ソニー・クリスは歴としたチャーリー・パーカー派のアルト奏者で、パーカーと共演したこともあります。そのときの録音を聴くと、ほんとうにパーカーそっくり。しかし主に西海岸で活動していたためハードバップ的な作品が少なく、ジャッキー・マクリーンやフィル・ウッズのような典型的パーカー派ハード・バッパーとはちょっと違うタイプと観られているようです。

彼が一般的人気を獲得したのは冒頭に収録した1967年録音のアルバム『アップ・アップ・アンド・アウェイ』(Prestige)で、タイトル曲はロック・グループ、フィフス・ディメンションが採り上げてヒットした作品。たしか航空会社のコマーシャル・ソングとしても使われていたはず。「いーぐる」開店の年の新譜で、リクエストもひんぱんにかかりましたね。ちなみに、このアルバムの最初のライナー・ノートはあの村上春樹氏が書いており、さすがジャズ喫茶店主だけにクリスに対する洞察も深く、読み物としてもたいへん面白い。書かれたのは1980年で、氏が『風の歌を聴け』で群像新人文学書でデビューした翌年。中古レコード、あるいはCDを探し出して一読する価値があります。

それはさておき、ポップスのジャズ化としてはたいへんうまく出来た作品で、クリスの明るいアルト・サウンドがうまく活かされています。サイドのギター名手、タル・ファーロウの存在も大きい。次に収録した同じくプレスティッジ盤『ジス・イズ・クリス』は前年に録音されたワン・ホーン・カルテットで、《ブラック・コーヒー》や《酒とバラの日々》など、良く知られたスタンダード・ナンバーを採り上げています。

『アット・ザ・クロスロード』はピーコックという珍しいレーベルに吹きこまれたため、長らく「幻の名盤」扱いされていました。録音は1959年で、この時点ですでにクリスはオリジナリティを獲得しており、独特の明るくメローなアルト・サウンドを活かしたスタイルは、マクリーンなどとは一線を画したスタンスです。聴きどころは明朗な中にも一抹の哀愁を帯びた独特なフレージングで、彼の不幸な最期を想像させたりもします。サイドにウィントン・ケリーが控え、編成もトロンボーンが入った2管クインテットと凝っています。

さて、『アップ・アップ・アンド・アウェイ』である程度の認知度を得たとは言え、やはりクリスはマクリーンやウッズなどと比べれば、相対的にマイナーな存在であったことは否めません。そんなクリスに思わぬスポットが当たったのが、例の“70年代ハード・バップ・リバイバル”の動きでした。フュージョン・ブームへの反動からか、オーソドックスなジャズマンを再評価しようという試みです。

後半に収録した3枚のアルバムがそれで、1975年録音の『アウト・オブ・ノー・ウェアー』(Muse)はオーソドックスなワンホーン・カルテット。同じく75年にミューズから出た『クリスクラフト』はギターが入ったクインテットで、哀感漂うホレス・タプスコット作の名曲《ジス・イズ・フォー・ベニー》が素晴らしい。そして何と言っても極め付きはザナドゥから出た『サタディ・モーニング』でしょう。

名曲《エンジェル・アイズ》を切々と歌い上げるクリスの境地、技量、音色共に明らかに50年代60年代を凌駕しています。バリー・ハリスの好演にも支えられ“ハード・バップ・リバイバル”が単なる昔懐かしがりだけではなく、ジャズマンの進歩の軌跡を辿る試みでもあることがこうした作品で実証されたのです。

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