を決めるのっていつも難しいんですよ」
――作った本人にとっては全曲リード曲ですもんね。
「そうなんです。だから絞りきれなくて、リード曲が3曲もあるっていう…リード曲1、2、3とか、あまりないですよね(笑)」
――そうかもしれません(笑)。なかでも「Athlete」は約10年前の楽曲。ピアニストの菊池亮太さんをゲストに迎えての1曲になりますが、菊池さんとはいつ頃からのお付き合いになるんですか?
「実は、メジャーデビューアルバム『Made in Japan, To the World.』と、メジャーデビュー前にナ・ホク・ハノハノ・アワードを受賞したアルバム『UKULELE SPLASH!』のサポートピアニストさんなんです。ちなみに僕の大学の先輩であり、もっと言えば大学の同級生だった菊池くんのお兄ちゃんでもあるんです。兄弟揃って仲良くさせてもらっていて、だから僕は菊池兄貴のことを“兄貴、兄貴”って呼んでいるんですけど」
――相当長くて濃い間柄なんですね。
「そうなんです。兄貴とは僕が大学を卒業するくらいからピアノのサポートで入ってもらうようになって、それ以降、一緒にフジロックに出演したりとか、いろんなところで彼のピアノと僕のウクレレだけで演奏する機会があったんです。そういう流れもあって、この20周年のタイミングではやっぱりご縁のある方に参加してほしかったですし、しかも「Athlete」は兄貴とよく弾いてきた曲でもあるので。昔のアルバムに収録されている「Athlete」はピアノレスなんですけど、兄貴と弾いていくうちに原曲とは違う「Athlete」が出来上がってきたので、このタイミングで兄貴とのデュオ、それもサポートピアノではなくフロント同士でやりたくて、今回新たにレコーディングしました」
――これは一発録りですか?
「はい。クリックもなしで、“せーの!”で録っています。ちょっと意味がわからないくらい(笑)、めちゃめちゃすごいピアノになっています」
――長く弾き続けることで、曲もどんどん変わっていくんですね。
「やっぱり育っていきますね。だから、昔の曲ですけど、リード曲に相応しいと思っているんです。僕ら音楽家的には、書き下ろした直後の楽曲って鮮度が高い反面、まだ赤ちゃんみたいな状態なんです。そこから何年もかけてライブとかでどんどん育てていって、“ヨッシャ、すごいのが育った!”という状態で聴いてもらえるって、音楽家にとっては喜ばしいことで。それがリード曲になるのはちょっと珍しいパターンかもしれないですけど、僕としてはしっくりくるというか…。だいたい、アルバムのレコーディングをした後にもっとうまく弾けるようになる感じがあったりするんですよ(笑)」
――ライブを重ねるごとに弾き慣れていく感じですか?
「それもありますし、意外とあるあるなのが、ミュージックビデオです。ミュージックビデオの撮影では音と指先の動きのシンクロが求められるので、自分のアルバムを何度も聴いて、レコーディングのときにアドリブで弾いた部分とかを完コピしていくんです。だから、すごくうまくなるんです(笑)。もちろん、生まれたての赤ちゃんみたいな段階が悪いわけじゃなくて、その頃にしか出せない演奏の魅力もあるんですけど。なので、自分的にはどの楽曲も、赤ちゃんのときと、そこから熟した感じと、2回収録できたら最高なのになって思っています」
――それで言うと、5曲目の「Way To Go!!」は収録曲の中でも一番古い楽曲で、一番長く演奏し続けている楽曲になりますね。
「「Way To Go!!」は高校生のときに作った曲で、一番成長した曲ですね。当時は僕、柔道をやっていて、練習で疲れ果てた自分を元気づけるというか、“いいぞ、その調子!”って自分を励ますためにこの曲を作ったんです。それが、弾いているうちに、ファンの方に“この曲を聴くと元気が出ます”とか、“トレーニングする前に聞いています”、“朝、仕事に行く前に聴いてます”というような声をいただくようになって、すごくありがたくて。そういう方々がいらっしゃるおかげで、20年もプロのウクレレプレーヤーとして活動できているので、今回新しくレコーディングすることにしました。そのときに掲げたコンセプトが、“昔よりもっと尖って、若々しく”っていう」
――おお!
「なので、BPMを上げました。歳を重ねるにつれて、1拍1拍を大事にしながら弾くようになるから、大抵は遅くなるものなんですけど、今回の「Way To Go!!」はBPM177。めちゃくちゃ速いです」
――BPMを上げて演奏した感じはいかがでしたか?
「僕は楽勝でした(笑)。毎日弾いているし、ツアーでも必ず弾くので。10年前の自分に負けてられないですよ。10年前は、“30歳になったら片手で「Way To Go!!」を弾ける”と思っていたので、それで遅くなっていたら恥ずかしいですし。昔の自分に恥じないように、ちゃんと上手くなっているところを見せられるように、当時の僕自身に挑戦するような気持ちで演奏しました」
――ウクレレを弾き始めて20年。振り返ってみるとどんな印象ですか? あっという間なのか、それともそれなりに長く感じるのか。
「うーん…両方ですかね。今はウクレレに出会う前の自分を想像できないくらいウクレレが当たり前の存在になっているので、そういう意味では長く感じます。でも、ウクレレと出会ったときの衝撃は忘れられないし、そのときの気持ちも昨日のことのように思い出せるので、そういった意味ではあっという間。なので、どっちにも感じられますね」
――その中で、アルバム『Brand New Rainbow』が作れたことを、名渡山さん自身はどう感じられていますか?
「20周年の集大成という感じもあるんですけど、僕の中では一つの作品に過ぎないかな?とも思っていて。というのも、これまでも毎回毎回、その時点での集大成のアルバムって感じで作っていますし、次はこれを超えるアルバムを作るつもりですし。なので、今回のアルバムも、“音楽家として生きてきた記録、今できる全てを注いだアルバム”という感覚です」
――名渡山さんにとっては、このアルバムも通過点なんですね。
「そうです。次のアルバムでは絶対にこれを超えるつもりでいるので。でも、これを超えるとなると、もうオーケストラ。ウクレレとオーケストラのコンツェルトかな?って思うんですよね…。すごい予算がかかると思うんですけど」
――次回作ではウクレレ1本でオーケストラに立ち向かう名渡山さんが見られそうで楽しみです。立ち向かうという言葉が適切なのかどうか、わかりませんが…。
「その点では、音楽家として幅広い視野を持ちたいです。ウクレレプレイヤーとしての僕の作品となるのであれば、ウクレレが前面に出てくるものになるとは思うんですけど、ここをウクレレでやることが音楽的なのかどうかを考えたときに、“そうでもないな”と思ったら潔く引いて、他で盛り上げることも重要だと僕は考えているので。昔は何でもかんでも“ウクレレで弾いてやろう!”と思っていたんです。“ウクレレプレイヤーなんだから全部ウクレレで弾きたい”と思っていた時期もあって、そういう時期があったからこそ今の自分があるとは思うんですけど、今は他の楽器に任せたほうがいいところは任せています。その方がウクレレの音色のありがたみみたいなものが生まれますし、より音楽的だなと思うようになりました」
――それが顕著なのが、2曲目の「Follow Your Heart」ですね。間奏部分にウクレレが出てこないという。
「実はね、うっすらと入ってはいるんですよ。自分でも集中して聴かないとわからないくらい小さい音ではあるんですけど。でも、ないと全然違うんです。そこでは縁の下に回って支える役割をしています。今作からは特に、そんなふうに全体を俯瞰的に見られるようになった気がします」
――まだ少し先の話ですが、10月には今作を引っ提げてのライブ『Ryo’s 20th Anniversary Tour “Brand New Rainbow”』が大阪と東京で予定されています。どのようなライブになりそうですか?
「まずはアルバムの世界観をしっかり生演奏で再現したいっていうのがあります。そして、このライブにかける想いとしては、家族や友人、そして僕の活動を応援してくださるファンの皆様、関係者の皆様に僕が20年続けてこられたことへの感謝の気持ちを表したいと思っています。それでいて、20年間を振り返り過ぎずに。先ほども言った通り、『Brand New Rainbow』は20年の集大成と言ってもこれで最後じゃないので。もっともっと尽力する所存ですし、これからもファンの方と一緒に新たな虹を描いていきたいです。そういう意味でも、このツアーでは今後に向けた意気込みみたいなものも音楽に込めたいと思っています」
取材・文/片貝久美子
写真/野﨑 慧嗣
RELEASE INFORMATION
LIVE INFORMATION
Ryo’s 20th Anniversary Tour “Brand New Rainbow”
2024年10月13日(日) 大阪 梅田Shangri-la
2024年10月15日(火) 東京 SHIBUYA PLEASURE PLEASURE