自然と人工の融合が生む落ち着いた空気感

スタジオニコルソンは昨年、ロンドンのソーホー地区に旗艦店をオープンさせ、韓国にも2店舗を出店した。アジア圏での店舗展開で最も重要なマーケットと位置づけているのが、セレクトショップへの卸やECでファンを増やしてきた日本だ。クリエイティブディレクターのニック・ウェイクマンのデザインに影響を与え続け、自身、「第二の故郷のよう」と語る地でもある。ブランドのデビューから10年を超え、満を持しての旗艦店を今年7月14日、南青山に出店した。
「日本の前代理店の頃から、本国ではグローバルなリテール戦略を強化していたんですね。ブランドの世界観を直接、日本の顧客に伝え、より好みやニーズをつかむためには、実店舗が必要と判断したと聞いています」と話すのはインコントロの担当者。2022年春夏コレクションから輸入総代理店となり、セレクトショップを中心とする卸売りと自社ECでの販売を始め、直営店の出店準備も進めた。
「ニックは1999年に初めて東京を訪れ、日本の建築に興味を持ち、なかでも青山・表参道の建築に魅力を感じたそうです。そこから得たインスピレーションを服のデザインに生かしてきたという背景、ファッション感度の高い人たちのショッピングエリアであることから、青山・表参道界隈は当初から候補地だったんです。大通り沿いではなく静かな路地にしたいというニックが提示した条件を満たし、一定のトラフィックが望める立地を探した結果、表参道駅から徒歩約3分の現在の物件に出会いました。23年秋冬コレクションからの店舗展開を目指していたので、7月にオープンできたのは計画通りです」

「STUDIO NICHOLSON AOYAMA」の外観

建物は打ちっぱなしのコンクリートブロックを凹凸に組み合わせた構築的な造りで、白い壁面が経年変化してノスタルジックなムードがある。売り場は71㎡。内装はソーホーの旗艦店と同じ素材を使ってニックが自らデザインした。壁面や天井の質感の異なる白を基調に、棚やハンガーラックなどの什器は無垢材の合板で製作。側板は自然な木目を生かし、棚板や縁は白で統一することで、直線で構成されたミニマルな空間に仕上げた。特にこだわったのは床。真っ白なコンクリートのフロアを特殊な樹脂でコーティングすることで、水面のように潤った光沢を生んだ。自然の要素と人工の要素が溶け合った落ち着いた空気感を創出している。什器は全て可動式で、コレクションのテーマなどに応じて自在に配置を変えられる。ニックが好きな建築などの本がインテリアとして随所に置かれ、デザイナーのアトリエのようなムードも醸す。

エントランスから入って右手にはウィメンズの集積
レジ側から見た売り場
ニック・ウェイクマンがお気に入りの書籍のディスプレイ
売り場左手で展開されるメンズ
BGMを流すのは什器と素材感を合わせたスピーカー

タイムレスに着こなせるシンプリシティーの追求

スタジオニコルソンの服を特徴付けているのは生地だ。そのルーツはニック・ウェイクマンの生い立ちに求めることができる。幼少の頃から彼女が着る服は母親が作り、一緒に生地選びをしていた経験から、将来は生地を学ぶことを決めていたという。90年代にチェルシー・スクール・オブ・アーツに進み、テキスタイルデザインを専攻した。その後、「DIESEL(ディーゼル)」や「MARKS & SPENCER(マークス アンド スペンサー)」など多くのブランドで20年にわたり仕事をし、2010年にスタジオニコルソンを興した。「テキスタイルの可能性の限界を引き上げる」ことをテーマに世界中から上質な生地を集め、開発もしながら、作りたい服のデザインや着心地に最適な生かし方を追求している。

Nick Wakeman(ニック・ウェイクマン)
チェルシー・カレッジ・オブ・アーツでテキスタイルの学士号を取得。「ディーゼル」や「マークス&スペンサー」など数多くのブランドで20年間にわたり技術を磨く。2010年、「STUDIO NICHOLSON」を設立。ヨーロピアンスタイルのメンズワードローブに特有のドレッシーさや飾り気の無さなどメンズのギミックな感覚を凝縮したコレクションを展開する。

モジュラーワードローブ」というブランドコンセプトも独特だ。様々な要素の組み合わせを成立させるモジュラーとしての服は、ニック自身が好んで着用し、影響を受けてきたメンズウェアやテーラードをベースに「クリーンでミニマル」と評されるスタイルに収斂されている。トレンドに左右されない、シーズンレスで楽しめる、手持ちの服ともコーディネートしやすい、何年経ってもデイリーに着こなせる……そうした着用に耐えられるデザインと品質にこだわるからこそのシンプリシティーだ。
11年春夏にウィメンズでブランドデビューし、17年秋冬からはメンズも展開しているが、メンズウェアやテーラードをベースとしていることからジェンダーを超えて着られるテイストも特徴だ。ただし、女性の身体と男性の身体は根本的に異なり、同じパターンの服でもフィット感は変わる。そのため、スタジオニコルソンの服作りではフィッティングを徹底し、特にウィメンズは女性の骨格や体型をベースに細かく設計し、調整を重ねる。だからこそ、デイリーに着られるがカジュアルに寄り過ぎず、着姿に品が通う。
例えば定番のボリュームパンツ(ワイドパンツ)は、他のブランドよりもオーバーサイズだが、そのボリュームのあるシルエットをキープする生地を選び、ウエストのタックやセンタークリースなど細部をミリ単位で調整してベストなバランスに着地させている。そこに上品なカラーリングを施すことで、程よくドレッシーな服になる。日本風に言えば、「中庸」を突き詰めた構築美のような感覚だろう。その実現に向けては当然ながら、縫製にもこだわる。英国はもとより、イタリア、ポルトガル、日本など、アイテムに応じて縫製工場を選定し、熟練の職人と密に連携しながら生産している。

最初に作り、ブランドを象徴するアイテムとなったボリュームパンツ「SORTE(ソルテ)」。ニックが来日時、青山で見かけた男性のビンテージパンツから着想を得た

こだわりのコレクションと日本独自の限定アイテム

青山店はソーホーの旗艦店とほぼ同じMDで、メンズとウィメンズのシーズンコレクション、バッグやシューズなどの雑貨を集積。店舗限定アイテムも製作し、日本独自の展開も見せる。
23年秋冬コレクションのテーマは「WARDROBE DESTRUCTION(ワードローブデストラクション)」。90年代のニューヨークで起こったレイブなどのサブカルチャーをインスピレーション源に、フォーマルとカジュアル、ハイ&ローなど相反する概念を掛け合わせたアイテム、そのミクスチャーによるスタイリングを提案している。
ウィメンズでは、メイン生地にポリエステルとビスコースの二重織素材を使ったボートネックプルオーバー「VELHO TOP(ヴェルホトップ)」が注目。同素材の「TOBA PANT(トバパンツ)」とのコーディネートはごくシンプルだが、後身頃のV字の明きや襟繰りの仕様にはっとさせられる。他、同じくポリエステルビスコースの「MULLER COAT(ミュラーコート)」や、ウールビスコースのオーバーサイズシャツ「SANTOS CREPE SHIRT(サントスクレープシャツ)」も好評だ。ルックは90年代のスタイルを彷彿させる、ボリュームのある厚手のミュラーコートにはビスコースサテンの柔らかな「MALEBO DRESS(マレボドレス)」、サントスクレープシャツにはビスコースサテンのラップスカート「GUTAN SKIRT(グータンスカート)」などのミックスコーデで表現している。

  • ポリエステルビスコースの二重織による「VELHO TOP(ヴェルホトップ)」
  • 「MULLER COAT(ミュラーコート)」と「MALEBO DRESS(マレボドレス)」
  • 「SANTOS CREPE SHIRT(サントスクレープシャツ)」と「GUTAN SKIRT(グータンスカート)」

メンズでは、コーティング加工した綿ナイロン生地によるオーバーサイズのカースタイルコート「DRIVE COAT(ドライブコート)」が売れ筋。同素材の定番「マックコート」の進化版で、車に乗るときに邪魔にならないよう裾をドローコードで調整できる。「LAZAR WASHED DENIM JACKET(ラザー ウォッシュド デニムジャケット)」はフロントの大きなフラップポケットが特徴で、デニムジャケットの定番モデルをよりコンパクトに仕上げた。14オンスデニムを使ったボリュームパンツ「PAOLO(パオロ)」とのセットアップで購入する男性客も多い。パオロはブリーチタイプとリジッドタイプがあり、リジッドタイプは8月時点で売り切れ、追加発注中とのこと。スタジオニコルソンの特にこだわったデニム製品は、英国で唯一デニム縫製を手掛け、最高峰の品質と評されるロンドンのデニムメーカー「BLACKHORSE LANE ATELIER(ブラックホースレーン アトリエ)」で縫製されている。

「DRIVE COAT(ドライブコート)」(カラーはタンとダークネイビー)
リジッドタイプの「PAOLO(パオロ)」
「LAZAR WASHED DENIM JACKET(ラザー ウォッシュド デニムジャケット)」

オープン記念で製作した店舗限定アイテムは、「かなり動いている」。尾州産のウォッシャブルウールによるオーバーサイズシャツ「AKAKO WOOL SHIRT(アカコウールシャツ)」とツータックボリュームパンツ「KYO PANT(キョウパンツ)」の2アイテムで、縫製も日本で行った。両アイテムともスタジオニコルソンのシグネチャーモデルをベースに、素材と縫製をメイド・イン・ジャパンに置き換え、洗練されたムードのダークネイビーとクリーンな印象のグレーという新たなカラーを採用している。単体でもセットアップでも楽しめる汎用性も魅力だ。

「AKAKO WOOL SHIRT(アカコウールシャツ)」と「KYO PANT(キョウパンツ)」

服の背景にあるカルチャーを伝えたい

オープンして1カ月の時点で、来店客は男女とも世代を問わず、ファッションはもとより建築やインテリアなどアートやカルチャーに関心の高い30~40代が中心購買層という。現在は韓国、台湾をはじめ、中国などからの訪日外国人客も徐々に増えている。
まだ具体的な計画はないが、青山店を旗艦店として実店舗への認知を広げ、「主要都市にスタジオニコルソンの世界観を伝える場を作っていきたい」とする。ビジネスの核である卸売りでセレクトショップなどとのパイプを太くしながら、直営店とECの送客・購買を促進し、日本のマーケットを拡大していく考え。
青山店では今後、イベントの開催も検討している。「ニックのインスピレーション源となっている建築や音楽などのカルチャーにまつわる本やレコードなどと、シーズンコレクションやコラボアイテムを組み合わせたイベントなど、服の背景を何らかの形で表現していきたい」と担当者。日本では現在、スタジオニコルソンの世界観を体感できる唯一の空間だけに、ファンにとってはより深みのある体験価値となることだろう。

写真/遠藤純、インコントロ提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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