少々地味ながら聴くほどに味わいが深まるトランペッターとして、アート・ファーマーはコアなジャズファンの間で愛好されてきました。私がお届けしている番組でも、ファーマーの登場回数は多いはずです。彼の魅力は、トランペット、あるいはフリューゲルホーンの音色に豊な表情があることです。必要以上にテクニックを強調することなく、微妙なニュアンスで聴き手の心を惹きつける、まさに日本のファンの細やかな感受性にピッタリなミュージシャンと言えるでしょう。

『ザ・タイム・アンド・ザ・プレイス』(Columbia)は冒頭のキャッチーなタイトル曲の魅力も手伝い、60年代ジャズ喫茶でヒットしたアルバムです。ジミー・ヒースのテナーをサイドに従えた2管クインテットでのライヴ演奏で、2曲目に収録した《シャドウ・オブ・ユア・スマイル》など親しみやすい選曲の名盤です。彼のアルバムを買おうと思うファンにとっての最初の1枚として、最適のアルバムではないでしょうか。

トランペットのワンホーン・カルテット、つまり他にサックス奏者のいない編成は、思いのほか少ない。マイルス・デイヴィスやクリフォード・ブラウンも、ほとんどのアルバムがサックス奏者入りのクインテットです。その理由は、トランペットだけでアルバム1枚を飽きさせずに保たせるのは、意外と難しいからです。

『アート』(Argo)はそうした困難なフォーマットでの名演で、ジックリと聴き込むほどに魅力が増す、マニア好みの名盤です。
 スティーヴ・ガッドのドラムスにマイク・マイニエリのヴァイヴ、まさに70年代フュージョンのスターといわれるミュージシャンたちをサイドに従えた『ビッグ・ブルース』(CTI)はファーマーの異色作と言えるでしょう。しかし、共演者にギターの名手ジム・ホールを選んだことも手伝って、しっとりと落ち着いた傑作に仕上がりました。暖かい音色が特徴であるフリューゲルホーンを使用していることも聴きどころです。

かつてクインシー・ジョーンズのセッションで共演したフィル・ウッズとの双頭クインテット『ホワット・ハップンズ』(Campi)は、ダイナミックに吹きまくるウッズに合わせ張りと勢いのある演奏を展開していますが、そこはかとなく漂うファーマーの落ち着いた雰囲気がこのアルバムの品位を高めています。

北欧の民謡を取り上げた『スエーデンに愛を込めて』(Atlantic)は、哀愁帯びた曲の魅力で多くのファンから支持された傑作です。このアルバム成功の秘密は、相性の良いギター奏者ジム・ホールを向かえたピアノレス・カルテットというフォーマットと、曲想にフィットしたフリューゲルホーンのまろやかな音色にあると思います。

渋めのアルト奏者、ジジ・グライスと共演した『ホエン・ファーマー・メット・グライス』(Prestige)は何気ないハードバップでありながら、聴くほどに深みが増す通好みの名演です。共に控えめなファーマーとグライスの気質が、音楽を表面だけの派手さとは無縁の味わい深いものにしているからでしょう。

1970年代、日本ジャズレーベル、イースト・ウィンドから出された『おもいでの夏』は、いかにもなタイトルにもかかわらず、しっとりとした味わいの傑作に仕上がっています。それはファーマーの地に足の着いた音楽観が演奏に一本芯を通しているからです。フリューゲルホーンの使い方も実に巧みです。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

USEN音楽配信サービス 「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」

東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。

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