1900年代前半から日本に服地を輸出、主要市場へ
ドーメルの歴史は、フランスから渡英した初代ジュールズ・ドーメルがヨークシャーでウールの毛織物と出会い、感銘を受けたことに始まる。英国は18世紀後半に起こった産業革命により毛織物工業が発展し、世界で最も良質な服地の生産国となっていた。英国製の服地をフランスに輸入し、販売したい――ジュールズは1842年、服地商として歩み始めた。その後、商売を軌道に乗せ、一大産地であるウエストヨークシャー州ハダースフィールドのミル(毛織物工場)を買収。オリジナルの服地作りに取り組み、フランスで企画・デザインし、英国で生産する仕組みを確立した。フランスの美意識を背景とする洗練されたデザインと英国の伝統と品格を背景とする構築的な服作りを掛け合わせることで、純英国製やイタリア製と差別化された「フレンチエレガンス×ブリティッシュタッチ」の服地を次々と開発し、高級服地ブランドとして成長。1800年代後半以降はグローバルに販路を広げた。
日本への輸出を始めたのは1900年代前半のこと。実に120年余りに及ぶ関係の中で百貨店やテーラーを中心に販路を拓き、日本は主要市場の一つとなった。さらに日本における認知を広げていこうと、2004年にはドーメル・ジャポンを設立し、翌年にはドーメルの服地によるメイド・トゥ・メジャーのブティックとしてドーメル青山店を開業した。「当時は1990年代にブームとなったクラシコイタリアの勢いがまだあった頃。ドーメルはテーラーや百貨店でスーツを誂えるお客様には多くの信頼を得ていたものの、ロロピアーナやゼニアなどの服地ブランドほどには一般的な認知がなかったんですね。私は14年前にドーメルに加わったのですが、直営店ではオーダーというニッチな領域で少しずつお客様を増やしていきました」とドーメル青山店の松田修和店長は話す。
ドーメル青山店
東京都港区南青山1-1-1 新青山ビル西館1階
TEL.03-3470-0251
営業時間:12:00~20:00 水・日曜定休
aoyama@dormeuil.jp
日本でドーメルの認知が大きく広がったのは、ドーメル・ジャポンを設立して以来、アパレルブランドやセレクトショップとの取引が増えたことによる。「アパレルブランドやセレクトショップではこだわりの商品として店舗に置く既製服やオーダー会などに向け、ドーメルの服地が採用されるようになりました。結果として、若い人たちも含めてドーメルの名を目にしたり、耳にする機会が増え、興味を持って検索すると歴史のあるブランドであることを知り、実店舗があることが分かって青山店にも来店するお客様が増えたんです。20年をかけてここまで認知度が上がってきたのだと実感します」。
現在はインスタグラムやフェイスブックを活用した情報発信や、百貨店やセレクトショップなどでのポップアップストアも展開し、顧客のフォローとともにエントリー客との接点作りにも取り組んでいる。
生地バンチには常時約3000種類、ドーメルの銘品を凝縮
ドーメルの直営店は現在、パリと東京に2店舗のみ。青山店は売り場面積が47.55㎡と小さな店舗だが、ブランドの世界観を凝縮した空間として重要な拠点と位置づけられている。店舗は地下鉄「青山一丁目」駅上の青山ツイン1階、国道246号線に面した好立地にあり、「お客様はショップを構える青山を中心としたエリアに暮らす方々が多いですが、遠方からも含めて様々なところからご来店くださいます」という。客層は40代半ばを中心に20~70代と幅広い。
店内には服地やバンチブックに加え、オーダーに対応している既製服やファッション小物なども並ぶ。生地バンチはシリーズごとに作成され、1冊に40~50種類の服地見本を収め、青山店では常時約3000種類から選ぶことができる。
ドーメルの魅力を凝縮した店内
銘品の服地を収めたバンチブック
裏地の見本帳
ボタンの見本は日本のみの展開
ネクタイも充実
これだけ揃う中で最も人気なのは「AMADEUS 365(アマデウス 365)」。1992年から展開し、「モーツァルトの音楽を聴いているよう」な優美なドレープとラグジュアリーな質感、さらに高い耐久性を備えたドーメルの代表作「アマデウス」の進化版だ。アマデウスと同様、厳選したSuper100s(直径約18.5μ<ミクロン>)のメリノウールを使うことで軽量化し、経糸と緯糸を緊密に打ち込むことでスーツに仕立てたときの耐久性を確保、シワの復元力も強化した。アマデウスより約30g軽く、丈夫で、ドーメルスーツの最大の魅力であるエレガントな光沢を損なうことなく、ウール特有の艶はより鮮やかに現れる。四季を通してまさに365日、着こなせる着心地と美しさを兼ね備えた服地だ。顧客はもとより、オーダー初心者まであまねく人気を集め続けている。
ドーメルの歴史を知る顧客にとっては、「SPORTEX(スポーテックス)」「TONIK(トニック)」「SUPER BRIO(スーパーブリオ)」が人気の3大銘品。
スポーテックスはその名にあるように、ゴルフやハンティングなどのスポーツ用途を意図し、耐久性と快適性を追求したピュアウール服地だ。スポーツ向けの服地は1922年に3代目のピエール・ドーメルが世界で初めて開発した。さっそくゴルファーらに人気を呼んだが、さらに広くこの革新的な服地の価値を伝えるため、ドーメルは画期的な宣伝方法を考案した。アメリカの漫画「Felix the Cat(フェリックス ザ キャット)」とコラボレートしたのだ。「猫が引っ掻いても破れない服地」をテーマにストーリー立てた漫画を制作し、プロモーションすることでスポーテックスは国を越えて大ヒットし、スーツ地としても定着していったというエピソードがある。偽物が多く出回ったことから、ブランド名を織り込んだセルビッジを世界で初めて服地に付けるきっかけとなったのもスポーテックスだった。ただ、スポーツ向けとして作られたため硬く重みがあったことから、スーツ向けにアップデートを重ね、現在はビンテージ感と耐久性はそのままに着用しやすい軽さを実現したモデル「SPORTEX VINTAGE(スポーテックス ビンテージ)」を展開している。
トニックはウールにモヘアを混紡した服地で、4代目のグザビエ・ドーメルの時代、1957年に発売された。当時は技術的に難しかったモヘアの混紡を実現し、ハイクオリティーな服地を作り上げた。試行錯誤を重ねた末にようやく完成し、ジントニックで祝杯を挙げたことから命名されたという。生地は分厚く質実剛健ながら夏でも快適に着こなせることから世界的な人気となった。その後、ウール70、モヘア30%の「トニック2000」、モヘアを使わずウールのみで仕上げた「トニックウール」(後述)も開発されている。スーパーブリオは、トニックをさらに軽量化するため、1958年に開発された。厳選した希少なサマーキッドモヘア60、ウール40%で、美しいドレープを描く、軽く、快適な着心地を生む服地に仕上げた。
ジャケット・コート向けに提案し、動きが良いのはビンテージ スポーテックスと同じ生地バンチに収められている「PURE BABY ALPACA(ピュアベビーアルパカ)」シリーズ。コートやジャケットの既製品も製作・販売する一方、高価にはなるがドーメルの真骨頂であるオーダーはやはり好評だ。ハイクオリティーなスーツ地を求める顧客に響いているのは、ドーメルの服地で最上位にランクされる「15 POINT 7(フィフティーン ポイント セブン)」。シリーズ名は繊維の直径を表し、15.7μ(Super表記では160’s)の原料より紡がれた超極細のウール糸で織り上げられている。「しなやかでありながら耐久性を兼ね備えているので、安心して着用できます。ヨーロッパでも人気のある服地」となっている。
サステイナビリティー&トレーサビリティーへの革新、服地の可能性を拓く挑戦
革新を続け、伝統を築いてきたドーメルだが、常に新たなチャレンジが生まれるのは「経営や物作りに国・地域を超えた多様なカルチャーが入っているからだと思う」と松田店長。現在、イタリア人の女性デザイナーがパリでデザインを行い、メインとなるウールの服地は英国で、シルクやコットンの服地はイタリアで生産し、販路は100カ国に及ぶ。様々な価値観や考え方、思いが服地開発に収斂されているのだ。加えて、毛織物に始まった歴史は自然保護や動物愛護の精神を育み、環境問題に対する革新的な対応にもつながっている。
5代目で現CEOのドミニク・ドーメルが開発に取り組み、2018年に発売したトニックウールは、その本格的なスタートとなった。原毛を調達している南米パタゴニアの牧場から服地を生産する英国の工場までをブロックチェーンでつなぎ、全ての工程をデータで記録・保存し、服地の織ネームにプリントしたQRコードから確認できる。他にも、自然素材ではコットンほど栽培に水量を必要としないリネンやバンブーなどを積極採用し、シルクも蚕が出た後の繭から糸をとるなど、切り替えを進めている。サステイナビリティーやトレーサビリティーへの取り組みは、特に石油産業に次いで環境汚染に影響を及ぼしているファッション業界にとって喫緊の重要課題だが、ドーメルはいち早く対応してきた。
2019年以降は、伝統と革新の結晶である服地を様々なアイテムに生かす取り組みが活発だ。カジュアル化やスーツ離れ、夏の長期化などの気候変動など商環境が変化し、長年の顧客層の現役引退も進む中で、「スーツやジャケット以外にも服地の可能性を広げ、多様なオーダーの楽しみを実感していただきたいと、日本側から本国に提案して実現した」と松田店長は話す。2019年にスタートさせたのは、何とダウンジャケットのパーソナルカスタマイズ。ドーメルのコレクションから服地を選び、ダウンの種類や量も選べる。エスプリとエレガンスが効いたドーメルの服地によって、アウトドアウェアのダウンジャケットに新たな価値観を生む取り組みだ。
新たな価値観を生むという意味では、異業種とのコラボレーションも注目。2020年にはロサンゼルスのカスタムスニーカーブランド「The Shoe Surgeon(ザ シュー サージョン)」と協業し、驚かせた。「NIKE AIR FORCE 1(ナイキ エアフォース ワン)」をベースに、スニーカーのために機能をアップさせたスポーテックスでアッパーを覆い、「DORMEUIL」の文字が織り込まれたセルビッジをアクセントとして組み入れた。ドーメルが創業180年、スポーテックスが誕生して100年を迎えた2022年には、フランスの高級靴ブランド「CORTHAY(コルテ)」と協業。この年に同社が発表したスニーカーモデル「CARL(カール)」のアッパーに目付460g/mのスポーテックスとコルテが得意とする上質なカーフを組み合わせ、ビンテージモダンな一品に仕上げた。すでに次のコラボアイテムの製作が始動している。
2023年には次代を担う6代目のヴィクター・ドーメルが中心となり、ドーメルの服地を使った多様なアイテムの開発・販売もスタートさせた。カジュアルなジャケットやブルゾン、マフラーやグローブ、キャップ、スリッポン、リュックなど様々な既製品を開発。ECサイトで販売するほか、青山店でも取り扱う。今年は青山店の20周年記念アイテムも展開。ストレッチ性、耐久性、防シワ性を備え、撥水加工、抗菌加工を施した服地シリーズ「TRAVEL RESISTANT(トラベル レジスタント)」によるスリーピース、前出のピュアアルパカによるポロコート、スポーテックスによるサファリジャケットの3型を揃えた。
来春には新たなネクタイコレクション「Perpetual Reserve 24(パーペチュアルリザーブ24)」を発表する。スタンダードなネイビーソリッド、小紋、ニット、グレナディンなど紳士に必須の24本のネクタイを厳選。欲しいものを、好きなタイミングで、1本から発注できる。「パーペチュアルリザーブとは、前年までのリザーブワインに毎年、新しいワインを継ぎ足すことを繰り返し、複数のビンテージの要素を融合して豊かな味わいを生み出すワインの醸造方法。パーペチュアルリザーブ24も、24本をベースに2年ごとに新しい色柄へと入れ替えることで、味わい深いコレクションを醸成していきたい」としている。
写真/遠藤純、ドーメル・ジャポン提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。
