売り場は約2倍に増床、相反する要素のバランスで生む上質な空間
土屋鞄製造所が創業した1960年代中頃は日本の人口が増大し、ランドセルも大量生産が促進された。その中で同社は1点1点を丁寧に作り込む工房型の物作りを継続し、ランドセル業界のトップブランドとなった。子供たちの6年間の成長を支えるクオリティー、それを実現するため磨き続けてきた技術を生かし、大人の鞄を手掛け始めたのは2000年のこと。「丁寧」であることを貫き、「クラフツマンシップ」「クリエイティビティー」「タイムレス」へと収斂させていく物作りの価値を世に問うた。修理も含め自らの製品に責任を持ち、より使う人に寄り添ったデザインや機能、耐久性へとブラッシュアップしていく起点として、05年に直営の1号店を鎌倉に出店し、大人の鞄ブランド「土屋鞄製造所」をスタートさせた。
以降、直営店とECでの販売に専念し、国内はもとより海外でもブランド認知を広げた。23年にはグローバル戦略に沿って大人の鞄ブランドを「TSUCHIYA KABAN」にリブランドし、現在は国内の主要都市に14店舗、海外は台湾に4店舗を展開している。

1号店から6年後に出店したのが丸の内店だ。新丸ビルの4階に立地し、14年間にわたり顧客との関係を育んできた。今回は4階の大幅改装に伴い、土屋鞄の創業60年を機に同フロア内で移転。今年4月25日にリニューアルオープンした。旧店舗は同フロアの東京駅側で約57㎡、現店舗は皇居側に立地し約116㎡とおよそ2倍に広がった。ゆったりと広がるエントランスからは店奥まで見渡せ、窓から差し込む自然光と皇居の自然が垣間見える景観が開放感を高める。コンクリートの床が醸し出す無機質なムードと、テーブルやチェア、カウンターなどに施された木や革、凹凸感のある表情に仕上げた壁面、柱や什器などの角を落とした曲線が醸し出す有機的な質感がバランス良く構成され、上質感とラフさが共存した空間を生んでいる。


随所に革をあしらっているのは土屋鞄らしいアプローチだ。とりわけ目を引くのは売り場中央に設置されたカウンター。柔らかなアールを描く大きな木製カウンターの天板一面に本革を張った。土屋鞄の熟練職人が牛革の裁断から担い、一枚革を歪みなく均一に張り付け、丸の内店だけのカウンターを作り上げた。「ブランドのクラフツマンシップを象徴する調度であり、接客や会計はもとより、メンテナンスや修理への対応など、お客様とのコミュニケーションを育む場」と、KABAN事業推進本部・ブランドマーケティング部の鶴岡未穂さん。「本革だからこそのエイジングも魅力です。これからお客様と共に時を重ねることによって味が出てくる」と話す。

ウィメンズはフォーマル需要が堅調、メンズはオン・オフ対応が人気
リニューアルに伴い、大きく変わったのはMDだ。「旧店舗は売り場面積の関係で、陳列スペースが限られる中で、SKU数の多いメンズ製品を展開すると、メンズブランドのような印象を与えてしまいがちでした。移転増床により開放感のある空間で、品揃えの幅と奥行きを表現でき、ウィメンズ製品もしっかりと見せられるようになった」と鶴岡さん。新丸ビルは立地柄、近隣に勤める女性客やビジネス用途の需要が多いことから、新装した丸の内店ではウィメンズラインとビジネスラインを充実させた。
エントランスから左の壁面にかけてはウィメンズ製品をゾーニングし、視認度をアップ。その効果と、フロアがインテリアやアウトドアなど幅広い客層を持つショップで構成されていることもあり、平日の昼間でも女性のフリー客の来店が増えた。また東京駅直結の立地特性から出張の折りに来店する人も多く、ビジネス系のバッグなどは「ECサイトでお気に入りの製品を調べて来店し、店舗で素材感や色などを確認して購入する」ケースも少なくない。来店前に店舗に電話を入れ、製品に関する説明を聞いたうえで、「革のシボ感を指定して、お取り置きを要望される方もいらっしゃる」という。
店頭にはウィメンズラインを集積
店奥の左側の空間ではビジネスラインを集積し、絨毯敷きで高級感を演出
財布や名刺入れ等の革小物からから揃えていく人も多い
ウィメンズラインでは「エッセンシャルシリーズ」として展開している〈クラルテ〉の2wayワンハンドルショルダーが好調だ。カジュアルな日常使いだけでなく、入卒式や七五三といったフォーマルな場にも対応できる汎用性の高さが人気の理由。A4までは大きくないけれど、スマートフォンや財布、ペットボトルなどをすっきりと収納できる程よいサイズ感で、普段はショルダーバッグ、フォーマルシーンではショルダーを外してハンドバッグとして使える。昨年発売したブラックが人気で、今秋は数量限定色の「オーロイエロー」を加えた。フォーマル仕様のバッグでは、「フォーマル クラシックハンド」が好評だ。曲線と直線で構成された端正な佇まいは和装・洋装を問わず持て、コンパクトサイズながら襠(まち)を広くとることでスマホや長財布、袱紗(ふくさ)なども収納できる。内装には2つのポケットを備え、A4サイズが入るサブバッグ(折り畳み式)も付属する。外装のフリーポケットも使用頻度の高いものの収納・取り出しに便利。


な特徴は、革に定評のある土屋鞄のこだわりを凝縮した「ヴィンテージワックスレザー」。成牛皮をクロムで鞣した後にタンニンで再鞣しし、染料と蜜ロウを浸透させて仕上げたビンテージ調の革は、しなやかでありながら強靭。使うほどに、自分だけのビンテージな風合いにエイジングしていく楽しみがある。「最近の傾向としてオン・オフで使えるトートバッグが人気」にある中で、B4サイズやノートPCが入る大容量で横長タイプの「ビークル ラージストックトート」が動いている。今春夏はシックな色味の数量限定色ブルーを投入した。
広い革を大胆にあしらったフォルムとディテールの機能やデザインとの「粗密」のバランスによる、オーセンティックな佇まいの「ディアリオ」は、縦長の「トールトート」が好調。植物タンニンだけで鞣し、表面にオイルを塗り重ねた牛革による「オイルメロウレザー」は、使うほどに色が深まり、革の張りを保ちながらしなやかさが増す。襠(まち)が広く、A4ファイルやノートPC、水筒や折り畳み傘など様々なものを収納できる重宝さも人気の理由だ。「長く親しまれている定番シリーズで、パートナーと使い分けたり、色違いや型違いで揃える方も多い」シリーズだ。


土屋鞄の頭文字「T」の集積(シグネチャー)を立体的に浮き立たせる(レイズド)加工で表現したオリジナルパターン「シグネチャーレイズド」のシリーズは必見。鞄に仕立てたときに最も魅力的に見える立体感になるよう、全ての工程で検証を重ね、絶妙な凹凸のパターンを表現した。バックパックやトートバッグなどがあり、価格は相応になるが、新たな革の表現を追求する土屋鞄のクラフツマンシップが凝縮されたシリーズだ。シグネチャーレイズドは丸の内店からも近い日本橋店の内装にも象徴的に使われている。

特に夏場は突然の豪雨が頻発する中で、防水機能へのニーズも増加中だ。「30~40代のビジネスマンを中心にバックパックの需要が増え、PCがメインになったことで書類が減ってスリムなデザインを求める傾向があり、防水できることも選択肢になっています」。「プロータ スマートバックパック」は、革の繊維に防水成分を含ませた「防水ファインレザー」を採用。スリムな襠(まち)、シャープなシルエットは、背負うというより纏うイメージだ。A4ファイルや14inchのノートPCもしっかり収まり、前面、背面、内装にポケットを設け、ビジネスシーンでの使いやすさに配慮している。1泊程度の出張でもう少し荷物を収めたい場合は、「ヴァイノ ラウンドバックパック」がお薦め。肩ベルトは肩に食い込むことがないよう、クッション材を内蔵。背には土屋鞄のランドセルと同様、通気性と吸排湿性に優れ、汗に強いソフトレザーを採用した。
自分用はもとより、ギフトの定番にもなっているのが「Lファスナー」シリーズの財布。文字通りL字型のファスナーで開閉する財布で、土屋鞄が展開する全シリーズのレザーを使い、素材も色も選択肢が豊富なのも嬉しい。手のひらに収まるサイズ感だけに、日々手にしながら革のエイジングを実感できる。
「プロータ スマートバックパック」ブラック 12万1000円(税込)
「ヴァイノ ラウンドバックパック」ダークネイビー 9万7900円(税込)
ギフトにも人気の「Lファスナー」シリーズ 1万1000~4万7300円(税込)
実店舗でのコミュニケーションを含め、土屋鞄の世界観を届ける
創業60年のアニバーサリーモデル「Solid(ソリッド)」は、イタリアの老舗生地メーカーであるリモンタ社製の高密度ナイロンを本体に、レザーをディテールに使い、土屋鞄が革製品で培ってきた物作り力をフルに生かしてトートバッグ、バックパック、クロスボディバッグに仕上げた。創業以来の物作りに対する思いである「Masterfully handcrafted(品格あるものづくり)」のタイポグラフィ、未来へのブランドのベクトルを示す60周年のビジュアルアイコンである手描きの矢印をプリントしたレザーパーツや、シリアルナンバーの刻印も施したスペシャルなモデルだ。ナイロン素材でありながら製品が自立するフレーム構造を採用し、革製品と同様、直して長く使えるよう解体修理しやすく設計されているのも、土屋鞄らしい。数量限定で直営店とECで販売し、早々に完売したアイテムもあり、「購入客の約4割が新規のお客様。土屋鞄にとっては挑戦的な製品だったのですが、顧客様以外からも多くの反応を得られたのは新たな気づき」と鶴岡さんは話す。

土屋鞄はロングセラーのシリーズ製品が多く、売り上げの約7割を占める。少しずつアップデートしながら、各モデルを継続し、ファンと共に製品を育ててきた。ソリッドは60周年記念モデルのため第2弾の製作予定はないが、「夏が長期化する中で、暑い時期に革製品を持つことに抵抗を感じる人もいるので、お客様の選択肢を広げる意味で革以外の素材によるアイテム開発は継続する」考えだ。


物作りに関しては、日本のファッション関連の工場では職人の高齢化や減少が進んでいるが、土屋鞄は新卒者の採用を続け、足立区の西新井、長野の軽井沢と佐久にある工房には若手からベテランまでが揃う。ランドセルと鞄を生産しながら、工房内で勉強会やワークショップも行い、技術継承にも力を入れている。その職人たちと商品企画、生産管理が連携し、本社でデザイン、パターン設計された1品1品をチームで製品化している。
ものづくりの背景を伝える起点の一つが丸の内店だ。増床し、MDを充実させたことで着実に客層は広がっている。年齢層は30~50代を中心として、10代から80代まで幅広く、男性客が約6割、女性客が約4割を占める。新規客が増え、ウィメンズの強化によって女性客が大きく増加した。「若いお客様は子供の頃に土屋鞄のランドセルを使っていた人もいて、就職のタイミングで名刺入れを購入されたり。カウンターでは修理や相談にも対応しているので、メンテナンスに訪れるお客様も多くいます。新品の接客だけでなく、今使っているアイテムを通じても会話を楽しめる。レザーソムリエの資格を持つスタッフもいて、そのスタッフと話したことがきっかけとなってご自身もレザーソムリエの資格を取得したお客様もいたりします。そうしたコミュニケーションも含めて、土屋鞄らしい世界観を届けていきたい」としている。

写真/野﨑慧嗣、土屋鞄製造所提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。