ローランド・カークはテナーサックスの他に、サックスの仲間の楽器であるマンゼロとストリッチの3本のホーン楽器を同時に演奏することで有名だが、彼の才能はそうした曲芸的なテクニックだけに終わらない奥深さを持っている。幼児期の事故が原因で失明したカークは、失った視覚を補って余りある豊かな音の世界を私たちに示してくれる、優れた音楽家だ。

最初にご紹介するアルバムは『イントロデューシング』(Argo)とタイトルされているが、実際はリーダー2作目の作品。ここでのカークはオーソドックスなハードバップ・サックス奏者としての実力を遺憾なく発揮すると同時に、サイドにオルガンを入れることによって早くも彼の持ち味である「黒い世界」を描き出している。

1961年に録音された『ウィ・フリー・キングス』(Mercury)は初期の代表作。テーマを得意技、複数楽器同時演奏で魅力的にハモり、楽器をフルートに持ち替えソロをとる《スリー・フォー・ザ・フェスティヴァル》を聴けば、彼が同時に楽器を吹いたり、複数の楽器を使用するのは決して見世物的な芸ではなく、音楽的効果を狙ってのことだとわかるだろう。

もしかするとカークの演奏で一番有名なのは《ドミノ》かもしれない。シャンソンの曲をジャズマンが演奏した例はマイルスの《枯葉》が有名だが、カークの《ドミノ》も原曲の魅力を生かしつつカークのユニークな世界を描き出した名演だ。複数楽器同時演奏、楽器持ち替えワザが一段と冴え、完全に彼のトレードマークとなっていることがわかる。

もしチャンスがあればぜひカークの映像を見ていただきたいのだが、カークの音楽はジャズがまだ大衆芸能音楽だった頃のサービス精神、ユーモアがタップリと含まれている。とは言え、彼の凄いところは、聴衆サービスをしつつも決してジャズスピリットをないがしろにしていないところだ。そうしたカークのしたたかなジャズマン魂がライヴで炸裂した傑作が『カーク・イン・コペンハーゲン』(Mercury)で、ハーモニカとの掛け合いで聴衆を盛り上げる《ザ・モンキー・シング》など、ライヴハウスの熱気がじかに伝わってくる熱演。

カークの音楽がただ楽しいだけの芸能音楽ではなく、聴き手の心にじんわり染み通るしっとりとした味わいを持っていることを示しているのが、名盤『あふれ出る涙』(Atlantic)だ。イングリッシュホーンとテナーで演奏された《ブラック・アンド・クレイジー・ブルース》は、カークが自分が死んだときにはこの曲を演奏してくれと言ったそうだ。

1960年代後半、ジャズはロックによって押され気味だったが、もともと黒人大衆音楽の血筋を引き継いでいるカークは、リズム・アンド・ブルース的要素を大胆に取り入れ名盤『ヴォランティアード・スレイヴリー』(Atlantic)を発表した。とりわけ《アイ・セイ・ア・リトル・プレイヤー》の熱演はこのアルバムの白眉と言って良い。途中でジョン・コルトレーンの名演『至上の愛』の一節が引用されているが、コルトレーンの音楽とはまったく雰囲気が違っているのが面白い。

そしてカークの早すぎた晩年に残した、知られざる名盤が『カーカトロン』(Warner Bros.)だ。CD化が遅れたためあまり知名度は無いが、レオン・ラッセルの名曲《ジス・マスカレード》のしみじみとした味わいをお聴きになれば、カークの音楽の底の深さが実感されるだろう。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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