ちょっとマニアックな白人アルトサックス奏者リー・コニッツは、私の大好きなミュージシャンの一人です。ジャズアルトの頂点は言うまでも無くチャーリー・パーカーですが、パーカーの影響圏外で一家を成したアルト奏者のトップにコニッツは君臨し、21世紀の今もニューヨークの若手ミュージシャンたちから尊敬されています。
彼のジャズマン人生は“トリスターノ楽派”の一人として盲目の白人ピアニスト、レニー・トリスターノの影響下にスタートし、1940年代末に起こった“クールジャズ”の代表的ミュージシャンの一人に数えられています。その後、トリスターノのもとを離れたコニッツは独自のスタイルを確立させますが、ジャッキー・マクリーンのような黒人パーカー派アルティストとは明らかに異なるフレージングは、一聴してコニッツだとわかる独特のものです。
アトランティック時代の彼の代表作『インサイド・ハイファイ』は、ちょっと陰影を帯びた哀愁感のある旋律が心を捉えますが、同じ白人アルトの雄、アート・ペッパーに比べると、感情表現を抑え気味に淡々と演奏を進めるところがいかにもコニッツらしい。
アトランティックからヴァーヴに移籍したコニッツは『ヴェリー・クール』というアルバムを出しました。このタイトルは“クールジャズ”の旗手としてのコニッツにあやかったもの。しかし内容はトランペットが加わった2管編成ということもありますが、あまり“クール”ではなく、むしろハート・ウォームな作品。
コニッツが叙情を厳しく廃したクールな演奏を行っていたのはせいぜい1950年代初頭までで、このアルバムが吹き込まれた50年代後半ともなるとかなり演奏に情感がこもってきます。それでもコルトレーンのような激情的な表現はしないので最初はちょっと生ぬるく聴こえるかもしれませんが、しっかりとしたテクニックに裏打ちされた演奏はジックリと聴き込むほどに味わいが出てきます。
テナー・サックスのウォーン・マーシュは「コニッツと双子の兄弟の様」と称された“トリスターノ楽派”の代表選手。そのマーシュと共演した『リー・コニッツ・ウィズ・ウォーン・マーシュ』(Atlantic)は《トプシー》など親しみ深い曲目が並び、初めて彼らの音楽に接するに最適なアルバムです。
コニッツはアドリブに賭ける情熱も人一倍で、エルヴィン・ジョーンズと対決した名演『モーション』(Verve)では、よく知られた《ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ》を完全に即興演奏の素材として極めてスリリングな演奏を展開しています。ジャズの本質がアドリブにあることをこれほど如実に示した演奏も珍しい。
『ワース・ホワイル』(Atlantic)は面白いことに日本盤がオリジナル。アトランティックの未発表録音を日本で発掘した貴重なアルバムで、コニッツのテナー演奏が聴けるだけでなく、内容も実に素晴らしい。知られざる名盤の筆頭に挙げられます。
『ブラジリアン・ラプソディ』(Venus)は、コニッツがブラジル音楽を素材とした斬新な作品。題材は何であれ、完全にコニッツの音楽となっているのはさすが。最後を締めくくるのはベースのレッド・ミッチェルとのデュオという変わった編成。楽器が少ないだけにミュージシャンの底力が試されるフォーマットですが、『リー・コニッツ・アンド・レッド・ミッチェル』(Steeple Chase)は、彼らの音楽家としての実力が発揮された名演です。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)
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東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。