LIVE REPORT
11月3日に東京・丸の内にあるライブレストラン「COTTON CLUB」にて、松室政哉の『Matsumuro Seiya Anniversary Live 2023 “with Quartetto”』が行われた。
“with Quartetto”は、松室がメジャーデビュー月である11月に行っている恒例のアニバーサーリーライブ。有観客で行われるのは2021年以来2年ぶりで、今回はピアノ+ストリングス・カルテットというスペシャル編成での開催となった。
この日行われた1st.show ・2nd.show のうち、1st.showの模様をレポートする。
昼公演の開演時間16時を回ると同時に、グレーのスーツに身を包んだ松室が会場に姿を現した。客席の間を軽く会釈しながらステージへと進み、この日のステージを支えるメンバーたちと視線を合わせる。そして、客席に向かって深く一礼し、椅子に腰を下ろした。
ピアノとストリングス・カルテットによるイントロに続いて、「海月」でスタート。
ストリングスの絶妙な揺らぎによってドラマチック度が増した「海月」は、周囲をベルベットのロングカーテンが囲み、天井からはシャンデリアが吊られたラグジュアリーな空間にふさわしく、早くも会場を“with Quartetto”色に染めていく。
心なしか漂う緊張ムードを解くように、続く「主題歌」「どんな名前つけよう」では、スタッカートを活用した軽妙なリズム感や松室が鳴らすタンバリンが観客の身体を揺らす。さらに、松室やバンドメンバーの笑顔によっても観客の表情が緩み、会場が一気にホームのような居心地の良さに包まれた。
最初のMCでは前々日の11月1日にデビュー満6周年を迎えたことを報告。会場全体を見渡しながら「本当に素敵な空間で、僕が歌ってて大丈夫なのか心配になる(笑)」と自虐しつつも、「生のストリングスのみなさんと一緒にライブをするのは贅沢なこと。僕自身も贅沢に感じていますし、みなさんもなかなか生の弦の音を聴く機会はないと思うので、じっくり音を楽しんでいただければと思います」と、“with Quartetto”の醍醐味を語った。
MCの後はもう一つの生音、半田彬倫氏が弾くグランドピアノの演奏にのせて「陽だまり」「スニーカー予報」「夢煩い」を披露。ミニマムな編成だからこそ松室の歌声が引き立つが、なかでも圧巻だったのが「夢煩い」。夢を追う過程で感じる悔しさや苦悩、それでも諦めずに歩き続ける強さを歌ったこの曲で、歌が進むにつれて時折椅子から腰を浮かせ、エモーショナルに歌い上げる松室の姿が印象的だった。
3曲歌い終えた松室から、ゲストボーカルとしてステージに呼び込まれたのは、女性シンガーソングライターの井上苑子。
2人は今年8月に、松室が主宰する対バン企画『LABORATORY』で共演。さらに、それをきっかけに楽曲を共作することとなり、そうして完成した楽曲「ホットミルク feat. 井上苑子」が11月1日に配信リリースされたばかり。この日のステージが初披露とのことで、客席から大きな拍手が湧いた。
曲が始まる前、「アーティストの方と一緒に曲を作るのが初めてで新鮮だった」と話していた松室だが、観客にとっても彼が女性シンガーソングライターと歌っている姿は新鮮。しかも楽曲のテーマは“クリスマス”。松室の歌声と半田氏のピアノに、井上のキュートな歌声が重なり、ハートウォーミングな世界観を演出。ここでしか見られないスペシャルなコラボは、観客にとって一足早いクリスマスプレゼントとなったことだろう。
井上を見送った松室は再びストリングス・カルテットをステージに招き入れ、ライブは後半戦へ。
「ゆけ。」はイントロこそ繊細なピアノで始まったものの、ラスサビでは重厚なストリングスに力強い松室の歌声と、ダイナミックな展開で観客を魅了。そこに続いたデビュー曲の「毎秒、君に恋してる」では、ピンクのライティングがステージを染めて会場の雰囲気も一転。客席から自然発生的に湧いた手拍子に誘われるかのように、タンバリンを鳴らしながら歌う松室のほか、チェロの飯島奏人氏も大きく身体を揺らして会場のボルテージを牽引する。
「素敵な空間でもうちょっと歌わせてください」と言って松室は手元のパソコンからリズムを流し、「1、2、3、4」のカウントで始まったのは「今夜もHi-Fi」。<僕の部屋にグルーヴィーなビートが Coming up…>という歌い出しを体現するかのように、グルーヴが場内を満たしていく。ところどころでセッションのごとく自由な旋律を奏でるミュージシャンたちに触発されたのか、この曲からハンドマイクに持ち替えていた松室が客席に身を乗り出して歌う場面も。その熱気に観客は大きな拍手で応えた。
そして、1st.showのラストの曲となったのは「愛だけは間違いないからね」。オリジナルではポップなサウンドのこの曲を、ピアノとストリングス(と、わずかばかりの打ち込み)バージョンにアレンジ。オリジナルとはまた異なる形で聴けるのも、“with Quartetto”の魅力の一つだ。「愛だけは間違いないからね」では、それまで椅子に座って歌っていた松室も立ち上がって熱唱。最後は観客の歌声も重なり、ステージと客席が一体となって大団円を迎えた。
すべての曲を歌い終え、「素敵な夜をありがとうございました!」と言い残し、メンバーとともにステージを後にした松室。“with Quartetto”というタイトルからイメージする以上のバラエティ豊かなグルーヴを奏で、この日限りのスペシャルなライブを届けてくれた彼らに贈られた観客からの温かな拍手は、いつまでも鳴り止むことがなかった。
Matsumuro Seiya Anniversary Live 2023 "with Quartetto"
SET LIST(1st.show)
M1:イントロ〜海⽉
M2:主題歌
M3:どんな名前つけよう
M4:陽だまり
M5:スニーカー予報
M6:夢煩い
M7:ホットミルク feat.井上苑⼦
M8:ゆけ。
M9:毎秒、君に恋してる
M10:今夜もHi-Fi
M11:愛だけは間違いないからね
松室政哉(vo)
半田彬倫(p)/西原史織(vln)/大槻桃斗(vln)/今井凛(vla)/飯島奏人(vc)
【Guest】井上苑子(vo)
┗2023年11月3日(金)@東京・COTTON CLUB
INTERVIEW
――COTTON CLUBでのアニバーサリー・ライブから少し時間が経ちましたが、改めて当日のライブを振り返ってみていかがですか?
「いやぁ、すごかったですね。COTTON CLUBは初めてだったんですけど、すごくラグジュアリーな空間で。でも、お客さんとの距離も近くて。ほどよい緊張感と気持ち良さを感じながらのライブでした」
――“with Quartetto”は2年ぶりの開催ということで、当日の心境はいつもとは違う緊張感などあったのでしょうか?
「“どんなんやったけな?”というのは多少ありましたけど、信頼できるミュージシャンのみなさんなので。ストリングスと一緒にやると言いつつ、あまりかっちり決めすぎないという共通認識を持って臨みました。だから、リハとは違うことをやっている人もいましたし、1st.showと2nd.showでも全然違ったし」
――あの短時間(1st.showと2nd.showの間は約90分)のうちに変えてくるとは、さすが!
「そういうみんなのアドリブ力、セッション力を見せつけられて、僕もテンションが上がりました」
――ストリングスを入れるとなったら緻密に決めておく部分が多そうなイメージがあったので、あまり決めずに臨んだというのが意外でした。
「特に今回はピアノとストリングスだけだったので、逆に自由度が高かったのかもしれないですね。チェロの方にベースっぽい動きをやってもらったり、何も決めていない部分があったり…。言われてみれば確かに、いわゆるストリングスのイメージとは違うところもあったかなと思いますね」
――“with Quartetto”のセットリストを組むにあたって意識していることは何ですか?
「抜本的に新しいことというよりは、また“この季節がやってきました”的な、ある種お決まりの部分がありつつ。ただ、前回からの間に出した新曲なども増えていくので、そことのバランスを意識しながら毎回選んでいます」
――ストリングスが入るという点で、できる曲、できない曲というのも出てきますか?
「オリジナルでストリングスが入っている曲も多いですし、それに加えて、毎回ライブ用にアレンジもするので。今回だと「愛だけは間違いないからね」がそうでしたけど、オリジナルでブラスがやっているようなところを、ライブではストリングスにやってもらったりして。そういう柔軟さがある方たちばかりなので、できない曲はないなと思いながら、選曲にしろ、リハーサルにしろ、やっていましたね」
――デビューした年からスタートした“with Quartetto”。回を重ねるごとに変化や進化を感じていると思いますが、いかがですか?
「まったく違うと思います。最初の頃は本当に緊張していました。初めての形態というのもですし、ライブでの気持ちの持っていき方みたいなものも、最初は全然。そこは“with Quartetto”に限らず変わってきていて、最初の頃よりは自分自身が楽しくできているかなと思いますね」
――その変化を踏まえて、今年の“with Quartetto”の手応えはどうでしたか?
「手応えは…今回は特にあったかな。ライブへの想いもそうですけど、「愛だけは間違いないからね」とか、今までになかった色合いの曲が入ることで、よりグラデーションの種類が増えた気がして。途中でピアノだけの曲を挟んだりもしたので、ライブ全体の流れも作れましたし。あとは、“2ステージ最後まで歌えるか?”っていうところでも、手応えがありましたね」
――やはり1日で2ステージ行うのは大変なんですね。
「僕の場合、普段はほとんどやらないので。でも、“with Quartetto”では過去にも2ステージやったことがあって、そのときは結構“大丈夫かな?”って不安があったけど、今回は“まあ、いけるやろ”ってぐらい妙な自信があって」
――それはきっと、喉の調子がいい、悪いという意味ではないんですよね?
「メンタルの方ですね。そこに関しては最近、自分の経験値がちょっとずつ上がってきてるのかな?と、ライブに向かうときのメンタルで感じます。ただ、自信がついてきたのはわかるんですけど、その理由が明確にはわからないんですよね。いつ、そうなったのか。だからちょっと怖いなって思うんですけど(苦笑)」
――でも、それこそ最近はいろんなスタイルでライブを行われているじゃないですか。ワンマンでもバンド形式だったり、弾き語りだったり。それ以外にも、リスペクトするアーティストを招いての対バンライブ『LABORATORY』を開催したり、あるいは逆に招かれる側になったり。
「そうですね。あまり(ライブに自信がついてきた)理由を考えすぎるのも良くないなと思いつつ。でも、やっぱり本数をやってきたこと、その一つひとつを自分にとって意味あるものにできていること…以前のライブに意味がなかったわけではなくて、その意味を理解することができていること。いろんなスタイルのライブを始めたのも、最初は“とりあえずやってみようか”みたいな模索からだったんですけど、徐々に自分の中でしっくりき出した実感があるんですよね。そこが影響してるのかなと思います」
――また、今回の“with Quartetto”には井上苑子さんもゲストボーカルとして出演。ステージでも披露したコラボ曲「ホットミルク feat. 井上苑子」について、改めてコラボすることになった経緯から教えていただけますか。
「コラボ企画は今後もいくつか続く予定なんですけど、この企画自体が『LABORATORY』からの派生と言いますか…。それこそ、昨年リリースしたアルバム『愛だけは間違いないからね』の制作から、Shin Sakiuraと一緒にやったり、作詞に金木和也を迎えたりと、これまでやってこなかったようなことをやり出したこともあり、“他のアーティストの方とガッツリ一緒に曲を作ったらどうなるんだろう?”と思ったんですよね。であれば、『LABORATORY』に来ていただいた方がいいなっていうので、井上さんは8月に出演してもらって、僕の中でも女性ボーカルの方と一緒に歌うのが新鮮だったこともあって、お声がけしたら快くOKしてくださって実現した感じです」
――実際に制作を共にしてどうでしたか?
「すごいスムーズでしたね。声をかけた段階ではテーマも、曲の原型も、まったくない状態だったんですけど、最初の打ち合わせで(リリースの)時期的に冬ぐらいになりそうだから、クリスマスソングがいいんじゃないかということになって。そこから、僕がまずメロディとざっくりとしたアレンジ、それから世界観のイメージや仮歌上での歌い分けの案を井上さんに送ったんですが、すぐに歌詞が届きました。“はやっ!”と思って(笑)。でも、届いた歌詞の中には、自分では出てこないフレーズや井上さんならではの女性目線の表現とかもあって、その時点で早くもコラボする意味が生まれたな、と。当たり前ですけど、曲作りにしろ、レコーディングにしろ、自分の制作の仕方しか知らなかったので、井上さんとやっていく中で新鮮さがありましたね」
――ライブのMCでは「クリスマスソングはちょっと勇気がいる」と話してましたが。
「そうなんです。クリスマスソングって、むやみやたらに手を出しちゃいけないと僕は思っているので」
――ちなみに、聴く方はどうでしょう?
「クリスマス時期になると結構意識して聴きますよ。いわゆるスタンダードのクリスマスソングが多いですけど、映画『ホーム・アローン』のサントラとか、クラシックなものとかも聴きますし。クリスマスソング、大好きなんです」
――でも、自分では手を出しにくいし、作るとなったら勇気がいる、と。
「大好きだからこそ、僕の中では崇高なものなんですよね。だから、中途半端に手を出すのはあまりよろしくないなと僕は思っているし、実際、松室政哉のクリスマスソングってほとんどないし。それが今回、feat.井上苑子という形で作品にできたのはとても嬉しかったです。」
――イントロからキラキラとしたサウンドが流れてくるのも新鮮でした。
「“ザ・ポップ”な感じのアレンジも久々でした。それも、松室政哉だけの活動では、このタイミングであの音は出てこなかったと思います。逆に、あのアレンジを作ったことで、松室政哉のところにもまた影響が出るだろうし、やって良かったですね」
――井上さんが歌っている姿もキュートで。
「表情が見えますよね。それはレコーディングのときも思いました。僕のYouTubeにアップしているレコーディングのメイキング映像でも、いろんな表情で歌う井上さんの姿が映っています。対して僕の画角はめっちゃ暗かったですが…(笑)。表情と声とがちゃんとイコールになっているのが素晴らしく、勉強になりました」
――今後のコラボレーションというのも決まってたりするんですか?
「はい。すでに制作が進んでいるものもあります。「ホットミルク」はキラキラしたクリスマスソングになりましたけど、次はまったく違う感じになる予定です。コラボ曲では、『LABORATORY』同様、お互いのファンの方に楽しんでもらえることを大前提として、振り幅広く、いろんな曲ができたらいいなと思っています」
――2023年も間もなく終わりですが、松室さんにとってどんな1年でしたか?勝手ながら、非常に濃い1年だったのではないかと想像するのですが。
「そうですね。どれが今年やったものかっていうのが、わからないくらいです。特に今年は昨年末に出したアルバム『愛だけは間違いないからね』のツアーから始まったので、それが3月に終わって、その後は6月、8月、10月に『LABORATORY』を開催して、11月に“with Quartetto”があったり、他のイベントや呼んでいただくライブもあったりで、一言で言えば“ライブの年”だったんだなっていうのは思いますね。それによって、最初に話したような、ある種の自信みたいなものを培うことができた年だったんじゃないかな、と」
――来年はどんな年にしたいですか?
「ライブも変わらずやりつつ、今年よりももっとたくさんの音源を聴いてもらえるようにしたいです」
――次回の『LABORATORY』は…?
「未定ですね。今はどちらかというと、コラボシリーズの方に僕の気持ちがいってるので…。そこでいろんな方と楽曲を作って、みなさんに聴いてもらえればいいかなという感じです」
――コラボシリーズも回を重ねるごとに可能性がいろいろと広がっていきそうですね。
「そうなんですよ。それを重ねていくなかで、自分の楽曲に還元されていくっていうのは「ホットミルク」をやっただけでも思ったので。今後が楽しみです」
――何年後かに、「ホットミルク」の片鱗がこの曲に…!というような答え合わせができる日を、私も楽しみにしたいと思います。
「毎年クリスマスソングを出してたりして(笑)」
――そっちですか(笑)。でも、クリスマスソングのように、これまでは松室政哉名義としてリリースするにはハードルがあったジャンルやテーマが他にもあったとしたら、コラボシリーズがきっかけで誕生する可能性もあるってことですよね?
「松室政哉名義ではハードルが高かったってわけじゃないんですけど、今までなかったので言うと、季節感がね、僕の曲にはあまりなくて…。音楽番組とかに出させていただくときに、その時期に合わせて“松室さんの秋の曲を…”とか“春の曲を…”とか言われることが多いんですけど、ないんですよね。そういうのが1曲でもあったらいいなと思うし。他にも、バッチバチに踊ってる曲とか、今までに絶対なかったような曲があってもいいかなとも思うし。とはいえ、まずはコラボシリーズで“こんなのもあるんだ!”と思ってもらえるような曲を作ることが大事だと思うので。第2弾、第3弾と、どういうアーティストさんと一緒にやって、どんな曲が生まれるのか、楽しみにしてもらえたらと思います」
(おわり)
取材・文/片貝久美子
LIVE INFORMATION
ムロ村の新年会
ムロ村の新年会 in 名古屋
日程:2024年1月16日(火)
会場:愛知 パラダイスカフェ21
ムロ村の新年会 in 京都
日程:2024年1月18日(木)
会場:京都 someno kyoto