──今作は前作『戀愛大全』と対になる作品だそうですね。
「そうですね。対というか続編というか。地続きではあるという感覚です」
──もともと続編や対になるものを作ろうと思っていたのでしょうか?
「いえいえ。作っていくうちにそうなったというような感じですね。このアルバムの中ではまず初めに「最低なともだち」ができて、そのときに“おそらくこういうアルバムが出来上がるんだろうな”というぼんやりとした像は見えていた気がします」
──最初にできたという「最低なともだち」の制作経緯を教えてもらっても良いですか?
「今年の2月に、僕がとても慕っていたアートディレクターの信藤三雄さんという方が亡くなられて。信藤さんと僕の関係というのはもちろんデザイナーとモチーフであり、みんなが驚くようなデザインを二人で考える共犯関係でもあり。制作の間にはいろいろなことを教えてくださる、先生と生徒のような関係でもありました。そんな信藤さんが亡くなったと聞いたとき、僕はすぐに“さよなら”とか“ありがとう”が言えなかったんです。戸惑ってしまったというのかな…複雑な気持ちだったんですが、その中で一番色濃かったのが、怒りに近い感情でした。僕は幸せなことに、これまであまり近しい人を亡くしたことがなかったので、今までずっと一緒にお仕事をしてきた方が亡くなるということに対して、“唐突にその人を奪われた”という理不尽さを感じて。すぐに“はい、そうですか”と飲み込めなくて…」
──そういう自分にも嫌気が?
「そうなんです。“ちっぽけだな、僕は”という思いですね。そういう気分で寝て起きてという生活が3日くらい続いて、そこから徐々にようやく理解できる…というのかな。そういう気分のうちに、「最低なともだち」を書いたんです」
──その何とも言えない感情で曲を書いたことで、ご自身の中での気持ちの変化や心情の変化はありますか?
「“これで覚えていられる”と思いました。言いようのない感情を曲にすると、なんとなくいつでも思い出せるというところがあるので」
──この曲を書いたことで楽になるとか、そういうことは?
「楽になるという効果はあまりないです。でも、それに名前が付いたという感じでしょうかね」
──言いようのなかったものが形になって。
「そうですね。その感情が収まって、薄まって飲み込めてしまう自分が気に入らなかったんでしょうね。“どうせこれも忘れるんでしょ?”ということが。だからそれを忘れないために、曲にしたことで、この気持ちが収まらないように、いつでも思い出せるようになった。そういう感覚のほうが強いかな」
──先ほど「最低なともだち」ができたときに“こういうアルバムが出来上がるんだろうな”と思ったとおっしゃいましたが、“こういうアルバム”というのは、どういうものか言葉にすることはできますか?
「それも同じなんですけど、信藤さんとのお別れと前後して、自分が直接お会いしたことはないにしても、とても大きな影響を受けたミュージシャンが立て続けにこの世を去られて。こんなことにも僕らは慣れていくのかな?って、そういうニュースを見ながら思ったんです。きっとこういった別れはこれからも続くし、増えていくし、いつかは自分にも訪れる。今までは死というものが漠然としたものでしたけど、そんなニュースが続いた今年の春に僕は初めて死というものを身近に感じて。そしてそう感じているのは僕だけではないような気がしました。きっと、今、僕だけじゃなく、たくさんの人が同じように感じているんじゃないか?って。だから今年、そういうことについて歌われたアルバム、作品があってもいいんじゃないかなって。あまり万人に好まれるタイプのテーマではないから、見つけにくいだろうけど。でも、そういうものがあれば…」
──きっと誰かの救いにでもなるでしょうしね。
「なんかね、そんなに大げさなものではなくてもいい。救いもしないで、ただそこに並んでいるだけでいいというか。今までに味わったことのないような感情が並んでいるだけで、ほかの誰かが“俺も同じ気分だよ”と共感してくれるようなものになるんじゃないかという気がして。それは十分、アルバムを作る意義というか理由になる。そう思って取り掛かりました」
──今までに味わったことのない感情が起点となったアルバム『式日散花』ですが、出来上がってみて、今までと違うものができたという感触ですか?
「出来上がってみるとそうでもないですかね。客観的に眺めてみると、幼いというか、やけにあどけないなという気はしますね」
──私もすごくイノセントな作品だなと感じました。
「そう。自分の作品の中でもすごく幼い作品に見えますね」
──その幼さ、少年っぽさは意図的なのかと思っていました。
「何だろう…そういうものが作りたいと思ったんでしょうね」
──初めて身近な人の死を体験して、ぼやけていた輪郭が見えたとおっしゃっていましたが、その“初めての感情を知る”ということが、イノセントさにつながっているのかもしれないですね。
「ショックすぎて幼児返りしているのかな(笑)…いや、それは冗談ですけど。こういった別れをテーマにいくつか文章を書く機会があって、そのなかで“なるほどな”と自分で納得したことがあるんですけど、人との関係には、いわゆる“出会い”と“別れ”という二つの転機があるじゃないですか。それを大人は、ある程度自分でコントロールできるんですよね。自分から能動的に、自分と趣味が合う人を探しに出かけるとか“この人といると楽しいからまた会いたいな”と思ったら“また会おうよ”って連絡するとか。そして何かのきっかけで別れる、その別れもある程度自分でコントロールできる。“もうこの職場を辞めよう”とか“そろそろ引っ越そう”とか。でも子供の頃って、出会いも別れも“与えられる”んですよね。同じクラスになった、ただそれだけで毎日ずっと一緒にいて、ようやく仲良くなった頃にまた勝手に引き離される。クラス替えとか卒業とか、引っ越しとか。そう思うと、今年の春、自分が慕っている人を失ったときの気持ちはそれに似ていると思ったんですね。誰かに“奪われた”って。“まだ一緒にいたいのに”って。僕がほぼ初めて味わった死別というのは、子供の頃に味わった別れに似ていたんです。だからこういう作品になったんだと思います」
──サウンドとしては、前作に引き続きドリーミーな雰囲気を持ちつつ、異国情緒あふれる曲が挟まることで、逆にドリーミーなものにも現実味が出てくるように感じました。
「なるほどね。サウンドに関しては、去年の『戀愛大全』とそのツアーからずっと参加してもらっているメンバーの音色っていうのが大きいと思います。でも描きたいものが、リアルなものというよりは少し曖昧な感情や情景だったりするので、それに伴って輪郭がぼやけているような曲作りをしてしまうという感じですね」
──前作のインタビューの際に、“それまではリアルなものを作ってきたけど、リアルとはかけ離れたものを作りたい”とおっしゃっていました。そのモードが続いている?
「そうですね。でも最後の「式日」は割とはっきり目が覚めているような感覚があります。徐々に視点が合っていくというか。この曲ではちゃんと何かを見据えている。なぜかそうなりました」
──志磨さんが音楽で表現したいものも、ちょっとずつリアルなものになってきているからなのでしょうか?
「うーん…この曲は、歌詞の元になる走り書きのメモがあって、それに後から曲を付けたんですけど、そのメモ自体がこのアルバムの指針になったような気がします」
──“曖昧なものを描いてきたという事実”を書いたような?
「ああ、そうですね!確かに、この曲にはあまりあどけなさがない」
──今までのあどけなかった姿を俯瞰して見ているというか。
「そうそう、そうです。たくさんの別れのシーンみたいなものを、おっしゃっていただいたように、俯瞰して振り返っているような」
──私はこの曲の冒頭の歌詞が気になっていて。<ふいに 目が合った 気がした だけ(中略)もしかしたら これは>に続くのって「恋のはじまり」だと思ったら、「死のはじまり」なんですよね。
「確かに!本当、そうだな(笑)嫌な“CHE.R.RY”みたいな(笑)」
──ということは、意図的ではない?
「はい。死と目が合いそうになったという感覚が確かにあってメモをしたんですよ。死って、自然の摂理として誰にでも訪れるものじゃないですか。すごく抽象的なイメージですけど、サーチライトみたいなもので、年長者から順に照らされていくわけですよ。そしていつかもちろん自分も照らされるんですよね。そのサーチライトが、ついに自分のごく近くまで照らしはじめた。死と、自分の目がふと合いそうになる瞬間があって。“危なっ!”って。立て続けの訃報にその感覚を味わって、それをメモしておいたんです。<ふいに 目が合った 気がした>という書き出しのメモです」
──なるほど。初めて死と向き合ったことで、残された側の気持ちだけでなく、自分にもいつか死が訪れることに改めて気付いたと。
「うん、用意されているというかね」
──それに気付いたときに、生きる意味みたいなものを考え直したりはしましたか?
「どうかな?…僕は割と流れに任せるところがあって、“なるようになる”という主義なので」
──単純に“自分はいつか死ぬんだ”と気付いた感覚ですか?
「そうそう。確実に死ぬんだなって。それをただ理解しただけというか。“うん。OKです”という感じ」
──でもきっと、その気付きのあるなしで、物の見方や考え方も変わっていくんでしょうね。
「そうですね。だから、この考え方が生まれたという感じです。“初めて死について考えた”、それがこのアルバムのきっかけでもあり、テーマでもあります」
──冒頭に、曲にしたことで“ずっと残せる”とおっしゃっていましたが、このアルバムを作ったことで、志磨さんが初めて死について考えたということが残せるわけですね。
「そうそう」
──このアルバムにはもう一つトピックがあって。「最低なともだち」、「少年セゾン」、「襲撃」のミュージックビデオを、山戸結希監督が3部作として作られました。この3部作は通常盤付属のBlu-rayに収録されます。これはどういった経緯だったのでしょうか?
「僕がまさにそういうことを考え始めていた春に、たまたま山戸監督からご連絡をいただいて。僕は“山戸監督が新しい映画を撮ろうとしていて、そこに出演しませんかというお誘いかしら?”と思って、“うれしいな”と思いながら打ち合わせに向かったんです。そしたら“今までは志磨さんが映画の世界に足を踏み入れてくださっていましたが、改めて今度はこちらが志磨さんの音楽の世界に踏み込んで作品を撮ってみたい”とおっしゃってくださって。そのとき僕は“何と奇遇な!”と思いました。渡りに船というか。“実は、今ちょうど、いくつか曲をつくってみようと思っていて。それはゆくゆくはアルバムになると思うのですが。最近こんなことについて考えているんです…”と、このインタビューでここまで話したようなお話をして。山戸さんも“うん、うん”と頷きながら聞いてくれて。“…というテーマでこれから曲をつくるので、ぜひそのミュージックビデオを撮ってくださいませんか?もし良ければ、一本と言わず、いくつかの連作のような形で”とお伝えしたら“喜んで!”ということで。だからアルバムのどの曲が出来上がるよりも先に、まず山戸監督と作品を作るということが決まったんです。そういうこともあって、非常に映像的なアルバムになったなと感じています」
──山戸監督がMVを作ることが前提でできた楽曲、アルバムだったんですね。山戸監督がMVを作るということが前提だと、普段ご自身から生まれるものとは何か違いますか?
「違うと思います。録音メンバーのクレジットに記載したいくらい。“志磨遼平(Vo)山戸結希(映像)”って」
──“こういう映像が見てみたい”みたいなこともインスピレーションの一つに?
「そういうところもあったかもしれませんね。後々山戸監督が映像を与えてくれるという前提があって考えたものですから」
──MVには志磨さんも出演されていますが、撮影はいかがでしたか?
「撮影のたびに思うんですけど、山戸監督は本当に少しの曖昧さもないというか。ご自身が撮るべき光景に対して、ものすごく正確であるし、容赦がないというのかな。ご自身が捉えたいイメージにものすごく貪欲なんです。それは自分を見ているようでもあるので、僕はどんな注文であろうと一切文句を言いません(笑)。僕もそういうところがあるからすごくわかるんです、その執念が。撮影現場で奮闘されているお姿を見ながら“いけ、山戸結希!”、“そのままどこまでもいけ”っていつも思っています」
──今回は、その執念が志磨さんや志磨さんの作る音楽に向けられているわけですが、そこに関してはどのように感じましたか?
「山戸監督との対談でも話題になりましたが、僕が作ったものに監督が映像を与えてくれる、さらにそこに僕が出演するということによって、僕は、曲を作った者としてではなく、山戸監督が撮るべき被写体として、その円環にもう一回加わる。すごく不思議な入れ子構造になっていて、面白いですよね」
──この3部作も3曲それぞれ色が違いますが、今作は1つの感情をいろいろな角度から描いているように感じました。最後に、このアルバムに『式日散花』というタイトルを付けた理由を教えてください。
「『戀愛大全』と対になるようなタイトルとして、四字熟語で考えていたんです。だから『大全』に揃えて『〜白書』にしようと思ったんですけど、四文字で『〜白書』って『幽☆遊☆白書』に勝てるものがなくて(笑)。そんなときに、「式日」という曲ができたので、“「式日」いいなぁ”と思って、いろいろ考えて造語の『式日散花』になりました。“散花”という単語の意味を調べたら“花のように散る”から連想される悲しい言葉だったんですけど、別れという言葉を使わずに別れの儀式みたいなものを連想させるような四字熟語になってなかなか良いなと我ながら思っています」
──内容、タイトル、そしてジャケットと、すべてが前作と対になっていますが、そのぶん、次はまた新しいドレスコーズが見られるのかなと、それはそれで期待が膨らみます。
「ね。どうなるのか…(笑)。流れに身を任せます」
(おわり)
取材・文/小林千絵
写真/野﨑 慧嗣
RELEASE INFORMATION
ドレスコーズ『式日散花』
2023年9月13日(水)発売
初回盤(CD+Blu-ray)/KIZC-90731~2/7,480円(税込)
Blu-ray収録内容:「12月21日のドレスコーズ」ライブ映像
EVIL LINE RECORDS
ドレスコーズ『式日散花』
2023年9月13日(水)発売
通常盤(CD+Blu-ray)/KIZC-733~4/3,850円(税込)
Blu-ray収録内容:MUSIC VIDEO 3曲収録
EVIL LINE RECORDS
LIVE INFORMATION
the dresscodes TOUR2023『タイトル未定』
10月9日(月・祝) 宮城 SENDAI CLUB JUNK BOX
10月13日(金) 福岡 BEAT STATION
10月14日(土) 岡山 YEBISU YA PRO
10月21日(土) 愛知 名古屋CLUB QUATTRO
10月22日(日) 大阪 心斎橋BIG CAT
10月28日(土) 北海道 札幌cube garden
10月31日(火) 東京 Zepp DiverCity(TOKYO)
ドレスコーズ × U-NEXT
『12月24日のドレスコーズ』
2016年に行われた 『12月24日のドレスコーズ』 恵比寿The Garden Hall公演。
『12月23日のドレスコーズ』
2018年に恵比寿ガーデンホールにて行われた単独公演「12月23日のドレスコーズ」。
『どろぼう ~dresscodes plays the dresscodes~』
2018年6月16日STUDIO COASTにて開催の『dresscodes plays the dresscodes』最終公演。
『SWEET HAPPENING 〜the dresscodes 2015 “Don’t Trust Ryohei Shima”JAPAN TOUR〜』
"Don't trust Ryohei Shima"JAPAN TOURより、Zepp DiverCityでのファイナル公演。
『ルーディエスタ/アンチクライスタ the dresscodes A.K.A. LIVE!』
"THE END OF THE WORLD PARTY TOUR"ファイナル公演。
『公民(the dresscodes 2017 “meme”TOUR FINAL 新木場STUDIO COAST)』
the dresscodes 2017 “meme”TOUR より、STUDIO COASTにて開催のファイナル公演。
『“Don't Trust Ryohei Shima” TOUR 〈完全版〉』
「Tour 2015 "Don't Trust Ryohei Shima"」より、2015年1月25日に行われた最終公演。
『R.I.P. TOUR FINAL 横浜 Bay Hall 公演』
2016年3月19日に行われた「R.I.P. TOUR FINAL 横浜 Bay Hall 公演」