――前作『Sunshine』から約2年ぶりとなるNew Album『儚く脆いもの』。収録曲の中で一番古いのは「朝焼けの向こう」で、『Sunshine』からわずか1か月でのリリースでしたが、今作に向けた実質的なスタートはそこになるのでしょうか?
「その観点で考えるとどうだろうな…。「朝焼けの向こう」は『いくさの子 ―織田三郎信長伝―』にまつわるコラボレーション楽曲として制作した曲なんです。ただ、制作の時期がちょうどウクライナ侵攻が始まった時期で、作ろうとしていた楽曲で求められていた“戦う”というコンセプトと、どうしても行き来しちゃう気持ちがあって…そこから、“ミュージシャンにとっての戦いとは何なんだろう?”って考えるようになったというか。それまではもっとも遠いものだろうなと思ってたんですよ、戦うってことと音楽って。平和なときにこそ鳴るものが音楽だと思っていましたから。でも、だからこそそういうものを伝えるための戦いはあるのかもしれないと思いながら作ったのが、「朝焼けの向こう」でした」
――なるほど。
「でも、確かに言われてみると、「朝焼けの向こう」が自分の音楽を前向きに捉えるという意味で、そこで一つ(アルバムに向けての)スイッチが入った部分はあったかもしれません。ただ、本当にアルバムを意識し始めたのは、昨年3月9日に日比谷野外大音楽堂で行った“THANK YOU LIVE 2024”が終わった後に「新しい季節」が書けたときでした」

――「新しい季節」は昨年9月に行われた“Mt. FUJIMAKI 2024”で「完成したばかりの新曲」として披露したものですね。
「はい。この曲は割とストレートに、“前向きに頑張るぞ”っていうメッセージを書いた曲で…恥ずかしいくらいなんですけど(笑)。でも、それが書けたときに、“自分は今、素直にそう思ってるな”と確信が持てました。「朝焼けの向こう」で“戦う”というキーワードが自分の中に上がってきて、その先に、“自分の枠に囚われず、もう一歩でも半歩でもいいから先に進んでいきたい“っていう想いがあることに気づき、その気持ちをド直球に書いたのが「新しい季節」でした。そうなったとき、”これはもう、アルバムのような一つの作品にすることを目指して頑張ろう“と思ったんです。それまでもちょこちょこ曲は作っていたんですけど、そこから作るペースも上がりましたし、収録されているのは10曲ですけど、それ以上の曲を作った中から選んでいくというような流れでした」
――アルバムに収録する楽曲の選曲基準も、今お話ししてくださったような前向きさだったりするんですか?
「そこはどうですかね(笑)。“枠に囚われずに頑張るぞ”みたいな曲って、意外と「新しい季節」くらいしかなくて(笑)。今回のアルバムで自分なりに思うのは、例えば、曲を作っていく上では改めて“メロディを大事にしたい“という想いがあって。口ずさみやすいような、覚えていただきやすいようなメロディを、しっかり作っていきたいと思っていたんです。そして、サウンドで言うと、ソロになって出会った素晴らしいミュージシャンたちがいて、今回はドラムの片山タカズミくん、ベースの御供信弘くん、曲によってはキーボードの曽我淳一くんが、プリプロからしっかりと付き合ってくれました。そのままの流れでレコーディングを行ったので、やっぱりものすごいアレンジ感、バンド感があるものになって。そのフィジカル感がこのアルバムの魅力でもあると思っています。メロディ、サウンドときて、じゃあ言葉はどうなのか?っていうときに、一番悩んだんですよ。 “ソロの藤巻亮太”をどう伝えていくかという部分は、やっぱり言葉に求められることも多くて。自分の考え方や感じ方など、ある種の生き様みたいな部分がどう言葉にのるかを大事とされていることを意識しすぎると、それが強迫観念にもなりかねないような感覚も正直あって…」
――こういうインタビューでもそこを訊かれることは多いでしょうし。
「わかりやすい部分ですし、もちろん大事な部分でもありますから。なんですけど、そういうことに応えられない音楽があってもいいなと思ってはいるんです。これは『Sunshine』の頃から思っていたことでもあって。だから、仮に自分の想い、今思っていることを表明する曲が1曲あればいいとするなら、それは「新しい季節」に込められているから、他の曲はもっと自由に歌詞を書いていこうっていう風になっていきました」
――なるほど。今のお話を聞いて、あるミュージシャンの方が“いかに歌詞に意味を持たせないようにするかを意識して歌詞を書いている”と話していたことを思い出しました。音楽には言葉だけでなく、音もありますから…。
「そうなんですよね。それに、言葉の意味が持つ力って大きいから、そういうものから遠ざかろうってするのはすごくわかる気がします。言葉って何かを限定したり、何かを指し示したりする力が強いですけど、指し示さないような心の動きや揺れっていうのも、人間が持っている大事な部分の一つじゃないですか。音楽って、そこを捉えられるものだし、そう思って僕は音楽を始めましたし。このアルバムを書きながらも、そこを大事にできたらなっていうのはありました」
――タイトルの『儚く脆いもの』にもその想いが込められているのでしょうか。
「そうですね…。タイトルに関しては、まず自分という人間を見ても、身体は1秒1秒代謝して代わっていってるだろうし、心も瞬間瞬間で揺らぎ、移ろいゆくものですし。それは僕だけじゃなく、みなさん同じじゃないですか。そうやって移ろいゆく人と人が出会えることって、儚くて脆いものなんですけど、裏を返すと、そんな僕たちが出会えていること、時間や場所を共有できていることって、本当にかけがえのないことなんだなって。心の底からそう感じているんです。振り返ってみたときに、過去に出会ってきたものたちが自分を作ってくれているってこと、それをものすごくポジティブに思えたときに出来たのが「儚く脆いもの」という曲であり、このアルバムだったんです。年齢もあるのかもしれないですけど、やっぱり一つしかないこの命、1回しかない人生っていうのを愛おしく思う気持ちが、このアルバムには溢れている気がします」
――40代半ばに差し掛かり、藤巻さんも考え方や、もっというと心身の変化などを感じたりしているんですか?
「やっぱり42を過ぎたくらいから、ちょっと…。20代、30代の頃だったら“飲んでいても全然歌えたけど“みたいな(笑)。こうやって身体も心も歳を重ねていくんだなって。でも、そう思ったときに、もう1回自分の身体と心に向き合うチャンスだと思ったんです。30代との違いを感じる中で、このいただいた身体を大事にして、音楽や自分の表現、生き方をしたいです。結構シンプルにそう繋がっていったっていうのはありました」
――だからでしょうか、「儚く脆いもの」を聴いたとき、命の讃歌というか、すごく幸せなオーラを感じました。
「あ〜、それはうれしいです」
――聴く前は、タイトルの響きから静かなバラードをイメージしていたのですが、まったく違うことにもびっくりして(笑)。
「ですよね(笑)。それもわかります(笑)。でも、ものすごくポジティブなエネルギーで作っている曲なんですよ。<儚く脆いもの>と歌いながらも、“出会いって最高だよね”とか“出会ってくれてありがとう”とか、その言葉をひっくり返した裏側にある本当に明るいものを歌っているような気がします」
――このサウンド感というのは、藤巻さんが最初から決めていたものなのか、それとも最初はバラードのつもりだったけど作っていくうちに今の形になったものなのか、どちらなんでしょう?
「最初から高速で駆け抜ける、疾走する曲だなと思って作っていました。そう思った理由も話すと長いんですけど…」
――ぜひ。
「今から10年以上前に野口健さんと一緒にアフリカを旅したことがあって、そこで國井修先生というお医者さんに出会ったんです。そこからご縁が生まれて、今でも何年かに一度お会いして話をしたりする間柄なんですけど。國井先生はこれまでにソマリアで活動したり、ユニセフの仕事をしたり、今は途上国にワクチンを届ける活動をされたりしているんですけど、昨年お会いしたときに、ある貝を媒介にした伝染病の話をしてくださったんです。その病気は今も世界で多くの人が苦しんでいるようなものなんですが、唯一克服した例があって、それが僕の地元の山梨なんだっていう話を教えてくれて。山梨のお医者さんや感染症の専門家の方が100年くらいかけて撲滅したらしいんです。その様子を描いた『死の貝―日本住血吸虫症との闘い』という本を教えもらい、読んだときに、そうした先人の方々の壮絶な戦いがあって今の山梨の平和があることをすごく感じて。國井先生の話を聞き、その本を読んでからできたのが「儚く脆いもの」です。その中で、自分自身、命というものに改めて真正面から考えるきっかけをいただきましたし、そこで感じたものを高速ロックで歌い切りたいという感覚でした」
――「儚く脆いもの」には國井先生と藤巻さんとの長いストーリーが含まれているんですね。
「僕なりのストーリーがありますね、実は」
――冒頭で“自分の枠に囚われず、一歩でも半歩でもいいから進みたい”というお話がありましたが、収録曲の中でこれまでにないような印象を受けたのが「以心伝心」でした。
「この曲はソロになってからは初めて挑戦となった曲調だと思います。コミカルなロックというか、忍者が小走りしてるというか(笑)。自分としても“新しくて面白いな”と思って、そのノリのまま歌詞も書いていきました。それをベースの御供くんもドラムのタカズミくんも面白がってくれて、遊びながらアレンジしていったんです。かなり遊び心が入った1曲になっています」
――もう1曲、「メテオ」も…。収録曲の中でもとりわけダークな楽曲で、藤巻さんにもこんな一面があったの!?みたいな(笑)。
「これは取材でもいろいろ聞かれると思います(笑)」
――「メテオ」が誕生するきっかけとなった出来事は何かあったんでしょうか。
「この曲を作っていた時期はガザのことが気になっていて。毎日のように報道を見ている中で、そこには人間の闇みたいな部分があるように思えたんです。そこに対していろいろ感じる部分がありつつも、じゃあ自分にそういう部分がないか?と言ったら、やっぱり僕の中にも闇はあります。そのときに感じたいろんな感情を、とにかく弾き語りで作っていったら、言葉がどんどん湧水のように…この場合は泥水かも知れませんけど(笑)、あふれ出てきたんです。ダークすぎるかな?とも思ったんですけど、それはそれですごく大事なもののように思ったので、あふれ出る言葉のままに書き進めていきました。自分も含めて、人間ってどこまでも自分本位に生きていけてしまう生き物でもあると思うんです。だから、自戒の意味も込めてその怖さ、その闇を追っていった感じで作りました」
――なかなか見ることのできない藤巻さんのダークサイドですね。
「1stアルバムの『オオカミ青年』の中に「月食」という曲があって、それも結構生々しい感情を描いた曲なんですけど、今回の「メテオ」のほうがもう少し社会を見渡したときの闇と、自分の中にあるであろう闇が呼応する部分が書かせた曲になっています。これに“蓋をしちゃいけない“と思って、なんとしてでも書き切ろうと。そうやって弾き語りで作ったものを、まずドラムのタカズミくんに聴いてもらって、プリプロを一緒にやったら、すごくロックなドラムができあがって。それをベースの御供くんに聴いてもらうと、またさらにすごいベースができてグルーヴし始めたんです。なので、この曲はもうキーボードとかいろんな楽器は入れずに、ドラムとベース、自分のギターだけにしようと思いました。サウンドのコンセプトとしては、タイトルの通り、隕石が落ちていくような。最後は左右に鳴っているギターでそれを落として終わる、みたいなイメージでしたね(笑)」
――ここまで『儚く脆いもの』で特に印象的な楽曲についてお伺いしてきましたが、他に藤巻さん自身が今作の中で手応えを感じた楽曲や、作れてよかったと思う楽曲はありますか?
「…「メテオ」のような楽曲は作れてよかったと思います。自分の世界観をちょっとだけ…一歩でも、半歩でもいいから、今まで自分が作ってきたものの外側にいけたら幸せだなと思うんですけど、「メテオ」はそれを感じる曲ではあるので。あとは「ハマユウ」かな。最後はやっぱり誰かのことを想って終わりたかったので作ったんですけど、三線も入っているバラードができて、優しくアルバムが終われてよかったと思います」
――今回のアルバムって、いい意味で想像を裏切られるような作品だったのですが、ファンのみなさんはどんなふうに受け取られるのか気になります。
「そうですよね。リリースに向けてインスタライブやTikTokライブをやっているんですけど、“「メテオ」が気になります”と言ってくれる人が多くて。“おっ、鋭いね!”なんて思っているんですけど(笑)。“「メテオ」は期待を裏切らないぜ!”と思っています(笑)。あと「儚く脆いもの」はタイトルを見ただけだと静かな曲に感じるかもしれないですけど、収録曲の中では一番と言っていいくらい激しいロックナンバーなので、驚くかもしれません。でも、さっきお話したようなことを知ってもらってから聴くと、印象もかなり変わってくるんじゃないかな?と。いろいろ想像しながら、リリースを楽しみにしていただけたら嬉しいです」
――『儚く脆いもの』のリリース後、4月からは全国ツアー『藤巻亮太LIVE TOUR 2025 「儚く脆いもの」』がスタートします。バンド編成によるライブハウスツアーなので、盛り上がりそうですね!
「そうですね。アルバムのレコーディングを共にしたリズム隊とツアーをするので、初日からいいライブにできると思います。『儚く脆いもの』の世界観をしっかり届けつつ、藤巻の現在地みたいなものを楽しんでいただけるようなライブにしたいです」
――また、追加公演として台湾でのライブも予定されています。藤巻さんが海外でライブするのは意外にも今回が初とのこと。
「そうなんですよ。レミオロメンの頃も(海外で)ライブしたことがなくて。なので、ツアーの延長線上ではあるんですけど、もう少しわかりやすくというか、名刺代わりのライブにしたいと思いますし、僕自身も楽しみたいです」
――秋の“Mt. FUJIMAKI”や3月9日に開催される“THANK YOU LIVE”、年末の“Premium Concert”など恒例のライブが増えていく中で、この海外公演のようなイレギュラーなライブって藤巻さんにとってどのようなものですか?
「とても張り合いがありますし、どんどんやっていきたいと思います。そうやっていろいろ動いていくと、アウトプットしていくことにはなるんですけど、その中でもインプットって結構あるんです。それが溜まっていくにつれて、また次の作品に向かえる力になりますし。実際に今、その循環を良い形でやれていると感じているので、『儚く脆いもの』のリリース、全国ツアー、そして海外公演と、“楽しみに待っていただけたら!”と心から思っています」

(おわり)
取材・文/片貝久美子
写真/野﨑 慧嗣
RELEASE INFROMATION

藤巻亮太『儚く脆いもの』
2025年3月26日(水)発売
通常盤(CD only)/VICL-66061/3,520円(税込)
初回限定盤(CD+DVD)/VIZL-2434/4,950円(税込)
LIVE INFORMATION

藤巻亮太LIVE TOUR 2025 「儚く脆いもの」
4月4日(金) 北海道 札幌ペニーレーン24
4月6日(日) 宮城 仙台Rensa
4月11日(金) 愛知 名古屋ダイアモンドホール
4月13日(日) 広島 広島クラブクアトロ
4月18日(金) 福岡 福岡DRUM LOGOS
4月20日(日) 大阪 GORILLA HALL OSAKA
4月24日(木) 東京 ZeppDiverCity(TOKYO)
<追加公演>
藤巻亮太Live Tour 2025 in Taipei」(台湾)
5月24日(土) Legacy Taipei