写真家としてデビューした蜷川実花は、写真を〈真〉を写す記録媒体とする従来の概念を覆し、作家自身の創造性を強く反映させるメディアとして写真の可能性を拡張してきた。鮮烈な色彩と独自の世界観で知られるその表現は、写真という枠組みにとどまらず、映像や立体作品へと広がり続けている。近年では自身が制作した立体モチーフと写真作品を組み合わせたコラージュ的な立体作品など、メディアの境界を越える試みも積極的に展開している。

こうした活動を貫く根底のテーマが「破壊、再生、また破壊」。既存の価値観を打ち壊し、新たな表現を生み出し、さらにそれを解体して次の創作へと進む循環的な姿勢が蜷川の制作の核心だ。本プロジェクトはその思想を軸に、アーティストブックの刊行を起点として特装版、展覧会、街とのコラボレーションという複数のプログラムを展開する。

ⓒmika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

中心となるのはアーティストブック『mirror,mirror,mirror mika ninagawa(ミラー・ミラー・ミラー ミカ ニナガワ)』である。価格は税込11000円。7冊の冊子に加え、ポスター、ステッカー、ポストカードなどを風呂敷状の表紙で包んだ合本仕様で、総ページ数は318ページに及ぶ。収録作品はデビュー初期のものから未発表作を含む最新作まで幅広く、ページネーションやコラージュ、カラーコピーといった多様な手法によって再構成されている。冊子を分解したり並び替えたりできる構造となっており、読者自身が作品を何度も「破壊、再生、また破壊」できる点も特徴だ。

制作中のダミー本によるイメージ。完成品とは異なる。ⓒmika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery
制作中のダミー本によるイメージ。完成品とは異なる。ⓒmika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery
制作中のダミー本によるイメージ。完成品とは異なる。ⓒmika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery
制作中のダミー本によるイメージ。完成品とは異なる。ⓒmika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

さらに特装版として、小型のアクリル製キャビネットを付属した限定仕様も制作された。祭壇をイメージしたキャビネットには書籍とともに、蜷川が選んだ追悼や記憶に関わるアイテムが収められる。日常空間に置かれる私的な祭壇として、記憶と現在、生と死のあいだに静かな回路を開くオブジェクトとなっている。

展覧会「mirror,mirror,mirror mika ninagawa(ミラー・ミラー・ミラー ミカ ニナガワ)」は、蜷川が10年以上にわたり活動拠点として過ごした下北沢で開催される。会場ではアーティストブックに収められた表現の軌跡を展示空間として再構成し、蜷川の表現史と現在の試みをひとつの空間として提示する。会期は2026年3月13日から5月31日まで、会場はDDDART(ディーディーディーアート)下北沢。入場料は一般1100円、大学・専門学生1000円、中・高校生700円、障害者手帳を持つ来場者は1000円。

会場のディーディーディーアートは2022年に設立された現代アートギャラリーで、古民家を改装した空間が特徴。庭園や居間などの日本家屋の要素を残しつつ、現代アートを発信する場として機能している。下北沢の若者文化やサブカルチャーの文脈を背景に、新しい価値観やアーティストの発掘を目的とした企画を国内外に向けて発信している。

本企画ではさらに、下北沢の街とのコラボレーションも行われる。蜷川にとって下北沢は、映画監督への挑戦を決意し、子どもを育て、父を見送った日々を過ごした特別な場所である。企画では古着店「異言-igen tokyo-(イゲン トーキョー)」、カレー店「Magic Spice(マジックスパイス)」、洋菓子店「パティスリー・コウヅ」、書店「Village Vanguard(ヴィレッジヴァンガード)下北沢店」とのコラボレーションを実施予定で、展覧会と各店舗を巡るスタンプラリーも予定されている。展示空間と街全体を横断する体験を通して、蜷川実花の創作世界が下北沢の風景と重なり合う試みとなっている。

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