ジャズを聴き始めたばかりの頃、チャールス・ミンガスの音楽はかなり手ごわいものでした。1960年代当時、ジャズ喫茶ではやっていたのは彼の代表作『直立猿人』(Atlantic)で、そのアクの強さも含め、ジャズファンに強烈な印象を与えたのです。

しかし、彼の魅力をほんとうに理解できたのはだいぶ経ってからで、それは一ベーシストの枠を超えた、実に個性的な音楽家としてのチャールス・ミンガス像が見えてきてからでした。

冒頭にご紹介する《直立猿人》を聴いたとき、これがたった5人の演奏とは信じられませんでした。サウンドの厚み、エネルギーはより大きな楽器編成を想像させます。それをジャッキー・マクリーンのアルトサックスと、テナー・サックスJ.R.モンテローズのたった二人のホーン奏者にリズム・セクションが付いただけのクインテットで実現させているのは、まさにコンポーザー、アレンジャー、そしてバンドリーダーとしてのミンガスの力量の成せる技でしょう。

このようにミンガスは、サイドマンを自在に使いこなすことで自分の音楽を表現しましたが、その中でミンガス・ミュージックの枠に収まり切らない超大物が居ました。エリック・ドルフィーです。タウン・ホールでのライヴ録音『タウン・ホール・コンサート』(Mingus)のドルフィーにちなんだナンバー《ソー・ロング・エリック》では、後半に登場するドルフィーが素晴らしい。しかし皮肉なことに、この演奏がミンガスとドルフィーとの永遠の別れとなってしまいました。随所に登場するミンガス自身のベースの迫力も聴き所です。

『ミンガス・アー・ウム』(Columbia)は変わったタイトルですが、有名なデイブ・ブルーベックの『タイム・アウト』(Columbia)と同じ画家のデザインしたジャケット、と言えば、「あー、あれか」と思い出す方も多いはず。このアルバムはバンド全体で生み出す「ミンガス・サウンド」の特徴を知るに好適なアルバムでしょう。

1957年、最愛の妻を失ったミンガスは気分転換のためメキシコを訪れました。アルバム・ジャケットに「私の最高の作品」と記された『メキシコの思い出』(RCA)はそのときの印象を音楽にしたもので、彼の優れた情景描写の才能が現れた傑作です。

腰の据わったミンガスのベース・ソロで始まる《ハイチ人の戦闘の歌》は、ミンガスの音楽が持つパワー、エネルギー、熱気を代表する演奏です。それにしても『道化師』(Atlantic)というおどけたタイトルのアルバムの冒頭に、それこそ「戦闘的」とも聴こえる曲目を入れるミンガスはけっこう皮肉屋なのかもしれませんね。あまり知名度はありませんがカーティス・ポーターのファナティックなサックスも聴き所です。

1970年代になってもミンガスの活動は衰えを見せず、新たなメンバーで吹き込んだ『チェンジズ・トゥー』(Atlantic)は70年代らしい新鮮なサウンドが聴き所です。そして、ミンガス晩年の傑作が、南米コロンビアの音楽に題材を採った『クンビア・アンド・ジャズ・フュージョン』(Atlantic)です。エキゾチックな旋律が次第にエキサイティングなジャズになって行く過程が素晴らしい。

そして最後に収録したのは、ミンガスを敬愛していたロック・シンガー、ジョニ・ミッチェルがミンガスに捧げたアルバム『ミンガス』(Asylum)から、名曲《グッド・バイ・ポーク・パイ・ハット》です。しみじみとした歌声からはミンガスに対する思いが伝わってきます。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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