――おふたりでライヴをやるのは初めてですか。

中井智彦「実はやっているんですよ。初共演したのは僕の赤坂でのライヴに今井さんがゲスト出演してくれた時で、その後、三越劇場でフランス旅紀行コンサートを昨年と今年で2回やっています。その時はミュージカル、オペラ、そしてシャンソンを歌ったのですが、それがすごく楽しくて、“もっとこの共演を突き詰めていきたい”、“ミュージカルとオペラのクロスオーバーのライヴをやってみたいよね”と言っていたのが、今回ビルボードライヴ大阪と横浜で実現することになりました」

――具体的にクロスオーバーとはどんなことをするのでしょうか?

中井「今井さんがオペラ、僕がミュージカルと、舞台でやっているものを100%のカタチでまず観ていただきたいんです。それも劇場で観ているような感覚を展開出来れば、おもしろいなと思っています。そのうえで、僕が中島みゆきさんの「糸」だったり、今井さんは「ムーン・リヴァー」だったり、僕たちのアーティストとしての歌も聴いてもらいたいと思っています。そして、最終的な理想としては“ジャンルって何だっけ?”という思いに至ってもらえるような、純粋に“歌っていいな”と思っていただけるようなライヴにしていきたいと考えています」

今井俊輔「僕達が持っているバリトンという声を主軸に、その声の魅力が十二分に伝わるというところから音楽が始まって、オペラ、ミュージカルがクロスオーバーしていくと、壮大かつ素晴らしいライヴが出来上がるんじゃないかと思っています」

――今井さんは、普段クラシックのホールやオペラハウスで歌われていると思いますが、ライヴハウスに出演されることは?

今井「ライヴハウスで歌うことにすごく興味があります。コロナ禍でオペラの公演がない間、ライヴハウスで歌わせていただいたんですが、そこで歌う意義は、とても特別なことだったし、今回のライヴについても特別な思いを持っていますね」

――特別な思いというのは?

今井「なんて言えばいいんだろう…まずライヴハウスではマイクを使います。オペラの魅力、生の声をマイクでどう伝えることが出来るのか。ポップスと違って、オペラをマイクで歌う難しさがあります。そのあたりはPAさんと相談しなくてはいけないのですが、でも、マイクを使ってもバリトンの僕の声質、音楽観を崩さずにどこまで歌を届けることが出来るのか。それこそ基礎がとても大事になる瞬間だと思っています」

――マイクの設定がひとつのチャレンジでもあるわけですね?

中井「今井さんは、大劇場で歌っているいつもの感覚を一切変えずにスタンドマイクを立てて、少し距離を置いて、オフマイクの状態で歌うことになると思います。オペラ歌手のドミンゴやカレーラスがコンサートで歌う時に、結構マイクを遠くに設置しますよね。あのスタイルが僕は大好きなんです。今井さんが今ある自分というものを土台にして、マイクで100%のオペラを歌う。僕は僕でマイクにどう声を入れるかを考えながら、100%のミュージカルを歌う。歌唱法も音のピックアップの仕方も違うところでそれぞれ歌いつつ、「ムーン・リヴァー」や「糸」ではしっかりオンマイクで歌うので、その違いからも歌っていろいろあっておもしろいなと感じていただけるんじゃないかと思っています」

――中井さんは、ライヴハウスには慣れていますよね。J-POPの名曲で物語を紡いでいくコンセプト・ライヴをライヴハウスでやったりしていますから。

中井「ビルボードライヴもそうですが、食事をしながら、美味しいお酒を飲みながら、観客が最高にリラックスした状態で音楽を聴き、芝居を観る環境としてライヴハウスが最適だとずっと思っていて。ロンドンのウエストエンドでミュージカルを観た時に目にしたのが客席の床にワインボトルを置いて、飲みながら、食べながら、エンタメとして優れた作品を存分に楽しんでいる。そのスタイルがいいなと思っているんですよね」

――伴奏は、エレクトーンの神田将さんですね。以前、中井さんのコンサートでも共演されていましたが、まさに“ひとりオーケストラ”といった多彩な音色の演奏に驚きました。

中井「ミュージカルとオペラの両方を伴奏するのは難しいことだと思うんです。特にオペラは、基礎がないと、歌手と対峙してアリアを弾くのって無理なんです。その素養を神田さんは、しっかり持たれていて、今井さんがオペラの世界に飛び込んでいった時もしっかり呼応ができる。僕自身がそこに期待して、神田将×今井俊輔のオペラを心から観たいと思っています。 一方で、ミュージカルは、楽譜にはこう書かれているけれど、でも、ミュージカルと言ってもジャズやポップス、エレキ音とかいろんな要素が含まれているので、実際はこう演奏した方がいいという場合もあって、それにも神田さんは対応できるんですね。そういう意味でも、稀有なエレクトーン奏者だと思っています」

――今井さんが神田さんと共演されたことは?

今井「お名前は、クラシック界でも有名で、僕もいつか共演をと思っていたのが『フランス旅紀行コンサート』で叶いました。神田さんは、技術の高さもさることながら、センスの幅と広さ、そして知識量もすごいんです。いくらひとりオーケストラと言っても全部の音は演奏できないので、フルスコアから音を取捨選択するわけですが、それが秀逸で。例えば、ベルディの作品であれば、運命の音をつかさどっているトランペットがパッパパ~♪と鳴らないと、歌っていて“あれ?”となってしまうんだけれど、そういう音を全てカバーして下さるんです。また、ブレスも一緒じゃないと歌いづらいんですが、神田さんは、フランス語でも、イタリア語でも音節を理解しているので、息継ぎのタイミングが歌とちゃんと合うんですよ。本当に素晴らしいエレクトーン奏者です」

中井「そうなんです!神田さんは、こだわりぬいた音選びをされるんです。神田さんの演奏を聴くと、エレクトーンの概念が変わると思います」

――さて、コンサートの構成は、どのようになりますか?

中井「簡単に言うと、交互にステージに出てきて、それぞれのレパートリーを歌って、最後に今井さんと僕でデュエットするという構成を考えています」

――デュエットは、何を歌う予定か、もう決まっていますか。

中井「「マイ・ウェイ」です。僕らふたりともこの歌が大好きなんです。歌詞がいいじゃないですか。“私には愛する歌があるから、信じたこの道を私は行くだけだから”って、歌を志して、こうして歌って生きている僕らにとって、この歌詞をいま口にしただけで涙が出てきます。そんな2人の気持ちが重なり合ったら、きっといいデュエットになるはずだと思います」

――他に『オペラ座の怪人』がひとつのハイライトになると聞いています。中井さんは、劇団四季時代にラウルを演じられていますが、今井さんは、この作品とどんな接点が?

今井「中井さんが出演していた時に“ファントムをやってみないか?”と声がかかって。稽古は、ひと通りやったんですが、いろいろ事情があって最終的に出演することはなかったんですよね」

中井「当時、僕のなかで今井さんのファントム、オペラのアプローチで歌うファントムに期待して、すごくワクワクしていたので、共演が叶わず残念でした」

今井「今でもファントムの歌は、振付けとか、いろいろ教えてもらったことをしみじみ思い出しながら歌うんですけれど、一番印象に残っているのは、中井さんが演じるラウルが年を取って、車椅子で運ばれてきた時の老人になった中井さんです。本当は中井さんじゃないんだけれど(笑)、その瞬間、“なかい~”って泣いちゃったんですよ。あまりに感動して。そういう思い出があるので、あらためて同じステージで『オペラ座の怪人』を歌えるのはすごく幸せです」

中井「ビルボードライヴのステージではまず神田さんがエレクトーンのソロ演奏で、『オペラ座の怪人』の世界観を作り上げてくれたところで、今井さんのファントムが圧巻の「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」を歌い、そのあと僕がラウルのソロ楽曲「オール・アスク・オブ・ユー」を歌い継ぐというセットになります。ここが見どころのひとつになると思いますし、今井さんが話したようにそういう経緯があるので、僕も感慨深いです」

――ところで、そんなおふたりの関係は、東京藝術大学の同級生ということで、藝大時代のお話を少しうかがいたいのですが、大学時代から仲良しだったんですか?

中井「声楽科は、一学年60人だけ。しかも僕らは、同じバスだったんです。藝大では3年生の文化祭でオペラを上演するのが恒例で、僕らは、モーツァルトの『魔笛』をやったんですが、イタリア・オペラを学んでいた今井さんがドイツ語のオペラを日本語に訳したもので、パパゲーノをやってくれて。今井さんが1幕、僕が2幕で、同じパパゲーノを演劇的なアプローチで作ったんですが、それがおもしろくって。その舞台を観て、今井さんの演劇の素質を僕は、痛感したんです」

今井「僕は、歌を始めたのが遅くて、22歳で藝大に入学したんですが、知識もあまりない中で、1年生の時に“君の声は、イタリア・オペラが合っているかもしれない”と言ってもらったのがきっかけで、イタリア・オペラの歌手たちの恐竜時代と言われている黄金期のマリオ・デル・モナコ、マリア・カラス、レナータ・デバルディといった人たちのすごい発声を聴くにつれて、“これだな、これを一生突き詰めていこう”と決めました」

中井「今井さんは、研究熱心なんです。いい発声を求めて、卒業後にイタリア留学までしています。本場を体験するって、すごく大切じゃないですか。僕も大学1年でブロードウェイに行ってミュージカルを観たことで、世界が大きく変わりました。オンマイクのミュージカルという演劇、ミュージカルだからこそ出来ること、そういうのを肌で感じることが出来て、そこからミュージカルを中心に演劇と発声を突き詰めていこうと決めたので、目指すジャンルは違ってもそういうところが2人の共通点です」

――その学ぶなかで、藝大で良かったと思うところは、どんなところでしたか。

今井「3年生の時までイタリア人の先生に学べたことです。その先生から“イタリア・オペラをやった方がいい”と言ってもらえたのが、大きな収穫でした。そして、その先生が4年生の時に退官された後は、日本でイタリア・バリトンのトップという直野資先生のレッスンを受けることが出来て、バリトンの歌い回しとか、信念のようなことを教えていただけたのはすごく大きかったと思います」

中井「僕は、藝大のなかでも異色というか、オペラも、ミュージカルもやるという、クロスオーバーの先駆者的な先生に師事出来たのが大きいですね。80年代頃に劇団四季の演出家だった浅利慶太さんも二期会と組むなど、オペラ×ミュージカルというクロスオーバーを試みていたんです。そのプログラムの楽譜や資料など、僕が興味を持ちまくるものが先生のお宅にたくさんあって、それを見るのが僕にとってすごい刺激となりました」

――それが中井さんのクロスオーバーという発想の原点なんでしょうね。

――さて、最後に意気込みというか、こんなところに期待して欲しいというメッセージをお願いします。

中井「今井さんと僕は、お互いに偏って一生懸命まっすぐに突き進んでいく性格が似ていて、その突き進むなかで最近僕は、自分の個性だったり、表現したい芝居の歌の世界観がよく見えてきたので、そこにアプローチをしながらミュージカル・ソング、J-POPを歌うなかで、中井智彦というアーティストを見ていただけるような歌をお届けしたいと思っています。そして、セットリストはオペラを観たことがない、ミュージカルを観たことがない人でも、“この曲、聴いたことがある。オペラの曲だったのか!ミュージカルの曲だったのか!”と発見していただけるような有名な曲を多く選曲しています」

今井「イタリア・オペラの魅力的な声は、“コローレ・イタリアーニ”といって独特の色がある声なんです。その魅力を再確認して欲しいと思うので、マイクがあるからと、発声を変えることなく、自分の信じている道を真っすぐに突き進みたいと思っています。それで横を見ると、同じように走っている中井さんがいるというのが僕は嬉しくて仕方ないです。それぞれの道から生まれる歌を歌いつつ、最後に「マイ・ウェイ」で一本の大きな道になっているところを感じていただきたいですね」

(おわり)

取材・文/服部のり子

LIVE INFORMATION

今井俊輔&中井智彦 Billboard Live 2024 - Crossover –

2024年120日(土) ビルボードライブ大阪
1st Stage Open 14:00 Start 15:00 / 2nd Stage Open 17:00 Start 18:00

2024年127日(土) ビルボードライブ横浜
1st Stage Open 14:00 Start 15:00 / 2nd Stage Open 17:00 Start 18:00

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