人の声というものは好き嫌いがハッキリしがちで、それだけにヴォーカルは難しいのだと思う。ただ巧いだけではダメなのだ。どういう声質が好きかは、人によってそれぞれなので、基準をわかりやすく説明するのはたいへんだ。

まず、白人女性ヴォーカルからご紹介しよう。アニタ・オディは声質、歌い方ともにかなりクセが強く最初は馴染めなかったが、店を始めた頃、周りの友人たちにアニタ・ファンが多く、その影響もあって始終聴かせられているうちに、次第に好きになった。

その掠れ声はお世辞にも美声とは言いがたいが、高度な技巧に裏付けられた巧みなドライヴ感は、白人女性歌手ナンバーワンと言ってもおかしくない。『アニタ・シングス・ザ・モスト』(Verve)は、オスカー・ピーターソンの小気味良いピアノに乗って、アニタが絶妙の歌唱を聴かせる彼女の代表作。

失礼な喩えかもしれないが、ちょっと脂が乗り過ぎのようにも聴こえるのが、ペギー・リーの声だ。ジョージ・シアリングをバックに迎えた『ビューティ・アンド・ザ・ビート』(Capitol)は、“クール”なシアリングのピアノのせいか、彼女のアルバムの中ではスッキリと聴けるのが好みの理由。

ハスキーな声の質感や、微妙なニュアンスの出し方といった、まったく個人的好みで一番惹かれるのがクリス・コナーだ。もちろん歌唱技術は一級なのだが、それをあえて誇示しないところに好感が持てる。噂に過ぎないが、彼女は男性にはあまり興味が無いという。そのせいか、一部の女性歌手にありがちな「媚」が無いところも、個人的愛聴歌手ナンバーワンの理由だ。

次は黒人女性ヴォーカリストで、最初はロレツ・アレキサンドリア。あまり有名とは言えないが、彼女の《ネイチャー・ボーイ》は絶品。そして私がもっとも好きな黒人女性歌手がカーメン・マクレエだ。ヴォーカルは、歌詞の説得力が音楽的説得力に繋がるように思う。カーメンの歌声は、英語を母国語としない私たちにも、実に切々と伝わってくる。『ブック・オブ・バラーズ』(Kapp)は、彼女の最高傑作にしてジャズヴォーカル・アルバムの金字塔と言って間違いない。

そして、ジャズヴォーカリストの女王がビリー・ホリディだ。若き日の傑作《ラヴァー・マン》の素晴らしさ、そして晩年の録音『レディ・イン・サテン』(Columbia)の鬼気迫る迫真力には、誰しも圧倒されるに違いない。あまり有名ではないけれど、マキシン・サリヴァンはけっこう好きな歌い手だ。肩の力が抜けた、枯れた歌声は、いつ聴いても心温まる。

技巧派ナンバーワンはサラ・ヴォーンではないかと思うけれど、アルバムによってはそのハイテク振りが鼻についたりもする。そんな中で、後期のブラジルものは彼女の良さが素直に出た傑作だと思う。『アイ・ラヴ・ブラジル』(Pablo Today)は、ブラジルのミュージシャンたちと共演した素晴らしい作品。

現代ジャズヴォーカルのトップに君臨するのはカサンドラ・ウイルソンだろう。独特の深い声質を生かした歌唱は一種の迫力がある。マイルスにちなんだ『トラヴェリン・マイルス』(Blue Note)は、彼女ならではの世界を描き出している。最後にご紹介するのは男性歌手で、あまり知られていないがジョー・ヘンリーは面白い個性を持っている。正統ジャズ歌手ではないけれど、こういう歌も嫌いではない。

そして最後を飾るのは、声質、技巧ともにナンバーワンのナット・キング・コールだ。ポピュラー・シンガーと思われているフシもあるが、名唱《キャラヴァン》を聴けば、彼が第一級のジャズ歌手であることに納得されることと思う。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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