――前作『Get My Mojo Back』からほんの14ヵ月という短いタームで本作『I Am, Because You Are』のリリースとなりましたが、海野さんの創作意欲を刺激する何らかの出来事がありましたか?それとも海野さんの内面からインスピレーションが湧き出てきた?
「コンセプトは前作の『Get My Mojo Back』と重なる部分が多いです。というのも、どちらも全曲オリジナル曲で構成していて、それらの曲は大ケガをしてピアノが弾けなくなっていた状況で生まれたものが多いからです。どれも、作曲時の自分の心境が反映されていますね。前作は7人編成の管楽器やパーカッションが入った大所帯バンドでしたが、今回は前作でも核となっていたダントン・ボーラーとジェローム・ジェニングスとのトリオで録音しました」
――ダントン・ボーラー、ジェローム・ジェニングスと互いに目配せしながらプレイしている様が目に浮かびますが、実際のレコーディングはどうでしたか?
「最近の録音はブースに入って録ることが主流ですが、今回はブースに入らず、3人が同じ空間で演奏しました。このスタジオで生まれた往年の名盤のようなセッティングで録音したら、自分がどういうふうに感じるのか、ということにも興味がありましたので。結果、やはりとてもやりやすく、ナチュラルでライヴ感のあるサウンドをダイレクトに作品に収録することができたと思います」
――『I Am, Because You Are』というタイトルの意味するところは?そして誰に向けられた言葉でしょうか。
「このアルバムが生まれる背景となったものすべてに感謝を捧げた言葉です。“あなたがいるから私が存在している”。自分ひとりで生きることなんて絶対にできなくて、いろんなものに助けられて今ここにいる。特に事件を乗り越えてケガから復帰する過程において、そういうことを今まで以上に感じています。そんな感謝の想いが自然と表れていると思います」
――あの悲しい事件のあとに「アメリカは自由の国と言うけれど、闇は深いです」と言っていましたが、それでもふたたびアメリカに戻ったのはなぜでしょう?
「ニューヨークで活動してきた中で心通じる大切な人との出会いは、僕のニューヨーク生活を生き生きとしたものにしてくれました。そういう方々に自分が復帰してまた演奏できるようになった姿を見てもらいたかったですし、このままここで終われないっていう気持ちが強くあり、アメリカと日本で懸命にリハビリに励みました。演奏を続けることは差別や暴力に屈しないことにも繋がります。今まで以上に表現できる喜びを感じるのは、悲しみを少しずつ乗り越えることができているからだと思います」
――『I Am, Because You Are』を聴いた個人的な感想ですが、もはや海野雅威の作品に“奇跡のカムバック”という前置きは必要ないのでは?ということです。このアルバムからはもっと朗らかで前向きな眼差しが感じられたからです。海野さんのキャリアはすでに次のチャプターに進まれていると思うのですが……
「やはり息子の存在が大きいですね。日々どんどん成長していく息子と接するなかで経験することや、生活環境の変化が、自然と音楽に反映されていると思います。これから自分の音楽がどんな風に変化していくんだろうっていうのは僕自身も楽しみにしています」
――駆け足になりますが、ここからは収録曲についてお聞きします。M2.「アフター・ザ・レイン」は、雨上がりの濡れた路面に反射する陽射しの中を歩いているように心が踊ります。
「いつもタイトルを決めるのが作曲する以上に悩むのですが、この曲は「アフター・ザ・レイン」という言葉がすっと浮かびました。同じタイトルのジョン・コルトレーンの名曲がありますが、僕のヴァージョンの「アフター・ザ・レイン」ができたと思っています。困難な中でも希望を信じて進んで行くという想いは曲に託したつもりです。雨が降った後も、やがて晴れの日が来ますからね。それは人生と一緒だと思っています」
――「虹の彼方に」を引用したM4.「シダーズ・レインボー」は森林を縫っていく鉄道やハイウェイの車窓からの風景を見ているように感じましたが、この曲のモチーフ、あるいはインスピレーションはどこから得ましたか。
「この曲は敬愛するシダー・ウォルトンに捧げて作りました。彼が亡くなった数日後、ニューヨークの風物詩であるジャズ・モービルで屋外で演奏する機会があったのですが、夕方、雨が降った後に、空に大きな虹がかかり、僕にはシダーが虹をかけてくれたんじゃないかって思えたんです。その時の虹がテーマになっています」
――M5.「ワン・ウェイ・フライト」は、後半のドラムソロが飛行機や新幹線に乗る前の高揚感に似ていて、ちょっと浮ついた旅行気分にさせられましたが、この曲のアイデアはどんな時に生まれたのでしょう?
「この曲はカリプソのリズムに基づいて作ったのですが、普段とは違う世界に行くような、高揚感のある旅を連想してタイトルをつけました。ジェロームのドラムソロは僕も大好きなパートです。アルバム収録曲のメロディーを自然と口ずさんでいることが日々あるのですが、これも最近よく頭の中で鳴っている曲です」
――リード曲のM10.「アイ・アム、ビコーズ・ユー・アー」はぐっと抑え気味のトーンですが、前向きなニュアンスが隠しきれない展開に心をつかまれました。これは最初からリード曲として書かれたのでしょうか。
「最初から考えていたわけではありません。アルバムに収録する曲がだんだん出来上がっていく中で、アルバムのコンセプトや物語を考える上で、やはり「アイ・アム、ビコーズ・ユー・アー」だなって思えたので、結果、全ての意味に繋がるタイトルになりました」
――そしてラスト、最後の残響がたとえようもなく美しいM11. 「オータム・イズ・ ヒア」。聴き終えたあとの余韻を感じてほしいという意図があったのだとしたらそれは成功しているのではないでしょうか。
「レコーディング段階ではまだ曲順は決めていませんでした。最後に曲順を決めるタイミングで、この曲でアルバムが幕を閉じるというのが自分の中でとてもしっくりきました。余韻の中、また1曲目に戻って聴きたいって思っていただけたら嬉しいですし、連鎖していくような感覚があって気に入っています」
――ワルツのリズムが印象的な曲が目立つせいか、アルバム全体を通して前向きなトーンと優しさに満ちていると感じましたし、アフターコロナの新しい世界だったり、海野さん自身の新しいチャプターも予感させられましたが、制作しているときのマインドはどうでしたか。
「先ほどお話した7年前の2016年のレコーディングで、ルディ・ヴァン・ゲルダ―とお会いできました。その時に彼が、またプロジェクトがあったらここに戻ってきてレコーディングしてねって言ってくれたのですが、その2ヵ月後に亡くなり、それが最初で最後の出会いになってしまいました。今回7年越しでルディとの約束を果たせたので、レコーディング中はルディのことや、7年前にこの場所で一緒に時間を過ごしたジミー・コブ、ロイ・ハーグローヴのことも考えていました。皆、旅立ってしまいましたから」
――前作『Get My Mojo Back』とは対照的に、シンプルなトリオ編成ですが、それだけにピアノも、ベースも、ドラムも、それぞれに抑揚というか、プレイヤーの息遣いが伝わってきました。海野さん自身の手応えは?
「とても清々しい気持ちです。どういう意味かと言うと、前作の時もそうでしたが、自分だけの力で成し得たのではなく、いろんな人のおかげや、今までの経験や想いが全て繋がって、クリエイティブな作品が生まれたと強く感じられるからです。作為的な意図ではなく、必然的な繋がりの中で、自然な状態の今の自分を表現することできたと思います」
――ジョージ・コールマンからのオファーがあったというツイートにもわくわくさせられましたが、海野さんの2023年後半のトピックス、そして近い将来のロードマップお聞かせてください。
「ニューヨークのメンバーとアルバムの発売記念ツアーを日本で行いたいですし、先日のLOVE SUPREME JAZZ FESTIVALのような特別編成のメンバーと一緒の機会なども、新たな自分を求めて飛び込みたいです。渡米した時もそうでしたが、想像できる未来よりも、自分でも想像もできない世界が好きなので、作曲や演奏活動はもちろん、音楽以外でも自分の中で新しいチャプターに進んでいきたいです」
(おわり)
取材・文/高橋 豊(encore)
写真/John Abbott
LIVE INFO
■海野雅威トリオ Jazz Live in Matsumoto
5月27日(土) 信毎メディアガーデン 1階ホール
海野雅威(p)、 吉田豊(b)、 海野俊輔(ds)
■海野雅威&林 正樹
6月10日(土)黒部市芸術創造センター セレネ 4Fホール
6月13日(火)Billboard Live YOKOHAMA(Billboard Live)
6月16日(金)電気文化会館 ザ・コンサートホール(名古屋)
■海野雅威 ニューアルバム『I Am, Because You Are』発売記念インストア・イベント
6月11日(日)タワーレコード渋谷店 7Fイベントスペース(Tower Records)
DISC INFO海野雅威トリオ『I Am, Because You Are』
2023年5月24日(水)発売
SHM-CD/UCCJ-2223/3,300円(税別)
ユニバーサルミュージック