──平原さんが発起人となって2015年に設立した「平原綾香 Jupiter 基金」。今年で10周年を迎えますが、改めて平原さんがこの基金に込めた想いを聞かせてください。
「Jupiter 基金を設立したのは私がデビューしてから13年目のことなのですが、設立に至るまでにいろいろな想いがありました。私が「Jupiter」でデビューした翌年の2004年に新潟県中越地震があり、避難所で「Jupiter」を聴いてくださる人がいて。当時はまだ私の歌を聴いてくださっているのがどんな人なのかわからなかった時期にそういうお声をいただいて、そのことが、自分が歌う意味や何を歌っていきたいのかを気づかせてもらえるきっかけになったんです。それに対する感謝の気持ちをずっと感じながら歌ってきた中で、2011年に東日本大震災が起きて…。それからは、“チャリティーコンサートをしたい”、“そのための基金を立ち上げさせてもらいたい”という想いが、年々強くなっていきました。とはいえ、自分1人ではどうにもならなかったのですが、家族をはじめ、いろいろな人たちがサポートしてくださり、2015年に立ち上げることができました。以来、年に1回のチャリティーコンサート(平原綾香 Jupiter 基金 My Best Friends Concert 〜 顔晴れ[がんばれ]こどもたち 〜)を開催するのを目標に、この10年、大事に大事に続けてきました」
──その間にどのような成長を遂げたと感じていますか?
「こんな風にスタジオでバッチリ撮影をしていただくなんて…Jupiter 基金だと初じゃないですか!? それがすごく嬉しくて(笑)」
──こちらこそありがとうございます(笑)。
「Jupiter 基金はみなさんのおかげで続けられている基金なので、自分たちがどうのっていうよりは、回を重ねる毎に注目してくださる人が増えてきたということが、何よりありがたいと思います。それから、コンサートの形態が昨年から変わったんです」
──フルオーケストラになったんですよね。それまではゲストの方を迎えてのコンサートでしたが、設立当時から“いずれはフルオーケストラに”という構想があったんですか?
「長い間、ゲストをお招きして、一緒に呼びかけてもらって…っていう形態しかイメージが出来ていなかったんです。でも、私自身は昔からオーケストラが大好きでしたし、母校である洗足学園にもオーケストラがあって、恩師からもコラボのお話をいただいたり、私自身も“いつか出来たら”と思っていたりっていうのはありました。Jupiter 基金では昨年が初めてのオーケストラとのコラボレーションということで、“どんな風になるんだろう?”っていうワクワクとドキドキがあったんですけど、毎年来てくださるお客様方が“オーケストラもいいね!”とおっしゃってくださって」
──フルオーケストラのコンサートを初めて観たという方も多いかもしれないですね。
「そういう方もいらっしゃると思います。私も、もしかすると他のアーティストの方よりもオーケストラとコラボする機会が多いほうかもしれませんが、やっぱりそういう機会が増えるのは嬉しいです」
──歌う立場としてもバンドとオーケストラとでは別物ですか?
「やっぱり(オーケストラは)人数が多いので。もちろん、父、平原まことが宮川彬良さんとやっていた“アキラさんとまこと君 ふたりのオーケストラ”では2人ですけどオーケストラの音を感じましたし、久石譲さんと歌ったときにはピアノ1本なのにオーケストラの音が聴こえたので、人数は関係ないと思うんですけど…。それでもやっぱりフルオーケストラのあの人数が奏でる息吹は格別です。オーケストラと一緒に歌わせていただいているだけで、“よし、明日からも頑張ろう!”って思えるんです。このJupiter 基金でオーケストラとのコンサートを開催するっていうのは、より大勢の人たちと共に子供たちにエールを送れるので、とても心強いです」

──コンサートのサブタイトルは“顔晴れ[がんばれ]こどもたち”です。さまざまなサポートの対象がある中で、子供たちをサポートしようと思った理由は何だったのですか?
「支援させていただくと言っても、世界は本当に広すぎて、最初はどこにすればいいのかわからなくて…。そんなときにふと思ったのが、旅先ではいつも子供たちに目が行くことでした。例えば、取材で訪れたキリバス共和国は、温暖化の影響によって沈みゆく島とも言われているのですが、そこで出会った子供たちの目がとってもきれいだったのが印象に残っていて。その国を知ろうと思ったら、最初に子供たちの笑顔を確認します。そうやって子供たちのことがわかると、その国のことがだんだんとわかってくる気がするんです。いろんな国の、たくさんの子供たちと触れ合ってきたから、子供たちを応援することで、きっと未来の大人も救われると思って始めました」

──Jupiter 基金を立ち上げたことがきっかけで、平原さん自身の興味の幅や音楽との向き合い方に何か変化が現れたりはしましたか?
「“歌う曲がどんな風にお客さんに伝わるかな?”っていうのを考えるようになりました。特にJupiter 基金のコンサートだと、例えば小児がんで闘っている子供たちの親御さんがいらしたり、小児がんでお子さんを亡くした親御さんもいらしたりするので、“この歌は、この歌詞は誰かを傷つけたりしないだろうか?”と慎重になることもあります。一方で、“これは絶対に歌って伝えたい”という想いが強くなることもあります。1曲1曲に対する想いは、Jupiter 基金に限らずどのコンサートでも強くなった気がします。また、Jupiter 基金では私も手作りのチャリティーアクセサリーを頑張って作っていたりもしていて」
──その売り上げもすべて寄付されてきました。
「そうなんです。自分が頑張って作ったものが、誰かのためになる喜び。“腕を振るう”ってこういう感じかと思って(笑)。糸を編んで作るアクセサリーなんですけど、本番前もずっと編んでいました。そのときに思い出したのが、カレン・カーペンターさんも本番前に必ず編み物をして、“本番ですよ”って言われたらそれを置いて歌いに行っていたっていうお話です。それを私、母親から聞いていて。そのときは、“普通は緊張でソワソワしたりするのにすごいな”と思っていたんですけど、気づいたら“私も本番前に編み物してる!”と思って(笑)。ある意味、夢が叶った瞬間だったのと同時に、誰かのために役立つと思うと頑張れるってこういうことだなっていう体験をさせてもらいました」
──10周年となる今年は4月30日に東京公演、6月28日に九州公演の2回の開催が予定されています。どんな内容になりそうですか?
「まだ考え中ではあるんですけど、実はこれまでのJupiter 基金のコンサートでは1曲目と最後の曲は毎回必ず同じ曲にしてきたんです。1曲目は「ありがとう」で始まって、最後の曲はミュージカル『ウィキッド』の中から「あなたを忘れない」をゲストの方とのデュエットもしくは自分1人で歌うという形で。今年はさらに、私が大使を務めさせていただいている鳥取県の“あいサポート運動”のために書き下ろしたテーマソング「虹の向こうへ」を、渡辺俊幸さんがオーケストラアレンジにしてくださいました。この曲では私もサックスを吹きます。オーケストラをバックに吹くのは初めてなので、私にとっても夢が一つ叶うというか…いろんな意味で特別なJupiter 基金のコンサートになると思います」
──渡辺俊幸さんは今回のコンサートに指揮として参加されますが、平原さんの楽曲「おひさま〜大切なあなたへ〜」の作曲・編曲を手掛けている他、一緒にコンサートを行うなど古くからのお付き合いですね。
「そうですね。父と俊幸さんは昔からの音楽仲間で、洗足学園の先生でもあるので、デビューする前からのお付き合いになります。父からはずっと“俊幸はすごいんだぞ”と聞いていたので、ご一緒させていただく度に“これか!”と思っていました。本当に音の魔術師なので、そんな俊幸さんによるオーケストラのアレンジの妙も楽しみにしていただけたら嬉しいです」

──初歩的な質問になってしまうのですが、オーケストラにおける指揮者の重要性とはどのようなものなのでしょうか? また、会場で“指揮者のここに注目するとより楽しめる!”みたいなポイントはありますか?
「例えば、オーケストラを前に私が指揮をしたとしても、演奏自体は上手だと思います。ですが、指揮者の重要なところって、その人そのものの魅力なんです。“この人についていきたい”、“この人のためにいい音を出したい”って思わせる魅力を持っている人は、ものすごくいい指揮者なんですよね。また、テンポというのも大切で、見ていると指揮者の方はちょっと前ノリで指揮をされているのがわかると思います。少し先の未来を見据えて指揮をしています。それから、指揮者の方ってほとんどの楽器が演奏できるように身体にインプットされていて…どの楽器がどれくらいのタイミングで、どういう音が鳴るかを考えながら指揮をされているので、演奏はしていないけど、一番のミュージシャンなんですよ」
──なるほど! 指揮者の個性が音に現れると思ったら、クラシックファンの方が指揮者の方を気にする理由がわかりました。
「そうなんです。オーケストラにおける指揮者は、例えていうなら料理長みたいなものです。目の前の素晴らしい素材をいかに集結させていくのか。同じ素材を使っても作る人が違ったら別の料理が出来上がるのと同じように、指揮者が変われば演奏も変わるのが、面白いところの一つです」
──今回は東京公演(洗⾜学園ニューフィルハーモニック管弦楽団)と九州公演(九州交響楽団)で演奏するオーケストラが変わるので、そこでも違いが生まれそうですね。
「オーケストラも楽団によって音の鳴り方や性格が違うので楽しいですよ」

──今年のJupiter 基金の寄付先はダイアログ・イン・ザ・ダークに決定したとのこと。そこに込めた想いを教えてください。
「まず、私がダイアログ・イン・ザ・ダークと出会ったのは、父の命日に誘っていただいたことがきっかけだったんです。声をかけてくださった方もお父様を亡くされたんですけど、“そこに行ってお父さんを感じた”と。“だから、綾香ちゃんにもぜひ体感してほしい”と言われて行ったんです。ダイアログ・イン・ザ・ダークでは、私たちが白杖を持ち、視覚障害を持った方に誘導されながら暗闇を歩くのですが、真っ暗な中を歩いていくうちに、だんだんと身体の中が温かくなって、ふと“あ、パパがいる”って思ったんです。不思議な感覚なんですけど、細胞の一つひとつに父がいて、ご先祖様がいて…いろんなものに助けられていると思ったんです。さらに進んでいくと、お茶とかコーヒーを出してくれるんですけど、それがとても美味しくて。暗闇で五感を澄ましてるうちに第六感も動き出すのか、いろんなものが見えてくる気がするというか…暗闇だから実際には何も見えないんですけど。でも、暗闇で目を開くと心が開く感じがしたんです。その経験が心に残っていたところに、ダイアログ・イン・ザ・ダークさんが子供の教育活動をされていることを知りました。ダイアログ・イン・ザ・ダークの他、ダイアログ・イン・ザ・サイレンスというものもあるらしく、そういうものを子供たちに体験してもらうことで、内気だった子供が積極的になったり、いじめっ子だった子供が仲間を助けるようになったりするなど、子供たちの心に変化が現れるんだそうです。すごくいい教育だと思ったので、今回、寄付をさせていただくことにしました」
──Jupiter 基金ではこれまでも寄付先を提示しているのに加え、収支内訳もきちんと報告されています。自分が寄付したお金がどこにどう使われるのかって、寄付活動においてはすごく重要だと思うので、Jupiter 基金のようにすべてを開示してあると安心してサポートできるという人も多そうですね。
「Jupiter 基金を立ち上げるにあたって、みなさんが心を込めて寄付してくれたお金がどんな風に使われているかをわかりやすく明確にお伝えするって、すごく重要だと思いましたし、その気持ちは年々大きくなっています。なので、“平原さんのところなら、Jupiter 基金なら大丈夫”と思って寄付してくれるような存在になれるように。やっぱり、寄付をしたからには、“寄付したんだぞ!”って思いたいじゃないですか(笑)」
──胸を張りたいです(笑)。
「ですよね。なので、“平原綾香 Jupiter 基金”となっていますが、“私がみなさんの代わりに寄付をさせてもらいます“という気持ちで常にいるので、安心してもらいたいです。それに、信頼してもらえる基金になっているからこそ、10年続けられているのかな?って。そこはちょっと胸を張ってもいいのかもしれませんね」
──Jupiter 基金を通して、今後叶えたい夢や目標はありますか?
「これまでも自分の心が成長したり、コンサートの形態が少しずつ変わったりと変化しながらの道のりでした。ただ、今までは日本を拠点にコンサートを開催していたので、いつか海外公演を…と、毎年言っています(笑)。そんな風に日本にも、世界にも目を向けつつ、みんなで子供たちにエールを贈る基金になるように頑張ります!」

(おわり)
取材・文/片貝久美子
写真/野﨑 慧嗣
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平原綾香 Jupiter 基金 My Best Friends Concert〜顔晴れ[がんばれ]こどもたち〜with Orchestra
第9回 東京公演
日時:2025年04月30日(水)開場17:15 開演18:00 東京国際フォーラム ホールC
【出演】
平原綾香/指揮 渡辺俊幸/演奏 洗足学園ニューフィルハーモニック管弦楽団/
ドラム 則竹裕之、ピアノ 大貫祐一郎、ギター&チェロ 伊藤ハルトシ
https://www.camp-a-ya.com/contents/859180
第10回 九州公演
日時:2025年6月28日(土) 開場17:15 開演18:00 福岡県・久留米シティプラザ・ザ・グランドホール
【出演】
平原綾香/指揮 渡辺俊幸/演奏 九州交響楽団/
ドラム 則竹裕之、ピアノ 大貫祐一郎、ギター&チェロ 伊藤ハルトシ
https://www.camp-a-ya.com/contents/898283