1950年代の末にフリー・ジャズの旗手として登場したオーネット・コールマンは、だれもが認めるジャズ界の巨人です。フリー・ジャズというとしり込みされるファンもおいでかもしれませんが、オーネットの音楽は決して難解なものではありません。

オーネットともにシーンに登場したフリー・ジャズのもう一方の旗頭セシル・テイラーが、デビューから一貫してハード・コアな演奏を繰り広げているのに対し、オーネットは時代によってずいぶんとスタイルが変化し、かなりポップなアルバムも作っています。

『ジャズ来るべきもの』(Atlantic)と邦題が付けられた1959年のアルバムでオーネットは一躍ファンの注目を集め、賛否両論でジャズ界が大揺れを起こしました。しかし現在聴いてみると取り立てて過激な演奏とも思えません。それはオーネットの登場によってジャズ・シーンが刺激され、オーネットたちが思い描いた方向へ進路転換し、かれらの音楽がごく当たり前のものとなったからです。

デビュー当時のオーネットは「演奏がヘタだ」と一部の評論家から誤解されましたが、北欧で行われたライヴ『ゴールデン・サークルのオーネット・コールマンVol.1』(Blue Note)を聴けば、そんな疑問は一掃されることでしょう。

オーネットはもともと作曲家志望で、そうした経歴から映画音楽も手がけています。『チャパカ組曲』(Blue Note)は彼が作曲家としても優れた才能の持ち主であることを示しています。

1970年代に入りオーネットの音楽が大きな変化を見せました。ハーモロディックというユニークな発想によって作られた『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』(Horizon)は、極めて斬新なスタイルによって、オーネットがただものでないことをファンに印象付けた記念碑的作品です。後に「プライム・タイム・バンド」と呼ばれることになる新メンバーによって吹き込まれた『ボディ・メタ』(Artists House)は、同時期の姉妹作。

オーネットのポップなアルバムとして登場した『ヴァージン・ビューティ』(Epic)は、グレートフル・デッドのジェリー・ガルシアがゲスト参加した、オーネットの柔軟な姿勢を示す好例と言えるでしょう。『オブ・ヒューマン・フィーリング』(Antilles)は、そうしたオーネットのしなやかな感性が伝わる傑作です。

ウィリアム・バロウズの実験小説をデヴィッド・クローネンバーグが監督した映画のサウンド・トラック『ネイキッド・ランチ』(Milan)は、ハワード・ショアのスコアによるロンドン管弦楽団をバックにオーネットが吹きまくる映画音楽の傑作です。私は映画も見ましたが、かなり異様な画面とともに聴くオーネットの印象は実に強烈。

1987年、オーネットはドン・チェリー、チャーリー・ヘイデン、ビリー・ヒギンスら初期の「オリジナル・カルテット」と再演し、ほぼ同じ曲目をプライム・タイム・バンドでも演奏した2枚組みアルバム『イン・オール・ラングエージ』(Caravan of Dream)を出しました。今回はオリジナル・カルテットによる演奏を収録いたしました。

オーネットはほとんどピアノを導入しませんでしたが1995年のアルバム『トーン・ダイアリング』(Harmorodic)では、珍しくキーボードのほかにバダル・ロイによるインドの楽器タブラや、ヒップホップ調のトラックにバッハのプレリュードまであるという幅広さ。もう、なんでもありのオーネットの自由さには脱帽です。まさにこれがほんとうの“フリー・ジャズ”でしょう。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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