ブッカー・アーヴィンはその実力の割にはいまひとつ知名度が低いように思います。というか、ほんとうにジャズが好きな人は黙って聴いている、という感じでしょうか。ハード・バップ・テナー奏者としては、デクスター・ゴードンやジョニー・グリフィンらと互角に渡り合える実力がありながら、あまり話題にならない。もしかするとそれは、彼のリーダー作の多くがプレスティッジ・レーベルから出ていることと関係があるのかな、などと思ってみたりもします。

つまり、ブルーノートなどに比べ、系統的に作品が論じられることが少なかったプレスティッジは、相対的に契約ミュージシャンについての情報が不足がちだったということが言えるのかも知れませんね。加えて、1970年にわずか39歳の若さでアーヴィンが病死してしまったことも大いに影響しているでしょう。もし存命だったなら、それこそゴードンやグリフィンが70年代ハードバップ・リバイバルのスターとして大活躍したように、大いにアーヴィンにも出番があったはずなのです。

アーヴィンの魅力は、何といってもその奔放かつパワフルなテナー・サウンドにあります。一聴しただけで「これはアーヴィンだ」とわかる特徴的なトーンはアーヴィンならでは。彼の代表作にしてワンホーン・テナー・カルテットの名演『ザ・ソング・ブック』(Prestige)は、吹きまくりテナーが好きなファンなら絶対のオススメ盤。サイドマンも名手揃いで、とりわけ、端正なトミー・フラナガンのピアノがブロー・テナー、アーヴィンと絶妙のバランスを見せています。また、アーヴィンと相性の良いドラマー、アラン・ドウソンの切れの良いドラミングも効いている。

極めてオーソドックスなハードバップだった『ザ・ソング・ブック』に比べ、同じワンホーン・カルテットでも、サイドがジャッキー・バイアードになると微妙に雰囲気が変わってきます。エキゾチックなムードを湛えた曲想といい、バイアードの乱れ打ちピアノといい、『ザ・フリーダム・ブック』(Prestige)はかなり異色。しかしこれもアーヴィンの持ち味なのです。

アーヴィンの凄いところはどんな相手とも勝負できるところ。白人テナーの雄、ズート・シムスを共演者に迎えた『ザ・ブック・クックス』(Bethlehem)は、ファンキーな気分が横溢した名盤。このアーシーな気分を支えているのは、ジョージ・タッカーのベースとダニー・リッチモンドのドラムスの名コンビ。そして、ジミー・オウエンスのトランペットにトロンボーンを加えた、豪華3管セクステットによる『へヴィー』(Prestige)は、場の気分を盛り上げるのに最適。

これだけのテナーですから、当然「バトルもの」でも充分ファンを堪能させてくれます。元祖テナー・バトルの雄、デクスター・ゴードンとの20分にも及ぼうとする『セッティング・ザ・ペース』(Prestige)は、豪快なテナー・バトルを好む方なら絶対に好きになるはず。そして最後にご紹介するのは、これも名盤の誉れ高い『ザッツ・イット』(CANDID)。それにしても、シンプルなワン・ホーンで聴き手を飽きさせないのは、奔放なように見えて歌心もタップリ供えたアーヴィンの絶妙なバランス感覚に負っていると言えるでしょう。吹きまくりでありながら「聴き疲れ」しないのは、アーヴィンのフレーズが思いのほか柔軟性実に富んでいるからなのです。

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